本日5月13日は関根伸夫先生の命日です。
2019年5月13日、アメリカ・ロサンゼルスで亡くなられました(享年76)。
画廊のアルバムを見返すと、帰国のたびに画廊を訪ねてくださいました。
青山にいたときは、毎回決まって和食屋「菜遊」(閉業)に行き、一杯飲んで色々なお話しをしてくださったことが懐かしい思い出です。
2015年2月 青山のときの忘れものにて
荒井由泰さんと
2016年8月 和食屋「菜遊」(閉業)にて
柳正彦さん、土渕信彦さん、大野幸さんと
2017年3月 青山のときの忘れものにて
2018年6月 駒込のときの忘れものにて
植田実先生と
昨年2020年1月12日に学士会館で行われた「関根伸夫さんを偲ぶ会」にて
スピーチは李禹煥さん
関根伸夫先生の代表作となった1968年神戸須磨離宮公園の野外彫刻展の《位相―大地》は、日本の戦後美術史における最大の衝撃の一つでした。このハプニング行為は、大地をスコップで深さ2.7メートル、直径2.2メートルの円筒形に掘り下げ、その脇にそれと同寸になるように土塊を円筒形に積み上げることから始まりました。これを半永久的に繰り返すと幾時か地球はカラになり、さらに強引に続けたら地球は裏反り、反地球が現出するはずであるという位相幾何学を援用した思考実験を1週間ほど時間をかけて試みたのです。しかしながら、展覧会終了後に穴は埋め戻され作品は姿を消したため、以降は記録写真によって語られてきました。

関根伸夫 Nobuo SEKINE
《位相-大地1》
1986年 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
イメージサイズ:87.2×186.5cm、シートサイズ:100.6×199.4cm
Ed.25 サインあり
この《位相―大地》の出現がきっかけとなり、1969年から1970年代前半にかけて、李禹煥さんや菅木志雄さん、吉田克朗さんをはじめ多くの作家が、石や木、紙や綿、鉄板やパラフィンなどの「もの」をほとんど直接的に掲示し、単体または組み合わせた作品を次々と発表しました。この一群の作家たちは「もの派」と呼ばれるようになります。
関根先生は、1969年以降10年間以上をかけて空相シリーズを制作します。「空相」とは位相幾何学による空間認識から離れて自由な形態を生み出すために関根先生が考えた言葉です。
関根先生は1970年にヴェニス・ビエンナーレ日本館代表のアーティストに選ばれ、ステンレスの柱の上に自然石を置いた作品《空相》で時代の寵児となりました。そのまま2年間ヨーロッパに留まり、個展や制作活動を行う中、建築と芸術が融合したイタリアの都市に感銘を受け、日本ではまだなじみの薄かった「環境美術」をテーマとした活動をするため帰国。(株)環境美術研究所を設立し、モニュメントやランドスケープを手掛け、国内外に400ヶ所あまりの環境美術を実現しました。
関根先生の石彫作品は石とは思えないほどの軽やかであり、物質感が反転しているように見えます。
次いで1987年から1992年まで連作〈位相絵画〉の制作を行ないます。初期作品群と同様に「位相」の概念に基づくものですが、より一層、位相概念へと近接し、「空間」を「絵画」へと捉え返しています。
極厚の鳥の子和紙をキャンバスとして用い、水気を加えて柔軟にし、それを破り、引っかき、切断し、さまざまな変形(=位相変換)を加えた後、その表面が「厚みのない皮膜」として現れ、強調されるようにその表面が金箔で覆われています。増えも減りもしない行為を永遠と続けていき、戻せば元の姿に戻る須磨離宮公園の《位相―大地》と同様に、一枚の紙にまた戻る可能性を常に持ちながら位相絵画を制作していました。
晩年は、空間に衝撃を与える質量や色彩の微動する表情を見つめようとする意図が内在する〈空相-皮膚〉の制作を始めました。制作の拠点を上海、そしてロサンゼルスに移し、2019年にロサンゼルスで亡くなられました。
今年は三回忌にあたります。
2018年6月20日 駒込・ときの忘れものにて関根伸夫先生。
自作の《空の台座》(1992 クリシュナストーン)とともに。
