土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」

17.『三夢三話』~前編

『三夢三話』、草月出版 秘冊草狂2(図1)。瀧口修造私家版55部、刊行者版20部。変型判(28.8×22.0)、12頁(ノンブル無し)。並製、黒ビニールクロス装。扉の薄葉紙に毛筆サイン。刊行者版は「秘冊草狂」シリーズの他7冊(後出)と共に厚紙外箱(図2)に収める。

202007土渕信彦_図1図1

202007土渕信彦_図2図2

奥付の記載事項
秘冊 草狂 ❷
瀧口修造 三夢三話
一九七二年三月
限定☆作者私家版五五部1-55刊行者版二〇部Ⅰ-ⅩⅩ

解題
本書は草月出版から刊行された限定版の画文集シリーズ「秘冊 草狂」全8巻の第2巻で、タイトルのとおり、瀧口自身が見た夢の内容を記述した、あるいはそういう形を採った短篇が、三篇収録されています。初出は雑誌「草月」ikebana sogetsu 80号(編集兼発行人:勅使河原宏、1973年7月。図3)で、初出時点ですでにノンブル(頁付け)は無く、抜き刷りを単行本化したものと思われます。ただ、保存状態の関係からか、用紙は初出の方がすこし厚手のようにも感じられます。瀧口の自装で、黒い表紙にタイトルの紙ラベルを貼る形は、手づくり本でもしばしば採用されています。シリーズ名の「秘冊草狂」の命名者も瀧口とされています。

202007土渕信彦_図3図3

版元の草月出版は華道家勅使河原蒼風が1927年に創始したいけばな「草月流」の出版部門で、初出誌「草月」はその機関誌に当たります。「三夢三話」掲載当時は、海藤日出男氏も編集に協力していたものと思われます。読売新聞文化部次長だった海藤氏は、1951年のマチス展、ピカソ展をはじめとする数々の企画展や、読売アンデパンダン展などで瀧口との関りが深く、この連載第15回で採り上げた『マルセル・デュシャン語録』でも製作者として実務を進めるなど、瀧口の活動を陰に陽に支えてきた人物です。67年の読売新聞退職後、勅使河原宏の映画プロダクション役員に就任、75年には草月出版の編集長に転じたようです。

初出の編集後記には、次のように記されています。「ユニークな企画としてご好評をいただいております巻末の多色刷り頁(絵と文)も今号は、詩人・瀧口修造氏のご協力を得ることができ発行前から内外に多くの話題を呼んでおります。今後とも〈日本の宝〉と目される方々の登場を予定しております。」

同シリーズの他の7冊は以下の通りです。なお、No.1や⑧などの巻数の表記は、上掲『三夢三話』の❷も含め、それぞれの奥付記載のとおりとしてあります。下記の部数はそれぞれ作者私家版の部数で、これ以外に刊行者版が20部(Ⅰ-ⅩⅩ)あります。私家版の方が刊行者版より部数が多いのは、印税・制作費の関係かもしれませんが、詳細はわかりません。

No.1 池田満寿夫『ガリヴァーの遺物』(96部。1972年1月。図4)
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3 大岡信・加納光於『螺旋都市』(97部。1972年5月。図5)
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四 武満徹・杉浦康平『骨月』(71部。1973年8月。図6)
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五 中原佑介・高松次郎『レコード盤宇宙論』(77部。1974年4月。図7)
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六 谷川俊太郎・駒井哲郎『タラマイカ偽書残闕』(67部。1974年12月。図8)
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7 針生一郎・リラン『ヴェネチア拾遺』(100部。1975年4月。図9)
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サム・フランシス(大岡信訳)《one ocean one cup》(一つの大洋 一つの茶碗)
(77部。1977年7月。図10)
202007土渕信彦_図10図10(扉頁。表紙は白紙)


編集後記の〈日本の宝〉という言葉どおりの豪華な顔ぶれで、各冊の装幀もなかなか見ものです。こうした錚々たる面々を集めることができたのは、草月流と勅使河原蒼風・宏の両氏、および海藤日出男氏の力でしょう。

