「ときの忘れもの拾遺・第11回ギャラリーコンサート」に寄せて

大野 幸


アイルランド音楽に関わる映像を見ると、かなりの確率で演奏会場は酒場、演奏者も客も一緒に酒を 飲みながら随分楽しそうです。楽譜を見ている人はほとんどおらず、さっきまで飲んでいた人が即興で演奏に加わることも普通のこと。音楽教室で楽譜を見ながら楽器演奏を習い始めた、多くの演奏家 たちとは何かが根本的に違う、そう感じさせられます。私自身は紅顔の美少年時代からヴァイオリン を学んでいましたので「楽譜を見てその通り弾く」ことを素直に疑いなく目標にしてきましたが、ア イルランド音楽で登場するフィドルという楽器(姿かたちはまさにヴァイオリンそのもの)演奏者=フィドラーに注目してみると、彼らは楽譜を見ず、楽器の構え方も先生に怒られそうな独自のフォー ム、即興演奏が何度も炸裂し、少年時代の私が目標としていた地点とは随分違うところで遊んでいるように見受けられ混乱します。しかも口惜しいことに楽しそうです。

フィドルとヴァイオリンは一体何が違うのかネットで調べてみました。そもそも同じ楽器を英語で呼 ぶとフィドル、イタリア語で呼ぶとヴァイオリン、な筈なのですが、どうもそれだけではない。すると、出てくる出てくる。同じ疑問を持った人が山ほどいることが分かりました。しかもこの疑問はフ ィドラー側から出たものではなく、大概ヴァイオリニストの疑問としてアップされている気配がしま す。

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今回ご出演の守安功さんの御専門はフィドルではなく「笛」系の楽器、そして守安雅子さんの楽器は アイリッシュ・ハープ、コンサーティーナ、バゥロンです。楽器は異なりますが、アイルランド音楽 について納得させられるフィドラーとヴァイオリニストの違いについて面白い記事がありましたので、 下記に転載させていただきます。
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Cruiskeen Lawnさんのブログから)

・ ヴァイオリニストはビブラートで音程をごまかす ・ フィドラーはもともとの始めから音程が狂っている

・ 表板が光ってきれいなのがヴァイオリン ・ 松脂の粉が山のようになっているのがフィドル

・ 楽譜通りに正しく弾いても音楽にならないのがヴァイオリン ・ 楽譜を無視して弾いても音楽になるのがフィドル

・ ヴァイオリンは練習したら弾けるようになる ・ フィドルは練習しても思うほど弾けるようにならない

・ 下手なヴァイオリニストは納得される ・ 下手なフィドラーは袋叩きにされる

・ ヴァイオリニストはそっと音を出す ・ フィドラーはいきなり突拍子もない音を出す

・ ヴァイオリンの上手な人は正しい運指をマスターしている ・ フィドルが上手な人は無茶苦茶の運指で正しく弾ける

・ ヴァイオリニストは演奏会が終わってから酒を飲む ・ フィドラーは演奏前、演奏中、演奏後に酒を飲む

・ ヴァイオリニストはとりあえず向上しようとする ・ フィドラーは、酒の量に比例して向上する

・ ヴァイオリニストは自分の演奏の不出来を楽器のせいにする ・ フィドラーは楽器のせいにできるほどいい楽器を持っていない

・ ヴァイオリンの音は神経にさわり、頭痛を起こす ・ フィドルの音は癪にさわり、物を投げたくなる

・ ヴァイオリニストは楽譜がないと困る ・ フィドラーは楽譜があると困る

・ ヴァイオリニストは演奏中、自己陶酔している ・ フィドラーは演奏中、酒に酔っている

・ ヴァイオリニストは練習を欠かさない ・ フィドラーは酒を欠かさない

・ ヴァイオリニストは演奏家である ・ フィドラーは作曲家である

・ ヴァイオリニストは楽屋で今日弾く曲を練習している ・ フィドラーは楽屋でみんなと遊んでいる

・ ヴァイオリニストは車を道の真ん中で停める ・ フィドラーは他の車にぶつけてから停まる

・ ヴァイオリニストはヴァイオリンの他はよくわからない ・ フィドラーはフィドルのこともよくわからない
(以上転載)
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さて、そもそも音楽は「形」の無いものです。創造された後に空間に形をとどめる絵画・彫刻・建築といった空間芸術と違い、詩・劇・舞踏と同じように空間に形を残さない。いや、今では映像作品として残るではないか、音楽には楽譜がありCDなど録音された記録もあるではないか、と思われる向きもあるでしょうが、ギリシャ時代にこれらの芸術が生まれた時には記録媒体はおろか楽譜も何も無く、「形を残さない」というのがこれら芸術の本質的な特徴だと言えると思います。では、音楽はどう伝わってきたのか? もちろん、聴いて記憶し再現する、このことの反復訓練によって口頭伝承的に伝わったのでしょう。デリダが指摘するように、芸術の黎明期には、書き言葉よりも消えてなくなる話し言葉の方がはるかに高い地位を与えられていたのだとすれば、今もアイルランド音楽は、その高い地位を維持し続け王座に君臨する芸術なのかも知れません。