<関根伸夫が1987年に提出した「位相絵画」のシリーズは1967年の「位相シリーズ」と題された半立体の作品群、1968年「位相―大地」、「位相―スポンジ」、1969年「空相―水」、「空相」「空相―油土」、1977年「空相―BLACK F.R.P.」等に、またそれ以降の一連の作品群と繋がる、それらと同様に「位相幾何学の空間認識」に基づく作品群である。それらは、いづれも位相変換という手続きが作品の構造をなしている。途中、「位相」が「空相」へと言い改められるに至ったのは、関根が主客二元論の埒外にある東洋思想への傾斜、とりわけ禅的主体を参照するに至った経緯によっている。「位相絵画」は関根の初期作品群と同様に位相概念に基づくものではあるが、しかしより一層、位相概念へと近接し、「空間」を「絵画」へと、すなわちそれ自体「厚みを持たない」皮膜(平面あるいは曲面)として捉え返し、世界を絵画から読み換え、経験し知覚しようとする極めてラジカルな企てである。>
(林芳史「位相絵画の地平 関根伸夫―絵画への視野拡張の企て」『関根伸夫 位相絵画』より抜粋)
●関根伸夫先生の〈位相絵画〉シリーズから9点をご紹介します。
関根伸夫
位相絵画《川の場所》(B15-2)
1987年
位相絵画(ミクストメディア、黒鉛)
65.5×54.0cm (F15号)
サインあり
関根伸夫
位相絵画《ダ円の中より》(G15-37)
1988年
位相絵画(ミクストメディア、金)
65.5×53.0cm (F15号)
サインあり
関根伸夫
位相絵画《△のトーラス》 (G10-155)
1989年
位相絵画(ミクストメディア、金)
53.0×45.0cm (F10号)
サインあり
関根伸夫
位相絵画《虹の門のproject》 (G10-184)
1989年
位相絵画(ミクストメディア、金)
53.0×45.0cm (F10号)
サインあり
関根伸夫
位相絵画《磁界》 (G8-68)
1988年
位相絵画(ミクストメディア、金)
46.0×38.0cm (F8号)
サインあり
関根伸夫
位相絵画《不滅のもの》 (G8-133)
1989年
位相絵画(ミクストメディア、金)
45.5×37.5cm (F8号)
サインあり
関根伸夫
位相絵画《古代の風》(G8-148)
1990年
位相絵画(ミクストメディア、金)
37.5×45.5cm (F8号)
サインあり
関根伸夫
位相絵画《移る時》(G6-80)
1988年
位相絵画(ミクストメディア、金)
41.0×32.0cm (F6号)
サインあり
関根伸夫
位相絵画《カオスの窓》(B3-44)
1989年
位相絵画(ミクストメディア、黒鉛)
27.0×21.5cm (F3号)
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●栃木県真岡市・久保記念観光文化交流館で「関根伸夫展」が開催されています。
会期:2021年4月15日~6月14日
会場:久保記念観光文化交流館美術品展示館
主催:真岡市教育委員会


関根伸夫(せきねのぶお・1942-2019)は、1960年代末から1970年代まで続いた日本の現代美術の大きな動向である「もの派」を代表する作家です。関根は、「現代美術とは空間認識の問題ではないか」と考え、まだ公共空間の中に彫刻作品を設置するという考えが一般的ではなかった1973年に、都市空間や建築空間に彫刻作品を設置し、空間自体を作品にする「株式会社 環境美術研究所」を設立します。関根のアートプロジェクトは世界各地で開催され、その数は数百にもおよび、現代美術界に大きな衝撃を与えました。
関根は、作品のアイディアやイメージを構築して行く過程で、版画や素描を制作しました。現在、関根が残した版画や素描は、関根の当時の考えや制作計画の足跡をたどることのできる貴重な資料となっています。
本展では、関根が本格的に版画制作を始めるきっかけとなった、1975年に開催された現代版画センターの企画展「島州一・関根伸夫 全国同時展 クロスカントリー 7,500km」で発表された真岡市所蔵の版画作品を中心に、島州一の作品とともに紹介いたします。また、関根の作品の源となった貴重な素描を紹介します。
