仮説の証明

細江英公
(1986年執筆)

 初めてバルセロナの「ガウディ」に遭遇したのは1964年のことだから22年前に遡る.あまりにも突然の出会いとその巨大な肉塊のような建造物に圧倒された私は,自分が写真家であることも忘れ,一枚の写真も撮らずに,ただ肉眼のレンズを通し脳裡のフィルムにしっかりと露光して帰ってきた.撮らなかったというより,撮ることができなかったその理由は,本能的な恐怖感と同時に惹かれていく自分を発見し,ここはいったん退去して再び出直した方がよいと判断したからである。何よりも私にはガウディへの知識もなく,またそれほどの巨大な怪物に挑む精神的準備がなかった.
 本格的な撮影を始めたのはそれから13年後の1977年の2月からである.「ガウディ」に関する多少の学習とカメラの重装備をしてまず訪れたのはサグラダ・ファミリアだった.用心深く近づいてカメラを向けたものの,巨人「ガウディ」の皮膚は分厚くて内部に立入る隙を見つけることができなかった.少しばかり勉強したからといって,そんな知識は何の役にも立たないことが分かったし,それよりも中途半端な知識は,逆に 「ガウディ」について自由なモノの見方や直感の妨げになるばかりだと気がついた.
 以来、今日まで私のガウディ巡礼は続いているが,初めの頃はやはり「ガウディ」の周辺を彷徨するばかりで(今も変わっていないが),巨人の肉体の表面ばかりに目を奪われて,その肉体から生まれる精神,すなわち最も重要な霊性について考える余裕が私には全く欠けていた.その頃、早朝のグエル公園を歩きながら,突然稲妻に打たれたようなインスピレーションを感じた.
 ガウディ研究の学術書にはほとんど触れられていないが(ひょっとしてガウディのものではないのかも知れないが),グエル公園の目立たない片隅に直径60cmくらいの丸い石が10数箇,20cmくらいの深さで埋め込まれた空間がある.その一つ一つの石の組み合わせは一見ばらばらに見えるが,何かしら無秩序の秩序といった調和を保っている.ある1点からカメラをのぞいてみると,ばらばらに散らばって孤立した石たちが相互に引っ張り合い,まるで一定の法則で運動している天体の宇宙的秩序がそこに存在しているかのようだ.
 それも3次元の空間ではなく,2次元か4次元の空間だ。さらに,私はカサ・ミラの正面入口とその上部にあるH型の柱との微妙なずれに疑問を抱いていたが,それは禅宗の寺でよく見る門と玄関との微妙なずれと酷似していること,また,「人間は創造しない.発見するだけだ」とか,「全ては,自然が書いた偉大な書物を学ぶことから生まれる.人間が造る物は既にその偉大な書物の中に書かれている」といったガウディの言葉のなかにきわめて仏教的な響きがあり,他人事ではない親密さを感じたのである.
 以上のようなことから,私はガウディはサグラダ・ファミリアと「入我我入」をしたと直感した.「入我我入」とは仏教の修業を究めた僧の魂が仏と一如し,仏が僧の肉体に入る状態を指す.その悟りの境地こそすべての仏教徒が究極に求める境地であるが,あたかも求道者のような晩年をおくったカトリック教徒であるガウディの最後に目指したものが,発生も教義も全く異なる仏教ともどこかで繋がる超越した普遍にあったのではないかと私は思った.私は敢えて独断的解釈をもって「ガウディはもうひとつの禅を発見した」という仮説を立てることにした.
 人気のない早朝のグエル公園で秘かに感じたものはこのような荒唐無稽な独断である.しかし,これを仮説と呼ぶならば独断も許されるだろう.ただしそれが証明された時こそ独断は独断でなくなるわけである.その証明は自らの写真で証明しなければならない.こんな無暴な作業は不可能に決っているが,あるいはひょっとして可能かも知れないのだ.
 「ガウディ」という,とてつもない巨人に立ち向かうからには,このくらいの重荷を自分に課す義務があると考えるのである.その第一歩として私は昭和59年9月に写真集『カウディの宇宙』(集英社)を出版したが,いま,ようやくその第二歩目を踏み出したばかりである.
私の撮影に協力してくれたバルセロナのすべての友人たちに感謝します.
ほそえ えいこう、写真家)
*『細江英公写真 ガウディの讃歌(勅使河原宏 映画・武満徹 音楽)』(1986年、PPS通信社刊行)より再録

