「戦後美術の現在形 池田龍雄展 楕円幻想」のこと
喜夛孝臣(練馬区立美術館学芸員)
練馬区立美術館で開催している池田龍雄の個展は、3年ぐらい前から企画が動きはじめた。1950年代から変転する美術の世界であゆみ続けた池田氏も、いまや80代後半(今年で90才!)。作家ご本人がお元気なうちに、その画業を顕彰する回顧展を開催する。まずは、それだけが決まって、ご自宅を訪ねて開催のご相談をはじめ、日々の仕事の合間をみつけながら準備を始めた。
個展を開くにあたって、二つの目標をたてた。一つは、これまで活字になっていない作家の活動の記録を少しでも残すこと。もう一つは、池田氏の記憶をもとに語られてきた活動を、できるだけ当時の資料から再構成すること。そのために、画家としてはかなりの執筆量である池田氏の文献をあつめはじめる一方で、本人からお話をうかがうために、練馬区石神井台にある氏のお宅をたびたび訪れることになった。
練馬区立美術館
「戦後美術の現在形 池田龍雄展 楕円幻想」展示風景


池田氏の70年にも及ぶ画業の特徴の一つに、さまざまなグループに参加していることが挙げられる。公募団体には関わっていないが、岡本太郎の〈アヴァンギャルド芸術研究会〉を皮切りに、自ら幾度もグループをつくって、多くの人と交わった。氏のお話には、安部公房や瀧口修造、河原温や石子順造、土方巽といった戦後の日本文化を語るに欠かせない錚々たる面々の名が飛び交い、「安部公房が初個展で作品を買ってくれたんだ」とか、「御代田の別荘にある倉庫は、瀧口さんのお宅から移築したものなんだよ」といったエピソードを聞かせてもらった。そうした話をうかがっているうちに、いまや記録の中だけにある人たちの生身の姿がまざまざと思い起こされ、時空が歪むような不思議な感覚を覚えることもしばしばであった。
河原温や前田常作など、池田氏とともにグループをつくって制作してきた人たちは、次々と海外に出て行った。篠原有司男や荒川修作といった少し後の世代の人たちもアメリカに行く。周りの身近な作家たちが日本から飛び出して、海外にうってでるなか、ご自身も海外で制作しようと考えたことはなかったですか、そんな質問をしたことがあった。池田氏は、「自分は、そんなことは考えなかった。生まれた日本でやっていこうと思っていた」と回答してくれた。池田氏の考え方や基盤とするものが見えてくるこうした雑談のなかから得た感触は、わたしが氏の活動の輪郭を思い描くのに大いに参考になった。
ある画廊でこのような話を聞いた。大抵の画家は、個展をすれば、所属している団体の画家など同じ傾向をもつ人たちが見に来るものだ。でも、池田さんは違う。池田さんの個展にはグループは全然関係なく、主義も主張も違う多種多様な人たちが押し寄せて来るのだと。話をしてくれた人は、そこに八方美人のような否定的ニュアンスをいささか込めていたけれど、わたしにはそう思えなかった。垣根を作らず、分け隔てなく多くの人と交流を持つそのあり方は、戦後から一貫する姿勢である。池田氏は「関係性の中で自己を規定している」、そのように話してくれたこともあった。社会の中で演じさせられる役割、虚構性を帯びた日々のドラマに焦点をあてた氏の代表的なシリーズ「百仮面」には、こうした氏の考えが投影されているのだろう。



