王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」第4回

「東京都庭園美術館、変わるものと変わらないもの」

 2019年7月20日から9月23日まで、東京都庭園美術館「1933年の室内装飾 朝香宮邸をめぐる建築素材と人びと」が開催された。旧朝香宮邸の建築を紹介する展覧会は年に1度開催されており、今回はウィンターガーデンが公開されたほか、内装デザインに携わったアンリ・ラパンらフランス人デザイナーと、権藤要吉率いる宮内省内匠寮の設計技師たち、そして彼らの意匠を実現した家具や建築材料の職人の仕事に焦点が当てられた。
写真1:展示風景IMG-3481展示風景

 東京都庭園美術館は本館、新館、庭園から成る。新館は2014年に完成し展示室とミュージアムショップから成る。本館は皇族で軍人だった朝香宮鳩彦王の邸宅として1931年に着工し1933年4月に竣工した。東京に建てられた当時の同時代の邸宅建築には、青淵文庫(1925年北区)、小笠原伯爵邸(1927年新宿区)、前田利為侯爵邸洋館(1929年目黒区)、細川公爵邸(1936年文京区)、原邦造邸(1938年品川区、現・原美術館)などがある。ちなみに、邸宅ではないが自由学園明日館講堂は1927年、日本橋高島屋と伊勢丹新宿本店は1933年、ビヤホールライオン銀座七丁目は1934年に竣工した。太宰治は津軽の故郷に疎開した時に書いた『十五年間』で、1930年代の東京の街の空気をこのように回想している。「いったい私たちの年代の者は、過去二十年間、ひでえめにばかり遭って来た。それこそ怒濤の葉っぱだった。めちゃ苦茶だった。はたちになるやならずの頃に、既に私たちの殆んど全部が、れいの階級闘争に参加し、或る者は投獄され、或る者は学校を追われ、或る者は自殺した。東京に出てみると、ネオンの森である。曰く、フネノフネ。曰く、クロネコ。曰く、美人座。何が何やら、あの頃の銀座、新宿のまあ賑い。絶望の乱舞である。遊ばなければ損だとばかりに眼つきをかえて酒をくらっている。つづいて満洲事変。五・一五だの、二・二六だの、何の面白くもないような事ばかり起って、いよいよ支那事変になり、私たちの年頃の者は皆戦争に行かなければならなくなった。」
 この頃、東京をはじめとする都市部では、1929年の金融恐慌を発端とする不況から倒産が続出し失業が増加。人びとの社会に対する不安の深刻化から、退廃的・刹那的享楽が流行する。鉄筋コンクリート造のモダンビルディングからの飛び降り自殺、伊豆大島三原山の火口への飛び降り自殺が多発した。そしてカフェー、バー、ダンスホールなど風俗営業の取り締まりに加え、プロレタリア芸術の弾圧が強化された。同時に、農村部では不況からの回復が遅れただけでなく、1931年の大凶作、1933年には昭和三陸地震と大津波も発生し、一家心中や娘の身売りをする者が増え、都市と農村の経済的文化的格差も広がっていった。美術の分野でいうと恩地孝四郎、古賀春江、福沢一郎、北脇昇、三岸好太郎らが活躍した時代である。
 1933年に完成した旧朝香宮邸の隅々まで粋な意匠に酔い、その贅沢さを享受し、瑞々しい緑の庭園のベンチで穏やかな時間を過ごすのは幸せな体験だ。しかし、ここで展示された1933年は少し特殊な限られた世界であることを感じ、その外にある都市あるいは農村のマジョリティの暮らしや価値観がふと頭をよぎった。当時の新聞などの表現によると、都会の街で流れる音楽のみならず、工場や列車・汽笛の騒音、時報のサイレン、デモの雑踏や人の喧騒は「ジャズ」と比喩されることがあったようだが、本展はそういった「ジャズ」とは遊離した歴史の一面であることを私たちは知っている。

1、新館展示室
 本展の第一章は、朝香宮夫妻が訪れた1925年パリの現代装飾美術・産業美術国際博覧会、通称アール・デコ博覧会に遡る。第一次世界大戦を契機とする大量生産大量消費社会の到来に対し、フランス装飾美術協会が自国の工業製品の上質な芸術性を世界にアピールし、停滞気味だった輸出経済を活性させる目的で開かれた博覧会で、20カ国以上が参加、パリのセーヌ川両岸に120以上のパビリオンが建てられた。「フランス大使館」と名付けられた架空の設定のパビリオンでは、応接サロン、レセプションホール、寝室や浴室など合わせて24室のパブリックと居住の空間が、当時第一線で活躍するシャルル・プリュメ、ピエール・シャロー、ジャン・デュナン、モーリス・デュフレーヌ、ポール・フォロ、アンドレ・グルーといったデザイナーらにより設計された。余談だが、本エッセイ第1回で登場したコルビュジエのエスプリ・ヌーヴォー館は、前述の博覧会で「フランス大使館」のセーヌ川対岸側に建っていた。
写真2:アール・デコ展ポスターアール・デコ展ポスター

