石原輝雄のエッセイ「美術館でブラパチ」─1
『模型と版画で示したとせよ』
展覧会インポッシブル・アーキテクチャー
建築家たちの夢
国立国際美術館
2020年1月7日(火)~3月15日(日)
今年は関西を中心に美術館での催し物を報告することになった。マン・レイ以外は知らないことばかりで、展示の印象などを綴るだけになると思うが、スナップ写真を見ていただきながら、美術好きの方々と、楽しく交流していきたい。
さて、展覧会『インポッシブル・アーキテクチャー 建築家たちの夢』は、昨年2月に埼玉県立近代美術館から始まり、新潟市美術館、広島市現代美術館と巡回、大阪での展示が最終となる。「未完の建築」を不可能となったプロジェクトではなく、主催者によれば「未来に向けての夢想、社会的な条件や制度による不実施、実現よりも批判精神を主題にした提案」などの結果として、およそ40作家の190点ほどを用い建築家たちの物語として表現したという。すでにときの忘れもののブログで富安玲子さんが展覧会担当者ならではの熱気あふれるレポートを寄せられているので、ここでは、気楽な道行きとしたい。
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国立国際美術館
地下、旧館から移設したミロの陶板壁画
会場入口
雨の止んだ午後、大阪・中之島にある国立国際美術館を訪ねた。舗道が濡れて写真を撮るには良い塩梅となっている。この美術館は2004年竣工の完全地下型美術館で、水の流れに身を任せながら地下三階の展示室へ降りて行く感覚。実現されなかった建築への思いが渦巻く暗闇の中に、現実の空間が広がっている。落下した水がはね飛んでいると言えるかもしれないが、エスカレーターから左に迂回し最初に眼に入ったのは、ウラジーミル・タトリンの『第3インターナショナル記念塔、模型(1:500)』。地軸の傾きに合わせた高さ84cmのオーク材による模型が、建てられていたら街をこのように支配したであろう想像力と共に置かれている。塔に登り、また、ネヴァ川に沿って車窓から眺めるような視点を持つ長倉威彦らによるCG映像が、およそ100年前に起こったロシア革命の、一国社会主義から人民圧制に至る歴史検証を示すような寒々とした景色に、神をたたえる尖塔や産業の勃興を高らかに歌ったエッフェル塔などとは違う、怪物のような記念塔として現れている。天井の存在を気づかせない模型とスクリーンの位置関係が、繰り返される映像の3分11秒と相まって、鉄柱の間を冷たい風が吹き抜けているように感じた。フードを被った女性とすれ違う、声は届かない。壁面には記念塔の図面に赤い文字が重なった表紙とニコライ・ブーニンのテキストがおぼろげに浮き上がって、複製品とはいえ資料好きには、嬉しい演出となっている。
『第3インターナショナル記念塔、模型(1:500)』他
『記念塔の図面』など
美術館で催される一般的な建築に関する展示と異なる居心地の良さはどこからくるのだろう。建築家による素描や図面や模型、あるいは映像が、実現された建物への着想や構造を説明する従属品ではなく、今もって生を主張する開かれた希望であるようなもの、建てられなかった故に働く想像力、人はわがままなものである。「不可能な」を意味する形容詞「インポッシブル」に打ち消し線を入れた展覧会企画者の思いを汲み取りながら、タトリンの時代からおよそ100年に渡る「建築家たちの夢」を辿り始めるとブルーノ・タウトの書籍資料等を経て観客に道を選ばせる四つ筋が仕組まれている。川喜田煉七郎、瀧澤眞弓らの1920年代、美術家荒川修作+マドリン・ギンズによる模型、磯崎新の異議申し立てと言える東京都新都庁舎コンペなど各展示室が暗い中に広がり、壁面ではなく空間が主張するのは建築展ならでは。瀧澤眞弓の『山の家、模型』は、肌合いと形態が蛸を連想させるが「相対性理論」の影響を受け「時間と空間」へのこだわりから1920年代の分離派建築にドイツ観念論が渦巻き、書籍図版と模型が視覚的効果を生む、それを美術館の地階、海の底のケースで観るのだから驚きである。
瀧澤眞弓『山の家』書籍資料
荒川修作+マドリン・ギンズ『問われているプロセス/天命反転の橋』
