小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第4回
10月はノーベル賞の季節。文学賞はイギリスの作家カズオ・イシグロが受賞し、日本でも大きな話題になりました。カズオ・イシグロのお父さんは海洋学者で、『日本語からはじめる 科学・技術英文の書き方』という本を書いているそうです。もちろん絶版。こちらもネット書店では一気に値段が上がりました。そして、完売・・・。すごい。完全に一般向けではないことがタイトルからも分かるのに、やはり話題になると欲しくなるのでしょう。カズオ・イシグロの本も、当店に在庫していたものは、あっという間になくなりましたが、今月新入荷で紹介したいのも、やはり長崎出身の作家です。

野呂邦暢、代表作の『草のつるぎ』が入荷しました。
野呂は、自身の自衛隊での経験をもとに書いたこの小説で芥川賞を受賞しています。この作品は、「無意識のうちにかつての同僚や上官を裁いていた」ため、長らく自衛隊体験を書くことが出来なかった野呂に、安岡章太郎が「あるがままに書けばよい」とアドバイスし、ようやく自らの体験を書くことが出来た、と語っている作品です。その作者の言葉通り、何かを「裁く」目線は、それほど感じられず、自衛隊を舞台にした青春小説のようにも読むことが出来ます。
「熱い地面から突き出たひややかな草。草の中でぼくは爽やかになる。上気した頬が草に触れる。しびれるほど冷たい草に触れる。七月の日にあぶられても水のようにひえきった草がぼくを活気づける。硬く鋭く弾力のある緑色の物質がぼくの行く手に立ちふさがり、ぼくを拒み、ぼくを受け入れ、ぼくに抗い意気沮喪させ、ぼくを元気づける。」暑い夏の日の草の冷たさを、こんなに瑞々しく書ける作家は野呂邦暢だけです。

長崎の古本屋さんの値札がついていて、なんとなく青カバ値札を並べてみました。
もう一作は新刊です。河﨑秋子『肉弾』。これが二作目の新人作家で、粗削りなところもありますが、実力は本物です。北海道で羊飼いをしながら書き上げた一作目の『颶風の王』で、三浦綾子文学賞を受賞しデビュー。『肉弾』は、性格のまったく異なる父子が、心を通わせぬまま北海道の森に入っていきます。そこで待ちうける自然のクマや野犬。しかし、その獣たちの中にも、それぞれ人間と暮らしていた過去を持つものがいて…。この小説で圧巻なのは、その動物たちの生命力にあふれた描写と、血の描写。
人間が生きるため、獣たちも生きるために血を流す。その善悪を超えた場所で流れる血は、読者に生きることの意味や残酷さ、美しさを突きつけます。

最後は戦前に出版された装画が美しい童話集を。『世界童話大系』がバラで入荷しました。

武井武雄や初山滋といった、今でも根強く人気のある童画家が、挿絵を描いています。しかも、古いものなのに状態は良いです。


挿絵ページが本文とは切り離され、そのページ自体が美しいはがき絵のようにも見えます。
奥付には、非売品とあり、購読者が限られた本だったのでしょうか。そのおかげで、こんなに豪華な造りになっているのかなー、などと考えてしまいました。
ちなみに、写真はイソップですが、ロシア童話集やアイルランド童話集など国別で作られている巻もあります。翻訳も中村白葉・米川正夫訳だったりと豪華です。
他にも、10月は大量の本を仕入れました。ぜひ店頭にも足をお運びください!
(おくに たかし)
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●今日のお勧め作品は、国吉康雄です。
国吉康雄
《綱渡りの女》
1938 リトグラフ
39.5×30.0cm サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●書籍のご案内
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別、送料別途)
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

◆小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
10月はノーベル賞の季節。文学賞はイギリスの作家カズオ・イシグロが受賞し、日本でも大きな話題になりました。カズオ・イシグロのお父さんは海洋学者で、『日本語からはじめる 科学・技術英文の書き方』という本を書いているそうです。もちろん絶版。こちらもネット書店では一気に値段が上がりました。そして、完売・・・。すごい。完全に一般向けではないことがタイトルからも分かるのに、やはり話題になると欲しくなるのでしょう。カズオ・イシグロの本も、当店に在庫していたものは、あっという間になくなりましたが、今月新入荷で紹介したいのも、やはり長崎出身の作家です。

野呂邦暢、代表作の『草のつるぎ』が入荷しました。
野呂は、自身の自衛隊での経験をもとに書いたこの小説で芥川賞を受賞しています。この作品は、「無意識のうちにかつての同僚や上官を裁いていた」ため、長らく自衛隊体験を書くことが出来なかった野呂に、安岡章太郎が「あるがままに書けばよい」とアドバイスし、ようやく自らの体験を書くことが出来た、と語っている作品です。その作者の言葉通り、何かを「裁く」目線は、それほど感じられず、自衛隊を舞台にした青春小説のようにも読むことが出来ます。
「熱い地面から突き出たひややかな草。草の中でぼくは爽やかになる。上気した頬が草に触れる。しびれるほど冷たい草に触れる。七月の日にあぶられても水のようにひえきった草がぼくを活気づける。硬く鋭く弾力のある緑色の物質がぼくの行く手に立ちふさがり、ぼくを拒み、ぼくを受け入れ、ぼくに抗い意気沮喪させ、ぼくを元気づける。」暑い夏の日の草の冷たさを、こんなに瑞々しく書ける作家は野呂邦暢だけです。

長崎の古本屋さんの値札がついていて、なんとなく青カバ値札を並べてみました。
もう一作は新刊です。河﨑秋子『肉弾』。これが二作目の新人作家で、粗削りなところもありますが、実力は本物です。北海道で羊飼いをしながら書き上げた一作目の『颶風の王』で、三浦綾子文学賞を受賞しデビュー。『肉弾』は、性格のまったく異なる父子が、心を通わせぬまま北海道の森に入っていきます。そこで待ちうける自然のクマや野犬。しかし、その獣たちの中にも、それぞれ人間と暮らしていた過去を持つものがいて…。この小説で圧巻なのは、その動物たちの生命力にあふれた描写と、血の描写。
人間が生きるため、獣たちも生きるために血を流す。その善悪を超えた場所で流れる血は、読者に生きることの意味や残酷さ、美しさを突きつけます。

最後は戦前に出版された装画が美しい童話集を。『世界童話大系』がバラで入荷しました。

武井武雄や初山滋といった、今でも根強く人気のある童画家が、挿絵を描いています。しかも、古いものなのに状態は良いです。


挿絵ページが本文とは切り離され、そのページ自体が美しいはがき絵のようにも見えます。
奥付には、非売品とあり、購読者が限られた本だったのでしょうか。そのおかげで、こんなに豪華な造りになっているのかなー、などと考えてしまいました。
ちなみに、写真はイソップですが、ロシア童話集やアイルランド童話集など国別で作られている巻もあります。翻訳も中村白葉・米川正夫訳だったりと豪華です。
他にも、10月は大量の本を仕入れました。ぜひ店頭にも足をお運びください!
(おくに たかし)
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●今日のお勧め作品は、国吉康雄です。
国吉康雄《綱渡りの女》
1938 リトグラフ
39.5×30.0cm サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●書籍のご案内
『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別、送料別途)
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

◆小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
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