(同館ホームページより引用)
*久保記念観光文化交流館については2018年11月19日ブログ「第一回久保貞次郎の会~真岡の久保講堂を訪ねて」をお読みください。
■関根伸夫 Sekine Nobuo
1942年(昭和17年)9月12日埼玉県生まれ。1968年多摩美術大学大学院油絵研究科修了、斎藤義重に師事。1960年代末から70年代に、日本美術界を席捲したアートムーブメント<もの派>の代表的作家として活動。1968年の第一回須磨離宮公園現代彫刻展受賞作「位相 大地」は戦後日本美術の記念碑的作品と評され、海外でも広く知られている。1970年ヴェニス・ビエンナーレの日本代表に選ばれ、渡欧。ステンレス柱の上に自然石を置いた「空相」はヴェニス・ビエンナーレの出品後にデンマーク・ルイジアナ美術館の永久所蔵作品(セキネ・コーナー)となる。建築と芸術が融合したイタリアの都市・建築空間に感銘を受け、日本ではまだなじみの薄かった<環境美術>をテーマとした活動をするため帰国、1973年に(株)環境美術研究所を設立する。1975年現代版画センター企画による全国同時展「島州一・関根伸夫 クロスカントリー7,500km」を機に版画制作に本格的に取り組む。1978年にはルイジアナ美術館(コペンハーゲン)他、ヨーロッパ3国巡回個展を開催する。全国各地で数百に及ぶアートプロジェクトにアーティスト、アートディレクターとして参画。2000年光州ビエンナーレ、2002年釜山ビエンナーレのほか、2001年イギリス・テートモダンギャラリーにて開催の「世紀」展では1969- 1973年の東京を代表する作家として参加。2010年、2011年に上海の半島芸術村で制作活動を行う。2012年「太陽へのレクイエム:もの派の美術」(Blum & Poe、ロサンゼルス)に参加し、アメリカでも脚光を浴びる。その後、ロサンゼルスに移住し、2019年に永逝。
●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
2019年5月13日、アメリカ・ロサンゼルスで亡くなられました(享年76)。
画廊のアルバムを見返すと、帰国のたびに画廊を訪ねてくださいました。
青山にいたときは、毎回決まって和食屋「菜遊」(閉業)に行き、一杯飲んで色々なお話しをしてくださったことが懐かしい思い出です。
2015年2月 青山のときの忘れものにて 荒井由泰さんと
2016年8月 和食屋「菜遊」(閉業)にて 柳正彦さん、土渕信彦さん、大野幸さんと
2017年3月 青山のときの忘れものにて
2018年6月 駒込のときの忘れものにて 植田実先生と
昨年2020年1月12日に学士会館で行われた「関根伸夫さんを偲ぶ会」にて スピーチは李禹煥さん
関根伸夫先生の代表作となった1968年神戸須磨離宮公園の野外彫刻展の《位相―大地》は、日本の戦後美術史における最大の衝撃の一つでした。このハプニング行為は、大地をスコップで深さ2.7メートル、直径2.2メートルの円筒形に掘り下げ、その脇にそれと同寸になるように土塊を円筒形に積み上げることから始まりました。これを半永久的に繰り返すと幾時か地球はカラになり、さらに強引に続けたら地球は裏反り、反地球が現出するはずであるという位相幾何学を援用した思考実験を1週間ほど時間をかけて試みたのです。しかしながら、展覧会終了後に穴は埋め戻され作品は姿を消したため、以降は記録写真によって語られてきました。

関根伸夫 Nobuo SEKINE
《位相-大地1》
1986年 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
イメージサイズ:87.2×186.5cm、シートサイズ:100.6×199.4cm
Ed.25 サインあり
この《位相―大地》の出現がきっかけとなり、1969年から1970年代前半にかけて、李禹煥さんや菅木志雄さん、吉田克朗さんをはじめ多くの作家が、石や木、紙や綿、鉄板やパラフィンなどの「もの」をほとんど直接的に掲示し、単体または組み合わせた作品を次々と発表しました。この一群の作家たちは「もの派」と呼ばれるようになります。
