「『光画』と新興写真 モダニズムの日本展」観覧記                               

中村惠一


 東京都写真美術館で開催されている「『光画』と新興写真 モダニズムの日本展」は、1920年代末から30年代にかけて隆盛した日本における写真のモダニズム表現を見てゆくうえで極めて重要な雑誌『光画』に掲載された写真をできるかぎり見せているという点で、また『新興写真研究』というなかなか現物を直接に手に取って見ることがかなわぬ書籍が見られるという点で注目に値する展覧会である。しかし、それはモダーンフォトに関しての基礎的な知識や歴史経緯の認識があって初めて貴重さがわかるのであって、一般的にはそれを理解しておけというのはさすがに酷であり、その認識を前提に写真作品だけを並べてしまうのは少々乱暴すぎると思ったのだった。たとえば、新興写真が日本に紹介されて受容される前史、その際の状況や受容にいたる歴史的、思想的な背景などを簡単でもいいので説明しておかないと理解が浅いままで終わってしまう可能性が高い。多くの観覧者は「古いけどかっこいい写真だな」と思いながら見るだけで終わってしまっていないか。展示全体を通じて解説の不足が見る者に対して結果的に不親切になってしまっているように感じた。

01『光画』第1巻第1号
1932年
聚楽社


 私にとって『新興写真研究』は手にとってみたい書籍の常に上位にあった。新宿・西落合地域に本社をおいたオリエンタル写真工業が発行していた雑誌『フォトタイムス』。その編集主幹であった木村専一が中心になって始めた「新興写真研究会」が発行したアンソロジーが『新興写真研究』である。ちなみに主にヨーロッパの新興写真を受容し、その紹介のために「モダーンフォトセクション」というコーナーを作ったのは雑誌『フォトタイムス』であった。落合地域の文化史を調べている私にとってオリエンタル写真工業も『フォトタイムス』も「新興写真研究会」も調査の対象である。その『新興写真研究』現物が展示されている。手には取れないが貴重なそのページを覗くことができた。また新興写真研究会の会員であった飯田幸次郎の作品が『新興写真研究2』には掲載されていた。飯田は『フォトタイムス』と『光画』を主たる発表の場にした写真家である。従い、『光画』掲載の作品を展示する今回の展示においては重要な作家の一人である。だが飯田は『光画』終刊時期に行方不明になり、生没年もわからない状態であった。最近の調査によって戦後も写真館をもって東京で暮らしていたことはわかったのだが、戦前のプリントもネガも結局発見されなかった。そこで今回の展示では、ばらした雑誌『光画』のページ現物を額装して展示していた。野島康三が発行した雑誌だけあって、印刷も紙質も素晴らしい。さすがにヴィンテージプリントと並べると違和感はあるものの、展覧に耐えうるものであった。ただし、印刷物をそのまま展示した旨の説明はあった方がよいように思った。飯田の写真もプリントだと思ってみている来場者が多かった。新興写真という概念は『光画』に掲載されたような傾向の写真領域よりもはるかに広い範疇を対象にしていた。それは『フォトタイムス』誌上で多くの論客が説明しているところである。従い、仮に今回の展覧会で新興写真の広がりを見せる意図があるならば展示に不足があるものと思う。たとえば堀野正雄は『フォトタイムス』では築地小劇場の舞台写真から板垣鷹穂が展開した機械美学の実践写真まで理論と実作双方を受け持ちながら展開した。だが、『光画』に発表した写真を見るとその作風ではないものを掲載している。あきらかに作品展開をわけているのだ。今回の展覧会は1931年に開催された“「独逸国際移動写真展」による新興写真の受容と雑誌『光画』の展開”というパースペクティブなのだろうが、その流れも説明がないと分かりにくいのではと危惧する。たしかに、国際光画協会の村山知義や岡田桑三が持ち込んだこの刺激的な展覧会は、のちに『光画』の主力メンバーとなる安井仲治や木村伊兵衛にも大きな衝撃を与えた。この展示がなければ『光画』はなかったのかもしれない。今回の展覧会では、それをヤン・チヒョルトがまとめた作品集『フォトアウゲ』と木村専一がヨーロッパから持ち帰ったモダーンフォトの当時のプリントを導入部に据えていたが、これも経緯を知る人が見なければ、なぜここにヨーロッパの写真が展示されているのか理解できないのではと心配になった。モダーンフォトはヨーロッパからもたらされ当時の日本に受容された。日本国内で独自に発展をし、雑誌『光画』という成果を結実する。しかし新興写真はここをピークとして衰退する。それは世界が戦時体制に向かっていったためだ。写真はプロパガンダの道具にされてゆく。戦争での中断はありながら新興写真の表現傾向は継承され、戦後のドイツで「サブジェクティブ・フォトグラフィ」という概念で復活した。そしてリアリズムと融合しながら新たな表現の模索が現在に向かって続いた。ぜひ、大きな文脈を理解しながら見ていただきたい展覧会ではある。
なかむら けいいち