今回の展覧会では、池田龍雄の作品が190点ならんでいる。70年におよぶ画業は、油彩やペン画、パフォーマンスにオブジェと驚くほどの変貌を見せた。日本社会に向き合い、多くの人と交わりながら真摯に美術を考え続けた氏のあゆみは、戦後から今に至る美術のあゆみに寄り添いながら続いている。現在形の画家、池田龍雄の画業を会場で是非御覧頂きたい。
(きた たかおみ)
■喜夛孝臣 Takaomi KITA
1978年生まれ。早稲田大学卒、同大学院博士課程満期退学。早稲田大学會津八一記念博物館助手、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館学芸員を経て、現在、練馬区立美術館学芸員。
担当した企画展は、「戦争画の相貌—花岡萬舟連作—」(09年)、「新耽奇会展—奇想天外コレクション」(13年)、「あしたのジョー、の時代」(14年)、「没後50年“日本のルソー”横井弘三の世界展」(16年)、「朝井閑右衛門—空想の饗宴」(16年)など。
このブログでは<花束の如く美しく―「松本竣介と野田英夫―大川美術館収蔵品を中心に―」展を見て―>を執筆。
右から新たに館長に就任した秋元雄史さん、ご子息の池田哲さん、夫人の紀子さん、池田龍雄先生、担当学芸員の喜夛孝臣さん
2018年4月25日レセプションにて
練馬区立美術館
●展覧会のご紹介


「戦後美術の現在形 池田龍雄展―楕円幻想」
会期:2018年4月26日[木]~6月17日[日]
会場:練馬区立美術館
時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館:月曜(但し4月30日は開館、翌5月1日は休館)
1928年に佐賀県伊万里市に生まれた池田龍雄は、特攻隊員として訓練中に敗戦を迎えます。占領期に故郷の師範学校に編入しますが、軍国主義者の烙印をおされ追放にあいました。戦中から戦後の大きな価値の転回に立ち会い、国家権力に振り回され続けたこの体験が、池田の原点を形作りました。
1948年、画家を目指して上京した池田は、岡本太郎や花田清輝らによる〈アヴァンギャルド芸術研究会〉に飛び込みます。以後、文学、演劇、映像とジャンル横断的に繰り広げられる戦後美術のなかで、多彩な芸術家や美術批評家と交わりながら、自らの制作活動を展開していきます。
個人として厳しく社会と向き合いながら、一個の生命として宇宙の成り立ちを想像する。90歳を目前に控えたいまもなお歩み続ける彼の画業は、時代と切り結び思考する苦闘の足跡であり、戦後から現在にいたる日本の美術や社会のありようを映し出しています。
練馬区立美術館では1997年に「池田龍雄・中村宏」展を開催しており、今回は練馬では20年ぶりの池田龍雄回顧展となります。本展では、50年代から第一線で活躍し続ける池田の作品に息づく、戦後美術の現在形に迫ります。
(練馬区立美術館HPより転載)
●群馬県高崎市のレーモンド建築ツアーを開催します。
日時:2018年6月23日(土)13時高崎駅集合
1952年竣工の旧井上房一郎邸
画像は高崎市役所ホームページより。
1961年竣工の群馬音楽センター、1991年開館の高崎市美術館を見学し、明治14年(1881年)創業の魚仲で会食懇談します。
講師:熊倉浩靖、塚越潤(高崎市美術館館長)
詳しくは、メールにてお問い合わせください。※お問い合わせには必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
恐縮ですが、名無しのメールにはお答えしません。
◆ときの忘れものは「没後70年 松本竣介展」を開催しています。
会期:2018年5月8日[火]―6月2日[土]
11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
ときの忘れものは生誕100年だった2012年に初めて「松本竣介展」を前期・後期にわけて開催しました。あれから6年、このたびは素描16点による「没後70年 松本竣介展」を開催します。

●「没後70年 松本竣介展」出品作品を順次ご紹介します
出品No.18)
松本竣介
《古代建築》
紙にインク、水彩
Image size: 16.9x11.8cm
Sheet size: 20.3x14.0cm
※『松本竣介展』(2012年、ときの忘れもの)p.8所収 No.10
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●本展の図録を刊行しました
『没後70年 松本竣介展』
2018年
ときの忘れもの 刊行
B5判 24ページ
テキスト:大谷省吾(東京国立近代美術館美術課長)
作品図版:16点
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
税込800円 ※送料別途250円
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

