石原輝雄のエッセイ「美術館でブラパチ」─3

『日の出でパチリ』


展覧会 杉本博司 瑠璃の浄土
    京都市京セラ美術館 [新館 東山キューブ]
    2020年5月26日(火)~10月4日(日)

BP3-01京都市京セラ美術館正面
 
 生活の気分に明るさが戻ってきた。京都府民限定の事前予約で、大規模改修の終わった京都市京セラ美術館に出掛けた(19日以降は府民限定解除、詳細要確認)。当初の開館予定3月21日が延期され5月26日になったとはいえ、自粛の気分が重くのしかかり予約サイトを開かないまま幾日も過ごしてしまった。これでは、なんとも気が滅入る。開館記念展となる杉本博司の『瑠璃の浄土』展もさることながら、新しい美術館の建物自体を楽しみたいと思った訳である。東の友人たちから「レポートを寄せて」と言われたのも要因だった。

BP3-02同・南玄関、富樫実彫刻『空にかける階段’88-II』(右)

BP3-03同・東エントランス、日本庭園

 スクラップアンドビルドが常態化する日本の公共建造物にあって、帝冠様式の外観・構造を残しつつ、新たな現代美術棟(東山キューブ)を違和感なく併設させ、西から東へ伸びる動線を復活させ、平安神宮の朱色の大鳥居から七代目小川治兵衛作庭の日本庭園を経て東山を望む開放感の喜びに誘う仕掛けが素晴らしい。海外の美術館で多用される石や煉瓦と硝子の妙味ある組み合わせが日本にも現れたと思った。地下一階に設えた正面入口の硝子構造(ガラス・リポン)へのスロープ状広場、これらが芸術を楽しむモダンな期待感を演出してくれている。建築家は青木淳(1956- )と西澤徹夫(1974- )で、青木は2019年4月より館長に就任されている。

BP3-04同・神宮道側、平安神宮大鳥居、京都国立近代美術館(右)

BP3-05同・『京都美術館』銘板

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 予約時刻より早く到着すると多くの方が並んでいる。わたしの方は南回廊からブラパチおよそ一時間。単純だけど新しいのはよろしいな。明るくなった池泉庭園越しに館内を想像しつつ、大鳥居側に戻り門柱に取り付けられた『京都美術館』の銘板をしばらく見ていた。上段にあった「大礼記念」の文字の消され方に経年変化と云うより痛々しさが残る。記憶は曖昧だが留め金具や基盤の朱色に存在感があったと思う。なによりも、文字が読めたのに今日は難しい。

BP3-06同・中央ホール

BP3-07 『アイザック・ニュートン式スペクトル観測装置』

 さて、時間となった。地階の入り口で予約確認を受け、体温検査の空間を抜けチケット売り場へ。大階段を登り中央ホールに出ると正面には光が差し込んでいる。天井高16mの旧大陳列室が白くお化粧され南側の常設、北側の企画の各展示へ入り口が開き、他方では螺旋階段へとつながっている。開口部が穏やかで、いざない感が好印象。床材や照明など以前の意匠を考慮した作りとなっている。案内ブースのスタッフにも期待が持てた。この後、ホールを抜けると大柱に電光表示が走り、重厚な扉に黄金の草木模様、庭の緑の手前に大型の『アイザック・ニュートン式スペクトル観測装置』、すでに杉本博司の世界に立ち入っていた訳である。すると、旧知のT氏とばったり、展覧会の様子などをお聞きする。さてさて、最新設備を備え可動壁で多目的な利用を可能とする美術館改修の目玉施設(東山キューブ)への動線は透明度の高い硝子窓をL字型にめぐって開かれている。北条氏の「三つ鱗」ならぬ、「丸に三角」の家紋(?)を配した門幕が壁面にゆったり掲げられている。先刻ブラパチで確認していたので判るが、入り口と庭園に配した茶室が一直線に連なり心引き締まる演出。出口は離れているので後景となる鑑賞者にはさとられない仕組みに感心、入室前から杉本世界にやられてしまったのですな。