磯崎新『東京都新都庁舎計画、断面模型(1:200)』など
会場を進みながら、個人的には「水」の流れに囚われた。例えば、穏やかな欧州の河にかける橋として構想された荒川とマドリンによる『問われているプロセス/天命反転の橋』が強いる「行為の必然」は、「私たちを形成し直す」のだろうか、美術家による大胆な発想も、昨今の集中豪雨を勘案すると、修正が必要かとも思えた。展示品の中で一番大きい長さ13メートルの模型を、橋として認識するのは凡人には無理があると思う。塗黒のミクスト・メディアに沿って続く床に置かれた式台と上部から吊り下がるロープに身を委ねれば、諸々の柵から開放されるだろうが、前に立つと「乗らないでください」と示されているので、体験も視覚だけで止められる……。二人のプロジェクトが実現された岐阜の『養老天命反転地』を訪ねなければ。
筆者の年齢故だが、1970年に開催された日本万国博覧会に否定的立場であった身としては、これを頂点とした黒川紀章や菊竹清訓らの「海上都市」や「塔状都市」といった運動「メタボリズム」の提案を改めて考えながら、21世紀に実現し効果を発揮した首都圏外郭放水路などの巨大な調圧水槽の整備を求める社会に関心は向かう。建築家が実利の側にありすぎて夢の持てない時代、夢がなければ未来は開かれないが、会場では構想の実現も含めいろいろなアイデアを楽しむことが出来た。そのひとつ、村田豊による空気膜構造「水泳場+アイススケート場」の説明には「水泳場は30℃前後の室温で、球形空気構造のサウナがあり、その両側には浴槽を配置してある。温度の異なる大プールが二つあり、周囲にはソーダファンテンや各種の遊戯コーナーが設けられる」とあった。すでに書いたが建築家たちの素描のどれもが、アイデアやコンセプトが生まれる過程を率直に伝え、見ていて飽きない。ハンス・ホラインのものなど名古屋のシュルレアリスト・山本悍右の作品にも通じて嬉しくなった。
村田豊
菊竹清訓
ハンス・ホライン
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磯崎新の断面模型、スケッチ、コンピューターグラフィックで構成した垂涎の展示の対面に、もうひとつの垂涎の展示である安藤忠雄による『中之島プロジェクトII-アーバンエッグ』の原理を示す温かい光を灯す『模型(1:100)』と、断面図と平面図からなる一対の大判シルクスクリーンが掲げられている。地元大阪のシンボル中之島公会堂がこれほどの深黒を秘め、再生される可能性にあったとは、知らなかった。現実の構造物にイメージとして内包される結果となった安藤のプラン。強烈な原理を版画で表現し、100年先、200年先へと続けさせる見事な実例である。しかも、複数枚存在し、土地の制約から逃れ、世界を旅させるとは、建築家の版画表現に先見の明を持った版元の叡智に感謝しなければならない。安藤の卵型構造体のプランは21世紀になって東急東横線渋谷駅などの事業でも実現され、「インポッシブル」に被せた打ち消し線が、交差する光の十字架となるのを喜んだ。いけない、渋谷駅にも行ってなかった。
安藤忠雄『中之島プロジェクトII-アーバンエッグ』(写真提供 国立国際美術館)
ザハ・ハディド・アーキテクツ+設計JV『新国立競技場』
そして、「本展の構想が明瞭になった」と云うザハ・ハディド・アーキテクツ+設計JVの新国立競技場プラン白紙撤回の場に至り、スペースショップを連想させる構造用風洞実験模型の美しさに見とれた。問題の詳細に立ち入る知識も情報も持ち合わせない身ながら、「社会的な条件や制度による不実施」に、建築の意味を問い合わせたい気持ちが増大した。地球を生命の乗り物と捉えるように、建築を移動する希望、風にあがらう乗り物と見てもよいのではないか。なので、設計者の死とともに、時代が閉じられてしまったのは悲しい事である。先のオリンピックが催された1964年は遠く、疲弊した日本に祝福されるべき未来は無くなってしまった……。と思いたくないのだけど。
会田誠『シン日本橋』
国立国際美術館「模型」