喜夛孝臣(練馬区立美術館学芸員)
練馬区立美術館で開催している池田龍雄の個展は、3年ぐらい前から企画が動きはじめた。1950年代から変転する美術の世界であゆみ続けた池田氏も、いまや80代後半(今年で90才!)。作家ご本人がお元気なうちに、その画業を顕彰する回顧展を開催する。まずは、それだけが決まって、ご自宅を訪ねて開催のご相談をはじめ、日々の仕事の合間をみつけながら準備を始めた。
個展を開くにあたって、二つの目標をたてた。一つは、これまで活字になっていない作家の活動の記録を少しでも残すこと。もう一つは、池田氏の記憶をもとに語られてきた活動を、できるだけ当時の資料から再構成すること。そのために、画家としてはかなりの執筆量である池田氏の文献をあつめはじめる一方で、本人からお話をうかがうために、練馬区石神井台にある氏のお宅をたびたび訪れることになった。
練馬区立美術館「戦後美術の現在形 池田龍雄展 楕円幻想」展示風景


池田氏の70年にも及ぶ画業の特徴の一つに、さまざまなグループに参加していることが挙げられる。公募団体には関わっていないが、岡本太郎の〈アヴァンギャルド芸術研究会〉を皮切りに、自ら幾度もグループをつくって、多くの人と交わった。氏のお話には、安部公房や瀧口修造、河原温や石子順造、土方巽といった戦後の日本文化を語るに欠かせない錚々たる面々の名が飛び交い、「安部公房が初個展で作品を買ってくれたんだ」とか、「御代田の別荘にある倉庫は、瀧口さんのお宅から移築したものなんだよ」といったエピソードを聞かせてもらった。そうした話をうかがっているうちに、いまや記録の中だけにある人たちの生身の姿がまざまざと思い起こされ、時空が歪むような不思議な感覚を覚えることもしばしばであった。
河原温や前田常作など、池田氏とともにグループをつくって制作してきた人たちは、次々と海外に出て行った。篠原有司男や荒川修作といった少し後の世代の人たちもアメリカに行く。周りの身近な作家たちが日本から飛び出して、海外にうってでるなか、ご自身も海外で制作しようと考えたことはなかったですか、そんな質問をしたことがあった。池田氏は、「自分は、そんなことは考えなかった。生まれた日本でやっていこうと思っていた」と回答してくれた。池田氏の考え方や基盤とするものが見えてくるこうした雑談のなかから得た感触は、わたしが氏の活動の輪郭を思い描くのに大いに参考になった。
ある画廊でこのような話を聞いた。大抵の画家は、個展をすれば、所属している団体の画家など同じ傾向をもつ人たちが見に来るものだ。でも、池田さんは違う。池田さんの個展にはグループは全然関係なく、主義も主張も違う多種多様な人たちが押し寄せて来るのだと。話をしてくれた人は、そこに八方美人のような否定的ニュアンスをいささか込めていたけれど、わたしにはそう思えなかった。垣根を作らず、分け隔てなく多くの人と交流を持つそのあり方は、戦後から一貫する姿勢である。池田氏は「関係性の中で自己を規定している」、そのように話してくれたこともあった。社会の中で演じさせられる役割、虚構性を帯びた日々のドラマに焦点をあてた氏の代表的なシリーズ「百仮面」には、こうした氏の考えが投影されているのだろう。