関根先生は、1969年以降10年間以上をかけて空相シリーズを制作します。「空相」とは位相幾何学による空間認識から離れて自由な形態を生み出すために関根先生が考えた言葉です。
関根先生は1970年にヴェニス・ビエンナーレ日本館代表のアーティストに選ばれ、ステンレスの柱の上に自然石を置いた作品《空相》で時代の寵児となりました。そのまま2年間ヨーロッパに留まり、個展や制作活動を行う中、建築と芸術が融合したイタリアの都市に感銘を受け、日本ではまだなじみの薄かった「環境美術」をテーマとした活動をするため帰国。(株)環境美術研究所を設立し、モニュメントやランドスケープを手掛け、国内外に400ヶ所あまりの環境美術を実現しました。
関根先生の石彫作品は石とは思えないほどの軽やかであり、物質感が反転しているように見えます。
次いで1987年から1992年まで連作〈位相絵画〉の制作を行ないます。初期作品群と同様に「位相」の概念に基づくものですが、より一層、位相概念へと近接し、「空間」を「絵画」へと捉え返しています。
極厚の鳥の子和紙をキャンバスとして用い、水気を加えて柔軟にし、それを破り、引っかき、切断し、さまざまな変形(=位相変換)を加えた後、その表面が「厚みのない皮膜」として現れ、強調されるようにその表面が金箔で覆われています。増えも減りもしない行為を永遠と続けていき、戻せば元の姿に戻る須磨離宮公園の《位相―大地》と同様に、一枚の紙にまた戻る可能性を常に持ちながら位相絵画を制作していました。
晩年は、空間に衝撃を与える質量や色彩の微動する表情を見つめようとする意図が内在する〈空相-皮膚〉の制作を始めました。制作の拠点を上海、そしてロサンゼルスに移し、2019年にロサンゼルスで亡くなられました。
今年は三回忌にあたります。
2018年6月20日 駒込・ときの忘れものにて関根伸夫先生。自作の《空の台座》(1992 クリシュナストーン)とともに。
<関根伸夫が1987年に提出した「位相絵画」のシリーズは1967年の「位相シリーズ」と題された半立体の作品群、1968年「位相―大地」、「位相―スポンジ」、1969年「空相―水」、「空相」「空相―油土」、1977年「空相―BLACK F.R.P.」等に、またそれ以降の一連の作品群と繋がる、それらと同様に「位相幾何学の空間認識」に基づく作品群である。それらは、いづれも位相変換という手続きが作品の構造をなしている。途中、「位相」が「空相」へと言い改められるに至ったのは、関根が主客二元論の埒外にある東洋思想への傾斜、とりわけ禅的主体を参照するに至った経緯によっている。「位相絵画」は関根の初期作品群と同様に位相概念に基づくものではあるが、しかしより一層、位相概念へと近接し、「空間」を「絵画」へと、すなわちそれ自体「厚みを持たない」皮膜(平面あるいは曲面)として捉え返し、世界を絵画から読み換え、経験し知覚しようとする極めてラジカルな企てである。>
(林芳史「位相絵画の地平 関根伸夫―絵画への視野拡張の企て」『関根伸夫 位相絵画』より抜粋)
●関根伸夫先生の〈位相絵画〉シリーズから9点をご紹介します。
関根伸夫位相絵画《川の場所》(B15-2)
1987年
位相絵画(ミクストメディア、黒鉛)
65.5×54.0cm (F15号)
サインあり
関根伸夫位相絵画《ダ円の中より》(G15-37)
1988年
位相絵画(ミクストメディア、金)
65.5×53.0cm (F15号)
サインあり
関根伸夫 位相絵画《△のトーラス》 (G10-155)
1989年
位相絵画(ミクストメディア、金)
53.0×45.0cm (F10号)
サインあり
関根伸夫 位相絵画《虹の門のproject》 (G10-184)
1989年
位相絵画(ミクストメディア、金)
53.0×45.0cm (F10号)
サインあり
関根伸夫 位相絵画《磁界》 (G8-68)
1988年
位相絵画(ミクストメディア、金)
46.0×38.0cm (F8号)
サインあり
関根伸夫 位相絵画《不滅のもの》 (G8-133)
1989年
位相絵画(ミクストメディア、金)
45.5×37.5cm (F8号)
