小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第6回
写真歌謡論 アマンダ・リア 「I Am a Photograph」


(図1、2) 「I Am a Photograph」 アルバム・ジャケット
今回紹介するのは、アマンダ・リア(Amanda Lear, 1946-) の「I Am a Photograph」(1977)です。アマンダ・リアは、1960年代からファッションモデルとして活動を始め、スペインの画家サルバドール・ダリの(妻公認の)愛人だったことや、1973年にロキシー・ミュージックの「For Your Pleasure」のジャケットに登場したこと、デイヴィッド・ボウイやアンディ・ウォーホルのような著名人との華やかな交友関係も広く知られています。1970年代に歌手として活動を始め、その後はテレビタレント、画家としても幅広く活動しています。1946年という生年や国籍も正確であるかは定かではなく、また元は男性で性転換したのでは?との噂も絶えず、ミステリアスな雰囲気を放ち、ゲイ・アイコンとしても支持されています。
これまでに紹介してきた写真歌謡は、写真を所有し、眺める対象として扱うものであるのに対して「I Am a Photograph」は、そのタイトルが示すように、「私は写真である。」と、写真を主体として、写真を見る側に呼びかけるような詞として綴られているところに大きな特徴があります。アルバム・ジャケットには、写真をコラージュするように貼り合わせた壁面を捉えた写真(図1)や、男性向けの雑誌の表紙やピンナップ写真を連想させる写真が用いられており、これらのヴィジュアルからも、個人的な写真というよりも、メディアの中で作り出されるイメージとしての写真を想起させます。まず、3つの節からなるその歌詞を見てみましょう。
[Verse 1]
I am a glossy photograph
I am in color and softly lit
Overexposed and well blown up
Carefully printed and neatly cut
You can look at me for hours
I won't mind, I'll let you dream
From the page of a magazine
私は光沢のある写真
カラーで柔らかく照明が当てられている
露光過多で 大きく引き伸ばされて
注意深くプリントして綺麗にトリミングされている
あなたは私を何時間でも見ていられる
私は気にしない。
雑誌のページから 夢を見させてあげる
[Verse 2]
I am a glossy photograph
Of course I am a bit retouched
And my color has been processed
But cameras always erase
Fear lurking behind a face
I am a lie and I am gold
But I shall never grow old
私は光沢のある写真
もちろん、少しレタッチされて
色は加工されている
だけれど、カメラはいつも消している
顔の裏側に潜んだ恐れを
私は嘘で、私は金
けど、決して歳を取らない。
[Verse 3]
My lips are parted
But they're not for kissing
My eyes are open
But I'm not listening
My breasts are round
But my heart is missing
I'm a photograph, I'm a photograph
I'm better than the real thing
私の唇は開いている
けれどキスをするためのものじゃない
私の目は開いている
けれど私は聞いていない
私の胸はふっくらと丸い
けれど私にはハートがない
私は写真 私は写真
私は本物よりもいいのよ
このように、歌詞は写真の側から、「虚像としての私」の性的な魅力を事細かに描き出し、その描写が詳細であるほどに「写真」と「本物(the real thing)=実際の私)」との乖離したものであることが示唆されています。また、モデル時代から現在にいたるまで、アマンダ・リアは実は男性から女性へと移行したトランスジェンダーなのではないだろうかという噂に包まれてきたことを鑑みると、結びの「I'm better than the real thing (写真の私は現実よりも良い)」というフレーズに含まれる「better than 」は、写真の方が実際よりも写りが良い、ということだけではなく、実際には性別も異なっているかのような仄めかしを含んでいるように解釈できるでしょう。


(図3、4)1982年 「I am a Photograph 」を歌うアマンダ・リア
YouTubeでは、1982年に収録されたライブ映像が公開されています。歌うリアの周りでカメラを構えて写真を撮る男性が登場し、シャッターを切るのに合わせてポーズを取るような仕草をするようなセクシーなパフォーマンスを繰り広げます。楽曲の終盤では、手にした自分のピンナップのような写真を愛でるように眺めた後、その写真を八つ裂きにして撒き散らかした後にステージを立ち去ります。「セクシーなポップスター」という虚像をカメラの前で演じてみせている」ということそのものを楽曲の中に取り入れ、そのポーズを誇張したパフォーマンスとして見せるということに、アマンダ・リアの独自性の真骨頂があると言えるでしょう。写真歌謡論の第5回で取り上げた「君は天然色」の中でファンタジーのような憧憬の対象として歌い上げられていたカラー写真の色鮮やかが、「I am a Photograph」の中ではさらに紛い物のような「虚像」として表現されているところに、1970年代当時の写真の在り方の一端が反映されているのかもしれません。
※歌詞引用元https://genius.com/Amanda-lear-i-am-a-photograph-lyrics
(こばやし みか)
●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。
■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。
●本日のお勧め作品は植田正治です。
植田正治 Shoji UEDA
無題
1990年代後半
チバクローム、木製パネル
イメージサイズ: 62.0×90.0cm
パネルサイズ: 90.0×90.0cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れもののブログは年中無休ですが、それは多くの執筆者のおかげです。昨年ご寄稿いただいた方は全部で51人。年末12月30日のブログで全員をご紹介しました。
●2019年のときの忘れもののラインナップはまだ流動的ですが、昨2018年に開催した企画展、協力展覧会、建築ツアー、ギャラリーコンサートなどは年末12月31日のブログで回顧しました。
●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

