アカデミズム番外地、元永定正の抜けた創造力。
高北幸矢(清須市はるひ美術館館長)
2018年7月14日より9月30日まで、清須市はるひ美術館において「元永定正展」が開催されている。今も売れ続けている人気絵本「もこ もこもこ」(文・谷川俊太郎)や「もけらもけら」(文・山下洋輔)などの原画を主に、版画、インスタレーションなどを紹介している。

元永定正を語るとき、28年先輩でありながら同郷(元永の生まれた伊賀市の隣名張市で私は生まれた)の親しみを勝手にずっと抱いてきた。それはアカデミズムとは遠くかけ離れた田舎町で、芸術に関わっていく者の精神のありようを共にすることでもあった。
漫画家志望の元永は上野商業を卒業後、国鉄や郵便局に勤務。そのような中、洋画家濱邊萬吉との出会いは「芸術・文化とは何か」の端を開いていくもので、人生の道を決定づけていくものであったと思われる。造形的影響という小さなものではなく、思想を形作っていくことがなされたに違いない。
30歳、神戸に移り住んだ元永は、ダイナミズム渦巻く具体美術協会のリーダー吉原治良と出会う。当時のアカデミズムとはその議論さえ無意味とする具体美術協会の活動は、元永に美術家としての命を吹き込んで行く場となった。
美術家としての活動の必須要件であるかのようなデッサン力は、デッサン力を身に付けた者も身に付けぬ者にも、その呪いはアカデミズムと共謀して多くの若い美術家に襲いかかる。絵画評の「デッサンの狂いが、デッサン力の不足が・・・」はどれだけ虚しい評であるか。アカデミズムとは無縁の元永が、この呪いに絡め取られなかったことは、その後の活動をも含めて大きな意味を持つものと考える。
1966年ニューヨークに渡り、アクリル絵の具やエアブラシなど表現方法に大きな影響を与えるものとの出合いがある。そうした物理的な出来事は、それを是として裏付ける思考が必要である。元永は1960年にグラフィックデザイナー中辻悦子と出会っている。後に夫婦となり、制作パートナーとなる中辻との出会いは、元永作品から重苦しい絵画芸術らしさを取り去っていく。漫画家志望であった元永が、「表現における要となるものとは何か」に改めて気付いたのかもしれない。中辻悦子と同じグラフィックデザイナーであった私は、元永作品の変容を中辻の感性と切り離しては考えることができないと断言することができる。そこにアクリル絵の具やエアブラシなど表現方法との出合いがあった。

そして絵本「もこ もこもこ」の誕生である。美術館では絵本の原画を展示しているが、原画が本物で絵本が複製というわけではない。絵本が本物で、原画はその絵本を創り出すための道具である。表現すべき最終地は絵本であり、そのための原画はあくまでも黒子である。紙と印刷インクで表現される絵本は、作者自身が紙と印刷インクで脳裏に描いているのである。一般に多くの美術家が、原画に主役を置き、紙と印刷インクによって原画に忠実に再現することを求める。どれだけの印刷技術で挑んでも、結果は原画に対しての複製でしかない。グラフィックデザイナーは、最初から紙と印刷インクで発想し描いているのである。プロセスとして印刷過程があろうとも、仕上がる絵本のために原画がどうあるべきかという態度で制作される。
シルクスクリーンなどによる版画作品も同様で、たとえ原画が紛失しようとも版画の価値はなんら変わることはない、第一目的は原画ではなく版画であるのだから。グラフィックデザイナーとして印刷に精通した中辻と日常をともにしている元永の創作が、絵本やシルクスクリーン版画に秀逸なものを残していることは当然のことと考える。

ユーモラスな形と明るい色彩で、難解とされる前衛抽象画のイメージを一新させ、自らを芸術理論に振り回されない「アホ派」と称していることは、多くの拍手喝采を浴びた。そこにはアカデミズムや反アカデミズムから絡め取られないアカデミズム番外地に住み続けた元永定正の天分がある。
(たかきた ゆきや)



