藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第23回

 約2年にわたり、建築資料に関わる様々な事柄について書かせていただきてきましたが、この連載も残すところあと2回となりました。連載の締めとして、私がここ3年間一貫して携わってきた大髙正人資料を例に、建築アーカイブ整理の流れをまとめたいと思います。
 大髙正人資料群は、旧制浦和高等学校在籍中から前川國男建築設計事務所を経て独立するまで(1937年頃-1962年)の、主に建築活動に関わる大髙正人個人資料と、大髙建築設計事務所(1962-2010年)が行った建築・都市計画業務に関する事務所資料からなります。個人資料にはメモやスケッチ、日記等、事務所資料には建築設計図面のみならず、大判の地図複製に描き込んだ都市計画図や1,000冊に及ぶ報告書、写真アルバムや文書資料等が含まれています。事務所の資料をほぼ丸ごと寄贈していただいたため、資料の搬出は数回に及び、その量も膨大なものとなりました。建築家の資料にどのような種類のものが含まれるかを知るには、恰好の資料群です。
 建築資料は建築家個人や設計事務所が保管していることが多く、本人の逝去や事務所閉鎖等をきっかけに、資料館のような公的な場に移管されます。資料移管についての相談を受けた場合、まずは総量と状況の調査に赴きます。資料の状態は様々で、所員によって綺麗に整理されている場合もあれば、全くの混沌状態もあります。その概要をざっと把握し、何を受入対象とするかを検討します。受入方針は機関や対象資料によって様々で、特定のプロジェクトに関する図面だけを選んで受け入れる選択をする場合もあります。しかし基本的には、アーカイブとして一体的に資料を受け入れることが望まれます。図面資料だけでは分からない設計の過程や建築家の思想が、スケッチや写真、文書記録といった資料からみえてくるのです。資料の有機的なつながりを読み解いていくことこそ、アーカイブ資料を使った研究の醍醐味といえるでしょう。
 いざ資料移動となったら、保管されていた状況が分かるように記録をとります。大髙資料の場合は、保管されていたままの状態で図面筒等に番号をつけ、それをそのまま整理番号として使用しています。しかし、搬出時の保管状態が資料作成時の意図を反映しているとは限りません。度重なる移動で、あるべき並び方が変わってしまっている場合も多くあります。現状にとらわれすぎると、資料整理が却って複雑になってしまうこともあるため、来歴をよく確認し、適度な記録を心がけ、資料整理の方針を立てることが大切です。
 資料館では、譲り受ける資料は、保管庫に入れる前に燻蒸することにしています。資料は温湿度の管理もない場所に長年置きっぱなしの場合が多く、害虫やカビが発生していることもあります。そのような場合は他の資料に悪影響を及ぼす上、整理担当者の健康を害する危険もあります。しかし、筆者が海外で見てきた組織では、燻蒸をしている話は一度も聞きませんでした。「資料整理は虫との闘い」なんていう言葉も聞きました。燻蒸ができるに越したことはないですが、予算がない組織では、そこまで費用をかけらないという現実もあります。非常によい状態で保管されていて、燻蒸が必要ない場合もあるでしょう。燻蒸にも、カビも殺せる薬剤燻蒸と虫対策用の炭酸ガス燻蒸があります。資料の状態をよく確認し、予算や用意する保管庫の状態を考慮に入れながら決めるのがよいでしょう。

DSC06082_s炭酸ガス燻蒸の様子
(2017年筆者撮影、以下同じ)


 資料を整理できる状態が整ったら、総量と種類を把握して、整理の見通しを立てる必要があります。整理には場所と人員、それに時間もかかります。種類によって整理・保管方法も異なります。整理に使える場所はどのくらいか、何人くらいでどれくらい時間をかけて整理するのか、そしてどのような場所にどうやって保管するのか。あらかじめこれを考えておかなければ、やがて作業は破綻してしまいます。米国議会図書館では、資料整理の最初に、手順や必要な保管容器の概算等を計画書としてまとめていました。資料館では、担当が変わったり展覧会の予定が入ったりと、なかなか安定して資料整理のみを進めることができていませんが、整理途中であっても、誰が見ても状況が分かるようにしておくのは大切なことです。
 建築資料で大きな割合と重要度を占めるのは、やはり設計図面です。図面は通常の文書資料とは違い、A2からA0、場合によってはそれ以上と、サイズが大きいことから、扱いには工夫が必要です。建築事務所では図面を筒に入れて保管していることが多く、長年丸められていた資料を整理するために平らに伸ばすのに、また骨が折れます。湿気を加えて伸ばしやすくする方法もありますが、資料館では単純に重しを乗せて数日から数週間置いています。紙の質によっては巻き癖はなかなかとれませんが、それでも1週間ほどで扱いやすくなります。

DSC05875_s図面資料フラットニングの様子


 図面には製図印が押されており、その中に建築物名や図面名称、日付、図面番号、製図者等が書かれていることが多く、主にこの情報を目録にとります。目録を整える際には、最終的にどのように情報を提供するべきかを考えて記述を行う必要があります。検索する人が欲しい資料に到達できること、そして他機関とも情報共有ができること、が目標です。資料館では、国際公文書館評議会(ICA)が定めた記述方式ISAD(G)に準拠することを考え、ISAD(G)の項目と資料館で定めた目録項目のマッピングを行っています。語句の統一も検討する必要があります。建築物の名前や建築に関わる専門用語等をどのように整理していくのかは、これからの課題です。ゲティ財団や米国議会図書館は、美術・建築分野のシソーラスを作成しています。日本語でもこのような取り組みが必要となるでしょう。
ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●今日のお勧め作品は、斎藤義重です。
20170722_saito_05_beaupin-g-red斎藤義重
《ボーパンG―赤》
1973年
合成樹脂、アルミ板
73×61cm
Ed.100
サインあり
裏面に斎藤義重自筆サイン・シール、東京画廊シールあり


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移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)~7月29日(土) 11:00~18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

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ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。

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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。