中村惠一(なかむら けいいち)
北海道大学生時代に札幌NDA画廊で一原有徳に出会い美術に興味をもつ。一原のモノタイプ版画作品を購入しコレクションが始まった。元具体の嶋本昭三の著書によりメールアートというムーブメントを知り、ネットワークに参加。コラージュ作品、視覚詩作品、海外のアーティストとのコラボレーション作品を主に制作する。一方、新宿・落合地域の主に戦前の文化史に興味をもち研究を続け、それをエッセイにして発表している。また最近では新興写真や主観主義写真の研究を行っている。
■略歴■
1960年 愛知県岡崎市生まれ
1978年 菱川善夫と出会い短歌雑誌『陰画誌』に創刊同人として参加
1982年 札幌ギャラリー・ユリイカで個展を開催
1994年 メールアートを開始
1997年 “Visual Poesy of Japan”展参加(ドイツ・ハンブルグほか)
1999年 「日独ビジュアルポエトリー展」参加(北上市・現代詩歌文学館)
2000年 フランスのPierre Garnierとの日仏共作詩”Hai-Kai,un cahier D’ecolier”刊行
2002年 “JAPANESE VISUAL POETRY”展に参加(オーストリア大使館)
2008年 “Mapping Correspondence”展参加(ニューヨークThe Center for Book Arts)
2009年 “5th International Artist’s Book Triennial Vilnius2009”展に参加(リトアニア)
2012年 “The Future” Mail Art展企画開催(藤沢市 アトリエ・キリギリス)
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●展覧会のご紹介
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「『光画』と新興写真モダニズムの日本」
会期:2018年3月6日[火]~5月6日[日]
会場:東京都写真美術館
時間:10:00~18:00 ※木・金は20:00まで(入館は閉館の30分前まで)
休館:月曜日(ただし、4月30日[月・振休]、5月1日[火]は開館)

【関連イベント】
2018年4月22日(日) 14:00~15:30
講師:飯沢耕太郎(写真評論家)
定員:50名(整理番号順入場/自由席)
会場:東京都写真美術館 1階スタジオ
入場料:無料/要入場整理券
※当日10時より東京都写真美術館1階総合受付にて整理券を配布

担当学芸員によるギャラリートーク
2018年4月20日(金) 14:00~
2018年5月4日(金・祝) 14:00~
会期中第1・第3金曜日14時より展示解説を行います。
※本展覧会のチケット(当日印)をお持ちの上、3階展示室前に集合

光画と新興写真『『光画』と新興写真―モダニズムの日本』
2018年
国書刊行会 発行
230ページ
30.4x23.3cm

目次:
・序
・第1章 同時代の海外の動き ノイエ・フォトグラフィー、ニュー・フォトグラフィー
・第2章 新興写真
・第3章 新興写真のその後
・第4章 『新興写真研究』全巻収録
・新興写真とはなんだったのか 藤村里美
・視覚文化史における『光画』とその周辺 その領域横断性の意義 谷口英理
・作家解説
・作品リスト
・論文英訳

出品リスト
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光画傑作集『光画傑作集 日本写真史の至宝 別巻』
2005年
国書刊行会 発行
144ページ
20.0x15.0cm
監修:飯沢耕太郎、金子隆一

日本写真史に画期を刻んだ幻の雑誌『光画』の魅力を示す全口絵と主要テキストを収録
野島康三、中山岩太、木村伊兵衛、伊奈信男、堀野正雄、安井仲治、原弘、中井正一、板垣鷹穂、長谷川如是閑…

●本日のお勧め作品は中山岩太です。
nakayama_02中山岩太
「無題(パイプとグラスと舞)」
1932年(Printed later)
ゼラチンシルバープリント
23.0x29.0cm

nakayama_03中山岩太
「作品名不詳(マスク)」
1933年(Printed later)
ゼラチンシルバープリント
23.0x21.0cm

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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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