塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」

第4回  90年代はフルクサス・ルネッサンス  

写真(4)ケルンケルンの「フルクサス・ヴィールス」で、筆者のピアノ・インスタレーションを使ってエリック・アンダーセンのOp.16を演奏。左からディック・ヒギンズ、フィリップ・コーナー、筆者、エリック・アンダーセン。 
撮影:坂口章 

フルクサスは1962年にジョージ・マチューナスによって組織された集団ですが、他の多くのグループと異なっているのは、結成当時ヴィースバーデンやヨーロッパ各地でのコンサート・ツアーに参加した一部の中心的な面々を除いては、お互いに顔も作品も知らないというような作家達が、メンバーとして名を連ねていたということです。マチューナスは世界を幾つかの地域に分割し、それぞれを統括する作家を任命したりして、いわばフルクサス国家を作ることを夢見ていたようですが、実際にはそれらが機能していたとは思えません。それにグループとしては何の規約もありませんでしたしね。実際には、当時同じような姿勢で創作活動を行なっていた世界各地の作家達をまるでチャートを作るようにして集め、それぞれにコンタクトを取っていたのです。一般に作家という人種は束縛されたり強制されることが嫌いですから、このグループの存続には、こうしたルーズさが幸いしたのかもしれません。それでもマチューナスとメンバーの間では、ときに悶着が起きました。メンバー達は彼の情熱や純心さに好意を持ってはいたのですが、作家にはそれぞれの立場や意志がありますから、衝突はやむを得ないことだったのです。

マチューナスは1978年に他界しましたが、普通、一つのグループのリーダーが亡くなると、別の人がリーダーになるか、或いは解散か自然消滅するのが当然だと思うのですが、不思議なことに90年代になると、方々でフルクサス・フェスティヴァルや巡回展が開かれ、研究者達はこぞって本を出版し、というように動きが非常に活発になってきたのです。何故でしょう? 一つにはマチューナスが残した膨大なエディションのユニークさがコレクターやギャラリスト達の興味を引いたこともあるでしょうし、メンバーである作家達がそれぞれに面白い仕事を続けていたせいもあるでしょうが、誰がどのような事柄を企画しても、それに対して文句を言う人がいないので、フルクサスの名のもとに、誰もが自由に活動できるようになったからかもしれません。それにそれまでは互いに知らなかったメンバー達も、そうした催し物で出会うことによって刺激を受け、さらなる企画が生まれ、というようにプラスのスパイラルが生じたように思えます。マチューナスには大変失礼な言い方になりますが、彼が居なくなったために、フルクサスは逆に皆のものとなって花開いたのではないかと私は感じています。そして歴史の中にしかるべき足跡を残すことが出来たのではないかと。それはマチューナスも望んでいたことでしょう。美術史や建築史に詳しい彼が若い頃に作った前衛芸術史のチャートには、フルクサスが詳しく書き込まれていましたから。

90年にヴェニスで会ったオランダの作家ウィレム・ドゥ・リダーは、「今はフルクサス・ルネッサンスと言われているんだ」と言っていました。その後も、92年にはケルンで<フルクサス・ヴィールス>という出来たばかりの立体駐車場を会場としたフェスティヴァルや、コペンハーゲンでの<エクセレント1992>などが開かれましたし、94年にはニューヨークで<ソウルNYマックス>という一か月に及ぶフルクサス再会コンサートを含んだフェスティヴァルなどが開かれました。こうした動きは2000年代の初め頃まで続きます。
大規模なフェスティヴァルはそれぞれ一回きりの催し物ですが、一方で、持続的に地道にフルクサス作家を中心にした展覧会やマルチプルの出版物を出し続けていた幾つかの画廊があります。私が多少なりとも係わりを持ったのは、一つはフルクサス発祥の地ヴィースバーデンでハーレキン・アートを経営していたマイケル・ベルガーの企画です。彼は毎年のように作家達にテーマを与え、それに基づいた作品を集めてFLUXEUMSの名で展覧会を開き、同時にそれらの写真を印刷した出版物を配布してきました。或る年など、組み合わせれば十字架になる2本の綺麗な木材を同封して、これで何かを作って送り返せと言ってきたので、私は木材を全部削ってカンナ屑にし、緑色の厚手のジッパー付き枕カバーを買ってきて刺繡糸で中央部の両面を十字架の形に縫い合わせ、その周辺にカンナ屑をクッション材として詰め、枕にして返送しました。ここでは、元の木の十字架は虚の形となり、物体としては薄い無数の木片となってそれを浮き立たせる背景と化しています。クリスチャンの方々からはお叱りを受けるような行為でしたが、そこは「色即是空 空即是色」、仏教徒ならではの発想とお許しを請うしかありません。彼は又、毎年クリスマスには欠かさずシュトーレンを送ってくれる人でもありました。

