小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第50回

ちいさいながらも本屋をやっていると、商材が商材だけに、その「思想」を問われる場面があるようです。今回ビジネス書などの著作が多数ある「売れっ子」の著者が、ホームレスの方々への発言をめぐって炎上しました。個人的にあの発言はあり得ないと思っているので、いちいち言及はしませんが、その流れで「彼の本を売場から下げる、売るな。」という本屋への主張がありました。当店の場合は、新刊書の扱いは極めて少ない数で、古書がメインのお店なので、彼の著作といっても数冊あるかないか。なので、撤去するもなにもないのですが、だからといって「良心的な本屋」であるというわけでもありません。
古書の世界はおもしろいもので、売れている作家の本が、まさに売れているその時に手に入ることは稀なので、売れていた本が一通り行きわたったあとに、言い換えると売れなくなってから、大量に入ってくる、ということになります。そのため、次から次へと新しい本を出し続ける(出し続けなければならない)著者の本は、必然的に古書の棚ではあまりに大事にされません。そもそも次から次へと自分の言いたいことが湧いて出て来る人、というのはあまりいないので、書きつづけていれば、その言いたいことの目新しさは薄まり、どうしても二番煎じ感が出てくることは否めません。
今回、彼が炎上した理由は、えらそうですが、そういった焦りにもあるんだろうな、と思います。感覚が鋭い人ほど「あれ?おれいつも同じようなこと言ってない?」と不安になるに違いなく、その焦りは、言葉を粗く、センセーショナルなものにします。その点はなんとなく同情はしますが、まぁ、プロとしては「退屈さ」を引き受けられない限り、成長はないだろうな、とこれまた何様な視点から、言ってみることにします。つまりそういった焦りを与えるものはなにか?それによって儲けているのは誰か?その「退屈さ」を許さないのはだれか?
そうなんです。書いていて思いましたが、プロって実は退屈なものなのではないでしょうか?知れば知るほど、言い切れることは減っていき、自分の中に残るのは、結局いつも同じようなことを言っている焦りだけ・・・。
というわけで、今回ご紹介したい本は、こちらです。

IMG_6385『ブックセラーズ・ダイアリー』(白水社)ショーン・バイセル 矢倉尚子訳

スコットランド最大の古書店の店主が書いた日記をまとめた本です。
日々の売上とネットでの受注数と在庫確認数が記載され、あとは本当に、あまり脚色されていなさそうな日常が綴られています。だいたいネット受注と在庫確認数がずれている日が多いことも、本当はダメなことですが、すごくリアル。
お客さんとの皮肉を交えたやりとりはとてもいじわるなイギリス風で楽しいし、ある日ぽろっと出てくる稀覯本を見ながら「あれ?これどこで手に入れたんだっけ?」という感じなのも、おいおい、と思いながらも笑ってしまう。
書いている店主は、もちろん本を売る、買うプロです。でもその日常は、本当に普通のこと。退屈さと喜びを行ったり来たりしながらの商売をしていることがわかります。そうして大事なのは、自分の世界を守っていること。気に入らない本を集めたコーナーを誰かが作れば撤去するし、気に入らないことにはNOを突きつける。誰にも自分の商売を邪魔されたくない、という意思は強く感じます。
退屈さを引き受け、自分の世界を守る。この当たり前のことの難しさと楽しさを感じさせる一冊だと思います。炎上した彼にもおすすめしたい1冊です。
おくに たかし

小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。

■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。

●本日のお勧め作品は瑛九です。
qei_118瑛九 Q Ei
作品
1958年
フォト・デッサン
25.3×20.2cm
サイン・年記あり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

生誕110年 第30回瑛九展 フォト・デッサンと型紙
会期=2021年9月3日(金)―9月25日(土) 11:00-19:00 ※日・月・祝休
332_a332_b第30回瑛九展では、フォト・デッサン25点、型紙(紙)6点、型紙(セロファン)3点、計34点を出品し、全点を収録したカタログを刊行しました。
瑛九の「フォト・デッサン」は、先行するマン・レイやモホリ=ナジが印画紙上に物を置き、直接光をあてて制作した「フォトグラム(レイヨグラム)」と同じ技法ですが、彼ら先行者と異なり、瑛九は自ら切り抜いた「型紙」を使って膨大な点数を制作しました。その作品群を見れば、それらが絵画性の強い独創的なものであったことは一目瞭然です。

第30回瑛九展カタログ『生誕110年 第30回瑛九展 フォトデッサンと型紙』カタログ
2021年 B5版 28P
執筆:ワーグナー浅野智子(美術博士)、飯沢耕太郎(写真評論家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円、送料250円

202007中尾美穂01『第28回 瑛九展』カタログ(ART BASEL HONG KONG 2019)
2019年 B5版 36P
執筆:大谷省吾(東京国立近代美術館)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円

『第23回 瑛九展』カタログ『第23回 瑛九展』カタログ
2013年 B5版 24P
執筆:大谷省吾(東京国立近代美術館)
デザイン:北澤敏彦
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円

第20回瑛九展表紙裏表紙『第20回瑛九展 奈良美智24歳×瑛九24歳 画家の出発』カタログ
2010年 B5版 15P
執筆:三上豊(和光大学教授)
デザイン:北澤敏彦
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円
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●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。