外光に反射した会田誠の『シン日本橋』を抜け、美術館の地下一階に戻ると、国立国際美術館の模型が置かれていた。完全地下型美術館なので、地表にでているのは羽根のような構造物。地階の展示空間は想像するばかりだが、これはシーザー・ペリが設計し実際に建築されたもの。模型を見ながら自分はどこに立っていたかと思う、判らないことは心地良い。
尚、会場写真は同館の許可のもと撮影させていただいた。記して感謝申し上げます。
(いしはら てるお)
「インポッシブル・アーキテクチャー―建築家たちの夢」
会期:2020年1月7日(火)―3月15日(日)
会場:国立国際美術館
主催:国立国際美術館、読売新聞社、美術館連絡協議会
監修:五十嵐太郎
協賛:ライオン、大日本印刷、損保ジャパン日本興亜、安藤忠雄文化財団、ダイキン工業現代美術振興財団
協力:Estate of Madeline Gins / Reversible Destiny Foundation

建築の歴史を振り返ると、完成に至らなかった素晴らしい構想や、あえて提案に留めた刺激的なアイディアが数多く存在しています。未来に向けて夢想した建築、技術的には可能であったにもかかわらず社会的な条件や制約によって実施できなかった建築、実現よりも既存の制度に対して批評精神を打ち出す点に主眼を置いた提案など、いわゆるアンビルト/未完の建築には、作者の夢や思考がより直接的に表現されているはずです。
この展覧会は、20世紀以降の国外、国内のアンビルトの建築に焦点をあて、それらを仮に「インポッシブル・アーキテクチャー」と称しています。ここでの「インポッシブル」という言葉は、単に建築構想がラディカルで無理難題であるがゆえの「不可能」を意味しません。言うまでもなく、不可能に眼を向ければ、同時に可能性の境界を問うことにも繋がります。建築の不可能性に焦点をあてることによって、逆説的にも建築における極限の可能性や豊饒な潜在力が浮かび上がってくる――それこそが、この展覧会のねらいです。
約40人の建築家・美術家による「インポッシブル・アーキテクチャー」を、図面、模型、関連資料などを通して読み解きながら、未だ見ぬ新たな建築の姿を展望します。(同館ホームページより)
・埼玉県立近代美術館 2019年2月2日 - 3月24日
ブログ2019年3月2日 富安玲子のエッセイ「インポッシブル・アーキテクチャー」2月2日 - 3月24日
・新潟市美術館 2019年4月13日~7月15日
・広島市現代美術館 2019年9月18日~12月8日
・国立国際美術館 2020年1月7日~3月15日
*画廊亭主敬白
本を買うとき、新聞や雑誌、またはネットで「書評」を読み、それにひかれて買うことが多い。書評には丸谷才一と井上ひさしという名人がおられました。
美術の世界はそれに比べるとまだまだ歴史が浅いというか、レビューの重要性が認識されていないように思います。
ときの忘れものは、「落穂拾い」「歴史の彼方に忘れ去られてしまった作家・作品」を掬い上げるのをモットーにしているので、わざわざメジャーな展覧会をブログで取り上げることはしません、しかしそれでも東京中心になってしまう。今回から京都の石原さんに西のほうの展覧会をブラブラ歩いていただくことにしました。石原さんが永のお勤めを終え、自由の身になったと聞いたからです(もっともお孫さんのお守りで大変とも伺いましたが、聞かなかったことにしましょう)。
マン・レイという世界最強の専門分野を持ち、なおかつ美術展にあふれるばかりの愛情がある。梃子となる得意分野と愛情こそがレビュー執筆の根幹ではないでしょうか。
不定期連載になりますが、西の皆さん、どうぞご期待ください。
●本日のお勧め作品は安藤忠雄です。
安藤忠雄 Tadao ANDO
「中之島プロジェクト Ⅱ[アーバンエッグ2]」
1988年
シルクスクリーンにドローイング
105.0x175.0cm
Ed.55
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2016年08月07日|上田浩司さん(MORIOKA第一画廊)逝く
