松本竣介研究ノート 第9回

作品を考えるということ~『立てる像』下


小松﨑拓男


光の話をする前に、この作品の中に描かれたものについて、もう少し見ておこう。

背景の左側に二本の細い煙突(のようなもの)が描かれているが、その筒の先に細い棒の先に四角形が付いたよくわからないものがある。(図1)実作を見たときには、煙突の先によく付いている三角錐の覆いのようなものかと思い、白い煙が出ていて背景の白い空と紛れて、こんな形に見えるのかと思ったのだが、どうも違うようだ。この背景のもとになる素描でも、このままの形で描かれていて、そこから煙が上っているような気配はない。これはこんな形をした何かがあったのだろうということか。

図1『立てる像』部分 図1『立てる像』部分

思い立って、他の素描や油絵の煙突を図録や画集で見てみたのだが、細い煙突の先が二股に分かれた円筒形をした筒状の煙突や、煤が飛散しないように付けられた三角錐の覆いの付いた煙突は、散見できるのだが、これと同じものは見当たらない。
前回、この作品の制作に関する素描などが載っていた1986年に東京国立近代美術館などで開催された「松本竣介展」のカタログを紹介したが、その108頁に『工場』という作品の油彩と素描の図版が並べて掲載されている。(図2)この作品にも覆いが付いた煙突が描かれており、素描の方は煙突から黒い煙が吐き出されていて、この黒い煙が白い煙ならやはり背景の白に紛れ『立てる像』に描かれたような煙突の先のような描写になるかもしれない、とは思うのだが・・・。

図2『工場』1942年(左)『工場』1941年11月(右)1986年 図2『工場』1942年(左)
 『工場』1941年11月(右)
 1986年松本竣介展のカタログより

時折、松本竣介の建物を描いた風景の中には何だかよくわからないものが描かれていて気になることがある。有名なのは『鉄橋付近』という作品の中央にある人のシルエットのように見える二つの黒い影だ。人の影と言われてしまうとそうとしか見えなくなるが、元になった素描を見ると実際は建物に付属する建築物の一部のようだ。(同カタログ118頁から119頁 図3)
あるいは『運河風景』(図4)の中央やや右寄りの太い柱状の上部の二つのV字を横にしたような飾り?も不思議なものだ。素描を見てもはっきりしない。『運河(b)』(図5)というタイトルのついた素描では橋の奥にも同じ形の飾りがついた柱が描かれている。橋のたもとにあった照明かも知れないし、あるいは電柱の碍子のついた支柱かも知れないが、よくわからない。
もう一点、『橋(東京駅裏)』(図6)という作品の橋の上に並ぶ黒い柱の上部に描かれた白い矩形の物体も何か判然としない。多分、照明ではないかと思うのだが確証はない。

図3『鉄橋付近』 図版3『鉄橋付近』
 1943年3月

図4『運河風景』 図4『運河風景』
 1943年

図5『運河(b)』(部分) 図5『運河(b)』(部分)
 1942年頃

図6 図6『橋(東京駅裏)』
 1941年12月

どうしてこのようなことが起こるのか、といえば、これは松本竣介の作画過程に原因がある。基本的には実際の建物などのスケッチが油彩の制作には使われるのだが、それらのほとんどはそのままではなく、自在にデフォルメされたり、他の場所の別のモチーフと組み合わされたりして、実際のその場所やその物がそのまま描写される訳ではないので、こういうことが起こる。つまりは物の形が造形的に綜合されて、そこに表現されるからなのだろう。線や幾何的な形態が絵画の要素として重要視されているのだ。しかしだからと言って、雰囲気、あるいは情緒や精神性がないがしろにされる訳ではない。色彩や筆致、マチエールが表出するメランコリーやリリカルさは松本竣介の絵画の持ち味であり特徴であることは言うまでもない。

さて、光の話に戻ろう。
前回書いたように、この作品を満たす光の光源は、影の方向やハイライトの輝きなどを見ると一個の太陽から来たようには見えない。
この作品の「光」はどうも画家の背後からやって来ていて、現実の光の在り方とは異なるように思える。どいうことかといえば、この「光」は全体が輝くような印象を受け、それはバックライトで照らされる液晶の画面のように全体が発光しているようだと言ってもいいだろう。

また、背後から光が来るとすると、人物は逆光になって暗くなり、細部は黒い影の中にあり見えないはずだが、この人物は正面から光受けているかのように明るく、細部も詳細に描写されている。

つまりは、「この世」の「光」とはどうも違うのではないか、ということである。

この作品の持つ一種の捉えどころのなさと、神々しさにも似た印象は、この「この世」とはいささか印象の異なる、全体が発光するような光の表現が一因ではないかと思える。画家の背後からやって来る光に、大きく背後を埋める白い空と人物の明瞭なシルエット。それらの全体が白く輝いているように感じる。
こうした光の捉え方で描いた作品は、この一作がほとんど唯一のものだろう。一連の立像シリーズの中でも、また松本竣介の作品の中でも個性的で際立った印象を与えるこの作品だが、それはこの全体が発光するように感じられる光の表現がそうさせているのではないだろうか。
こまつざき たくお

■小松﨑拓男 Takuo KOMATSUZAKI
千葉県生まれ。横浜そごう美術館、郡山市美術館準備室、平塚市美術館の主任学芸員を経て、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]学芸課長、広島市現代美術館学芸課長、副館長を歴任後、金沢美術工芸大学教授を2019年まで務める。現在、美術評論家連盟会員、文教大学情報学部非常勤講師として「美術」「サブカルチャー論」担当。
キュレーター時代には絵画をはじめとしてメディア・アートなど先端領域を含めた幅広い分野で近現代美術の展覧会を企画。村上隆、奈良美智、会田誠などを公立美術館で初めて本格的に紹介した。
主な展覧会に「TOKYO POP」(平塚市美術館)「New Media New Face / New York」(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])「絵画新世紀」「サイバー・アジア」(広島市現代美術館)「エコメトロ」(光州ビエンナーレ)などがある。

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◎昨日読まれたブログ(archive)/2015年01月16日|植田実写真展から同潤会アパートメント
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matsumoto-36松本竣介 Shunsuke MATSUMOTO
《作品》
紙に鉛筆
イメージサイズ:22.5x25.2cm
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