<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第90回
(画像をクリックすると拡大します)
かなりご機嫌な様子である。
一杯(いや何杯も!)呑んできたところで、ネクタイを引き抜き、ワイシャツのボタンを外し、足を投げ出してタバコを吸っている。
あのなあ、と撮影者に語りかけている声が聞こえてくるようだ。
気になるのは男の足下である。
ぴかぴかの革靴をはいている。
ふつう靴を履いて布団にはあがらないから、
どう考えてもこの布団は彼が敷いたのではなくて、すでに敷かれていたのだ。
左指には結婚指輪をはめている。
彼には奥さんが(もしかしたらちいさな子どもも)待っている家があるのだろう。
郊外の2DKのマンションで、そこに帰るには一時間くらい電車に揺られなければならないのかもしれない。
そういう瑣末な日常の一切を忘れて、一瞬一瞬を生きる至福を味わっている家庭持ちの男。
なにかいいことがあったのか、久しぶりにだいぶ気が大きくなっているのだ。
左奥にはゴミ入れのようなものがあり、割箸が突き出ている。
手前にはうちわも置かれている。
ここがだれか別の人の住まいなのは明らかだ。
右側にはボケてはっきりしないが手ぬぐいのようなものが下っているし、
その下には段ボールのようなものも見える。
ほかの荷物がそこにしまわれている可能性もあるだろう。
天気が怪しくなれば、布団の上に屋根が掛けられ、
もっと住まいらしくなるとも想像できる。
この家の主人が布団に上がるときは靴を脱ぐだろう。
靴のまま上がるということは、自分の住まいならばとても出来ない。
家で靴を脱ぐのは日本人の骨身に染み込んだ習慣であり、
それが証拠にホームレスの家の前には必ず靴がそろえて脱がれている。
この男がその習慣を無視できたのは、ここが彼の家ではないからだ。
いや、家とは思ってなくて路上にたまたま布団が敷かれていたので、
これさいわいと土足のまま上がってどかっと腰を下ろしたのである。
しらふならまずしないことだが、酒の勢いを借りて出来てしまったのだ。
土足と言ったが、昨今の道には泥は見られない。
どこも舗装され、いくら歩いても靴底に泥はつかないのだ。
それでも土足という言葉には背筋をぴんとさせる凄みがある。
もしいまここにこの家の主人が帰ってきて、「土足で上がるな!」と怒鳴ったら、
男は縮み上がり、たちまち酔いが醒めてしょんぼりと家に帰るだろう。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
淵上裕太(日本、1987)
《上野公園(いつもは、もっぱら歌舞伎町だ!!)》 2017
©Yuta Fuchikami
作品英語:タイトル UENO PARK (Generally, Kabukichõ is the place for me!!)
撮影場所:東京/上野公園付近
技法:ゼラチン・シルバー・プリント
サイズ(cm):24.9x31.7
●作家紹介
淵上裕太(Yuta Fuchikami)
1987 岐阜県に生まれる
2014 名古屋ビジュアルアーツ卒業
[個展]
2015 「瞼に映る黄色」Bar鳥渡、東京
「瞼に映る黄色」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
「還る」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
2016 「どうすることもできない」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
「路上~私の心を奪うために~」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
2017 「Spotlight」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
「路上I」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
2018 「路上II」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
「路上III」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
2019 「路上IV」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
「UENO PARK」ARTS GALLERY NAGOYA、愛知
[グループ展]
2019 「The 1st STAIR」TAP Gallery、東京
[著作、雑誌等の掲載]
『NAGI -凪-』月兎舎
[コレクション]
清里フォトアートミュージアム(2019)
[ウェブサイト]
http://fuchikamiyuta.com
●展覧会について
「2019年度ヤング・ポートフォリオ」展
会 期 : 2020年7月1日(水)~11月8日(日)
休 館 日 : 毎週火曜日、但し8月は無休 *祝日は開館
会 場 : 清里フォトアートミュージアム
開館時間 : 10:00~17:00 (入館は16:30まで) *ただし、8月は10:00~18:00 (入館は17:30まで)
入 館 料 : 一般 800円 学生600円 高校生以下無料
家族割引 1200円(2名~6名様まで) *当面の間、団体の受入れは休止
交通のご案内 車にて:中央自動車道須玉I.C.または長坂I.C.より車で約20分
J R:中央本線小淵沢駅にて小海線乗り換え 清里駅下車、車で約10分
公式サイト: https://www.kmopa.com/
当館が毎年開催してきたYP展も、25回目を数えました。本展では、東欧、アジア全域から日本まで、2019年度に応募された22カ国、152人の3848点から厳選された、22人による136点のプリントを一挙に公開します。今回取りあげた写真を含め、当館が収蔵する淵上裕太さんの全作品が展示中です。
●本日のお勧め作品はハ・ミョンウンです。
ハ・ミョンウン 河明殷 Ha Myoung-eun
"Gradation brush-vermillion(1)"
2012年
ミクストメディア
42.0x136.0cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
---------------------------
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