BP3-08杉本博司展入り口

BP3-09『アイザック・ニュートン「光学」初版』

BP3-10『OPTICKS』シリーズ


 氏の仕事と作品には、初期の『ジオラマ』『海景』『劇場』といったシリーズ以降離れてしまったので、「長きにわたり浄土を希求してきた日本人の心の在り様を見つめ直す」今回の展示は、わたしの中の写真家といった括りを取り払い、再生への道標となる「光」を現出させた思想家への敬意となった。展示の図像的解釈は後で触れるとして、「色」については書いておきたい。始まりは「白」 (いや、無色なのかもしれないが) なのである。春日大社の石灯籠沿いの参道ともいえる光学硝子五重塔13基が『瑠璃の箱』辺りまで続いている。よく見ると『海景』の写真が封印されており、どの海であるかは足元水平のプレートにひざまずかねば判らない。世界各地を巡った最後は氏の心の故郷・相模湾。そして、角を曲がり饒舌な光たちに包まれ新作『OPTICKS』(世界初公開)が躍動する部屋に導かれた。長時間露光など一般的な写真は光の重層化によって時間を遡るが、一方で写真は速度によって明日に続くように思う。写真を扱う友人たちの多くは、この新作への戸惑いをもらしているが、「人間の眼は同じ色を見続けると、その反対色である補色が視線を移すと同時にほんの数秒間だけ感知されるのだ」という杉本の発言に、ロスコーの絵画やクラインのブルーとの近似を思いつつ創造主と自然神、西洋と東洋とは異なるのだと思った。装置自作による色彩分析の手法は、科学と芸術が共存した時代の再来、ある種の錬金術師がなせる技で、建築の場を持つレオナルドは100年、いや1000年のスパンで作品を考えている。太陽と月の位置にも一期一会があるように思う。光の速度を計測してしまったわたしたちの幸・不幸が浄土の遠さを実感させる。ともあれ、もうひとつの展示場「瑠璃の浄土、宝物殿」に進んだ。こちらには考古遺物も置かれ、大判の写真3点『日本海、壱岐』が示す海の底から引き揚げられた塩梅、平安時代の『薬師如来仏手』に惹かれる。写真パチリをしてみると、角度によって表情を大きく変えてくれた。「瑠璃の浄土」といえばこの仏さまが指し示す「東方浄瑠璃浄土」の事ではなかったか、硝子茶碗の幾つかが掌に光をいただく所作のもと光を飲み干す寓意にもなって、展示の空間は解釈の頁に織りなされている。

BP3-11『法勝寺 瓦』

BP3-12『瑠璃の箱(緑)』、『OPTICKS 036』(右)

BP3-13『日本海、隠岐』シリーズ

BP3-14『薬師如来仏手』

 美術館の所在地は平安後期・院政時代の要地。いわゆる六勝寺のひとつ円勝寺のあったところとされ、展示品の中には東(現在の動物園辺り)に位置した法勝寺の八角九重塔跡地から出土した瓦も置かれている。悠久の時を経て光が当てられた瓦をわたしは見ている。これを昔、入手した杉本は、まさか「里帰りさせるつもりだった」なんて事はないだろうから、梵字が五輪塔に刻まれた瓦の縁を思うのである。『光学硝子五輪塔』と続く、不思議なのである。

BP3-15『薬師如来懸仏』

BP3-16『OPTICKS 020』、『瑠璃の箱(青)』(右)

 展示会場に順路表示といったものはなく、風水に従った気の流れを充満させているように思う。杉本が京都との繋がりを意識させた掛軸『高山寺印神泉苑図』の対角には、同じく鎌倉時代の『龍頭』が飾られ、祇園祭の鉾頭をわたしは連想するのだった。「疫病退散」今年の祭りは厳しい。丈六仏を中心に三十三間堂の仏様をとらえた『仏の海』の写真群を飾る部屋については、「東山から昇る太陽の光が深い御堂の庇をくぐり……」と云うカタログの引用にとどめておく。仏様の御慈悲を深く感じつつ、展覧会には音がないと思った。鐘の音が心に響く拙宅の朝と、ここでの静寂は対照的である。会場の入れ子構造は、ケースに入った『アイザック・ニュートン「光学」初版』の他に、出口近くに参道から連なった五輪塔の14個目『日本海、礼文島』が置かれている。これは日本列島をまたぎ北の地に至る構成で、自然神とともに豊かで別け隔てなく暮らしてきたわたしたちの幸せの体系かと改めて思った。

BP3-17東山キューブテラス

BP3-18同・東山、山頂に将軍塚青龍殿

 絵葉書やカタログを求め会場を出ようとすると、係員から入場カードを機械に通すよう求められた。「ピッ」とゲートが開く。浄土はつかの間の幻想なんですな。展示室の階上は開かれた庭園(東山キューブテラス)となっている。東山を望みながら『瑠璃の浄土』と名付けられた展示品(古代ガラス玉、根来経箱、ライトボックス)があったのを思い出した。テラスは巨大な木製の箱が乗っている風情で一見お墓、これでは寂しく入れ子の経箱であるのを願う。

次回も、この展覧会について報告したい。


(いしはら てるお)

*石原輝雄のエッセイ「美術館でブラパチ」第4回は明後日6月30日に掲載します。

●本日のお勧め作品は光嶋裕介です。
koshima_2018-03光嶋裕介 Yusuke KOSHIMA
"幻想都市風景2018-03"
2018年
和紙にインク、箔画
45.0×90.0cm
サインあり
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阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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