宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」第10回

「宮森敬子展―集められた時間と空間の表面たち」(その1)


あたしのなまえは、くもです。

きょうは、宮森敬子さんの展らん会のあんないをしようと思います。

なぜって、本人はここ、2、3週間まえから夜おそくに帰ってきて、コンピュータのまえにすわって、しんけんにかいている、と思ったら、そのままうたた寝して、朝はお母さんのところにいったり、なんだか忙しそうで明日はもうしめ切りの日で、写真しかなくて、それであたしが彼女の展らん会にいって見たときのこと思いだして、写真のせつめいを彼女にかわってかこうときめたわけです。

あたしは彼女のうちに住んでいる5さいの「家ぐも」で、だからといっていつも家にいるだけでもなく彼女のはじめての展示の日にはいっしょに東京に出かけていったくらいです。

あたしたちは横浜の「ぐみょうじ」という街にすんでいて、ここは温泉もでて地元では「横浜の浅草」とよんでいてけっこう住むとよいところです。

でもとにかく今回は、彼女の展らん会についてかくということになっているそうで、それであたしはできることなら彼女を少しでも助けてあげたいので、今からそれをかこうと思います。それにはあたしなりの理由もあるわけなのですけど、それはさいごに話します。

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(入るところ)


まずあたしの時間をもどします。あの日あたしたちは朝9時半くらいにお家を出て、そこはすごい坂の上にある家なのですが、それから電車にのって乗りかえを一回して駒込の駅から歩いて、展らん会のあるビルにたどり着いたのがだいたい11時でした。

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(入り口の床)              (入り口の上)

ドアをあけて入ってゆくと、あたしのだいすきなお花の匂いがします。でもこれは日がたつとだんだんなくなるそうです。階段があって花びらがちょっと床におちています。で上を見あげると、「白いひらひらのベッド」がつるしてありました。階段をのぼってゆくと、右側のカベにすごく大きな「ひらひらがたくさんついた絵」があって、もっとのぼると、2階にももっと大きな「ひらひらの絵」があります。

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(ひらひらの絵 階段のところ)        (ひらひらの絵 2階)


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(ベッド)                  (花びら)


ベッドは2個ありまして、「く」のような形でかざってあり、びっくりしたのはここにピンクの花びらがたくさんのっていました。あたし少し嬉しくなって、そこに飛びのってしばらくピンクのふかふかの中で、うっとりとした時間をすごしました。

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(ぼうえんきょう)      (タイプライター)       (3つの大きな台)


それからあたしはベッドをのぞき込むようにおいてある2階の「ぼうえんきょう」まですごいジャンプをして「rose」と紙にかいてあるタイプライターの前を通って「3つの大きな台で下から白い光が出てるやつ」の前を通って、階段をさらにあがってゆきました。

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(ひらひらの絵)            (木ぐつとのこぎり)


「ひらひらの絵」の前を通ったら、それが本当にさわっと動いて、あたしこれが欲しい、と思いました。だって触りごごちもいいし、隠れながらあたしのえさをおびきよせるのにぴったりだと思ったからです。それから「古めかしい木ぐつ」や「のこぎり」があって、でもガラスケースに入っているから、あたしはどれにも触ることできないんですけど、どんな感じがするのか想像しながら、さらに階段をあがって行きました。

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(長いぼう)         (ひらひらの絵とツノ)   (下から光が出るやつ)


ちょっとかわった「長いぼう」がカベにかけてありました。先がくるっと曲がっています。表面はツルツルぢゃなくて、ほかのと同じ「黒いシミ」みたいのと数字がついています。その向かいに大きな「ツノ」(長いぼうよりちょっとツルッとしています)があって、それは「トナカイ」のツノだそうで、トナカイは男の人も女の人もツノを落とすんだって、すごいなあ、って思って、それからまたあたしの好きな「ひらひらの絵」があって、それからまた下から光が出るやつがありました。

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(鳥かご)           (ひらひらの絵)     (丸くて赤い線のあるの)


あたしは最後にあった下から光が出るやつの中にあったのが「鳥かご」としって、屋根がないのは面白いなあと思いました。(あのくらいのカゴ、あたしだったら屋根があっても簡単に出入りできるんですけどね)で、その反対にまた「ひらひらの絵」、その脇には「丸くて赤い線のあるの」があり、それはあたしがのるとちょっと動いたりして面白かったです。

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(上から見たところ)


ふき抜けになってる下を見たら、敬子が帽子をかぶった男の人に「時間はもどせてカタチがかわるだけ」とかいっていましたけど、それは展らん会のせつめいかもしれないです。それにしても敬子の作品についてる「黒いしみ」がなんなのか、残念ながらあたしにはわかりません。


