久保講堂雑感
~第一回久保貞次郎の会・真岡ツアー


井上 祐一


 「久保貞次郎の会」のお招きで、栃木県真岡市に建つ久保講堂(旧真岡尋常高等小学校講堂)の見学レクチャーをすることになった。久保講堂を訪れるのは久しぶりで、私自身とても楽しみにしてその日を待った。

 天気予報では、10月27日は雨模様ということだったので、心配していたものの当日は心地よく晴れた。
青空を背に凛として佇む講堂の姿は清々しく、堂々と立つ二つの塔が迎えてくれた。
DSCF3126(撮影:井上祐一)

  久保講堂は、遠藤新〔えんどうあらた1889-1951〕の設計で、1938年(昭和8)に竣工した。設計者の遠藤新は、旧帝国ホテル〔玄関部分が博物館明治村に建つ〕の設計で知られるアメリカの建築家・フランク・ロイド・ライトの高弟で、自由学園校舎群や旧甲子園ホテル、満洲中央銀行倶楽部など規模の大きい建築のほか、福田得志邸(1925)、石原謙邸(1927)、加地利夫別邸(1928)、矢田部勁吉邸(1928)、恩地孝四郎邸(1932)など、多数の住宅を手がけている。最晩年には、目白ヶ丘教会(1950)が鉄筋コンクリートで建てられ、現在も美しい姿を見せている。

 久保講堂は、1997年に国の登録有形文化財に登録されている。久保講堂のほかに萩原庫吉邸(1924)、旧近藤賢二別邸(1925現藤沢市民会館別館)、旧甲子園ホテル(1930現武庫川女子大学)、笹屋ホテル(1932・1934)、小宮一郎邸(1937)、如蘭塾(1943)そして目白ヶ丘教会(1950)が国の登録有形文化財に登録されており、遠藤設計の建築の現存数は大幅に減少したとはいうものの、現在も大切に使い続けられている多くの建築の存在が、建築あるいは生活にとって設計とは何かを示す指標として設計者の建築哲学を伝えている。
DSCF3149(撮影:井上祐一)

 1938年に竣工した久保講堂は、現存する三つの講堂(自由学園講堂(1927現明日館講堂)、自由学園女子部講堂(1934)、久保講堂)のひとつで、この三つの講堂を三姉妹とすれば久保講堂は末っ子である。この末っ子の久保講堂が三つの中で規模が一番大きく、他の二つの講堂とは少々異なる建築空間が創作されている。
 久保講堂が建てられた場所は、真岡城跡のある台地に建つ真岡尋常高等小学校の敷地の西端で、講堂の直ぐ西側が崖で、他の二つの講堂とは、敷地条件においても異なっていた。既存校舎は、敷地の南側にコの字形、その北側に東西に長い4棟が等間隔に配置されていた。校舎の西側にあたる敷地端に計画された講堂は、校舎と手をつなぐような格好で延びる屋根付の二つの外廊下で校舎とつながり、校舎・外廊下・講堂に囲まれた芝生の中庭をつくっていた。芝庭には、講堂の二つの入口の脇に長方形の池がつくられた。池は、蹲よろしく水が湧き、流れる音が憩いの場を生み、また、いざというときの防火用水として役立つ大切な役割を担っていた。
 つまり、遠藤は敷地及び既存校舎と一体となるように講堂の建設場所を決定し、中庭や外廊下を設計したのである。また、二つの塔は、他の二つの講堂では屋根の高さよりも低いが、久保講堂は大屋根の棟よりも高くつくられている。これも、高台にある敷地の西の端ぎりぎりに建て、塔から町を望めるように大屋根より高く設計したのである。それは、一棟の講堂を建てることで、校舎と違和感なく連続し、芝生の中庭が更に広がりを与え、そして、町までも一体感を持たせるべく設計したということになる。
ちなみに、二つの塔は講堂の大空間に立ちのぼる熱気を逃がす換気塔としても考えられている。

 次に、三つの講堂の屋根の構造から見ると、年代順に垂木構造、和小屋構造、洋小屋(キングポストトラス)構造である。そして屋根仕上げは順に銅板、瓦、瓦となっている。建築の規模、室内空間の用途の違い、材料の入手しやすさ、設計年代による社会状況、あるいは自身の作風の変化等を総合して考えてまとめてゆく遠藤の設計法が三つ講堂の違いから伝わってくる。
 そして、三つの講堂に共通しているのは、南北に長い長方形の平面形で、南北のいずれか一方にステージがあり、他方に特別室あるいは音楽室となる部屋が配されている。また、建物の東面の南北2個所に入口が設けられ各入口近くに塔が配されていることである。

 久保講堂は、東側1階に大谷石敷きのテラスがあり石段で芝生の中庭とつながっている。テラスにある列柱に支えられた2階部分は屋上テラス〔露台〕となり、屋上テラスからは、芝生の中庭を介して、校舎(教室棟)へ、あるいはその先へと視界が広がっていた。
 そして南北に長い室内は、北側にステージ、ステージの正面となる南側に特別室があり、ステージと特別室との間の建物中央がいわゆる客席で、大屋根の下の吹き抜け部分である中央部を「平土間」、東西の天井の低い部分を「脇桟敷」と遠藤が呼ぶ、芝居小屋を思わせる客席空間である。「脇桟敷」部分の床は「平土間」よりも高く、ステージが見やすく、また、少人数での集まりにも使いやすい大きさの空間となっている。その反対に、大人数のときは、特別室の建具を開放し、あるいはステージ正面2階のギャラリーを使用して客席数を増やせるように設計されている。つまり、用途あるいは人数などの変化に対応できるように考えた設計がされている。そして久保講堂の特徴である東西の2階ギャラリーの窓からふりそそぐ自然光は、講堂全体を明るく軽やかで居心地のよい空間にしている。
DSCF3133(撮影:井上祐一)

