吉原英里のエッセイ「不在の部屋」第8回

作家は、技法に育てられる3


「画家のアトリエシリーズ」を続けていくうちに、又しても、版画から脱出したいという願望というか、銅版画におけるサイズの規制から自由になりたいと思い始めました。ドローイングやペインティングに、今までの私が版画でやってきた表現の面白さを、無理なく大画面に展開できないかと試行錯誤始めます。その頃デザイン専門学校で教えていた版画の授業中に、突然、私が探していた素材はコレだったんだと気付きました。その時の授業は、塩ビ板を使ったドライポイントの課題でしたが、銅版より手軽に出来るので、それまで何度も学生に出していたのです。いつものように、たった一台しかないプレス機の順番を待つ学生達が、インクを詰めた塩ビ板を片手に持って並んでいました。それを何気なく見ていると、透明な塩ビ板に刻んだドライポイントの黒い線の向こうに、学生たちの洋服や室内の風景が透けて見えているのを見つけた瞬間、毎晩悩んでいた答えが天から降ってきました。それからは、パネルに和紙を貼り、ドローイングやペインティングしたものの上に、塩ビ板の代わりにしっかりしたアクリル板を使ってドライポイントし、インクを詰めた透明な版のように重ね合わせ、思った以上にワクワクしながら作品が出来上がっていきました。

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1.《宴のあと2》1991年アクリル、インク、和紙、アクリル板、他(左)
2.《宴のあと1》1991年アクリル、インク、和紙、アクリル板、他(右)

その頃のことを、横山勝彦さん(呉市美術館 館長)が、「不在の部屋…吉原英里作品集1983-2016」の論文「吉原英里-版画から出発した自由な表現の追求」の中で、次のように表現してくださっています。
202104吉原英里_3 (1)3.《FRIDAY》1991年アクリル、インク、和紙、アクリル板、他

「吉原英里は90年代以降、エッチングとラミネートを併用した版画に止まらず、アクリル絵具による直接表現やコラージュを加えて、より精力的に作品を展開している。1992年の《FRIDAY》では、パネル貼りされた和紙の上に、アクリル絵具とコラージュによって、馴染みの帽子、花束、椅子といったモチーフが表現される。仔細に見ると、画面を覆うアクリル板の内側にも部分的にアクリル絵具やドライポイントの刻線にインクを詰めた線が描かれていることがわかる。アクリル板は画面から少しだけ離れているため、ニュアンスに富んだ各種の線が画面に微妙な陰影を生み出す。吉原は、「額装してはじめて絵が完成するという感じです。アクリル板に彫られた線と、和紙に描かれたれた線とは強さが全然違う。アクリル板の厚さは二、三ミリなんですけど、和紙と距離があるので影が落ちたりして、それはまた、線の強さの違いによる距離感でもあるんですね」と語っている。吉原英里は、間接的表現である版画と直接的表現、さらに通常は画面を保護するアクリル板の裏側にまで描くことによって重層的な画面を作り上げているが、まさに「レイヤー(重ねる)感覚」に満ちた作品である。」(略)…ただ大きいサイズの版画を作るのではなく、「版画の行程を応用して、」「工夫をこらした結果」としての大画面である。(略)…版画制作の原理を出発点にしながら、その技法内に閉じこもることなく、絵画表現の間接性と直接性との表現効果の違いを意識し、同一の作品内で展開するという方法によって、「作家は技法に育てられる」という実感を持ち、多彩な技法を駆使する作品を制作していったのである。」と。

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4.《WEDNESDAY》1991年アクリル、インク、和紙、アクリル板、他(左)
5.《SUNDAY》1991年アクリル、インク、和紙、アクリル板、他(右)

確かに、このアクリル板を使ったペインティングやドローイングの制作以前と以後で、私自身は大きく変ったと思います。何故なら当時、現代美術コンプレックスを克服するために版画家という枠を越えたかったけれど、結果的には、版的な要素を使って表現したいとハッキリと再認識出来たからです。素材や技法、スケール感などの変化だけでなく、この頃からイメージに捉われることなく、純粋に造形を追求する姿勢に向かいました。しかしまだまだ旅は続きます。
そして、現在制作しているミクストメディアの作品にも通じる造形感覚と骨格は、この頃から徐々に培われて来たのだと思っています。

202104吉原英里_6 (1)202104吉原英里_76.《7つの椅子G》1992年アクリル、インク、木炭、紙、ガラス板、他(左)
7.《7つの椅子F》1992年アクリル、インク、木炭、紙、ガラス板、他(右)

来月5月12日から27日まで、ときの忘れもので、私の個展が開催されます。
銅版画、ペインティングに版画や異素材を使ったミクストメディア作品や、インスタレーションを含む約13点を出品します。初めての展示空間ですので、私自身も、どの様になるのかドキドキしていますが、とても楽しみです。
画廊空間に合わせて作品を選び、皆様に楽しんでいただける様な展示にしたいと思っています。
この様な時期ですので、是非にとは言えませんが見てくださったら嬉しいです。

202104吉原英里_8 (1)8.ときの忘れもの個展DM(5月7日~22日)

よしはら えり

吉原英里 Eri YOSHIHARA
1959年大阪に生まれる。1983年嵯峨美術短期大学版画専攻科修了。
1983年から帽子やティーカップ、ワインの瓶など身近なものをモチーフに、独自の「ラミネート技法」で銅版画を制作。2003年文化庁平成14年度優秀作品買上。2018年「ニュー・ウェイブ現代美術の80年代」展 国立国際美術館、大阪。
*吉原さんは5月7日(金)~5月22日(土)吉原英里展 ‒不在の部屋‒2021を開催します。どうぞご期待ください。

作品集のご案内
1577262046841『不在の部屋』吉原英里作品集 1983‐2016
1980年代から現在までのエッチング、インスタレーション、ドローイング作品120点を収録。日英2か国語。サインあり。
著者:吉原英里
執筆:横山勝彦、江上ゆか、植島啓司、平田剛志
翻訳:クリストファー・スティヴンズ
デザイン:西岡勉
発行:ギャラリーモーニング
印刷、製本:株式会社サンエムカラー
定価:3,800円(税込)
*ときの忘れもので扱っています。

●本日のお勧め作品は吉原英里です。
yoshihara_01吉原英里 YOSHIHARA Eri
「ケリーのノート・アボカド」
2010年
ミクストメディア
72.7×60.6cm(20号F)
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

「吉原英里展―不在の部屋-2021」(予約制/WEB展)
会期=2021年5月12日(水)~5月27日(木)*日・月・祝日は休廊
※緊急事態宣言発令により、会期が変更となりました。
※観覧をご希望の方は事前にメールまたは電話にてご予約ください。
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1984年の初個展で華々しいデビューを飾った吉原英里は、帽子やティーカップ、ワインの瓶など身近なものをモチーフに、独自の「ラミネート技法」で銅版画制作を始めました。その後、インスタレーションへと展開し、版画とペインティングを融合したミクストメディアなどの発表を行なっています。本展では、新作のミクストメディアからラミネート技法をつかった銅版画など、約13点をご覧いただきます。

●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。