佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第51回

また、現場仕事に助けてもらう

 正直なところ、ここ1年ほど、なかなかモノを作ることが困難な、なんだか大きな壁にぶち当たったような、苦しい状況にあった。
 大玉村に引っ越して活動拠点を移し、コロナ禍もあってほとんど村にとどまっていたものの、それとはあまり関係は無いのだが、取り組ませてもらう仕事がいささか増えて、かなり時間を有効に使っていかなければ進められない状況になっていた。
 仕事のスケールも様々で、拠点(古い民家)の改修、住宅の新築、増築、ビルの新築、蔵の改修、店舗改装、家具制作、そして美術のジャンルに片足を突っ込んでの展示準備など。
 もちろん、それぞれの活動にリズムがあるので、そのリズム感をハンドリングしていく形になっているが、こうして大小様々なスケールを行ったり来たりしていると、如何せん性が怠け者なので、パソコン仕事を始めてしまうとそのままパソコンの前に座り続けてしまいがちなのである。例えば、本来模型を作って検討すべきところを、CGモデルを作りパソコンの画面の中だけで済ませてしまったり、鉛筆を手に取って画用紙の上で形を探るべきところを、CADの堅苦しい線によって形を決めていってしまったり、しまいには材料と工具を使ってモノを具体物として試作すべきところを、パソコンの画面を見ながら自分の頭の中だけで考えて満足してしまったり。愚劣極まりない怠け者となってしまっていた。それによって生まれたアウトプット、成果物を見てはじめて、そのどうしようもなさに気付きだしたのが昨年の秋頃である。
 大玉村に拠点を移し、そのままそこで畑でもやりながら、モノをコツコツ作っていこう、丁寧に、などとぼんやりとした心構えでいたのだが、現実にはそうならなかった。家の周りでは集落の人たちが皆せっせと自分たちの畑や田んぼで作物を育てている間、自分はただ家に引き籠ってパソコンの画面を眺めてマウスをポチポチするだけの日々があった。愚劣である。東京にいた時よりもはるかに多くの時間パソコンの前に座っている。このままでは本当にまずいぞ、と痛感する絶望の瞬間があった。

 それで、だんだん軌道を修正して挽回しようとしているのが今である。軌道修正のために、あるいは自分が立ち直るために有効だったのが、やはり現場仕事だった。加えて、鉛筆を手に持ってドローイングを描くことだった。
 昨年の晩秋ころから隣町の二本松市(正確には東和地域)で蔵の改修の現場が始まり、工事の一部を請け負わせてもらい、現場のための図面の大半は規模の小ささからしても手で描いた。数日に1度現場に通う日々が続き、そこで毎日工事をしてくれている地元の大工さんに相談をしたり、材を拾い出し、手配をしたり、現場で採寸しながら納まりの図を描いたり、現場で出た古材をゴシゴシ磨いたり。
 そんな作業を通じて、離れてしまっていた自分の頭と体と手が、またどうにかくっついてくる感覚があった。

202104佐藤研吾_1(階段の脇の壁の姿図)

202104佐藤研吾_2(開口部の詳細検討)

202104佐藤研吾_3(造作の机詳細)

 その現場では、壁に木ずりの下地を大工さんに作ってもらった後、宮城県の方から左官屋さんに来てもらい、室内に土壁を塗り回してもらった。左官屋さんの土の感覚は鋭利である。目に見える仕上がった壁の表面だけではなく、何となく、厚みを持った空気の輪郭、土壁が生み出す周囲の空間の揺らぎ、質の濃淡を的確に感じ取っていた。そこでも様々なことを教わった。
 その現場もようやく一区切りがつこうとしている。先週は仕上がり最後の仕上げとして塗った土壁の上に、一部、石巻の雄勝で採れるスレートを鎧で貼ってもらった。スレートの表情は本当に奥ゆかしい。近くで見ると積層した石の薄皮が描く目の流れを追うことができ、1枚1枚まるで異なる風景が広がっている。こんな質感を描けるのかと、素材からも様々なことを教えてもらう。

202104佐藤研吾_4(先週仕上げてもらった土壁とスレート貼り)

 現場に通っている間も、並行していくつかの新築の計画も進めていたが、何とかそうした現場仕事から学び得た感覚を、計画への構想力として持ち込みたい。建築は間違いなくあらゆる細部、詳細の絡まり合いによって成り立っている。その当たり前のことを、1年弱かけて、ようやく取り戻しつつある。というか、どうにかして取り戻さないといけない。

 そして春になった。家の周りのそこかしこで畑仕事が始まり、起きた土の臭いが村中に立ち込めだした。春になった、春が来た。
さとう けんご

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。

・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

●東京・天王洲アイルの寺田倉庫 WHAT で「謳う建築」展が5月30日(日)まで開催され、佐藤研吾が出品しています。

●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
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