小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第56回

先のことはわからないもので、ある日突然コロナに感染した。
知人にも感染した人は数人しかいなかったので、「感染対策をしていればかかることは少ないだろう」と思っていたのだが、どこからともなくやつらはやってくる。正直マスクを外すのは家の中と店の中でごはんを食べる時だけ。消毒も手洗いもしているので、本当にどこで感染したのかはわからない。
不幸中の幸い、症状が出た後すぐにお店の営業を切り上げて、すぐに療養に入ったおかげで、おそらく誰にも感染してはいないと思うが、それでもやはり自分のなかで「ひょっとしたら・・・」という重圧は残る。
このプレッシャーもこの病気の怖さである。
復帰後、けっこう多くの方から「実は自分もコロナに罹って」とか「濃厚接触者になって」という話を聞いた。やはり確実に広がっているのだ。そうして皆こころのどこかに「罪悪感」のような感情を持っている、気がする。
自分もそうだ。
だからこそ、正しく恐れるためにも、今回は本屋があまり関係ない、コロナ感染した時の日記を書いてみたいと思う。
3月〇日
今日こそ確定申告を終わらせねばならないと思ってはいるが、なかなか進まない。かといって目の前にある本の山の値付けや磨きが進むかといえば、それすらもやる気が出ない。どっちをやるかと言われたら、なんとなく確定申告のほうがやれそうかも、と思いながら作業を進める。なんとか確定申告を終わらせた五時半ころ、気づくと腰のあたりに重だるい感じが。おや?これってコロナワクチン打った直後に似ている気がする、とイヤな予感がするので、お客さんがあまり来なかったこともあり、6時で店を閉める。
3月×日
朝から抗原検査。陽性。これでしばらくお店を開けることはできない。催事の設営などかなり忙しい一週間になるはずだったのに、方々に迷惑をかけることになりそう。
3月〇日
催事の搬入をどうしようかと思っていると、なんと一角文庫さん古書みすみさんトロワさんらが手伝って設営をしてくれることに!あとは荷物を倉庫から出すだけだ!ということでさっそくアルバイトの加藤くんに電話でお願いしながら木箱を出してもらう。とはいうものの倉庫は整理されているわけもなく、本の山をかき分けて木箱を出してもらうことに。
「えっと、目の前のダンボールあるじゃん?その奥にさ、木箱あるじゃん?それをね、出して欲しいのよ。」とわたし。「…これ、出すんですね。わかりました。」加藤くんの最初の沈黙がこの作業の困難さをすべて物語る。
加藤くん辞めないといいな、と思いながらホテル療養スタート。
3月×日
正直まったく症状はない。昨日までは、日替わりで「喉が痛いかも」「頭痛いな」「あれ?心臓が痛い、ような」と言った感じだったが、今日からはまったく症状がない。
窓から見下ろす(ホテルは9階)人々は、買い物帰りのようで皆楽しそうに歩いている。いや、楽しいかどうかはわからないけれど。はやく外に出たい!出たらまっさきに目の前に見えるコンビニに行こう!と決意する。
3月〇日
ホテルでは3食お弁当が出る。ペットボトルのお水やお茶は飲み放題。インスタントコーヒーもある。しかし全く味覚がない。自分がコロナ患者とわかる唯一の症状だ。へんな病気だ。
3月×日
いよいよ電話での看護師さんとの症状聞き取りが雑になってきた。
「今日はごはん食べましたか?」「食べました。」で終わる。
へんな病気なので、いきなり症状が悪化する可能性もないことはないはず。なので決して安心はできないのだが、このやり取りで「もう悪化することはないのかも」と若干の安心感。
はやく外に出たい。
3月〇日
療養中、本を3冊持ってきた。それとKindleには未読本もたっぷりある。
気分に合わせて色々読むが、なんとなく集中できない。これがコロナのせいなのか、自分のせいなのか、よくわからない。
読もうと思っていた本はなかなか進まず『堤清二オーラルヒストリー』ばっかり読んでいる。しかし何度読んでもおかしい人生だと思う。この人。
「インフレの時こそ消費者のために戦う」「コンビニまでは見通せなかった」「流通革命は戦中の配給論とかわらない」など、今回は流通論に心惹かれる。
それとKindleでしか読めない『牛丼の戦前史』も読む。(どっかで紙の本になって欲しい。)
3月×日
いよいよホテル療養最終日。
ようやく!出所できる!
