『異形建築巡礼』を注釈する

佐藤研吾
(2016年12月20日ブログより再録)

20161220石山修武 日本の文化的地点に関して極めて自覚的な書物である。また、ともすれば海を渡り時空を飛び越えて世界の諸地を諸文明を疾風の如く猛然と、嵐のような筆致で闊歩する本である。そして何よりも読者が念頭に置くべきは、この本(連載)は著者、毛綱毅曠と石山修武の二人のタイマン勝負の舞台であること。よって読者はどこかへ置き去りにされることもしばしば。毛綱が先攻でその博覧の大波によってあらゆる奇物、奇怪を召喚し、対する後攻の石山は人間の性とも言うべきの生々しい創作の営為の数々を書き綴る。両者一歩も譲らぬ攻防、いやというよりも殴り合いの計八番勝負である。そこへ横から注釈を添えようにも、一矢すら報いる隙は無し。しかしそれでもと、両著者の吐息(荒息)が立ち込める本書の頁の画面にわずかに空いた上下のマージンに兎にも角にも小文字を埋めていく。むしろとりあえず画面を埋めなければ、40年前の両人は振り返ってみてもくれない。最低限のマナーである。40年前の両人とは、毛綱毅曠、石山修武ともに30才前後の青年である。つまり自分とほとんど年がかわらないではないか。明らかなレベルの差に心の底から震え上がり、けれどもコノヤロウと注釈作業に没頭した。
 この本では、唯の一言で言い表してしまう、言い切ってしまうような淡白で理知的な言葉は存在しない。言い切ることのできないモノを探そうと両著者は数多の言葉を積み重ね、これでもかと言葉が言葉を呼び寄せる。けれどもそれが詩人のようなエッセーに出てくる抽象的な言葉などではなく、常に具体的な何モノかの事象が持ち出される。幸い、具体物が本文に登場してくれればこちらの注釈作業はその具体に没入することで、本文の言葉の巨山から抜け出ることができるのである。そしてこちらも負けじと具体物の情報を加えていく。注釈という従属関係にある立場をわきまえつつ、巨山とまではいかずとも頁によっては小さな丘程度の盛り上がりとなった注釈の群を本文の巨山に添え、あわよくば一帯の連峰として本文に接続させる。
 今の時代に本書が復活したその心は、現在という時代そのものもまた異形であるということだ。この本は過去の異形な遺物を収集したカタログ本では全くなく、明らかにモノの根原を凝視しようとする創作論としてある。著者二人のための創作論ではない。建築という創作世界自体を問い詰めようとする探求の書であり、その命題は広大甚大で現在もなお我々の前に横たわっているのである。巻末に付された石山の新論考「異形の建築群」は40年前の本文群に対する現在からの応答=注釈であり、探求は今なお続いていることを著者自身が表明してくれている。我々は心してその探求のキャッチボールの球の行方を追走すべきだろう。
さとう けんご

異形建築巡礼
石山修武編著/毛綱毅曠著
2016年  国書刊行会
335ページ 26.5x19.5cm

20161220石山修武_目次目次
(クリックしてください)

*画廊亭主敬白
画廊では佐藤研吾さんの二回目の個展を開催中です。
私たちが佐藤さんの存在を知り、凄い若者が出てきたもんだと注目したのは上掲の一冊の本がきっかけでした。佐藤さんは東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程に在籍中の学生さんでした。
いまから6年前の2016年11月25日に『異形建築巡礼』出版記念パーティがあり、植田実先生のお供で出席しました。
帰りに渡された本は厚さが2.8cmもある。いまどきこんな厚くて重い本、誰が読むんだ、とぶつぶついいながら寝しなに読み出したら止マラナイ、面白いんである。お経みたいなクセのある毛綱先生の文章に、歯切れのいい石山節がつっかかり、文字通りガチンコ勝負の名著なのだが、面白いのはそれだけではない、本文の上下にびっしり詰まった「註」が凄い。
奥付を見ると、三者連名である。
 編著   石山修武
 著    毛綱毅曠
 注釈   佐藤研吾

鬼才二人の名文に堂々と渡り合い、335ページの大著に<クロード・ニコラ・ルドゥー>から<伝家の宝塔>まで402個もの「註」を加えたのがまだ20代の若者と知り、早速原稿を依頼しました。それが今回再録した文章です。

若くて優れた才能が出てくる一方で、去っていった人も。
私たちが佐藤さんに注目した同じ2016年に亡くなったのが日本初のコマーシャル・フォト・ギャラリー「ZEIT-FOTO SALON」を創設した石原悦郎さんでした。ご紹介するのが遅くなってしまいましたが、銀座蔦屋書店で石原悦郎「The Beginning of Art Photography 写真をアートにした男」展が開催されています(3月31日まで)。
石原さんのことはこのブログでも幾度もご紹介してきました。
2014年12月05日|石原輝雄「マン・レイへの写真日記 第9回」
2016年03月02日|画廊亭主「ツァイト・フォト 石原悦郎さんを悼む」
2016年03月09日|飯沢耕太郎「石原悦郎——写真をアートにした希代のギャラリスト」
2016年11月16日|粟生田弓『写真をアートにした男 石原悦郎とツァイト・フォト・サロン』
石原さんを偲んで久しぶりに銀座にかけつけましょう。

●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。作品価格は3月21日ブログをご参照ください。

No.6_遠い場所を囲い込むための空洞2No.6
《遠い場所を囲い込むための空洞2》
2022
クリ、鉄媒染
20 × 20 × 25cm
Signed


No.16_空洞の中身No.16
《空洞の中身》
2022
画用紙に鉛筆、顔彩
24.0×27.0cm/35.5×46.5cm
Signed


No.17_空洞を背負うNo.17
《空洞を背負う》
2022
画用紙に鉛筆、顔彩
20.0×21.0cm/36.0×36.0cm
Signed


No.30_空洞のための囲い4No.30
《空洞のための囲い4》
2022
銀塩写真
8.0×8.2cm/13.0×12.7cm
Signed

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


「佐藤研吾展 群空洞と囲い」
会期=2022年3月25日(金)―4月3日(日) 11:00-19:00 ※会期中無休
作家は会期中毎日在廊します:3月25日(金)―4月3日(日)13時~19時まで。
*土曜と日曜の26日、27日、2日、3日は11時~19時まで終日在廊します。
339a2018年にときの忘れもので初個展『佐藤研吾展―囲いこみとお節介』を開催した若手建築家・佐藤研吾。2回目となる本展では、新作のピンホールカメラなどの立体や、それで撮った銀塩写真、ドローイングを展示します。2020年に拠点を東京から福島県大玉村に移したのち、東北と首都圏を往復しながら建築設計を中心に様々な活動を行なっており、ときの忘れものブログでは佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」を毎月7日に配信。展覧会に合わせてカタログを刊行します(執筆:佐藤研吾、都築響一)。
出品全32点の画像とデータ、価格は3月21日ブログに掲載しました。

●建築と社会の関係を視覚化する新しいメディアとして注目されているarchitecturephotoでも佐藤研吾展を特集しています。

●カタログのご案内
c0ab7318佐藤研吾展 群空洞と囲い
発行日:2022年3月25日
発行:有限会社ワタヌキ/ときの忘れもの
17.1×25.6cm、24頁、図版32点
テキスト:佐藤研吾、都築響一
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:880円(税込み)+送料250円

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