新連載・小林美紀のエッセイ「宮崎の瑛九」第1回
「生誕110年記念 瑛九展 -Q Ei 表現のつばさ-」開催
宮崎県立美術館では10月23日(土)より、宮崎県出身の画家、瑛九(1911~1960)の生誕110年を記念し、特別展「生誕110年記念 瑛九展 -Q Ei 表現のつばさ-」を開催する。
本展覧会は、宮崎県立美術館の開館を記念した「魂の叙情詩 瑛九展」(平成8年)、「生誕100年記念瑛九展」(平成23年)に続き、当館が現在に至るまでに収集・調査してきた“瑛九”の全貌を凝縮して紹介するものである。今回は、関連作家等の作品展示はなく、徹底して瑛九のみの作品展示となる。瑛九が生涯をかけて挑んだ「表現すること」への飽くなき探求の軌跡を、約1,000点の瑛九コレクションから選りすぐった、油彩画やフォト・デッサンなど約200点の作品に加え、特別展示として宮崎県内の個人が所蔵する作品を併せ、膨大な資料とともに紹介する。
「美しく見たといふ事は、どうして繪畫の上で人々に傳へたら良いのか判らなかつた。
(中略)
描き方などは何うしても私には不必要だつたし、感じることの前には『斯んな風にして書くと樹に見えるとか』『こんな風にすると背景は背景らしくなる』といふやうなことは何の役にも立たないのだつた。『樹木らしくみえる』ことなぞは一度もなく何時も新しい樹木がそこにあつた。樹木は何時も決まつてはゐなかつたのだ。一定のテクニツクなど何んの役にも立たない物なので、情なかつた。」
瑛九は、シュルレアリスムやキュビスム、印象派などに刺激を受け、国内外の文学や思想にも通じ、それらを咀嚼し解釈したうえで、より自分らしい表現を求めて制作を続けた。しかしながら、当時の宮崎では、刺激に満ちた作品に出会う機会は少なく、美術館や博物館といった施設もなかった。数えきれぬほど宮崎と県外を往復し、小さな個展から大規模な西洋絵画展まで鑑賞し、本物の作品と対峙することで「眼」を養った。また、鑑賞後の雑感から批評に至るまで、様々な場面で自分の意見を発信した。機会あらば、様々なことについて老若男女を問わず議論をした。
「画面の上にもう少し闘いがなければ発展性は望まれない。」
地元新聞への寄稿文に書かれた言葉は、そのまま瑛九が自らの制作に求めたものではないだろうか。本を読む、他者から教わるといったことでは自分の血肉となりえないことがわかっていた瑛九は、油彩のみにこだわらず、写真や版画など多分野に取り組んで実験的制作を繰り返した。西洋絵画の影響を色濃く残す作品や、東洋の思想に通じる作品、晩年の点描による抽象表現の作品など、その作風は多岐にわたり、めまぐるしく変貌を遂げている。西洋絵画などに刺激を受け、影響があったといっても、ただ漫然と真似することや時代の潮流に乗るようなことはなく、見るものに迎合することがない。特定の価値や立場に留まることを是としなかったのだと思われる。
「二百号をはって下塗りしています。これを描くと僕としても発見があると思っています」
油彩としては絶筆となる200号の大作、「つばさ」(昭和34年)を描くことによって得た「発見」がどんなものだったのか。昭和35年3月7日、病床で絵が描きたいと訴える瑛九のため、ミヤ子夫人が買ってきたスケッチブックに描かれた鉛筆デッサンもまた、点描のような抽象であった。亡くなった今となっては、点描による抽象表現が、一つの到達点であったことは否定できないが、瑛九自身は病床にありながらもその先へ進もうとする意欲をもっていたことは確かである。
瑛九遺品油彩道具(宮崎県立美術館所蔵)
(こばやし みき)
■小林美紀(こばやし みき)
1970年、宮崎県生まれ。1994年、宮崎大学教育学部中学校教員養成課程美術科を卒業。宮崎県内で中学校の美術科教師として教壇に立つ。2005年~2012年、宮崎県立美術館
学芸課に配属。瑛九展示室、「生誕100年記念瑛九展」等を担当。2012年~2019年、宮崎大学教育学部附属中学校などでの勤務を経て、再び宮崎県立美術館に配属、今に至る。
・小林美紀のエッセイ「宮崎の瑛九」は2022年2月までの全6回、毎月17日の更新です。
●展覧会のお知らせ
「生誕110年記念 瑛九展-Q Ei 表現のつばさ-」
会期:2021年10月23日(土)~12月5日(日)
会場:宮崎県立美術館
フォト・デッサン、版画、油彩など多彩な画業のほかに、評論活動など、独自の表現を探求し続けた瑛九(1911~1960)。生誕110年を記念し、瑛九が生涯をかけて挑んだ「表現すること」への飽くなき探求の軌跡を、宮崎県立美術館が所蔵する作品や膨大な資料をもとに紹介します。


*画廊亭主敬白
1000点もの瑛九作品を所蔵する宮崎県立美術館の学芸員・小林美紀先生の連載がスタートします。来月10月には同館で生誕110年記念展が開催されます。何とか宮崎まで飛びたいのですが、コロナ禍のもとでさてどうなることやら。
宮崎の露払いのつもりで画廊では第30回瑛九展を開催していますが、おかげさまで好評です。
亭主が初めて宮崎を訪れた1970年代には瑛九の兄・杉田正臣さんはじめご兄妹たち、富松昇先生(当時は宮崎市の助役)、鈴木素直先生など、瑛九の仲間たち皆さんご健在でした。もちろん浦和には都夫人も。