■高北幸矢 YUKIYA TAKAKITA
アーティスト、デザイナー、プロデューサー
清須市はるひ美術館館長、高北デザイン研究所主宰、ギャラリースペースプリズム主宰、愛知芸術文化協会理事長。
1950 年三重県生まれ。三重大学教育学部美術科卒業。
名古屋造形大学講師、助教授、教授、学長を経て現在名古屋造形大学名誉教授。
1972~2017年名古屋、東京、スペイン(バルセロナ)、台湾(台南)、アメリカ(ボイシー)などで個展57回。
コレクション:ニューヨーク近代美術館、ポーランド・ポズナン美術館、チューリッヒ・造形美術館、ワルシャワ・ポスター美術館、カナダ・ストラッドフォード美術館、ハンブルグ美術工芸博物館、ラハチポスター美術館(フィンランド)、ペ-チガレリア美術館(ハンガリー)、ハリコフ美術館(ウクライナ)、富山県立近代美術館、古川美術館、極小美術館、椿大神社等。
facebook http://www.facebook.com/yukiya.takakita
twitter https://twitter.com/takakitay
●「元永定正展 おどりだすいろんないろとかたちたち」
会期:2018年7月14日~9月30日
会場:清須市はるひ美術館
愛知県清須市春日夢の森1、電話:052-401-3881
休館日:月曜日(7月16日、9月24日は開館)7月17日、9月25日
観覧料:一般800円、大学・高校生600円、中学生以下は無料
アクセス:JR清洲駅徒歩20分
URL http://www.museum-kiyosu.jp
*画廊亭主敬白
高北先生は名古屋造形大学学長時代、たしか「学長ブログ」というタイトルでほぼ毎日、学内行事、授業はもとより、学外の展覧会などを実にこまめに回り、学生や親御さんへ、そして高北ファンである私たちに向けて発信しておられた。写真とともに率直に語りかけるブログはとても人気があった。
アートフェアで名古屋に行くと、自家用車で宿まで迎えに来てくださり、地元の人しか知らない素晴らしい場所にご案内してくださる。いつもお世話になってばかりです。
学長を退任されて、「学長ブログ」も無くなり寂しく思っていたのですが、2012年4月より、清須市はるひ美術館館長に就任され、お元気なご様子。ますますのご活躍をお祈りしています。
高北幸矢(清須市はるひ美術館館長)
2018年7月14日より9月30日まで、清須市はるひ美術館において「元永定正展」が開催されている。今も売れ続けている人気絵本「もこ もこもこ」(文・谷川俊太郎)や「もけらもけら」(文・山下洋輔)などの原画を主に、版画、インスタレーションなどを紹介している。

元永定正を語るとき、28年先輩でありながら同郷(元永の生まれた伊賀市の隣名張市で私は生まれた)の親しみを勝手にずっと抱いてきた。それはアカデミズムとは遠くかけ離れた田舎町で、芸術に関わっていく者の精神のありようを共にすることでもあった。
漫画家志望の元永は上野商業を卒業後、国鉄や郵便局に勤務。そのような中、洋画家濱邊萬吉との出会いは「芸術・文化とは何か」の端を開いていくもので、人生の道を決定づけていくものであったと思われる。造形的影響という小さなものではなく、思想を形作っていくことがなされたに違いない。
30歳、神戸に移り住んだ元永は、ダイナミズム渦巻く具体美術協会のリーダー吉原治良と出会う。当時のアカデミズムとはその議論さえ無意味とする具体美術協会の活動は、元永に美術家としての命を吹き込んで行く場となった。
美術家としての活動の必須要件であるかのようなデッサン力は、デッサン力を身に付けた者も身に付けぬ者にも、その呪いはアカデミズムと共謀して多くの若い美術家に襲いかかる。絵画評の「デッサンの狂いが、デッサン力の不足が・・・」はどれだけ虚しい評であるか。アカデミズムとは無縁の元永が、この呪いに絡め取られなかったことは、その後の活動をも含めて大きな意味を持つものと考える。
1966年ニューヨークに渡り、アクリル絵の具やエアブラシなど表現方法に大きな影響を与えるものとの出合いがある。そうした物理的な出来事は、それを是として裏付ける思考が必要である。元永は1960年にグラフィックデザイナー中辻悦子と出会っている。後に夫婦となり、制作パートナーとなる中辻との出会いは、元永作品から重苦しい絵画芸術らしさを取り去っていく。漫画家志望であった元永が、「表現における要となるものとは何か」に改めて気付いたのかもしれない。中辻悦子と同じグラフィックデザイナーであった私は、元永作品の変容を中辻の感性と切り離しては考えることができないと断言することができる。そこにアクリル絵の具やエアブラシなど表現方法との出合いがあった。