◆「ガウディ生誕170年 細江英公写真展」開催中
2022年6月21日(火)~7月9日(土) 11:00-19:00 *日・月・祝日休廊
今年はスペインの建築家アントニ・ガウディ(1852-1926)の生誕170年記念の年です。本展では、写真家・細江英公(b. 1933)によるガウディ建築の写真を展示いたします。細江英公は1964年にバルセロナでガウディ建築と衝撃的な出合いをします。その13年後、1977年から数度に亘って「サグラダファミリア」「グエル公園」「カサバトリョ」などガウディ建築の撮影を行ない、〈ガウディへの讃歌〉を発表しました。細江英公のエッセイ<「ガウディ」の肉体と霊性に詳しくその経緯が書かれています。40年以上も前に撮影・プリントされたヴィンテージプリントのモノクロとカラーを20点ご覧いただきます。
また、ときの忘れもののブログでは、長くスペインに在住し、ガウディ研究を行なっている丹下敏明先生の連載「ガウディの街バルセロナより」が始まっています。こちらも是非お読みください。

*画廊亭主敬白
コロナ禍と猛暑にもかかわらず細江英公展には連日多くのお客様が来廊されています。会期は今日を入れて残り4日間です。
先日女性の方が帰りしなに「ここは座れるところがあっていいわ」とおっしゃってくれ、亭主は我が意を得たりといたく喜んだものでした。
下の展示風景は撮影者(塩野哲也さん)の指示で椅子をのけていますが、ときの忘れものの決して広くない空間には常時10数脚の椅子をおいています。磯崎新、倉俣史朗、アアルト、有名無名の椅子はもちろんすべて座れます。
椅子一つない(座る場所も無い)完璧なホワイトキューブの空間に入ると亭主は憎しみすら覚える(笑)。
どうしてなのかと考えたら、どうもその淵源は大学時代にある。亭主は御茶ノ水にあった中央大学法学部を卒業しました。狭い敷地に数万人がひしめく、超過密マンモス大学でした。授業と次の授業の間が空いたとき、貧乏学生は行くところが無い。金持ちの学生は空き時間を雀荘や喫茶店で過ごしていました。亭主は一人で喫茶店に入った記憶がありません。もちろん金がなかったからです。1960年代の学生のデートはもっぱら歩くことでした。公園や駅のホームのベンチが無料で座れる数少ない場所でした。
どなたでも入れるギャラリー、椅子と冷たいお茶を用意して、皆さんの来廊をお待ちしています。

<展示風景>
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"Palma Cathedral"

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"Bellesguard"

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"Casa Mila 5"

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"Bellesguard"(1)

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"Bellesguard"

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"Bellesguard"

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"Colegio Teresiano"

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"Casa Mila"

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"Casa Mila" (18)

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"Casa Mila"(35)

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"Casa Battlo 123"

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"Casa Mila" (19)

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"Bellesguard"

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"Casa Mila 『ガウディの宇宙』59"

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"Parque Guell 13"

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"Parque Guell 35"

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"Casa Mila 87"

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"Parque Guell 14"

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1978年、草月美術館にて開催された「ガウディ展」ポスター

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細江英公 HOSOE Eikoh(b.1933)
1933年山形県に生まれる。1950年英語を学ぶため米軍居住地に通い、アメリカ人の子供たちを撮影。1951年第1回「富士フォトコンテスト」で最高賞を受賞し、写真家を志す。1954年東京写真短期大学(現・東京工芸大学)写真技術科卒業。デモクラート美術家協会の瑛九と出会い、強い影響を受ける。1956年銀座・小西六フォトギャラリーにて初個展。1959年「VIVO」の設立に参加(1961年解散)。1960年日本写真批評家協会新人賞、富士フォトコンテスト年間作家賞受賞。1963年写真集『薔薇刑』で日本写真批評家協会作家賞受賞。1970年写真集『鎌鼬』で芸術選奨文部大臣賞受賞。1975年東京写真大学短期大学部(現・東京工芸大学)の教授となる。1982年全米とパリで個展開催、パリ市賞受賞。1983年アルル国際写真フェスティバル名誉賞受賞。1994年東京工芸大学芸術学部教授に就任。日本写真協会年度賞(1993年)受賞。1995年清里フォトアートミュージアムの初代館長に就任。1998年東京工芸大学芸術学部(2003年で定年退職)及び大学院芸術学研究科(修士)課程教授に就任(2002年博士課程教授に就任)。紫綬褒章受章。2003年ロンドンにて英王立写真協会創立150周年特別記念メダル受章。2006年日本人初のルーシー賞(アメリカ)受賞。2007年旭日小綬章叙勲。2010年文化功労者に選ばれる。2017年旭日重光章叙勲。

●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