「三夢三話」には、挿図として瀧口自作のカラー図版が掲載されています(図11~13)。この連載第3回でご紹介した『妖精の距離』をはじめ、瀧口には他の造形作家の作品と自らの詩を組み合わせた例や、自らの造形を用いて装幀した例は、いくつかありますが、自らの言葉に自ら挿絵をつけて装幀した刊行本は、本書以外にはありません。本書の4ケ月後に刊行された別冊「現代詩手帖 ルイス・キャロル」(1972年6月。図14)に掲載された種村季弘との対談「笑い猫夢話」のなかでも、「私は最近、珍しく三つの夢に自分で挿絵をつける機会があった」と言及されています。

202007土渕信彦_図11図11

202007土渕信彦_図12図12

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筆者(土渕)が初めて「三夢三話」を読み、親しんでいたのは、以下にご紹介する瀧口没後の1980年に刊行された書肆山田の再刊版(図15)だったのですが、上の挿図は掲載されず、下の引用(奥付前頁の付記)のとおり、三点のロトデッサンの図像が、色彩を鉛筆の黒から濃紺、濃緑、濃赤色に変更された上で、用いられていました。初出誌の「草月」を入手して頁を開いた瞬間、「こんな挿絵があったのか!」と、不意を衝かれて、その美しさに驚嘆したのを、鮮明に覚えています。

「装画について―
いずれも瀧口修造氏の作品より再現した。
表紙絵 1960年作、画用紙に黒インク(福島秀子氏所蔵)
扉口絵 1972年作、黒い紙に黒鉛筆。『地球創造説』のためのデッサン」。

202007土渕信彦_図15図15

「三夢三話」の冒頭にはエピグラフとして、夢に関わる次の三つの句が引用されています(図16)。

202007土渕信彦_図16図16

さて、今しづかに、かの夢は、思ひ合はせてなん、聞ゆべき。「夜語らず」とか、女房の傳へに言うふなり。 源氏物語 横笛

誠に痴人面前夢を説くべからずトなり。 去来抄

世の親たちよ、夢を子たちに語れ。 パピヨン・シュルレアリスト

三つ目の「パピヨン・シュルレアリスト」は、1925年の「パピヨン・シュルレアリスト」(シュルレアリスムのビラでしょうか?)の中の一節で、思潮社「シュルレアリスム読本」シリーズ4『シュルレアリスムの資料』(1981年7月。図17)の1925年の項に、「シュルレアリスムの蝶」として全体が訳出・収録されています。

202007土渕信彦_図17図17

本書に収録されたⅠ~Ⅲの三つの短篇は、それぞれ独立しており、いずれもたいへん魅力的です。もちろん夢を記述する、ないし夢を物語るのですから、語り口はそれなりに工夫され、多少の誇張や脚色もあるでしょうが、独特のリアリティがあって思わず引き込まれます。話の要点ないし発端は以下の通りです。

Ⅰは、生家を舞台とした血なまぐさい惨劇に巻き込まれている夢の話。幼少時に故郷富山で起きた、他村との用水をめぐる騒動の記憶にも言及されますが、夢との関連性は不明とされています。なお、全体への導入部として、冒頭で夢や夢を語ることについて簡単に触れられています。

Ⅱはパリのアパルトマンの一室で、バンジャマン・ペレ、ロベール・デスノス、ルネ・クルヴェル、ジャック・デュパンらの詩人たちと語り合っているうち、蕉翁の立場に祭り上げられ、去来抄の「さびは句の色なり」などを引用しながら、俳諧、とりわけ寂びについて論じる羽目に陥るという夢の話。

Ⅲは造形作家戸村浩夫妻に誕生した男児の名付け親となり、「虹」という名を区役所に届け出ようとしたところ、常用漢字や人名用漢字に無いからと、受理されなかったという実話を下敷きに、「虹」という字を講釈する漢学者のような役場の職員から、谷を降りて気に入った石を持って来たら「なんとかします」といわれ、谷底の河原へと探しに行く夢の話。

なお、Ⅲの末尾の付記には「絵と構成、およびオーヴェルの役場の写真撮影は筆者による」とあります。オーヴェルは、画家ゴッホが最期を迎えたオワーズ河畔の村Auvers-sur-Oiseのことで、「オヴェール」ないし「オーヴェール」の表記の方が、元の発音に近いようです。
(以下、続く)
つちぶち のぶひこ

土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。

◆土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。

●本日のお勧め作品は谷川桐子です。
tanikawa-03谷川桐子 Kirico TANIKAWA
《After the rain》
2012年 
キャンバスに油彩 
53.0×45.5cm(F10号)
サインあり
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