そして絵本「もこ もこもこ」の誕生である。美術館では絵本の原画を展示しているが、原画が本物で絵本が複製というわけではない。絵本が本物で、原画はその絵本を創り出すための道具である。表現すべき最終地は絵本であり、そのための原画はあくまでも黒子である。紙と印刷インクで表現される絵本は、作者自身が紙と印刷インクで脳裏に描いているのである。一般に多くの美術家が、原画に主役を置き、紙と印刷インクによって原画に忠実に再現することを求める。どれだけの印刷技術で挑んでも、結果は原画に対しての複製でしかない。グラフィックデザイナーは、最初から紙と印刷インクで発想し描いているのである。プロセスとして印刷過程があろうとも、仕上がる絵本のために原画がどうあるべきかという態度で制作される。
シルクスクリーンなどによる版画作品も同様で、たとえ原画が紛失しようとも版画の価値はなんら変わることはない、第一目的は原画ではなく版画であるのだから。グラフィックデザイナーとして印刷に精通した中辻と日常をともにしている元永の創作が、絵本やシルクスクリーン版画に秀逸なものを残していることは当然のことと考える。

ユーモラスな形と明るい色彩で、難解とされる前衛抽象画のイメージを一新させ、自らを芸術理論に振り回されない「アホ派」と称していることは、多くの拍手喝采を浴びた。そこにはアカデミズムや反アカデミズムから絡め取られないアカデミズム番外地に住み続けた元永定正の天分がある。
(たかきた ゆきや)



■高北幸矢 YUKIYA TAKAKITA
アーティスト、デザイナー、プロデューサー
清須市はるひ美術館館長、高北デザイン研究所主宰、ギャラリースペースプリズム主宰、愛知芸術文化協会理事長。
1950 年三重県生まれ。三重大学教育学部美術科卒業。
名古屋造形大学講師、助教授、教授、学長を経て現在名古屋造形大学名誉教授。
1972~2017年名古屋、東京、スペイン(バルセロナ)、台湾(台南)、アメリカ(ボイシー)などで個展57回。
コレクション:ニューヨーク近代美術館、ポーランド・ポズナン美術館、チューリッヒ・造形美術館、ワルシャワ・ポスター美術館、カナダ・ストラッドフォード美術館、ハンブルグ美術工芸博物館、ラハチポスター美術館(フィンランド)、ペ-チガレリア美術館(ハンガリー)、ハリコフ美術館(ウクライナ)、富山県立近代美術館、古川美術館、極小美術館、椿大神社等。
facebook http://www.facebook.com/yukiya.takakita
twitter https://twitter.com/takakitay
●「元永定正展 おどりだすいろんないろとかたちたち」
会期:2018年7月14日~9月30日
会場:清須市はるひ美術館
愛知県清須市春日夢の森1、電話:052-401-3881
休館日:月曜日(7月16日、9月24日は開館)7月17日、9月25日
観覧料:一般800円、大学・高校生600円、中学生以下は無料
アクセス:JR清洲駅徒歩20分
URL http://www.museum-kiyosu.jp
*画廊亭主敬白
高北先生は名古屋造形大学学長時代、たしか「学長ブログ」というタイトルでほぼ毎日、学内行事、授業はもとより、学外の展覧会などを実にこまめに回り、学生や親御さんへ、そして高北ファンである私たちに向けて発信しておられた。写真とともに率直に語りかけるブログはとても人気があった。
アートフェアで名古屋に行くと、自家用車で宿まで迎えに来てくださり、地元の人しか知らない素晴らしい場所にご案内してくださる。いつもお世話になってばかりです。
学長を退任されて、「学長ブログ」も無くなり寂しく思っていたのですが、2012年4月より、清須市はるひ美術館館長に就任され、お元気なご様子。ますますのご活躍をお祈りしています。
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