写真歌謡論 アマンダ・リア 「I Am a Photograph」


(図1、2) 「I Am a Photograph」 アルバム・ジャケット
今回紹介するのは、アマンダ・リア(Amanda Lear, 1946-) の「I Am a Photograph」(1977)です。アマンダ・リアは、1960年代からファッションモデルとして活動を始め、スペインの画家サルバドール・ダリの(妻公認の)愛人だったことや、1973年にロキシー・ミュージックの「For Your Pleasure」のジャケットに登場したこと、デイヴィッド・ボウイやアンディ・ウォーホルのような著名人との華やかな交友関係も広く知られています。1970年代に歌手として活動を始め、その後はテレビタレント、画家としても幅広く活動しています。1946年という生年や国籍も正確であるかは定かではなく、また元は男性で性転換したのでは?との噂も絶えず、ミステリアスな雰囲気を放ち、ゲイ・アイコンとしても支持されています。
これまでに紹介してきた写真歌謡は、写真を所有し、眺める対象として扱うものであるのに対して「I Am a Photograph」は、そのタイトルが示すように、「私は写真である。」と、写真を主体として、写真を見る側に呼びかけるような詞として綴られているところに大きな特徴があります。アルバム・ジャケットには、写真をコラージュするように貼り合わせた壁面を捉えた写真(図1)や、男性向けの雑誌の表紙やピンナップ写真を連想させる写真が用いられており、これらのヴィジュアルからも、個人的な写真というよりも、メディアの中で作り出されるイメージとしての写真を想起させます。まず、3つの節からなるその歌詞を見てみましょう。
[Verse 1]
I am a glossy photograph
I am in color and softly lit
Overexposed and well blown up
Carefully printed and neatly cut
You can look at me for hours
I won't mind, I'll let you dream
From the page of a magazine
私は光沢のある写真
カラーで柔らかく照明が当てられている
露光過多で 大きく引き伸ばされて
注意深くプリントして綺麗にトリミングされている
あなたは私を何時間でも見ていられる
私は気にしない。
雑誌のページから 夢を見させてあげる
[Verse 2]
I am a glossy photograph
Of course I am a bit retouched
And my color has been processed
But cameras always erase
Fear lurking behind a face
I am a lie and I am gold
But I shall never grow old
私は光沢のある写真
もちろん、少しレタッチされて
色は加工されている
だけれど、カメラはいつも消している
顔の裏側に潜んだ恐れを
私は嘘で、私は金
けど、決して歳を取らない。
[Verse 3]
My lips are parted
But they're not for kissing
My eyes are open
But I'm not listening
My breasts are round
But my heart is missing
I'm a photograph, I'm a photograph
I'm better than the real thing
私の唇は開いている
けれどキスをするためのものじゃない
私の目は開いている
けれど私は聞いていない
私の胸はふっくらと丸い
けれど私にはハートがない
私は写真 私は写真
私は本物よりもいいのよ
このように、歌詞は写真の側から、「虚像としての私」の性的な魅力を事細かに描き出し、その描写が詳細であるほどに「写真」と「本物(the real thing)=実際の私)」との乖離したものであることが示唆されています。また、モデル時代から現在にいたるまで、アマンダ・リアは実は男性から女性へと移行したトランスジェンダーなのではないだろうかという噂に包まれてきたことを鑑みると、結びの「I'm better than the real thing (写真の私は現実よりも良い)」というフレーズに含まれる「better than 」は、写真の方が実際よりも写りが良い、ということだけではなく、実際には性別も異なっているかのような仄めかしを含んでいるように解釈できるでしょう。


(図3、4)1982年 「I am a Photograph 」を歌うアマンダ・リア
YouTubeでは、1982年に収録されたライブ映像が公開されています。歌うリアの周りでカメラを構えて写真を撮る男性が登場し、シャッターを切るのに合わせてポーズを取るような仕草をするようなセクシーなパフォーマンスを繰り広げます。楽曲の終盤では、手にした自分のピンナップのような写真を愛でるように眺めた後、その写真を八つ裂きにして撒き散らかした後にステージを立ち去ります。「セクシーなポップスター」という虚像をカメラの前で演じてみせている」ということそのものを楽曲の中に取り入れ、そのポーズを誇張したパフォーマンスとして見せるということに、アマンダ・リアの独自性の真骨頂があると言えるでしょう。写真歌謡論の第5回で取り上げた「君は天然色」の中でファンタジーのような憧憬の対象として歌い上げられていたカラー写真の色鮮やかが、「I am a Photograph」の中ではさらに紛い物のような「虚像」として表現されているところに、1970年代当時の写真の在り方の一端が反映されているのかもしれません。
※歌詞引用元https://genius.com/Amanda-lear-i-am-a-photograph-lyrics
(こばやし みか)
●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。
■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。
●本日のお勧め作品は植田正治です。
植田正治 Shoji UEDA無題
1990年代後半
チバクローム、木製パネル
イメージサイズ: 62.0×90.0cm
パネルサイズ: 90.0×90.0cm
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れもののブログは年中無休ですが、それは多くの執筆者のおかげです。昨年ご寄稿いただいた方は全部で51人。年末12月30日のブログで全員をご紹介しました。
●2019年のときの忘れもののラインナップはまだ流動的ですが、昨2018年に開催した企画展、協力展覧会、建築ツアー、ギャラリーコンサートなどは年末12月31日のブログで回顧しました。
●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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