サインあり
関根伸夫位相絵画《古代の風》(G8-148)
1990年
位相絵画(ミクストメディア、金)
37.5×45.5cm (F8号)
サインあり
関根伸夫位相絵画《移る時》(G6-80)
1988年
位相絵画(ミクストメディア、金)
41.0×32.0cm (F6号)
サインあり
関根伸夫位相絵画《カオスの窓》(B3-44)
1989年
位相絵画(ミクストメディア、黒鉛)
27.0×21.5cm (F3号)
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●栃木県真岡市・久保記念観光文化交流館で「関根伸夫展」が開催されています。
会期:2021年4月15日~6月14日
会場:久保記念観光文化交流館美術品展示館
主催:真岡市教育委員会


関根伸夫(せきねのぶお・1942-2019)は、1960年代末から1970年代まで続いた日本の現代美術の大きな動向である「もの派」を代表する作家です。関根は、「現代美術とは空間認識の問題ではないか」と考え、まだ公共空間の中に彫刻作品を設置するという考えが一般的ではなかった1973年に、都市空間や建築空間に彫刻作品を設置し、空間自体を作品にする「株式会社 環境美術研究所」を設立します。関根のアートプロジェクトは世界各地で開催され、その数は数百にもおよび、現代美術界に大きな衝撃を与えました。
関根は、作品のアイディアやイメージを構築して行く過程で、版画や素描を制作しました。現在、関根が残した版画や素描は、関根の当時の考えや制作計画の足跡をたどることのできる貴重な資料となっています。
本展では、関根が本格的に版画制作を始めるきっかけとなった、1975年に開催された現代版画センターの企画展「島州一・関根伸夫 全国同時展 クロスカントリー 7,500km」で発表された真岡市所蔵の版画作品を中心に、島州一の作品とともに紹介いたします。また、関根の作品の源となった貴重な素描を紹介します。
(同館ホームページより引用)
*久保記念観光文化交流館については2018年11月19日ブログ「第一回久保貞次郎の会~真岡の久保講堂を訪ねて」をお読みください。
■関根伸夫 Sekine Nobuo
1942年(昭和17年)9月12日埼玉県生まれ。1968年多摩美術大学大学院油絵研究科修了、斎藤義重に師事。1960年代末から70年代に、日本美術界を席捲したアートムーブメント<もの派>の代表的作家として活動。1968年の第一回須磨離宮公園現代彫刻展受賞作「位相 大地」は戦後日本美術の記念碑的作品と評され、海外でも広く知られている。1970年ヴェニス・ビエンナーレの日本代表に選ばれ、渡欧。ステンレス柱の上に自然石を置いた「空相」はヴェニス・ビエンナーレの出品後にデンマーク・ルイジアナ美術館の永久所蔵作品(セキネ・コーナー)となる。建築と芸術が融合したイタリアの都市・建築空間に感銘を受け、日本ではまだなじみの薄かった<環境美術>をテーマとした活動をするため帰国、1973年に(株)環境美術研究所を設立する。1975年現代版画センター企画による全国同時展「島州一・関根伸夫 クロスカントリー7,500km」を機に版画制作に本格的に取り組む。1978年にはルイジアナ美術館(コペンハーゲン)他、ヨーロッパ3国巡回個展を開催する。全国各地で数百に及ぶアートプロジェクトにアーティスト、アートディレクターとして参画。2000年光州ビエンナーレ、2002年釜山ビエンナーレのほか、2001年イギリス・テートモダンギャラリーにて開催の「世紀」展では1969- 1973年の東京を代表する作家として参加。2010年、2011年に上海の半島芸術村で制作活動を行う。2012年「太陽へのレクイエム:もの派の美術」(Blum & Poe、ロサンゼルス)に参加し、アメリカでも脚光を浴びる。その後、ロサンゼルスに移住し、2019年に永逝。
●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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