「多摩美の版画、50年」展企画に際して/今日の版画を巡って

大島成己
(美術家、多摩美術大学教授)
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 2021年1月6日から2月14日まで多摩美術大学美術館において「多摩美の版画、50年」展が開催されている。この展覧会は、本学絵画科油画専攻に版画教室が設置されて今年度で50周年を迎えたことを記念して、日本における版画の多様な流れに本学がどのように関わってきたかを振り返りながら、版画の特質と領域横断的なメディアとしての可能性を探る内容である。
 版画に詳しいこのブログ読者諸氏にとっては、「多摩美の版画」と言えば、吹田文明、深沢幸雄など各版種の特色を活かした技法・技術に支えられた正統派の版画表現を思い浮かべるだろうが、今日の版画表現の総体を考えると、そうしたオーソドックスな表現だけでなく、他メディア、他ジャンルへの展開など、表現が多様化してきている。(それは戦後の絵画が多様な展開を示したことと平行的に考えることができるだろう。)版画制作の現場では、多種多様な版の特質(版材やインクの物質性、レイヤー、型、コピー、編集、間接性と複数性など)が意識されながら「版的思考」のようなものが培われ、それが他メディアに反映・展開されていくのである。したがって、今日の版画は通常の形式から大きく離れて、絵画、写真、立体と様々なメディアへと接続されていて、それらを踏まえるためにも、版画専攻だけでなく、多摩美にゆかりのある画家、彫刻家、そしてデザイナーたちまで出品対象を拡げ、従来の版画にこだわらない多種多様なアプローチを提示する企画を考えることとなったのである。
 この展覧会企画の責任者となる筆者は4年前に京都から多摩美に赴任してきたところで、多摩美版画専攻の50年間を詳細に語る立場にないが、しかしそれであるが故に、その50年を俯瞰し、版メディアの多様な拡がりに焦点をあてた企画が可能になったと言えるのかもしれない。ややもすれば、こうした周年記念展は、内輪の同窓会展になりがちであるが、版画を取り囲む今日の状況を鑑みれば、安穏と同窓会展を企画している場合ではないという思いでいる。と言うのは、版画は、現代美術の文脈から切り離され、批評による切磋琢磨の場が失われつつあるからである。誤解を恐れず言えば、世間の版画に対する評価が、技法・技術が優先される保守的な表現に一元化され過ぎていて、本来持ち得ているメディアの可能性とその多様性が埋もれてしまっていることに強い違和感を持たざるをえない。多摩美が日本の版画教育研究の雄を自負するのであれば、こうした状況を打開するべきであり、そのためにも、この50年間、版画は何に向き合い、どのような可能性を持って展開してきたのかを整理し、次代の版画家たちのための批評的文脈を準備するべきではないか。そんな思いの中で、本展を企画することになったのである。
 ここで近現代の版画史を振り返れば、近代の版画は、絵画の限界を乗り越えるメディアとしての可能性を秘め、多くの画家たちを刺激し続けてきた。そして格下に貶められていた版画を絵画と並ぶ芸術に押し上げるための「階級闘争」が繰り広げられてきたわけである。その戦いの連続が戦後に続き、複数性と間接性を巡りながら、版画の原理、特質に向き合い、その可能性が広げられていくが、1980年代以降のポストモダンの状況下で現代美術の問題系が複層化するにつれて、人々の版画への熱は冷めていく。しかしながら、たとえ熱は冷めたとしても、版画に可能性を見出す作家たちは後に続いているのである。近現代で見出されてきた可能性は彼らによって様々なものに接続、増幅、展開され、メデュウムとしての可能性がますます拡がっている。
 こうした近現代から今日に至る流れを、単なる技法・技術の変遷史ではなく、作り手たちを絶えず刺激し続けてきたメディアの可能性とその豊かさにおいて捉え直すこと、それが今、求められているのではないだろうか。この展覧会が、その豊かさを再考する機会になることを企画者として切に願っている。