今回の展覧会では、池田龍雄の作品が190点ならんでいる。70年におよぶ画業は、油彩やペン画、パフォーマンスにオブジェと驚くほどの変貌を見せた。日本社会に向き合い、多くの人と交わりながら真摯に美術を考え続けた氏のあゆみは、戦後から今に至る美術のあゆみに寄り添いながら続いている。現在形の画家、池田龍雄の画業を会場で是非御覧頂きたい。
(きた たかおみ)
■喜夛孝臣 Takaomi KITA
1978年生まれ。早稲田大学卒、同大学院博士課程満期退学。早稲田大学會津八一記念博物館助手、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館学芸員を経て、現在、練馬区立美術館学芸員。
担当した企画展は、「戦争画の相貌—花岡萬舟連作—」(09年)、「新耽奇会展—奇想天外コレクション」(13年)、「あしたのジョー、の時代」(14年)、「没後50年“日本のルソー”横井弘三の世界展」(16年)、「朝井閑右衛門—空想の饗宴」(16年)など。
このブログでは<花束の如く美しく―「松本竣介と野田英夫―大川美術館収蔵品を中心に―」展を見て―>を執筆。
右から新たに館長に就任した秋元雄史さん、ご子息の池田哲さん、夫人の紀子さん、池田龍雄先生、担当学芸員の喜夛孝臣さん2018年4月25日レセプションにて
練馬区立美術館
●展覧会のご紹介


「戦後美術の現在形 池田龍雄展―楕円幻想」
会期:2018年4月26日[木]~6月17日[日]
会場:練馬区立美術館
時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館:月曜(但し4月30日は開館、翌5月1日は休館)
1928年に佐賀県伊万里市に生まれた池田龍雄は、特攻隊員として訓練中に敗戦を迎えます。占領期に故郷の師範学校に編入しますが、軍国主義者の烙印をおされ追放にあいました。戦中から戦後の大きな価値の転回に立ち会い、国家権力に振り回され続けたこの体験が、池田の原点を形作りました。
1948年、画家を目指して上京した池田は、岡本太郎や花田清輝らによる〈アヴァンギャルド芸術研究会〉に飛び込みます。以後、文学、演劇、映像とジャンル横断的に繰り広げられる戦後美術のなかで、多彩な芸術家や美術批評家と交わりながら、自らの制作活動を展開していきます。
個人として厳しく社会と向き合いながら、一個の生命として宇宙の成り立ちを想像する。90歳を目前に控えたいまもなお歩み続ける彼の画業は、時代と切り結び思考する苦闘の足跡であり、戦後から現在にいたる日本の美術や社会のありようを映し出しています。
練馬区立美術館では1997年に「池田龍雄・中村宏」展を開催しており、今回は練馬では20年ぶりの池田龍雄回顧展となります。本展では、50年代から第一線で活躍し続ける池田の作品に息づく、戦後美術の現在形に迫ります。
(練馬区立美術館HPより転載)
●群馬県高崎市のレーモンド建築ツアーを開催します。
日時:2018年6月23日(土)13時高崎駅集合
1952年竣工の旧井上房一郎邸画像は高崎市役所ホームページより。
1961年竣工の群馬音楽センター、1991年開館の高崎市美術館を見学し、明治14年(1881年)創業の魚仲で会食懇談します。
講師:熊倉浩靖、塚越潤(高崎市美術館館長)
詳しくは、メールにてお問い合わせください。※お問い合わせには必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
恐縮ですが、名無しのメールにはお答えしません。
◆ときの忘れものは「没後70年 松本竣介展」を開催しています。
会期:2018年5月8日[火]―6月2日[土]
11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
ときの忘れものは生誕100年だった2012年に初めて「松本竣介展」を前期・後期にわけて開催しました。あれから6年、このたびは素描16点による「没後70年 松本竣介展」を開催します。

●「没後70年 松本竣介展」出品作品を順次ご紹介します
出品No.18)松本竣介
《古代建築》
紙にインク、水彩
Image size: 16.9x11.8cm
Sheet size: 20.3x14.0cm
※『松本竣介展』(2012年、ときの忘れもの)p.8所収 No.10
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●本展の図録を刊行しました
『没後70年 松本竣介展』2018年
ときの忘れもの 刊行
B5判 24ページ
テキスト:大谷省吾(東京国立近代美術館美術課長)
作品図版:16点
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
税込800円 ※送料別途250円
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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