清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第9回

 瀧口修造が亡くなって三年後の1982年7月から9月にかけて郷里の富山で「第1回現代芸術祭 ― 瀧口修造と戦後美術」展(富山県立近代美術館)が開催された。瀧口と交流のあった作家の作品を通して戦後のアバンギャルド芸術において指導的立場にあった瀧口の存在が改めてクローズアップされる展示だった。

1 「瀧口修造と戦後美術」展チラシ「瀧口修造と戦後美術」展チラシ


2 同上出品リスト同上出品リスト


3 同上カタログ同上カタログ


 このとき瀧口の書斎にあった作家たちから贈られた作品やオブジェなどが初めて公開された。だが、かつて「私の部屋にあるものは蒐集品ではない。その連想が私独自のもので結ばれている記念品」(「白紙の周辺」より)であったはずの「物」たちは主を失い、どこか所在なげに私の目には映った。一方で、デカルコマニーの連作「私の心臓は時を刻む」(1962年南画廊個展発表)には、まさにその「発生の現場」に私自身も立ち会っているような感動を覚えた。

4 瀧口修造の書斎(美術手帖1981年8月号より)瀧口修造の書斎(美術手帖1981年8月号より)


5 瀧口修造個展カタログ(1962年南画廊)瀧口修造個展カタログ(1962年南画廊)


 その後十六年間、美術館で瀧口修造をテーマとした展覧会は開催されることがなかったが、1991年から刊行が始まった著作集「コレクション瀧口修造」(みすず書房)が1998年7月に全13巻・別巻1をもって完結するのに合わせるかのように大阪の国立国際美術館で「瀧口修造とその周辺」展が開催されることになった。

6 コレクション瀧口修造全13巻・別巻1(みすず書房)コレクション瀧口修造全13巻・別巻1(みすず書房)


 同展の企画に協力していた土渕信彦さんから、このカタログの瀧口修造展覧会歴に私が松山で行った「滝口修造と画家たち展」(1989年)を載せるので、担当学芸員の島敦彦さんへその時の資料を送ってほしいとの連絡を受けた。ささやかな小展示が公の展覧会カタログに紹介されることになろうとは思いも寄らなかった。やがて招待状と素晴らしいポスターが届きオープンの日に合わせて見に行くことになったが、その会場で新たな出会いが待っていたのである。

7 「瀧口修造とその周辺」展ポスター(国立国際美術館)「瀧口修造とその周辺」展ポスター(国立国際美術館)


 本展は先の富山における展覧会の趣旨を受け継ぎながらも、海外の作家を含めてグローバルな瀧口の活動を紹介するものとなり、カタログもコンパクトに纏められ島さんの解説と資料が大変参考になった。

8 同上パンフレット(表)同上パンフレット(表)


9 同上(裏)同上(裏)


10 展示風景展示風景


11 同上カタログ同上カタログ


 この会場で土渕さんからマン・レイ・コレクターの石原輝雄さん、多摩美術大学図書館の恩蔵昇さん、富山県立近代美術館学芸員の八木宏昌さん、瀧口ファンの竹内一人さんたちを紹介された。そして、同館のシンボルとなっているミロの巨大な陶板画「無垢の笑い」の前で記念写真を撮った。後日、撮影者の石原さんから写真と共に手紙をいただいたが、親しみと共感を抱く内容で、これが機縁となって瀧口に関連した展覧会などでお会いするようになり交友が深まっていった。

12 ミロ陶板画前にて記念写真(撮影・石原輝雄)ミロ陶板画前にて記念写真(撮影・石原輝雄)


13 石原さんからの手紙石原さんからの手紙


 石原さんについては「カメラ毎日別冊・マン・レイ」(1984年刊)や「第9回オマージュ瀧口修造―マン・レイ展」(佐谷画廊1989年)の執筆者の一人として名前は知っていたが、土渕さんから送っていただいた「石原輝雄コレクション 我が愛しのマン・レイ展」(名古屋市美術館1996年)のカタログを拝見して、筋金入りのコレクターにして研究者であることを了解した。
14 カメラ毎日別冊カメラ毎日別冊


15 「第9回オマージュ瀧口修造―マン・レイ展」カタログ「第9回オマージュ瀧口修造―マン・レイ展」カタログ


16石原輝雄コレクション展カタログ(名古屋市美術館)


 マンレイスト(Man Ray Ist)を名乗り、銀紙書房と名付けた全てが石原さんの手に成る個人出版によってその収集と研究の成果を次々と発表され、いずれも少部数だが手作り本としての魅力にあふれている。2005年に刊行された「マン・レイの謎、その時間と場所」は、日本での大規模な巡回展の様子を伝えるとともに石原さんによるマン・レイ作品の謎を巡る旅のドキュメントである。一見市販本と見紛う体裁だが中身は石原さんならではの仕掛けが施され、限定50部というのがいかにも惜しまれる。石原コレクションで特筆すべきは数千点に及ぶというエフェメラ(カタログ、ポスター、案内状など)であろう。過去から現在に至る世界各地で開催された展覧会資料等の追跡の様子が石原さんのブログ「マン・レイと余白に」で逐次報告されている。

17 石原輝雄著「マン・レイの謎、その時間と場所」(銀紙書房)石原輝雄著「マン・レイの謎、その時間と場所」(銀紙書房)


18 同書より同書より


 恩蔵昇さんは「第13回オマージュ瀧口修造―アンドレ・ブルトンと瀧口修造展」(佐谷画廊1993年)カタログの執筆者として初めてその名前を知ったが、「瀧口修造の書斎」と題されたその文章に魅かれるものを感じた。写真で見る瀧口の書斎にある作品やオブジェ、本などに目を凝らしていたかつての自分を重ね合わせて読んでいた。