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●ときの忘れものは大阪の国立国際美術館で始まった「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」に出品協力しています(~3月15日)。
安藤忠雄「中之島プロジェクト Ⅱ[アーバンエッグ2]」
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
『模型と版画で示したとせよ』
展覧会
建築家たちの夢
国立国際美術館
2020年1月7日(火)~3月15日(日)
今年は関西を中心に美術館での催し物を報告することになった。マン・レイ以外は知らないことばかりで、展示の印象などを綴るだけになると思うが、スナップ写真を見ていただきながら、美術好きの方々と、楽しく交流していきたい。
さて、展覧会『
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国立国際美術館
地下、旧館から移設したミロの陶板壁画
会場入口 雨の止んだ午後、大阪・中之島にある国立国際美術館を訪ねた。舗道が濡れて写真を撮るには良い塩梅となっている。この美術館は2004年竣工の完全地下型美術館で、水の流れに身を任せながら地下三階の展示室へ降りて行く感覚。実現されなかった建築への思いが渦巻く暗闇の中に、現実の空間が広がっている。落下した水がはね飛んでいると言えるかもしれないが、エスカレーターから左に迂回し最初に眼に入ったのは、ウラジーミル・タトリンの『第3インターナショナル記念塔、模型(1:500)』。地軸の傾きに合わせた高さ84cmのオーク材による模型が、建てられていたら街をこのように支配したであろう想像力と共に置かれている。塔に登り、また、ネヴァ川に沿って車窓から眺めるような視点を持つ長倉威彦らによるCG映像が、およそ100年前に起こったロシア革命の、一国社会主義から人民圧制に至る歴史検証を示すような寒々とした景色に、神をたたえる尖塔や産業の勃興を高らかに歌ったエッフェル塔などとは違う、怪物のような記念塔として現れている。天井の存在を気づかせない模型とスクリーンの位置関係が、繰り返される映像の3分11秒と相まって、鉄柱の間を冷たい風が吹き抜けているように感じた。フードを被った女性とすれ違う、声は届かない。壁面には記念塔の図面に赤い文字が重なった表紙とニコライ・ブーニンのテキストがおぼろげに浮き上がって、複製品とはいえ資料好きには、嬉しい演出となっている。
『第3インターナショナル記念塔、模型(1:500)』他
『記念塔の図面』など美術館で催される一般的な建築に関する展示と異なる居心地の良さはどこからくるのだろう。建築家による素描や図面や模型、あるいは映像が、実現された建物への着想や構造を説明する従属品ではなく、今もって生を主張する開かれた希望であるようなもの、建てられなかった故に働く想像力、人はわがままなものである。「不可能な」を意味する形容詞「インポッシブル」に打ち消し線を入れた展覧会企画者の思いを汲み取りながら、タトリンの時代からおよそ100年に渡る「建築家たちの夢」を辿り始めるとブルーノ・タウトの書籍資料等を経て観客に道を選ばせる四つ筋が仕組まれている。川喜田煉七郎、瀧澤眞弓らの1920年代、美術家荒川修作+マドリン・ギンズによる模型、磯崎新の異議申し立てと言える東京都新都庁舎コンペなど各展示室が暗い中に広がり、壁面ではなく空間が主張するのは建築展ならでは。瀧澤眞弓の『山の家、模型』は、肌合いと形態が蛸を連想させるが「相対性理論」の影響を受け「時間と空間」へのこだわりから1920年代の分離派建築にドイツ観念論が渦巻き、書籍図版と模型が視覚的効果を生む、それを美術館の地階、海の底のケースで観るのだから驚きである。
瀧澤眞弓『山の家』書籍資料
荒川修作+マドリン・ギンズ『問われているプロセス/天命反転の橋』