あれから40数年、都夫人も亡くなり、瑛九を直接知る人が少なくなる一方で、小林先生のような若い世代の研究者たちが続々と出てきました。
優れた作品は時代と世代を超えて生き続けます。ときの忘れものが長年かけて集めた瑛九のフォトデッサン、ぜひご高覧ください。
●本日のお勧め作品は瑛九のポスター、カタログです。
瑛九展ポスター(表)
限定200部
デザイン:DIX-HOUSE
サイズ:84.1x59.4cm(A1)
限定200部(番号入り)
価格:2,200円(税込)
+梱包送料:3,000円
瑛九展ポスター(裏)
『生誕110年 第30回瑛九展 フォトデッサンと型紙』カタログ
2021年 B5版 28P
執筆:ワーグナー浅野智子(美術博士)、飯沢耕太郎(写真評論家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円、送料250円
『第28回 瑛九展』カタログ(ART BASEL HONG KONG 2019)
2019年 B5版 36P
執筆:大谷省吾(東京国立近代美術館)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円
『第23回 瑛九展』カタログ
2013年 B5版 24P
執筆:大谷省吾(東京国立近代美術館)
デザイン:北澤敏彦
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円
『第20回瑛九展 奈良美智24歳×瑛九24歳 画家の出発』カタログ
2010年 B5版 15P
執筆:三上豊(和光大学教授)
デザイン:北澤敏彦
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆クリスト・アンド・ジャンヌ=クロード展(予約は不要です)
会期=2021年10月8日[金]―10月30日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝休

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
「生誕110年記念 瑛九展 -Q Ei 表現のつばさ-」開催
宮崎県立美術館では10月23日(土)より、宮崎県出身の画家、瑛九(1911~1960)の生誕110年を記念し、特別展「生誕110年記念 瑛九展 -Q Ei 表現のつばさ-」を開催する。
本展覧会は、宮崎県立美術館の開館を記念した「魂の叙情詩 瑛九展」(平成8年)、「生誕100年記念瑛九展」(平成23年)に続き、当館が現在に至るまでに収集・調査してきた“瑛九”の全貌を凝縮して紹介するものである。今回は、関連作家等の作品展示はなく、徹底して瑛九のみの作品展示となる。瑛九が生涯をかけて挑んだ「表現すること」への飽くなき探求の軌跡を、約1,000点の瑛九コレクションから選りすぐった、油彩画やフォト・デッサンなど約200点の作品に加え、特別展示として宮崎県内の個人が所蔵する作品を併せ、膨大な資料とともに紹介する。
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「美しく見たといふ事は、どうして繪畫の上で人々に傳へたら良いのか判らなかつた。
(中略)
描き方などは何うしても私には不必要だつたし、感じることの前には『斯んな風にして書くと樹に見えるとか』『こんな風にすると背景は背景らしくなる』といふやうなことは何の役にも立たないのだつた。『樹木らしくみえる』ことなぞは一度もなく何時も新しい樹木がそこにあつた。樹木は何時も決まつてはゐなかつたのだ。一定のテクニツクなど何んの役にも立たない物なので、情なかつた。」
昭和13年7月 立正大学新聞掲載「思ひ出」より
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瑛九は、シュルレアリスムやキュビスム、印象派などに刺激を受け、国内外の文学や思想にも通じ、それらを咀嚼し解釈したうえで、より自分らしい表現を求めて制作を続けた。しかしながら、当時の宮崎では、刺激に満ちた作品に出会う機会は少なく、美術館や博物館といった施設もなかった。数えきれぬほど宮崎と県外を往復し、小さな個展から大規模な西洋絵画展まで鑑賞し、本物の作品と対峙することで「眼」を養った。また、鑑賞後の雑感から批評に至るまで、様々な場面で自分の意見を発信した。機会あらば、様々なことについて老若男女を問わず議論をした。
「画面の上にもう少し闘いがなければ発展性は望まれない。」
昭和9年11月 宮崎新聞掲載「宮崎美術協会第一回展を評す」より