19「第13回オマージュ瀧口修造展アンドレ・ブルトンと瀧口修造」カタログ


 瀧口の蔵書のほとんどが綾子夫人から多摩美術大学図書館に寄贈され「瀧口文庫」として書庫に収められることになり、その整理を担当していたのが恩蔵さんだった。1996年に「瀧口文庫」コレクションの中からポスターだけを選んだ展示が行われるとの情報が土渕さんからあり、そのカタログを注文するために恩蔵さん宛に手紙を出したが、その返事には是非「文庫」を見に来ていただきたいと書かれてあった。恩蔵さんによれば「資料の内容は、和書約3,500冊、洋書2,500冊、雑誌3,000冊さらにポスター約200点およびグルッポTの作品資料など約一万点におよぶ。」という膨大な量である。1999年の6月に多摩美術大学上野毛図書館に資料展示室が開設されたとの手紙と資料を送っていただいたので、その夏に恩蔵さんを訪ねて「瀧口文庫」を見せてもらったが、その数の多さからほとんど眺めるだけで終わってしまった。

20 「瀧口修造文庫ポスターコレクション」展チラシ「瀧口修造文庫ポスターコレクション」展チラシ


21 同上カタログ同上カタログ


22 同上カタログより同上カタログより


 八木宏昌さんは私たちよりも若い世代で学芸員の仕事を通して瀧口をどのように捉えているか興味を感じていた。大阪で初めてお会いした後に富山県立近代美術館から刊行されたばかりの「私の心臓は時を刻む」の作品図録を送っていただいた。瀧口のデカルコマニー連作百点が全てカラーで、しかも一点一点の作品データまで収録されている。瀧口修造初の造形作品集として私にとっても待ち望んでいたものだった。

23 瀧口修造「私の心臓は時を刻む」(富山県立近代美術館)瀧口修造「私の心臓は時を刻む」(富山県立近代美術館)


24 同書より同書より


 八木さんからの手紙には「今という時は、瀧口さんを語るうえで客観的な見方のできる時代だと思います。(中略)現代的な仕事をしながら瀧口さんを追い求めることに疑問を覚えられるかもしれません。しかし、私にとっては、今なお開かれた瀧口さんの目というものが、私の現代美術を見る目に大きく影響しているのです。」と書かれてあった。
せいけ かつひさ

■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」全12回目次
第1回/出会いと手探りの収集活動
第2回/マルセル・デュシャン語録
第3回/加納光於アトリエを訪ねて、ほか
第4回/綾子夫人の手紙、ほか
第5回/有楽町・レバンテでの「橄欖忌」ほか
第6回/清家コレクションによる松山・タカシ画廊「滝口修造と画家たち展」
第7回/町立久万美術館「三輪田俊助回顧展」ほか
第8回/宇和島市・薬師神邸「浜田浜雄作品展」ほか
第9回/国立国際美術館「瀧口修造とその周辺」展ほか
第10回/名古屋市美術館「土渕コレクションによる 瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展ほか
第11回/横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」ほか
第12回/小樽の「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展ほか

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
20171120_瀧口修造瀧口修造
《Ⅴ-06》
水彩、墨、紙
Image size: 31.7x16.8cm
Sheet size: 31.7x16.8cm
Signed


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

本日11月20日(月)17時から銀座のギャラリーせいほうで宮脇愛子展のオープニングが開催されます。皆さまお誘いあわせの上、是非お越しください。私達もスタッフ全員参加します。
201711MIYAWAKI「宮脇愛子展 last works(2013~14)」
会期=2017年11月20日[月]~12月2日[土]
※日・祝日休廊

会場=ギャラリーせいほう 
〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目10-7 東成ビル1F
電話:03-3573-2468
最後の新作である油彩を中心に立体(ガラス、真鍮)、ドローイング、版画など。


◆「メキシコ地震被災地支援・チャリティー頒布会」の予約申し込みを連日、多くの方からいただき、スタッフはその対応にてんてこ舞いです。ミロ、シャガール、向井良吉、吉仲太造などに申し込みが集中しており、抽選になります。このままだと一点もお買いになれない方が続出し、せっかくのメキシコ地震被災地支援のお気持ちが無になりかねません
どうぞ皆さん、複数の作品を申し込んでください。
201711mexico
会期:2017年11月28日(火)~12月2日(土)
出品100点のリストは11月11日ブログに掲載し、予約受付を開始しました。
全作品、一律8,000円で頒布し、売上金全額を被災地メキシコに送金します。
※お申込みの返信は、翌営業日となります。(日・月・祝日は休廊です。)


◆ときの忘れものは「細江英公写真展」を開催しています。
会期=2017年10月31日[火]―11月25日[土]
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細江先生は秋の叙勲で旭日重光章を受章されました。
●会期中、細江英公サイン入り写真集を特別頒布しています。

●書籍のご案内
TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』図録
2017年10月
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別)*送料別途250円

*『瀧口修造展 I』及び『瀧口修造展 II』図録も好評発売中です。


安藤忠雄の奇跡安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言
2017年11月
日経アーキテクチュア(編)
B5判、352ページ
(NA建築家シリーズ 特別編 日経アーキテクチュア)
価格:2,700円+税 *送料:250円
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。
安藤先生のサイン本をときの忘れもので扱っています。

六本木の国立新美術館では「安藤忠雄展―挑戦―」が開催されています。
会期:2017年9月27日[水]~12月18日[月]
番頭おだちのオープニング・レポートはコチラを、光嶋裕介さんのエッセイ「安藤忠雄展を見て」と合わせてお読みください。
ときの忘れものでは1984年以来の安藤忠雄の版画、ドローイング作品をいつでもご覧になれます。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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