磯崎新『東京都新都庁舎計画、断面模型(1:200)』など会場を進みながら、個人的には「水」の流れに囚われた。例えば、穏やかな欧州の河にかける橋として構想された荒川とマドリンによる『問われているプロセス/天命反転の橋』が強いる「行為の必然」は、「私たちを形成し直す」のだろうか、美術家による大胆な発想も、昨今の集中豪雨を勘案すると、修正が必要かとも思えた。展示品の中で一番大きい長さ13メートルの模型を、橋として認識するのは凡人には無理があると思う。塗黒のミクスト・メディアに沿って続く床に置かれた式台と上部から吊り下がるロープに身を委ねれば、諸々の柵から開放されるだろうが、前に立つと「乗らないでください」と示されているので、体験も視覚だけで止められる……。二人のプロジェクトが実現された岐阜の『養老天命反転地』を訪ねなければ。
筆者の年齢故だが、1970年に開催された日本万国博覧会に否定的立場であった身としては、これを頂点とした黒川紀章や菊竹清訓らの「海上都市」や「塔状都市」といった運動「メタボリズム」の提案を改めて考えながら、21世紀に実現し効果を発揮した首都圏外郭放水路などの巨大な調圧水槽の整備を求める社会に関心は向かう。建築家が実利の側にありすぎて夢の持てない時代、夢がなければ未来は開かれないが、会場では構想の実現も含めいろいろなアイデアを楽しむことが出来た。そのひとつ、村田豊による空気膜構造「水泳場+アイススケート場」の説明には「水泳場は30℃前後の室温で、球形空気構造のサウナがあり、その両側には浴槽を配置してある。温度の異なる大プールが二つあり、周囲にはソーダファンテンや各種の遊戯コーナーが設けられる」とあった。すでに書いたが建築家たちの素描のどれもが、アイデアやコンセプトが生まれる過程を率直に伝え、見ていて飽きない。ハンス・ホラインのものなど名古屋のシュルレアリスト・山本悍右の作品にも通じて嬉しくなった。
村田豊
菊竹清訓
ハンス・ホライン---
磯崎新の断面模型、スケッチ、コンピューターグラフィックで構成した垂涎の展示の対面に、もうひとつの垂涎の展示である安藤忠雄による『中之島プロジェクトII-アーバンエッグ』の原理を示す温かい光を灯す『模型(1:100)』と、断面図と平面図からなる一対の大判シルクスクリーンが掲げられている。地元大阪のシンボル中之島公会堂がこれほどの深黒を秘め、再生される可能性にあったとは、知らなかった。現実の構造物にイメージとして内包される結果となった安藤のプラン。強烈な原理を版画で表現し、100年先、200年先へと続けさせる見事な実例である。しかも、複数枚存在し、土地の制約から逃れ、世界を旅させるとは、建築家の版画表現に先見の明を持った版元の叡智に感謝しなければならない。安藤の卵型構造体のプランは21世紀になって東急東横線渋谷駅などの事業でも実現され、「インポッシブル」に被せた打ち消し線が、交差する光の十字架となるのを喜んだ。いけない、渋谷駅にも行ってなかった。
安藤忠雄『中之島プロジェクトII-アーバンエッグ』(写真提供 国立国際美術館)
ザハ・ハディド・アーキテクツ+設計JV『新国立競技場』そして、「本展の構想が明瞭になった」と云うザハ・ハディド・アーキテクツ+設計JVの新国立競技場プラン白紙撤回の場に至り、スペースショップを連想させる構造用風洞実験模型の美しさに見とれた。問題の詳細に立ち入る知識も情報も持ち合わせない身ながら、「社会的な条件や制度による不実施」に、建築の意味を問い合わせたい気持ちが増大した。地球を生命の乗り物と捉えるように、建築を移動する希望、風にあがらう乗り物と見てもよいのではないか。なので、設計者の死とともに、時代が閉じられてしまったのは悲しい事である。先のオリンピックが催された1964年は遠く、疲弊した日本に祝福されるべき未来は無くなってしまった……。と思いたくないのだけど。
会田誠『シン日本橋』
国立国際美術館「模型」外光に反射した会田誠の『シン日本橋』を抜け、美術館の地下一階に戻ると、国立国際美術館の模型が置かれていた。完全地下型美術館なので、地表にでているのは羽根のような構造物。地階の展示空間は想像するばかりだが、これはシーザー・ペリが設計し実際に建築されたもの。模型を見ながら自分はどこに立っていたかと思う、判らないことは心地良い。
尚、会場写真は同館の許可のもと撮影させていただいた。記して感謝申し上げます。
(いしはら てるお)
「
会期:2020年1月7日(火)―3月15日(日)
