小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第3回

今月は写真集や画集の入荷が多い月でした。中平卓馬やベルント&ヒラ・ベッヒャー、フリードランダー、立木義浩、旧ソ連の絵本作家ヴァスネツォフ画集などなど。駒込界隈に住んでいた版画家、谷中安規の図録も入荷し、その足跡を読んで、時代は違えども同じ場所の空気を吸っていることに、ちょっと感慨深くなってみたり…。

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谷中安規は、本の装画も有名です。内田百閒のあの独特な作品の一部ともいえる谷中の木版画たちに加え、この図録には、谷中の文章作品も収められており、決定版とも言える一冊になっています。

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本当は、このブログでご紹介したい本もまだまだあるのですが、ただ一言「入荷しました!」としか言えない作家さんたちも多く、自分の無知をさらけだすことになってしまうので、「いい作品だなー」と心の中でつぶやくに留めます。ぜひ「ときの忘れもの」さんにお越しになった際には、当店にもお寄りいただき、新入荷の写真集・画集棚をご覧になってください。
そして、今月ご紹介するイチ押しの新入荷は「小島信夫宛謹呈署名入り 後藤明生作品」です。

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小島信夫は安岡章太郎や吉行淳之介らと同じ「第三の新人」に属する作家のひとりで、代表作に、戦後の日本家族の崩壊と変化をアメリカとの関係において象徴的に、かつ苦いユーモアを持って描き出した『抱擁家族』があります。今、こう紹介しておきながら、この紹介文に、自分でも違和感を覚えるほどのこの小説は、いつ読んでも違う読みかたができる懐の深い作品。どんな紹介もこの作品の一面しか語りえないような気がします。「すべての小説の中で一番好きな作品はなんですか?」と聞かれたら、いろいろ迷った挙句に、自分はおそらくこの『抱擁家族』と答えるでしょう。
一方の後藤明生は、小島の一回り下、「内向の世代」に属する作家。近年、電子書籍での復刊や、いとうせいこう、奥泉光らの編集による選集の刊行など、再評価の進む作家です。(ちなみにいとうせいこうは後藤を偏愛するあまり「二代目後藤明生」と名乗っています。)
後藤と小島の二人は、お互いの小説に刺激を受けあい、年齢は違えども、ライバル的な関係にもありました。今年刊行された後藤の対談集『アミダクジ式ゴトウメイセイ対談篇』にある小島の言葉「(後藤との関係は)ちょうど凸と凹の関係なの。」は端的に二人の関係性を語っているように思えます。
後藤明生も小島信夫も、恐ろしい量の本を読んで、その分厚い土台の上で自らの作品を作っていきます。後藤明生に「なぜ小説を書きたいと思うのか?それは小説を読んだからだ」という有名な言葉がありますが、この二人に共通している土台は、寓意と笑いです。どちらの作品の登場人物たちも、いわゆるわかりやすい道化ではない。ストレートに笑わせるような作品ではないにも関わらず、その小説を読む時に、なぜか笑いが生まれるのです。それは、不思議な、本当に不思議な笑いです。
そんな後藤明生が敬愛する小島信夫に送った作品たち。古書の市場で見かけた時「これはぜひとも手に入れたい!」と売ることを後回しの金額で入札していました・・・。
この中の1冊『汝の隣人』は特におすすめ。「九月のある夜更け、GがKの短編小説を読んでいると、救急車のサイレンがきこえて来た。しかしGは、そのまま読み続けた。」という出だしで幕を開けます。もちろん、このKは小島信夫、Gは後藤明生、です。
おくに たかし

■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。

◆小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。

●今日のお勧め作品は、恩地孝四郎です。
20171005_onchi_30_flower恩地孝四郎
《白い花》
1943年
カラー木版
37.0x26.0cm
※『恩地孝四郎版画集』掲載No.229(形象社)


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