写真3:アール・デコ展マップアール・デコ展マップ

 「フランス大使館」の応接サロンと食堂、そして国立セーブル製陶所パビリオンの意匠設計に携わったアンリ・ラパンは、後に朝香宮邸の大広間、次室、小客室、大客室、大食堂、殿下居間と書斎の主要7室のインテリアを担当した。一度も来日はなかったというが、意欲的に取り組んだ仕事ではあったようで、1932年のサロン・ドートンヌに「東京におけるA・プリンスのためのヴィラ」として朝香宮邸の室内装飾案が出展され、週刊新聞「イリュストラシオン」1933年5月号には着彩パースが掲載されている。自身は各室の壁紙と香水塔を手がけ、新旧フランス人デザイナーの仕事~マックス・アングランによる大客室と大食堂の扉のエッチングガラス、レイモン・シュブによる大客室ガラス扉上のタンパン、イヴァン=レオン・アレクサンドル・ブランショによる大広間と大食堂のレリーフ、ルネ・ラリックによる大客室と大食堂のシャンデリアと玄関のガラスレリーフ~をコーディネートした。特に当時若手だったマックス・アングランの仕事は、ロベール・ドローネーやワシリー・カンディンスキーの神話性にも共通するような前衛の作風が垣間見える。
写真4:マックス・アングランによるマックス・アングランによるガラスエッチングとレイモン・シュプによるタンパン

写真5:マックス・アングランによるガラスエッチングマックス・アングランによるガラスエッチング

 続いて、第二章では宮内省内匠寮の設計技師と建設工事や各種製作に携わった職人の仕事が紹介されていた。建築設計の権藤要吉、室内細部をデザインした大賀隆、照明と家具を担当した水谷正雄。施工では内装、漆塗、装飾金物、石材供給、ガラス、タイル、家具など200もの大小製作・施工会社が携わった。大賀隆がデザインしたラジエーターカバーは、建築工芸研究所において電気鋳造で製作されたものであるが、芥子とチューリップの花、魚と貝や青海波などがパターン化され、絵本の挿絵のような繊細な美しさと物語性が宿っている。
写真6:ラジエーターラジエーター

写真7:ラジエーターラジエーター


2、本館建物公開
 2階の夫妻各々の寝室と浴室に面したベランダ室からの芝庭の眺望も魅力の一つだ。本展では2階のベランダと床の市松模様を同じくする3階ウィンターガーデンが公開された。筆者は訪れた日の午後の静けさの中で、そこから当時聞こえたであろう外の音を想像してみた。アール・デコ建築は一般に鉄筋コンクリートの躯体、薄く大きなガラスを使ったモダン建築で、細部の装飾は直線的、無機的、幾何学的、対称的、立体的に施されたのがそのスタイルとされている。当館のストイックな外観に対する豪華絢爛なパブリックスペースと上質で丹精を尽くした居住スペース。前述の内装意匠に加え、照明、タイル貼り、左官、階段手摺りのはめ込み金物、蛇口など、旧朝香宮邸で見られる要素とそれらの融合は、当時生きていた人びとが時代の流れと巡り合わせの中で創造した協奏曲のようなものだ。人は生まれる時代や場所、環境を選べない。旧朝香宮邸が今日も大切にされ来館者を魅了するのは、その長年に渡るメンテナンスはもちろんのこと、設計時にフランス装飾を研究・参照し、和の要素も取り入れて設計した優秀な技師たちと匿名の職人たちが、細部まで行き届いた意匠とその実現を支え合ったからなのだろう。
写真8:ウィンターガーデンウィンターガーデン

 庭園美術館の外観が見事な蔦で覆われていた1951年の写真が存在する。戦後、朝香宮邸としての役割を終えた後1947年から1954年までは吉田茂外務大臣公邸及び首相公邸として、1955年から1974年まで迎賓館として使用され、1983年に美術館として公開されることとなった。1階には「ウェルカムルーム」という常設スペースを置いている。そこには美術館の関連資料、児童向けの絵本やワークシート、素材サンプルなどがあり、「さわる小さな庭園美術館」という模型も用意されている。建築が中庭を囲んだロの字型のプランで、1階もてなす空間/働く人の空間、2・3階家族の空間から構成されていることが理解でき、それぞれの室の役割が手触りの異なるマテリアルや凹凸で表現されているブロック状のものだ。来館者を歓迎し美術館に関する理解をサポートするこの部屋のあり方から、いつの時代も変わらず来賓を迎えてきたこの建築とそこで働く職員のもてなしに温もりを覚えた。
写真9:ウェルカムルームウェルカムルーム

おう せいび

■王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ。京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。国内、中国、シンガポールで図書館など教育文化施設の設計職を経て、2018年より建築倉庫ミュージアムに勤務。主な企画に「Wandering Wonder -ここが学ぶ場-」展、「あまねくひらかれる時代の非パブリック」展、「Nomadic Rhapsody-”超移動社会”がもたらす新たな変容-」展、「UNBUILT:Lost or Suspended」展。

●今日のお勧め作品は、ル・コルビュジエです。
corbusier-41ル・コルビュジエ Le Corbusier
《ル・コルビュジエのデザイン入り の皿2枚、コーヒーカップ&ソー サー1組の食器3点セット》
(名門レストラン「プリュニエ」の依頼で制作されたものでドイツの Bauscher Weiden 社製。)
食器
平皿径 24cm
深皿径 20.7cm
カップ径 6.3cm
ソーサ ー径 12.5cm
各皿、カップとも裏に 'LES MAINS specially
designed by Le Corbusier for Prunier Londres-Paris'の記載あり。
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11月2日(土)東京・目白で第2回 久保貞次郎の会が開催されます。ゲストは写真家の細江英公先生と、名古屋大学大学院教授の栗田秀法先生です。どうぞご参加ください。

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。