会場:国立国際美術館
主催:国立国際美術館、読売新聞社、美術館連絡協議会
監修:五十嵐太郎
協賛:ライオン、大日本印刷、損保ジャパン日本興亜、安藤忠雄文化財団、ダイキン工業現代美術振興財団
協力:Estate of Madeline Gins / Reversible Destiny Foundation

建築の歴史を振り返ると、完成に至らなかった素晴らしい構想や、あえて提案に留めた刺激的なアイディアが数多く存在しています。未来に向けて夢想した建築、技術的には可能であったにもかかわらず社会的な条件や制約によって実施できなかった建築、実現よりも既存の制度に対して批評精神を打ち出す点に主眼を置いた提案など、いわゆるアンビルト/未完の建築には、作者の夢や思考がより直接的に表現されているはずです。この展覧会は、20世紀以降の国外、国内のアンビルトの建築に焦点をあて、それらを仮に「インポッシブル・アーキテクチャー」と称しています。ここでの「インポッシブル」という言葉は、単に建築構想がラディカルで無理難題であるがゆえの「不可能」を意味しません。言うまでもなく、不可能に眼を向ければ、同時に可能性の境界を問うことにも繋がります。建築の不可能性に焦点をあてることによって、逆説的にも建築における極限の可能性や豊饒な潜在力が浮かび上がってくる――それこそが、この展覧会のねらいです。
約40人の建築家・美術家による「インポッシブル・アーキテクチャー」を、図面、模型、関連資料などを通して読み解きながら、未だ見ぬ新たな建築の姿を展望します。(同館ホームページより)
・埼玉県立近代美術館 2019年2月2日 - 3月24日
ブログ2019年3月2日 富安玲子のエッセイ「インポッシブル・アーキテクチャー」2月2日 - 3月24日
・新潟市美術館 2019年4月13日~7月15日
・広島市現代美術館 2019年9月18日~12月8日
・国立国際美術館 2020年1月7日~3月15日
*画廊亭主敬白
本を買うとき、新聞や雑誌、またはネットで「書評」を読み、それにひかれて買うことが多い。書評には丸谷才一と井上ひさしという名人がおられました。
美術の世界はそれに比べるとまだまだ歴史が浅いというか、レビューの重要性が認識されていないように思います。
ときの忘れものは、「落穂拾い」「歴史の彼方に忘れ去られてしまった作家・作品」を掬い上げるのをモットーにしているので、わざわざメジャーな展覧会をブログで取り上げることはしません、しかしそれでも東京中心になってしまう。今回から京都の石原さんに西のほうの展覧会をブラブラ歩いていただくことにしました。石原さんが永のお勤めを終え、自由の身になったと聞いたからです(もっともお孫さんのお守りで大変とも伺いましたが、聞かなかったことにしましょう)。
マン・レイという世界最強の専門分野を持ち、なおかつ美術展にあふれるばかりの愛情がある。梃子となる得意分野と愛情こそがレビュー執筆の根幹ではないでしょうか。
不定期連載になりますが、西の皆さん、どうぞご期待ください。
●本日のお勧め作品は安藤忠雄です。
安藤忠雄 Tadao ANDO「中之島プロジェクト Ⅱ[アーバンエッグ2]」
1988年
シルクスクリーンにドローイング
105.0x175.0cm
Ed.55
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2016年08月07日|上田浩司さん(MORIOKA第一画廊)逝く
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●ときの忘れものは大阪の国立国際美術館で始まった「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」に出品協力しています(~3月15日)。安藤忠雄「中之島プロジェクト Ⅱ[アーバンエッグ2]」
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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