長年アイルランドに通い、現地の音楽的環境を身体化してきた守安さんたちの演奏は、会場の気配を拾い上げて音を出し、その音に感応する会場の空気を吸込んでまた音にする、サイトスペシフィック な音楽です。その日が来ることを、私も大変待ち遠しく思っています。
おおのこう・20190704

●ときの忘れもの・拾遺 第11回ギャラリーコンサート
「守安功・雅子コンサート」のご案内

日時:2019年9月3日(火)18:00~
会場:ときの忘れもの
出演:守安功、守安雅子
プロデュース:大野幸
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

■守安功さんからのメッセージ
私たちのコンサートには、プログラムがありません。その日、その場所にいらしてくださった方たちの、雰囲気や反応や、みなさんとのやり取りの中から、その都度、1回限りのかけがえのない物語を、一緒に作ってゆきます。その意味では、開演前から、すでに物語は始まっています。
今度の9月から、3回にわたり、みなさんと、音楽を通して、ご一緒に、時の旅に出たいと思います。
初回の、9月3日(火)は、ぼくたちが、1980年代、90年代に、アイルランドのお百姓さんたちから教わってきた音楽を中心に楽しんでいただ きます。そして、その音楽が、ヨーロッパの中でも奇跡的に、今にそのまま残る、バロック音楽である、ということも、実際の演奏を通して、体験していただければと思っています。
初回の、9月3日(火)の日、一体、どんな曲が、そして、どんなお話が飛び出すのか、私たちにとっても、本当に楽しみです。「一期一会」という言葉の、本当の意味を、みなさんと、じっくり味わってみたいと思っ ています。

演奏予定曲
The Lighthouse in the Bog ヴィンセント・ブロドリック作曲
盲目の王様 作者不詳
愛のグラウンド ゴッドフリー・フィンガー作曲
もりやすいさお

■守安 功 Isao Moriyasu
アイリッシュ・フルート、リ コーダー、ホイッスル(アイルランドのたて笛)
桐朋学園大学音楽学部古楽器科卒、同研究科修了。 在学中、第10回全日本リコーダーコンクール独奏部門において、最優秀賞及び朝日放送賞を受賞。 また、江戸里神楽四代目家元若山胤雄に日本の笛と太鼓を師事し、 国指定重要無形文化財江戸里神楽若山社中囃子方として活躍する。 1987年渡欧し、スウェーデン国立ヨーテボリ音楽大学、旧東独ライプツィヒ・ゲヴァントハウス等、 各地で日本の伝統音楽及び現代音楽についてのレクチャーや、リコーダー・リサイタルを行う。 国立音楽大学、桐朋芸術短期大学講師を経て、今では、アイルランドと英国の伝統音楽の演奏、 研究と、独自の視点からの、日本各地での、バロック音楽と伝統音楽の双方の分野についてのワークショップ、 レクチャー、演奏活動に専念している。 アイルランドの音楽、ダンス、文化、歴史についての著訳書8冊。

■ 守安 雅子 Masako Moriyasu
アイリッシュ・ハープ、コン サーティーナ(六角形の小型ア コーディオン)
バゥロン(アイルランドの太鼓)
アイルランドで出会った音楽家 たちの演奏に魅了され、アイルランドの伝統音楽の演奏を始める。ノエル・ヒル、メアリー・マクナマラ、ミホール・オラハリー始め、現地の第一線の演奏家と、そして、クレア地方の農夫の演奏家たちの双方から、コンサーティーナの伝統的な奏法を学ぶ。また、マイケル・ルーニー、 モーラ・ニ・カハスィ、バーバラ・ドイルにアイリッシュ・ハープを師事する。夫の功とともに、アイルランドにて2枚のアルバムを制作し、現地の新聞、テレビ、ラジオ、雑誌などで取り上げられる。

お二人のオフィシャルホームページ守安功・雅子 アイルランドの風

■大野 幸 Ko OONO
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本籍広島。1987年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1989年同修士課程修了、同年「磯崎新アトリエ」に参加。「Arata Isozaki 1960/1990 Architecture(世界巡回展)」「エジプト文明史博物館展示計画」「有時庵」「奈義町現代美術館」「シェイク・サウド邸」などを担当。2001年「大野幸空間研究所」設立後、「テサロニキ・メガロン・コンサートホール」を磯崎新と協働。2012年「設計対話」設立メンバーとなり、中国を起点としアジア全域に業務を拡大。現在「イソザキ・アオキ アンド アソシエイツ」に参加し「エジプト日本科学技術大学(アレキサンドリア)」が進行中。ピリオド楽器でバッハのカンタータ演奏などに参加しているヴァイオリニスト。


●本日のお勧め作品は小野隆生です。
ono_vermeer小野隆生 Takao ONO
《剽窃断片図 (フェルメール)》
1976年
油彩
イメージサイズ: 33.0x24.3cm
フレームサイズ:49.5x40.4cm
サインあり

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。