展覧会の詳細は下のサイトをご参照いただきたい。
「多摩美の版画、50 年」特設サイトURL
http://www2.tamabi.ac.jp/cgi-bin/hanga/50th/

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■大島成己/美術家、多摩美術大学絵画学科版画専攻 教授
 1963年大阪府に生まれる。1983年から嵯峨美術短期大学版画科で木村秀樹に師事。その後、2000年に渡独し、デュッセルドルフ芸術アカデミーの写真クラス、トーマス・ルフ(Thomas Ruff)教室で学ぶ。2010年に京都市立芸術大学で博士号(美術)を取得し、関西の美術大学での教員を経て現職に至る。学生時代から写真製版版画による平面、立体インスタレーション作品を発表していたが、1990年代後半から完全に写真に転向し、現在ではデジタルを通じて写真をレイヤーとして捉え直し、触覚にかかわる眼差しのあり方や対象世界の現れ方を巡っている。
 余談となるが、嵯峨美術短期大学の版画科は、版画の専門課程でありながら、銅板で立体制作する池垣タダヒコ[京都精華大学版画コース教授]、版画と絵画を組み合わせる吉原英里[画家・版画家]、樹脂による型取りで立体制作する大西伸明[京都市立芸術大学版画専攻准教授]、油画に転向した伊庭靖子[画家]、写真コラージュで知られる加納俊輔[美術家]など、「版的な思考」を他メディアに展開し、版画に留まらない作家を多く輩出していることで知られている。池垣、大西は関西のそれぞれの大学で指導し、版の多様な展開を試みる作家を数多く育てている。伝統的な技法・技術による版画だけでなく、こうした多様な展開も含めて、版画の総体は語られるべきである。

●展覧会のお知らせ
d34331-34-353802-0展覧会名:多摩美の版画、50年」展
会期:2021年1月6日(水)- 2月14日(日)
会場:多摩美術大学美術館 〒206-0033 東京都多摩市落合1-33-1
交通:多摩センター駅 徒歩7分(京王相模原線・小田急多摩線・多摩モノレール)
開館時間:10:00 ~17:00(入館は16:30まで)
休館日:火曜日
入館料:一般300円(200円)※( )は20名以上の団体料金 
※障がい者および付添者、学生以下は無料
主催:多摩美術大学美術館
企画:多摩美術大学版画研究室
多摩美術大学(東京都世田谷区・八王子市 学長:建畠晢)はこのたび、本学での版画教育開始から50周年を記念し、「多摩美の版画、50年」を多摩美術大学美術館(多摩市)で開催いたします。
本学の版画教育の礎を築いた版画家の駒井哲郎・吹田文明や、李禹煥関根伸夫吉田克朗らの「もの派」や、高松次郎若林奮などの日本の戦後前衛美術を牽引した作家たち、日本画家の加山又造、画家の辰野登恵子、イラストレーターの和田誠のほか、デザイナー、漫画家、絵本作家など多彩な分野で活躍する横尾忠則、しりあがり寿、田中清代、小林賢太郎といった多摩美ゆかりの作家たち総勢62名の版画作品を、「版画のコア」「版画と絵画」「版画と写真」「版画ともの派」「版画と現代美術」「版画とデザイン」の6つのテーマに分類して展示します。日本における版画の多様な流れに本学がどのように関わってきたかを振り返るとともに、版画の特質と領域横断的なメディアとしての可能性を探り、このメディアが本来持っている豊かさとは何かを浮き彫りにしていきます。
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◆ 展示テーマと出展作家 ◆
1. 版画のコア
本学で版画教室が開設されて以来、多種多様な版画の技法・技術が生まれ、独自の版画表現が展開されてきました。今日の多様な拡がりの起点となる版画のコアをテーマにしています。
〈出品作家〉
駒井哲郎/吹田文明/深沢幸雄/靉嘔池田満寿夫/小作青史/船坂芳助/森野眞弓/二村裕子/小林敬生/渡辺達正/河内成幸/天野純治/北川健次/山本容子/丸山浩司/清原啓子/古谷博子/佐竹邦子/大矢雅章/渡邊加奈子