あたしはいま、最後の力をふりしぼってこの文章をかきました。それはあたしの「じゅみょう」がもうすぐなので、がんばってかきました。くもは、人にいいことをたくさんしてきたので、その人がそのいいことをわかってくれたときには、死ぬ前にとくべつなちからをもらって、その人のために何か一つできる、ということが決められているのです。だからあたしは、初めにあった時から「くもくん」といってくれて「ありがとう」と聞いたときに、それをしなくてはならなくなったので、今日それをしたというわけです。あたしの足は長くてすごくはやく動けるんですけど、今だんだんかたくなってきたので、もう玄関まで行けるかどうか、心配ですけれど、そこにたどりついたら、あたしはあのいい匂いのするふかふかの花びらのこと思い出して、そんな中で死ねたらいいなあ、と思います。あとは朝になって敬子があたしを見つけてくれたらうれしいです。

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あとがき

数日前の朝、いつものようにうちを出る時、玄関のスリッパの横に、5cmくらいの茶色いクモの死体がありました。びっくりして、よく観察すると、それは、手足を丁寧に畳んで、半分くらいの大きさになっている、アシダカグモでした。私は「くもくん」と呼んで、時にトイレに、洗面所に、台所に、と出没のたびに呼びかけていました。私がご飯を食べている間、壁に現れてじっとしていたりするのを見ると、これは慣れているのかな、などと勝手に思ったりもしていました。

ところがここ1週間ほどでしょうか、姿が見えなくなっていて、心配していたのでした。どうしてわざわざ、玄関のところで死んでいたのでしょう。見つけやすいところにいて、お別れをしたかったのでしょうか?くもさん、ゴキブリとかゲジゲジとか食べてくれて、自主隔離期間もずっと一緒にいてくれてありがとう。そして、女の子なのを知らずにごめんなさいね。朝起きて、コンピューターにタイプされていた内容は、まとまりがなかったのですが、そのままブログ担当の方にお渡ししました。

今回は、くもさんの視点からの作品の説明でしたが、次回は私から、この展覧会の副題となった「Layers of Time―集められた時間と空間の表面たち」について、その内容を少し書いてみたいと思っています。

最後に、展覧会に来てくださったみなさま、作品を購入してくださったみなさま、WEB展をチェックしてくださったみなさま、そして対談をしてくださった小泉晋弥先生をはじめ、展示について書いてくださった先生方、友人たち、本当にありがとうございました。また次回、どこかで作品をお見せする機会がありますように。

202010宮森敬子011Photo: Tetsuya Shiono(Colla:J)
(みやもり けいこ)

宮森敬子 Keiko MIYAMORI
1964年横浜市生まれ 。筑波大学芸術研究科絵画専攻日本画コース修了。和紙や木炭を使い、異なる時間や場所に存在する自然や人工物の組み合わせを、個と全体のつながりに注目した作品を作っている。

宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」は毎月17日に更新します。

●本日のお勧め作品は宮森敬子です。
miyamori-22“Telescope 4109”
2007年
望遠鏡、和紙、炭
70×96×140 (h) cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

「宮森敬子展 — Surfaces of Time 集められた時間と空間の表面たち」は本日が最終日です(予約制)。
会期=2020年9月25日[金]—10月17日[土]*日・月・祝日休廊

宮森敬子展 — 無観客ギャラリートーク 宮森敬子さん・小泉晋弥さん 前編

宮森敬子展 — 無観客ギャラリートーク 宮森敬子さん・小泉晋弥さん 後編

宮森敬子さんと小泉晋弥先生(美術評論家、茨城大学名誉教授)による無観客ギャラリートークの様子をYouTube前編後編として公開しました。


展示の様子もYouTubeにてご覧ください。

宮森展
宮森敬子は手透きの和紙とチャコールなどの自然の物を使って、ツリーロビング(木の表面の模様を手透きの和紙でで写し取った作品)で自然物や人工物を包み込むもの、あるいは透明樹脂(プラスチック)で自然物や自分の作品を固める作品を制作しています。現在は米ニューヨークにアトリエを構え、日本と行き来しながら、絵画、彫刻、インスタレーションの発表を行なっています。
今回、ときの忘れものの拠点である駒込を自ら歩き、駒込富士神社や東洋文庫ミュージアムにある樹木の拓本を行ないました。本展では、ときの忘れものの建物を使い、それらの拓本を層状に重ねたインスタレーションを行ないます。
10月4日ブログには詩人の大崎清夏さんのエッセイ「受託の痕跡として」~宮森敬子展より、を掲載しました。ぜひお読みください。
出品作品34点のデータは9月27日ブログに掲載しました。
予約制にてご来廊いただける日時は、火曜~土曜の平日11:00~19:00となります。
※観覧をご希望の方は前日までにメール、電話にてご予約ください。

●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。