地元新聞への寄稿文に書かれた言葉は、そのまま瑛九が自らの制作に求めたものではないだろうか。本を読む、他者から教わるといったことでは自分の血肉となりえないことがわかっていた瑛九は、油彩のみにこだわらず、写真や版画など多分野に取り組んで実験的制作を繰り返した。西洋絵画の影響を色濃く残す作品や、東洋の思想に通じる作品、晩年の点描による抽象表現の作品など、その作風は多岐にわたり、めまぐるしく変貌を遂げている。西洋絵画などに刺激を受け、影響があったといっても、ただ漫然と真似することや時代の潮流に乗るようなことはなく、見るものに迎合することがない。特定の価値や立場に留まることを是としなかったのだと思われる。
「二百号をはって下塗りしています。これを描くと僕としても発見があると思っています」
昭和34年10月7日 木水育男宛書簡より
油彩としては絶筆となる200号の大作、「つばさ」(昭和34年)を描くことによって得た「発見」がどんなものだったのか。昭和35年3月7日、病床で絵が描きたいと訴える瑛九のため、ミヤ子夫人が買ってきたスケッチブックに描かれた鉛筆デッサンもまた、点描のような抽象であった。亡くなった今となっては、点描による抽象表現が、一つの到達点であったことは否定できないが、瑛九自身は病床にありながらもその先へ進もうとする意欲をもっていたことは確かである。
瑛九遺品油彩道具(宮崎県立美術館所蔵)(こばやし みき)
■小林美紀(こばやし みき)
1970年、宮崎県生まれ。1994年、宮崎大学教育学部中学校教員養成課程美術科を卒業。宮崎県内で中学校の美術科教師として教壇に立つ。2005年~2012年、宮崎県立美術館
学芸課に配属。瑛九展示室、「生誕100年記念瑛九展」等を担当。2012年~2019年、宮崎大学教育学部附属中学校などでの勤務を経て、再び宮崎県立美術館に配属、今に至る。
・小林美紀のエッセイ「宮崎の瑛九」は2022年2月までの全6回、毎月17日の更新です。
●展覧会のお知らせ
「生誕110年記念 瑛九展-Q Ei 表現のつばさ-」
会期:2021年10月23日(土)~12月5日(日)
会場:宮崎県立美術館
フォト・デッサン、版画、油彩など多彩な画業のほかに、評論活動など、独自の表現を探求し続けた瑛九(1911~1960)。生誕110年を記念し、瑛九が生涯をかけて挑んだ「表現すること」への飽くなき探求の軌跡を、宮崎県立美術館が所蔵する作品や膨大な資料をもとに紹介します。


*画廊亭主敬白
1000点もの瑛九作品を所蔵する宮崎県立美術館の学芸員・小林美紀先生の連載がスタートします。来月10月には同館で生誕110年記念展が開催されます。何とか宮崎まで飛びたいのですが、コロナ禍のもとでさてどうなることやら。
宮崎の露払いのつもりで画廊では第30回瑛九展を開催していますが、おかげさまで好評です。
亭主が初めて宮崎を訪れた1970年代には瑛九の兄・杉田正臣さんはじめご兄妹たち、富松昇先生(当時は宮崎市の助役)、鈴木素直先生など、瑛九の仲間たち皆さんご健在でした。もちろん浦和には都夫人も。
あれから40数年、都夫人も亡くなり、瑛九を直接知る人が少なくなる一方で、小林先生のような若い世代の研究者たちが続々と出てきました。
優れた作品は時代と世代を超えて生き続けます。ときの忘れものが長年かけて集めた瑛九のフォトデッサン、ぜひご高覧ください。
●本日のお勧め作品は瑛九のポスター、カタログです。
瑛九展ポスター(表)限定200部
デザイン:DIX-HOUSE
サイズ:84.1x59.4cm(A1)
限定200部(番号入り)
価格:2,200円(税込)
+梱包送料:3,000円
瑛九展ポスター(裏)
『生誕110年 第30回瑛九展 フォトデッサンと型紙』カタログ2021年 B5版 28P
執筆:ワーグナー浅野智子(美術博士)、飯沢耕太郎(写真評論家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円、送料250円
『第28回 瑛九展』カタログ(ART BASEL HONG KONG 2019)2019年 B5版 36P
執筆:大谷省吾(東京国立近代美術館)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円
『第23回 瑛九展』カタログ2013年 B5版 24P
執筆:大谷省吾(東京国立近代美術館)
デザイン:北澤敏彦
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円
『第20回瑛九展 奈良美智24歳×瑛九24歳 画家の出発』カタログ2010年 B5版 15P
執筆:三上豊(和光大学教授)
デザイン:北澤敏彦
発行:ときの忘れもの
税込価格 880円
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆クリスト・アンド・ジャンヌ=クロード展(予約は不要です)
会期=2021年10月8日[金]―10月30日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝休

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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