 また遠藤は、講堂規模の建築の構造と空間を一体化する方法を「三枚おろし」と呼び、大きな魚の料理方法になぞられて説明している。つまり、魚の大小により、串刺しで焼き、あるいはぶつ切りにするなど調理方法が異なるように、建築も規模の大小によって相応しい構造で空間をつくるというのである。
 久保講堂は、2階ギャラリーの手摺となっている壁の中が〔鉄橋に見るような形状の〕トラス構造(木造)で、大きな梁として屋根を支え大きな吹き抜け空間をつくっている。そして東西の「脇桟敷」の天井は低く、東側は上部が屋上テラスで、西側は下屋で片流れ屋根が架けられている。
 ステージの両脇と2階の東西にあるギャラリーの手摺部分の漆喰壁には、細い木材のモール(押縁)が取り付けてあり、白壁に一種の緊張感を与えて空間を引きしめている。

 このように高台に建てられた久保講堂は、時間をかけてじっくり見れば見るほどに、かくれている設計の秘密・・・全体構想や心理的効果を引き出す仕掛けなど・・・が少しずつ見えてくる。
 なぜ敷地の端に建てられたのか。講堂が既存校舎と両手をつなぐように屋根付の二つの外廊下でつなぎ、建物に囲まれた芝生の庭をつくる。講堂の2箇所の入口脇に池を設け憩いの場を設定する。大谷石敷きのテラスは室内と芝生の庭そして校舎を近景・中景・遠景としてつなぐと共に冬は陽だまりとなり、サンルームのような場となる。テラスの二本一組の列柱は2階の屋上テラスを支える構造であると共に、大谷石敷きのテラス空間に落ち着きと安心感を与えている。
 二つの塔は、校舎と町を一望できる場所であり、すべてをつなぐ役目として町全体との一体感を示す象徴でもある。
室内では、「三枚下ろし」という建築構造と空間構造を一体として考えられた方法が機能の多様性を生むように展開されており、床や天井の高低差あるいは建具の開閉による室内空間の大きさの変化により、多目的に使用できる気積が大きく、連続性の高い一体感のある、そして音響効果の優れた空間を持つ講堂が実現したのである。
建物全体が大きいので、せまく感じる階段も上り下りしやすい丁度いい大きさ〔人体寸法〕でできている。ステージの両脇に据えられている花台〔式典等で使用〕、「脇桟敷」の二段の窓〔下の窓は椅子に座ったときの顔の高さで視界の抜けと通気、上部の窓は採光と換気〕、壁面のトリム〔大空間を引き締める〕などである。

 久しぶりに再会した久保講堂は、以前にもましてゆったりと凛として清々しく、そして堂々としていた。そこには、大胆かつ繊細に設計された秘密があることをしっかりと語ってくれた。
いのうえ・ゆういち

井上祐一
1951年兵庫県生まれ。神奈川大学工学部建築学科卒業、工学院大学大学院工学研究科博士後期課程建築学専攻修了。建築家・建築史家、NPO法人有機的建築アーカイブ理事、神奈川大学非常勤講師。博士(工学)。一級建築士。主な著書に、『用具選びからはじまる製図のキホン』(共著、柏書房)、『建築のインテリアデザイン』(共著、市ヶ谷出版社)など。

DSCF3152(撮影:井上祐一)

荵・ソ晁イ櫁ヲ句ュヲ莨・+荵・ソ・04(撮影:堀宜雄)

荵・ソ晁イ櫁ヲ句ュヲ莨・+荵・ソ・25(撮影:堀宜雄)

荵・ソ晁イ櫁ヲ句ュヲ莨・+荵・ソ・65(撮影:堀宜雄)

荵・ソ晁イ櫁ヲ句ュヲ莨・+荵・ソ・75(撮影:堀宜雄)

荵・ソ晁イ櫁ヲ句ュヲ莨・IMG_0807レクチャーをする井上祐一先生(撮影:堀宜雄)

荵・ソ晁イ櫁ヲ句ュヲ莨・IMG_0809靉嘔先生と世話人の榎本エミ子さん(撮影:堀宜雄)


*画廊亭主敬白
今年は私たちの恩師・久保貞次郎先生の23回忌であり、跡見学園女子短大の教え子たち5人(榎本エミ子、川口真寿美、秀坂令子、藤沼秀子、綿貫令子)が世話人となって10月27日に栃木県真岡市で「第一回久保貞次郎の会」を開催しました。
当日は靉嘔先生、教え子たち、美術館の学芸員、編集者、建築家、久保先生を知る人、知らない人などなど、23名が遠路真岡市の久保講堂に集まりました。久保講堂の移築保存にも関わった井上祐一先生を講師に招き、ライトの高弟・遠藤新の傑作を見学し、久保先生の墓参の後、旧久保邸を隈なく探索(いや見学)しました。
久保講堂の建築については上掲の井上先生の「久保講堂雑感」をお読みいただきたいのですが、空間としての素晴らしさは、乃木坂46というお嬢さんたちの 『いつかできるから今日できる』プロモーション映像をご覧ください。
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当日獅子奮迅の働きをした世話人の跡見ガールズ(還暦少女)5人のレポートは後日掲載します。

●今日のお勧め作品はオノサト・トシノブです。
F-2の原画_トリミングオノサト・トシノブ
F-2の原画
1981年  油彩
50.0x50.0cm  サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


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阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊です。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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