お店を再開したらやることはたくさんある。いきなりお店を休むことになったので、買取の品物を持ってきたのに開いていなかった、とかせっかくお店に来たのに閉まっていた、とお客さんに迷惑をかけてしまった。申し訳ないと思いながらも、それでもお店を開けて本を出すことをたのしみにしている自分がいる。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●本日のお勧めは倉俣史朗です。
倉俣史朗 Shiro KURAMATA
"Sofa With Arms Black Edition" (黄)
1982年デザイン(2019年製造)
金属、ファブリック
W62.0×D92.0×H65.5cm (SH38.0cm)
Ed.33
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●カタログのご案内
『佐藤研吾展 群空洞と囲い』
発行日:2022年3月25日
発行元:有限会社ワタヌキ/ときの忘れもの
17.1×25.6cm、24頁、図版32点
テキスト:佐藤研吾、都築響一
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:880円(税込み)+送料250円
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊ですが、4月15日(金)~24日(日)「中村潤展 うろうろをへて こつこつのはて」は会期中無休です。

先のことはわからないもので、ある日突然コロナに感染した。
知人にも感染した人は数人しかいなかったので、「感染対策をしていればかかることは少ないだろう」と思っていたのだが、どこからともなくやつらはやってくる。正直マスクを外すのは家の中と店の中でごはんを食べる時だけ。消毒も手洗いもしているので、本当にどこで感染したのかはわからない。
不幸中の幸い、症状が出た後すぐにお店の営業を切り上げて、すぐに療養に入ったおかげで、おそらく誰にも感染してはいないと思うが、それでもやはり自分のなかで「ひょっとしたら・・・」という重圧は残る。
このプレッシャーもこの病気の怖さである。
復帰後、けっこう多くの方から「実は自分もコロナに罹って」とか「濃厚接触者になって」という話を聞いた。やはり確実に広がっているのだ。そうして皆こころのどこかに「罪悪感」のような感情を持っている、気がする。
自分もそうだ。
だからこそ、正しく恐れるためにも、今回は本屋があまり関係ない、コロナ感染した時の日記を書いてみたいと思う。
3月〇日
今日こそ確定申告を終わらせねばならないと思ってはいるが、なかなか進まない。かといって目の前にある本の山の値付けや磨きが進むかといえば、それすらもやる気が出ない。どっちをやるかと言われたら、なんとなく確定申告のほうがやれそうかも、と思いながら作業を進める。なんとか確定申告を終わらせた五時半ころ、気づくと腰のあたりに重だるい感じが。おや?これってコロナワクチン打った直後に似ている気がする、とイヤな予感がするので、お客さんがあまり来なかったこともあり、6時で店を閉める。
3月×日
朝から抗原検査。陽性。これでしばらくお店を開けることはできない。催事の設営などかなり忙しい一週間になるはずだったのに、方々に迷惑をかけることになりそう。
3月〇日
催事の搬入をどうしようかと思っていると、なんと一角文庫さん古書みすみさんトロワさんらが手伝って設営をしてくれることに!あとは荷物を倉庫から出すだけだ!ということでさっそくアルバイトの加藤くんに電話でお願いしながら木箱を出してもらう。とはいうものの倉庫は整理されているわけもなく、本の山をかき分けて木箱を出してもらうことに。
「えっと、目の前のダンボールあるじゃん?その奥にさ、木箱あるじゃん?それをね、出して欲しいのよ。」とわたし。「…これ、出すんですね。わかりました。」加藤くんの最初の沈黙がこの作業の困難さをすべて物語る。
加藤くん辞めないといいな、と思いながらホテル療養スタート。
3月×日
正直まったく症状はない。昨日までは、日替わりで「喉が痛いかも」「頭痛いな」「あれ?心臓が痛い、ような」と言った感じだったが、今日からはまったく症状がない。
窓から見下ろす(ホテルは9階)人々は、買い物帰りのようで皆楽しそうに歩いている。いや、楽しいかどうかはわからないけれど。はやく外に出たい!出たらまっさきに目の前に見えるコンビニに行こう!と決意する。
3月〇日
ホテルでは3食お弁当が出る。ペットボトルのお水やお茶は飲み放題。インスタントコーヒーもある。しかし全く味覚がない。自分がコロナ患者とわかる唯一の症状だ。へんな病気だ。
3月×日
いよいよ電話での看護師さんとの症状聞き取りが雑になってきた。
「今日はごはん食べましたか?」「食べました。」で終わる。
へんな病気なので、いきなり症状が悪化する可能性もないことはないはず。なので決して安心はできないのだが、このやり取りで「もう悪化することはないのかも」と若干の安心感。
はやく外に出たい。
3月〇日
療養中、本を3冊持ってきた。それとKindleには未読本もたっぷりある。
気分に合わせて色々読むが、なんとなく集中できない。これがコロナのせいなのか、自分のせいなのか、よくわからない。
読もうと思っていた本はなかなか進まず『堤清二オーラルヒストリー』ばっかり読んでいる。しかし何度読んでもおかしい人生だと思う。この人。
「インフレの時こそ消費者のために戦う」「コンビニまでは見通せなかった」「流通革命は戦中の配給論とかわらない」など、今回は流通論に心惹かれる。
それとKindleでしか読めない『牛丼の戦前史』も読む。(どっかで紙の本になって欲しい。)
3月×日
いよいよホテル療養最終日。
ようやく!出所できる!
お店を再開したらやることはたくさんある。いきなりお店を休むことになったので、買取の品物を持ってきたのに開いていなかった、とかせっかくお店に来たのに閉まっていた、とお客さんに迷惑をかけてしまった。申し訳ないと思いながらも、それでもお店を開けて本を出すことをたのしみにしている自分がいる。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●本日のお勧めは倉俣史朗です。
倉俣史朗 Shiro KURAMATA"Sofa With Arms Black Edition" (黄)
1982年デザイン(2019年製造)
金属、ファブリック
W62.0×D92.0×H65.5cm (SH38.0cm)
Ed.33
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●カタログのご案内
『佐藤研吾展 群空洞と囲い』発行日:2022年3月25日
発行元:有限会社ワタヌキ/ときの忘れもの
17.1×25.6cm、24頁、図版32点
テキスト:佐藤研吾、都築響一
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:880円(税込み)+送料250円
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊ですが、4月15日(金)~24日(日)「中村潤展 うろうろをへて こつこつのはて」は会期中無休です。
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