2. 版画と絵画
本学における版画教育が油画専攻から始まった経緯を踏まえながら、単なる複製画としてではなく、間接的な表現としての版画というメディアに、画家はどのような絵画的な可能性を見出しているのかをテーマとしています。
〈出品作家〉
加山又造加納光於横尾忠則/中里斉/相笠昌義/宇佐美圭司/小林裕児/辰野登恵子/日高恵理子/入江明日香

3. 版画と写真
写真イメージを版にすることは、イメージと物質、そしてレイヤーの問題に向き合うことになります。その問題をめぐりながら、写真を展開させるメディウムとしての版画の可能性とは何かをテーマとしています。
〈出品作家〉
島州一吉田克朗萩原朔美/木村秀樹/大島成己/三田健志/迫鉄平

4. 版画ともの派
本学教員、卒業生が中心メンバーである「もの派」は、表象を否定し、物の関係性をめぐる美術運動として捉えることができます。もの派の作家たちが、版の物質性、痕跡性に着目しながら、どのように物の関係性を表現しようとしたかをテーマとしています。
〈出品作家〉
李禹煥関根伸夫吉田克朗本田眞吾菅木志雄

5. 版画と現代美術
1970年代以降の作家たちの多くが、物質と記号の間をめぐりながら、各作家の問題意識において、様々な版の特質に着目し、版画表現に関わってきました。それらの多様な彼らの版に対するアプローチとは何かをテーマにしています。
〈出品作家〉
斎藤義重高松次郎若林奮堀浩哉/北辻良央/海老塚耕一/東恩納裕一/青木野枝/吉澤美香/鷹野健

6. 版画とデザイン
版画とデザインの親和的な関係が歴史的にあった一方で、今日ではデザイナーが版を意識的に活用することで、デザインの創造性が発揮されています。そうしたデザイン表現における版画の可能性をテーマにしています。
〈出品作家〉
和田誠/横尾忠則/湯村輝彦/五十嵐威暢/武田秀雄/秋山孝/山本容子/スージー甘金/しりあがり寿/田中清代/小林賢太郎
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●本日のお勧め作品は『版画掌誌 ときの忘れもの 第4号 北郷悟/内間安瑆です。
テラコッタによる人物表現で現代の具象彫刻を先導する北郷悟(b.1953)と、伝統木版にモダンな色彩感覚を吹き込み、アメリカ美術界に確固たる地位を築いた内間安瑆(1921-2000)を特集。
挿入版画は、北郷悟の初めての銅版画、内間安瑆の木版と銅版の原版からの後刷りという貴重な作品が仕上がりました。
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2001年刊行, B4型変形(32×26cm)、綴じ無し、表紙/箔押・シルクスクリーン刷り、本文/24頁、限定135部
執筆=三上豊(和光大学)、水沢勉(神奈川県立近代美術館)
A版 (限定35部)
北郷悟の銅版《予感》《時代―遠い山》《くり返される呼吸-日常》3点+内間安瑆の木版《Forest Byobu with Bouquet》と銅版《Rose One(B)》計5点。 
B版(限定100部)
北郷悟の銅版《くり返される呼吸-日常》+内間安瑆の銅版銅版《Rose One(B)》計2点。
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◆ときの忘れものは「第2回エディション展/版画掌誌ときの忘れもの」を開催しています(予約制/WEB展)。
会期=2021年1月6日[水]—1月23日[土]*日・月・祝日休廊
映像制作:WebマガジンColla:J 塩野哲也


塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」第2回を掲載しました。合わせて連載記念の特別頒布会を開催しています。
AAA_0477のコピー塩見允枝子先生には11月から2021年4月までの6回にわたりエッセイをご執筆いただきます。12月28日には第2回目の特別頒布会も開催しています。お気軽にお問い合わせください。

●多事多難だった昨年ですが(2020年の回顧はコチラをご覧ください)、今年も画廊空間とネット空間を往還しながら様々な企画を発信していきます。ブログは今年も年中無休です(昨年の執筆者50人をご紹介しました)。

●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。
もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。