小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第3回

写真歌謡論  The Chainsmokers の「Closer」(2016)と「#SELFIE」(2014)

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今回紹介するのは、アメリカDJ、プロデューサー、シンガーソングライターのデュオとして活動 するザ・チェインスモーカーズ (The Chainsmokers ア ンドリュー・タガートとアレックス・ポール) の大ヒット曲「Closer(Featuring Halsey)」 (図1)(2016)と、彼らの最初のヒッ トとなった「#SELFIE」(2014)です。「Closer」は体にタトゥを施した男女が抱き合う(図1)ヴィジュアルからも察しがつくように、男女二人が歌うラブソングで、2018年10月時点で、Youtubeでの動画再生回数が21億回を超え、様々なミュージシャンがカヴァーした動画や歌詞の和訳も公開されていることからも根強い人気の高さが伺えます。歌詞の内容は、ざっくりと掻い摘むと「4年前に別れたカップルがホテルのバーで再会し、やけボックリに火がつき、色々と思い出し、呵責を感じながら燃え上がる」というものです。タイトルの「Closer」は歌詞の「So, baby, pull me closer(だからベイビー、もっとそばに抱き寄せて)」から取られており、ビジュアルに使われているタトゥは、「Bite that tattoo on your shoulder(肩のタトゥを噛んで)」というところに因みます。相手の名前や想いを刻み込んだタ トゥを「噛む」という表現に、戻れない過去や痛みが込められている、と言えるでしょう。歌詞の中には写真に関連する言葉は登場しないのですが、ミュージック・ビデオの中に、インスタント写真が重要な小道具として用いられており、現在のヒット曲の中での写真の扱いを考える上で見逃すことのできない写真歌謡と 言えるでしょう。

02(図2、3)「Closer」ミュージック・ビデオより

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ミュージック・ビデオには、歌詞の内容を説明するようになぞる(男女がホテルのバーで再会するとか、ローバーの後部座席で抱き合うなど)のではく、バカンスを楽しむ美男美女のカップルがドライブをして、ビーチで戯れ、夕日を眺め、お互いの写真を撮り、撮った写真を二人で眺め、イ チャイチャするという、要するに「恋愛の一番盛り上がって幸せな場面」だけを寄せ集めるよう に編集されています。場面のシークエンス全体を通して、歌詞が白いマーカーで手書きされた文字の字幕として画面の中で弾んだり、動いたりするようにして、男女の歌声とシンクロするように流れていきます。(図2、3)歌詞の中では、「We ain’t ever getting older(僕らはあの頃と変わらない)」というフレーズが繰り返され、カップルの幸せそうな様子が「盛り上がっていたあ の頃」を指しているようにも読み取られます。映像は、海辺で戯れ、ドライブするカップルから距離を置き、時には空撮で捉えることで彼らが二人だけの世界にいて、スマートフォンではなくインスタント・カメラでお互いを撮影し、撮った写真を見る場面を捉えることで、SNSを通して不特定多数の誰かに公開するのではなく、二人だけが共有する記憶の縁としての写真を強く印象づけ ます。歌詞に描き出される男女の関係と映像、手書きの文字、インスタント写真の手触りが重なり合っていることが、多くの視聴者の感情に訴えかけるのかもしれません。SNS全盛の時代にあって、ここ2、3年は、フィルム写真のぼやけた粗い画面に新鮮さを感じる若い人達の間でインスタ ント・カメラや「写ルンです」で写真を撮ることが流行っていると言われますが、このミュージック・ビデオもまた、そのような時流を反映して作り出されたものと言えるでしょう。「Closer」の大ヒットに先立ち、ザ・チェインスモーカーズの名前を一躍世に知らしめたのが 「#SELFIE」(2014)です。「セルフィー(自撮り)」という言葉は、2013年に新しい言葉と して注目を集めオックスフォード英語辞典にも記載されるようになりました。この曲は、クラブに遊びに来た女性二人が、酔ってトイレで鏡の前で交わす会話がそのままリズムに乗っていて、男性のことやクラブの様子、ほかの女性客のことなど身も蓋もないことを喋りながら、インスタグラムで公開するためのセルフィを撮る場面が描かれています。(歌詞の内容はこちらミュージック・ビデオの中には、クラブで盛り上がる映像や、著名人を含むさまざまな人のセルフィーが挿入されています。鏡ごしにポーズをしてセルフィを撮り、ハッシュタグやキャプションを考え、写真がよく見えるようにフィルターを選び、インスタグラムに投稿したら「いいね!」 の数を確認し、反応が悪ければ削除して撮り直しをするというような一連の流れを歌うことで、 誰もが絶えず自分の姿がどう見えるか、他者からの反応や視線を気にかけているSNS時代一端を描き出しています。(図4、5)

04(図4)「#SELFIE」ミュージック・ビデオより セルフィーを撮る場面

05(図5) ライブの観客と共に、自撮りをするThe Chainsmokersの二人

「#SELFIE」と「Closer」の両方を続けて視聴してみると、「#SELFIE」はスマートフォンのカメラによる過剰な自己イメージの氾濫と不特定多数の他者からの視線に晒されるありようを描き出し、「Closer」はインスタントカメラを手にすることで、SNSや電波の届かない(「Closer」 の中でカップルはスマートフォンを一度も手にすることがありません)「誰にも邪魔されない二人だけの親密な世界」の中に入り込んでいるという点で、対照的な方法で写真が扱われているように感じ取られます。 The Chainsmokersが、ライブやYoutubeを通して注目を集め、ヒットを飛ばしているのは、視 聴者が、写真や映像を介してどのように自分自身や他者に関心を持ち、活用しているのかその方法を敏感に察知し、表現しているからなのでしょう。また、写真をプリントする機会が極めて少なくなった昨今のインスタント写真の流行は、このようなミュージック・ビデオとも深く結びついていますし、現在のアメリカを代表する女性ポップシンガー、テイラー・スウィフトが富士フイルムのインスタントカメラInstaxのCMに出演したり、テイラー・スウィフトがデザインを監修した製品Taylor Swift Editionも発売されています。デジタル写真、SNS全盛の時代にあって、顔の見えない相手と画像を拡散してシェアすることよりも、「もの」としての写真を通して、身近な人と実感を伴う関係を希求する傾向の表れとも言えるかもしれません。
こばやし みか

●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●本日のお勧め作品は、倉俣史朗です。
48薔薇の封印一輪倉俣史朗
《Sealing of rose 薔薇の封印(一輪)》 
2004年 アクリル・造花
14.0x9.5x6.0cm  
*シール付き
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阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
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