その他、アムステルダムでGalerie Aを経営するハリー・ルーエや、ジェノヴァで昨年50周年を迎えたUnimedia Modernのカテリーナ・グァルコなどとも、今でもお付き合いがありますが、私が一番多く関わったのはケルンのGalerie und Edition Hundertmarkでした。1993年の「サウンド・オブジェクト展」に始まり、94年の「ブック・オブジェクト展」。その他個人的にも、2種類の<SHADOW EVENT>のエディションやカセットテープ、CDなどの出版。又、98年には個展も開いて下さいました。日本という遠い国に住んでいる私でさえこんな有様ですから、現地に居るメンバー達の動きが如何に活発だったかは推して知るべしでしょう。 作家というのはそれぞれに孤立して漂う存在に過ぎません。彼らに主題を与えて創作意欲を刺激し、一点に集約して大きな形として世に問う、という作業を行なってきたギャラリストやコレクター達の参画があったからこそ、マチューナスの死後もフルクサスは長年、さまざまな地域で存続してきたのではないでしょうか。
しおみ みえこ


塩見允枝子先生には2020年11月から2021年4月までの6回にわたりエッセイをご執筆いただきます。塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」は毎月28日掲載です。

●塩見允枝子エッセイ連載記念特別頒布作品
022) Invitation to FLUXUS VIRUS
フルクサス・ヴィールスへの招待状  1992

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 この招待状の冒頭にあるエメット・ウィリアムズの愉快な一文は鏡字で印刷されていて、三つ折りにした紙の金属的に光る裏面に映して読むよう工夫がされています。このフェスティヴァルには22人のメンバーが参加し、真新しい白塗りの立体駐車場で多種多様な作品が展示されました。場所の性質上、吊るしたフォルクスワーゲンの丸焼きなど、車を素材にした作品が幾つかありましたが、私はグランドピアノと迷路のように繋がる18枚のパネルでインスタレーションを作り、皆でピアノを使った幾つかのパフォーマンスを行いました。
招待状三つ折りサイズ:19 x 9.5cm サイン入り


023) FLUXFAX フルックスファックス  1994
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1994年にニューヨークで<ソウル NY マックス>が開かれた際に、事前に主催者側からファックスでA4サイズの作品を送るよう依頼がありました。
これには35名のメンバーが寄稿しましたが、それらはシルクスクリーンで複製され、革の鞄に入れられて99部の限定版として出版されました。作家には自作品10部の他に、この鞄入りの全集1点が贈呈されたのです。鞄の中には35枚の作家のサイン入りの作品と、作家と制作会社Mark Patsfall Graphics. Inc.の両方のサインの入った35枚の記録文書のコピーも同封されています。
鞄サイズ:43 x 36 x 7cm Ed.91/99
参加者:Eric Andersen, Ay-O, Giuseppe Chiari, Henning Christiansen, Philip Corner, Willem de Ridder, Jean Dupuy, Ken Friedman, Geoffrey Hendricks, Jon Hendricks, Dick Higgins, Allan Kaprow, Bengt af Klintberg, Millan Knizak, Alison Knowles, Shigeko Kubota, Vytautas Landsbergis, Jackson Mac Low, Jonas Mekas, Larry Miller, Herman Nitsch, Yoko Ono, Nam June Paik, Ben Patterson, Knud Pedersen, Takako Saito, Mieko Shiomi, Anne Tardos, Yasunao Tone, Ben Vautier, Wolf Vostell, Yoshimasa Wada, Emmett Williams, La Monte Young, Marian Zazeela
保護のため、鞄は手縫いのフェルト袋に入っています。 袋はサイン入り


024) Bottled Music  音楽の小瓶  Selection 3  1993/2013
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前回出品させて頂いた Selection 1と同様、2013年当時に残っていたナンバーを選んで、3つのセレクションを作りました。これが最後のものです。 

【6種類7個の瓶】
#6 Frozen Twelvetones 凍れる十二音
#9 Ready to Blend Expressions 調合された曲想標語
#10 Time-Capsule 時間のカプセル
#12 Sonic Palindrome 音の回文(2個で1組)
#13 Silence for a Bell 沈黙の鐘
#14 Dream Inducer 夢の誘引剤

AAA_0170「サウンド・オブジェクト展」への案内状と、地元の新聞記事のコピーも入っています。 瓶高:8~10cm  箱サイズ:24 x 18 x 11cm
各瓶はサインとナンバー入り  1個限定


以下は「音楽の小瓶」の単品での扱いとなります。 全てEd.12 サインとナンバー入り。 なお、025)から028)までの単品を収めている紙箱は手製です。

025) 音楽の小瓶 #9 Ready to Blend Expressions
調合された曲想標語 (単品)

Ready to Blend Expressions
この瓶のカプセルの中には、「優美に」「大胆に」「気まぐれに」「激高して」「荘厳に」「悲嘆に暮れて」「情熱的に」など、24種類の標語が入っています。そして、【一度に全部のカプセルを飲め】と。この作品を作ったとき、私はマチューナスのことを思い出しました。彼は喘息のために薬ばかり飲んでいたからです。もうとっくに亡くなってはいましたが、もしこれを冗談好きの彼に見せることが出来たら、きっと爆笑するだろうなと思いました。
瓶サイズ:4 x 4 x 9.5cm  紙箱サイズ:12.5 x 6 x 5cm 
サインとナンバー入り


