<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第71回

tほうたれ012(画像をクリックすると拡大します)


電話ボックスの前を左の方向に行くと、海に出るはずだ、と思いながら写真を見ている自分に気がついて、奇妙に感じた。海は写っていないのに、ここは海辺の町だと体のどこかが告げるのだ。光のせいだろうか。屋根に反射する陽光がまぶしいほど強く、それが海辺の町の記憶を連れてくるのだろうか。

奥のほうに山が見える。その山は左にむかって低くなっている。それが半島をイメージさせることも、関係しているのかもしれない。小さな入り江にできた集落で、時間は午後3時過ぎで、季節は春先、などと妄想がひろがっていく。

道のまんなかには円形の植え込みがあり、じっと見つめてしまう。いちばん背の高いのは花を咲かせる落葉樹で、たぶん梅とか桜だ。つぎに高いのはソテツで、それらのまわりを背の低い潅木(ツツジかもしれない)がとり囲んでいる。

なぜここにこのような植え込みがあるのか、不可解だ。剃り残しの髭のほうに、まわりとの関係性を断たれて孤立している。わざわざ作ったとは思えない。かつてどこかの敷地に属していたものが、なにかの事情で置き去りにされたのではないか。はじめの違和感があったけれど、しだいに目になじんで、いまではこれがなくなったら間が抜けていると住人は感じている。町の目印としても有効で、あの丸い植え込みの近く、などと場所を指すのに重宝し、車の追突事故の防止にも役立っている。

この円形の植え込みを中心に三本の道が交わっている、と最初に見たときは思ったのだが、だんだんとちがうような気がしてきた。手前側の場所が道にしては幅が広すぎる。ここだけ舗装されていなくて、車が駐車しているのも変だ。道ではなくて、どこかの敷地につづく導入部なのかもしれない。

その導入部を学校帰りの少年が歩いている。中学生か、いや、高校に上がっているかもしれない。詰め襟ではなくジャケットにネクタイという今ふうの制服を着て、リュックを背負い、しっかり前をむいて大股で歩いている。本日、彼の機嫌は悪くない。結構、いい一日だったのだ。

写真に写っている人物がもうひとりいて、そちらは女子生徒である。長い背負いベルトの付いただらんとしたタイプのリュックを腰の上で揺らしながら、うつむいて歩いている。彼女の瞳にはまわりの景色は映っていない。さっきから心のなかの小石を意味もなくほじくり返している。

ふたりは電話ボックスを左に行った先にある学校の生徒である。校門を出たのは男子生徒が先で、そのあとに女子生徒がつづいた。彼女は男子生徒の背中を見ながら進んできて、円形の植え込みのところで彼が右に行くのを見届けて、自分は左に曲がったのだ。毎日、同じ道を通っているから彼の姿は見慣れているし、どの家に住んでいるかも知っているが、口を聞いたことはない。目の端で姿を追いながら、またいた、と心のなかでつぶやく。

ここまで書いたところで、もう一度視線を引いて画面全体を眺めてみたところ、どうしたわけか海辺の町には見えなくなっていた。奥の山の左端にもうひとつ別の峰が写っている。それが気になって仕方がない。手前の山よりさらに奥にあり、どこまでつづいているかわからず、ひょっとしたらふたつの峰のあいだに海が見えてくるような気もするが、どこまでも山が重なり合って出られないようにも感じる。
大竹昭子(おおたけあきこ)

●掲載写真のクレジット
染谷學写真展「ほうたれ」より
(C) SOMEYA MANABU 2018

●作家紹介
染谷學 SOMEYA Manabu
1964年生まれ 日本大学芸術学部写真学科を卒業後、アシスタントを経てフリー。
紀行・歴史・文化等の写真を職業とするが、50歳を機にカメラマンを廃業し寺男になる。
個展 「Calcutta」コニカプラザ新宿、「海礁の柩」 ライトワークス、「温泉の町」 銀座ニコンサロン、 「ニライ」 銀座ニコンサロン/大阪ニコンサロン、 「道の記」 「道の記 II」ギャラリー蒼穹舎、 「艪」ギャラリー蒼穹舎、「ナハ」新宿ゴールデン街 酒場こどじ
写真集 『ニライ』冬青社、『道の記』蒼穹舎
写真展写真集『ニライ』にてさがみはら写真新人奨励賞2010
コレクション 沖縄県立博物館美術館、相模原市、日本大学芸術学部
ウェブサイト http://www.someyamanabu.com/

●展覧会のご紹介
新someya manabu a
新someya manabu b

染谷學写真展「ほうたれ」
会期:2018年12月3日(月)~16日(日)
時間:13:00~19:00 会期中無休/入場無料
会場:蒼穹舎ギャラリー(東京都新宿区 新宿1丁目3-5新進ビル3F 電話 03-3358-3974)
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●本日のお勧め作品は菅木志雄です。
菅木志雄 作品2
菅木志雄「作品2」
1981年 シルクスクリーン
作品サイズ:50x65cm
限定100部
裏に自筆のペンサイン

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●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
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