藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第24回(最終回)

vol.23の続き)
 目録をとり終わって図面の内容を把握したら、デジタル化をする場合もあります。デジタル化の目的は、主には資料保護のためです。デジタル技術が今程発達する前から図面資料を保管している組織では、使用頻度の高いものから優先順位を決めてデジタル化を行っていました。しかし、大判のスキャナが登場し、デジタル化の価格も下がってきたこの頃では、資料整理の前にまずデジタル化するという選択をする場合もあるようです。確かに、デジタル化した画像を基に目録化を行って整理を進めることには、資料保護の観点からみても、利点はあります。閲覧も簡便に行うことができます。ただし、データができてしまうと1点1点についてのメタデータが必要になってきますし、データの管理も考えなくてはなりません。現物が存在する以上は、画像と原物の紐づけも必須です。以上のことを考慮した上で、デジタル化の方針を決めるのがよいでしょう。デジタル化後に、現物を廃棄してしまうこともあると聞きます。過去にはマイクロフィルムを撮ったら現物を廃棄している例もありますし、現物を維持するのは大変ですから、廃棄することを簡単に責められはしません。しかしデータの確実な保存方法が確立されていない段階では、デジタル技術を過度に信頼せずに、大切な資料はなるべく現物を維持するようにしたいものです。
 資料の保管にあたっては、作成された年代や技法によって扱い方を変える必要があります。図面の素材は美濃紙やトレーシングペーパー、墨や鉛筆、インクなど、様々です。資料館では主に、中性紙のフォルダに納め、マップケースや棚に保管しています。複製図面にはガスが発生して他資料に悪影響を与える危険があるものもあり、そのようなものは原図とは別に保管する必要があります。温湿度管理ができる収蔵庫が理想ですが、大規模な収蔵庫を完備するのは容易なことではありません。資料の状態や重要度によって収蔵庫のレベルを変えて保管せざるを得ないこともあるでしょう。

DSC05873_s図面筒(右)と平らにした図面を中性紙フォルダに入れた状態(2017年筆者撮影、以下同じ)


DSC05879_s中性紙フォルダをマップケースに収蔵した状態


 その他、建築資料にはスケッチや写真のネガ・ポジ、マイクロフィルムなどのフィルム資料、製本された図面や書類、事務所の文書資料なども含まれます。これらもそれぞれに違った適切な整理・保管方法がありますし、記述内容も変わってきます。アーカイブ機関の場合、多様な資料を全て1点1点博物館の収蔵品のように記録・管理することはしていません。何しろ、大髙資料の場合は図面だけで4万枚近くあるのです。どの資料をどこまで整理することが適切か判断して早期に活用への道を開くこと、それがアーキビストに求められる職能でしょう。図面の場合、まずは群として情報をとり、閲覧請求に応じて整理を進めて行くという運用も考えていかねばなりません。
 整理・保管は資料の形態別に行うことが効率的ですが、目録上ではそれらのつながりが分かるようになっている必要があります。資料館では目録の作成は主にエクセルで行っていますが、階層的になっているアーカイブの資料情報は、情報をリンクさせる必要があります。膨大な情報を管理し迅速に公開を行うためには、データベースの構築が必須です。美術館・博物館用の管理システムと違って、アーカイブ用システムはまだ一般的ではありません。資料館ではデータベースの構築を目指して調査を行っている最中です。商用パッケージやICA-AtoMやArchivesSpaceといったオープンソースなど、いくつかの選択肢が考えられます。今日ではデジタル技術があっという間に陳腐化してしまうことも考慮に入れて、今後の変化に柔軟に対応できる方法を考えておかなければいけません。また、他機関との連携を視野に入れて、アーカイブ資料用のシステムを如何にコストを抑えて導入できるかも、考えているところです。
 資料館では現在、試験的に閲覧サービスを開始しています。閲覧者がデータベースを検索できる体制がまだ整っていないので、目録から希望資料を選んでもらい、必要な画像データを閲覧用PCのビューワーで見てもらう運用になっています。一部資料は現物も閲覧に供しています。この体制も、システム導入によって変わってくることになります。
 建築資料の閲覧には、設計を依頼した施主の意向をどう考えるか、という問題がいつもつきまといます。特に現用の建築の場合は、所有者のプライバシーやセキュリティ確保に充分に配慮しなくてはなりません。しかし、海外の多くの国では、公的機関に入った資料は公共の財産として扱われ、基本的にあらゆる資料が閲覧に供されることが前提となっています。日本と外国の「公共」の捉え方の違いを実感せずにはいられません。この課題をクリアするにはかなり議論が必要ですが、近現代の建築資料も歴史的な公共資料として活用ができるよう、法律の整備も含めて考えていく必要があります。
 閲覧の他に、所蔵機関が積極的に資料を活用する方法として、展覧会の開催や出版があります。大髙資料の場合は、2年間の整理を経て、2016年に「建築と社会を結ぶ―大髙正人の方法」展を開催しました。資料の価値づけはもちろん、この展覧会が契機となって、大髙が設計した建築の再評価にもつながりました。展示した資料は他の機関から貸出の引き合いも増えました。一般の人びとには紙の集積でしかない資料を、読み解いてその価値を発信するために、展覧会は有効な方法です。展覧会の際には、記録としての図録も発行し頒布しましたが、資料群全体の記録とはなっていません。理想的には、ある程度の整理がなされた時点で、資料群を俯瞰する資料整理の記録を出版物としてまとめたいものです。

DSC05603_s「建築と社会を結ぶ―大髙正人の方法」展会場風景


 近現代の建築資料の収集から活用に至るまでには、まだまだ多くの課題が残っています。しかし、建築に対しての関心は高まり、資料を残そうという動きも増えているように感じます。元々資料整理は地道で時間がかかるもの。少しでもその活用が進むよう、微力ながらこれからも継続して努力していきたいと思います。
 2年間のお付き合い、どうもありがとうございました。またどこかでお目にかかりましょう!
ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

*画廊亭主敬白
「アーカイブ」という言葉がようやく人々の意識に定着し始めたのは嬉しいことです。海外での研鑽を経て、日本の建築アーカイブの第一線で奮闘する藤本貴子さんに二年間にわたり「建築圏外通信」を執筆していただきました。
資料整理は地道で時間がかかるもの>、息長く取り組む研究者が育つよう、私達も微力ですが応援したいと思います。
藤本さん、ありがとうございました。ますますのご活躍を祈っています。

●今日のお勧め作品は、ル・コルビュジエです。
20170822_corbusier_31ル・コルビュジエ
《二人の女》
1938年
リトグラフ
イメージサイズ:17.6×26.7cm
シートサイズ:38.5×50.2cm
Ed.100
サインあり


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◆ときの忘れもののブログは建築関連のエッセイを多数連載しています。
佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

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