026) 音楽の小瓶 #10 Time-Capsule 時間のカプセル  (単品)
Time-Capsulesカプセルには、「自由な速度で」「非常に速く」「ワルツのテンポで」「次第にゆっくり」「歩く速さで」など、15の速度標語が入っています。そして、【生活のテンポを変えたいときに 服用してください】と。
瓶サイズ:5.5 x 5.5 x 8cm    紙箱サイズ:7.5 x 6.5 x 8.5cm
サインとナンバー入り


027) 音楽の小瓶 #12 Sonic Palindrome 音の回文
(2個で1組)  (単品)

Sonic Palindromeこの作品は言葉も音も鏡像形になっています。先ず、ラテン語の回文IN GIRUM IMUS NOCTE ET CONSUMIMUR IGNI(夜に 我々は円に向かって行く そして火によって吸収される)の一文字ずつに音高と時価を与え、それをシンセサイザーで演奏して録音しました。両方の瓶にはそれ自体が鏡像形の楽譜が入っていますが、左側の瓶のテープには通常の音が、右側の瓶のテープにはそれを逆回転にした音が録音されています。因みにこの回文は、「フルクサス・バランス」用にイタリーのジャンニ・サッシ氏から献呈されたものです。 
瓶サイズ:5.5 x 5.5 x 8cm   台座サイズ:13 x 6 x 1.4cm 
紙箱サイズ:14.5 x 8.5 x 8.5cm  サインとナンバー入り


028) 音楽の小瓶 #14 Dream Inducer 夢の誘引剤 (単品)
Dream Inducerカプセルには、バラード、舟歌、パヴァ―ヌ、夜想曲など、快い夢を誘うような曲名が入っています。そして、【就寝前に服用してください】と。
瓶サイズ:5.5 x 5.5 x 8cm   箱サイズ:7.5 x 6.5 x 8.5cm
サインとナンバー入り


●お申込み方法
お問合せ、お申込みはこちらから、またはメール(info@tokinowasuremono.com)にてお願いします。
※お問合せ、ご注文には、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


■塩見允枝子 SHIOMI Mieko
1938年岡山市生まれ。1961年東京芸術大学楽理科卒業。在学中より小杉武久氏らと「グループ・音楽」を結成し、即興演奏やテープ音楽の制作を行う。1963年ナム・ジュン・パイクによってフルクサスに紹介され、翌年マチューナスの招きでニューヨークへ渡る。1965年航空郵便による「スペイシャル・ポエム」のシリーズを開始し、10年間に9つのイヴェントを行う。一方、初期のイヴェント作品を発展させたパフォーマンス・アートを追求し、インターメディアへと至る。1970年大阪へ移住。以後、声と言葉を中心にした室内楽を多数作曲。
1990年ヴェニスのフルクサス・フェスティヴァルに招待されたことから欧米の作家達との交流が復活。1992年ケルンでの「FLUXUS VIRUS」、1994年ニューヨークでのジョナス・メカスとパイクの共催による「SeOUL NYmAX」などに参加すると同時に、国内でも「フルクサス・メディア・オペラ」「フルクサス裁判」などのパフォーマンスや、「フルクサス・バランス」などの共同制作の視覚詩を企画する。
1995年パリのドンギュイ画廊、98年ケルンのフンデルトマルク画廊で個展。その他、欧米での幾つかのグループ展への出品やエディションの制作にも応じてきた。
2012年東京都現代美術館でのトーク&パフォーマンス「インターメディア/トランスメディア」で、一つのコンセプトを次々に異なった媒体で作品化していく「トランスメディア」という概念を提唱。
音楽作品やパフォーマンスの他に、視覚詩、オブジェクト・ポエムなど作品は多岐にわたり、国内外の多くの美術館に所蔵されている。現在、京都市立芸術大学・芸術資源研究センター特別招聘研究員。

●塩見允枝子さんのオーラル・ヒストリーもぜひお読みください。

●ブログ2020年04月08日『後藤美波、塩見允枝子「女性の孤独な闘いを知る10分 SHADOW PIECE」ジェンダー差別「考えたことがない」―― 世界的”女性アーティスト”が背負ってきたもの』
映画監督の後藤美波さんによる短編ムービーをご紹介しましたのでぜひご覧ください。
https://creators.yahoo.co.jp/gotominami/0200058884

●書籍のご案内
「スペイシャル・ポエム」
special1塩見允枝子
「SPATIAL POEM スペイシャル・ポエム」(自家版)サイン入り

1976年刊 英文
21×27.5cm 70ページ
発行者:塩見允枝子


「A FLUXATLAS(フルックスアトラス)」
1546059811182塩見允枝子
「A FLUXATLAS(フルックスアトラス)」
1992年
19.0×21.6cm
発行者:塩見允枝子


●塩見允枝子『パフォーマンス作品集 フルクサスをめぐる50余年』のご案内
『塩見允枝子パフォーマンス作品集 フルクサスをめぐる50余年』塩見允枝子
『パフォーマンス作品集 フルクサスをめぐる50余年』サイン本

2017年
塩見允枝子 発行
60ページ
21.4x18.2cm


●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
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