(画像をクリックすると拡大します)かなりご機嫌な様子である。
一杯(いや何杯も!)呑んできたところで、ネクタイを引き抜き、ワイシャツのボタンを外し、足を投げ出してタバコを吸っている。
あのなあ、と撮影者に語りかけている声が聞こえてくるようだ。
気になるのは男の足下である。
ぴかぴかの革靴をはいている。
ふつう靴を履いて布団にはあがらないから、
どう考えてもこの布団は彼が敷いたのではなくて、すでに敷かれていたのだ。
左指には結婚指輪をはめている。
彼には奥さんが(もしかしたらちいさな子どもも)待っている家があるのだろう。
郊外の2DKのマンションで、そこに帰るには一時間くらい電車に揺られなければならないのかもしれない。
そういう瑣末な日常の一切を忘れて、一瞬一瞬を生きる至福を味わっている家庭持ちの男。
なにかいいことがあったのか、久しぶりにだいぶ気が大きくなっているのだ。
左奥にはゴミ入れのようなものがあり、割箸が突き出ている。
手前にはうちわも置かれている。
ここがだれか別の人の住まいなのは明らかだ。
右側にはボケてはっきりしないが手ぬぐいのようなものが下っているし、
その下には段ボールのようなものも見える。
ほかの荷物がそこにしまわれている可能性もあるだろう。
天気が怪しくなれば、布団の上に屋根が掛けられ、
もっと住まいらしくなるとも想像できる。
この家の主人が布団に上がるときは靴を脱ぐだろう。
靴のまま上がるということは、自分の住まいならばとても出来ない。
家で靴を脱ぐのは日本人の骨身に染み込んだ習慣であり、
それが証拠にホームレスの家の前には必ず靴がそろえて脱がれている。
この男がその習慣を無視できたのは、ここが彼の家ではないからだ。
いや、家とは思ってなくて路上にたまたま布団が敷かれていたので、
これさいわいと土足のまま上がってどかっと腰を下ろしたのである。
しらふならまずしないことだが、酒の勢いを借りて出来てしまったのだ。
土足と言ったが、昨今の道には泥は見られない。
どこも舗装され、いくら歩いても靴底に泥はつかないのだ。
それでも土足という言葉には背筋をぴんとさせる凄みがある。
もしいまここにこの家の主人が帰ってきて、「土足で上がるな!」と怒鳴ったら、
男は縮み上がり、たちまち酔いが醒めてしょんぼりと家に帰るだろう。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
淵上裕太(日本、1987)
《上野公園(いつもは、もっぱら歌舞伎町だ!!)》 2017
©Yuta Fuchikami
作品英語:タイトル UENO PARK (Generally, Kabukichõ is the place for me!!)
撮影場所:東京/上野公園付近
技法:ゼラチン・シルバー・プリント
サイズ(cm):24.9x31.7
●作家紹介
淵上裕太(Yuta Fuchikami)
1987 岐阜県に生まれる
2014 名古屋ビジュアルアーツ卒業
[個展]
2015 「瞼に映る黄色」Bar鳥渡、東京
「瞼に映る黄色」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
「還る」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
2016 「どうすることもできない」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
「路上~私の心を奪うために~」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
2017 「Spotlight」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
「路上I」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
2018 「路上II」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
「路上III」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
2019 「路上IV」TOTEM POLE PHOTO GALLERY、東京
「UENO PARK」ARTS GALLERY NAGOYA、愛知
[グループ展]
2019 「The 1st STAIR」TAP Gallery、東京
[著作、雑誌等の掲載]
『NAGI -凪-』月兎舎
[コレクション]
清里フォトアートミュージアム(2019)
[ウェブサイト]
http://fuchikamiyuta.com
●展覧会について
「2019年度ヤング・ポートフォリオ」展
会 期 : 2020年7月1日(水)~11月8日(日)
休 館 日 : 毎週火曜日、但し8月は無休 *祝日は開館
会 場 : 清里フォトアートミュージアム
開館時間 : 10:00~17:00 (入館は16:30まで) *ただし、8月は10:00~18:00 (入館は17:30まで)
入 館 料 : 一般 800円 学生600円 高校生以下無料
家族割引 1200円(2名~6名様まで) *当面の間、団体の受入れは休止
交通のご案内 車にて:中央自動車道須玉I.C.または長坂I.C.より車で約20分
J R:中央本線小淵沢駅にて小海線乗り換え 清里駅下車、車で約10分
公式サイト: https://www.kmopa.com/
当館が毎年開催してきたYP展も、25回目を数えました。本展では、東欧、アジア全域から日本まで、2019年度に応募された22カ国、152人の3848点から厳選された、22人による136点のプリントを一挙に公開します。今回取りあげた写真を含め、当館が収蔵する淵上裕太さんの全作品が展示中です。
●本日のお勧め作品はハ・ミョンウンです。
ハ・ミョンウン 河明殷 Ha Myoung-eun"Gradation brush-vermillion(1)"
2012年
ミクストメディア
42.0x136.0cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
---------------------------
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
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