松井裕美のエッセイ「線の詩情、色彩の調和――ジャック・ヴィヨンの生涯と芸術」第10回
「色彩の理論とオブジェとしてのタブロー」
松井裕美
ジャック・ヴィヨン《劇場》1962年(1932年の油彩画を版画化したもの)。リトグラフ。
ギャラリーときの忘れもの
ヴィヨンが描く《劇場》の舞台をのぞいてみると、意外な奥行きがあるのにまず驚かされる。画面の中央よりやや上部に消失点があり、そこへ向かうように、上下左右の壁が伸びている。一見すると閉塞感のある空間だ。役者らしき人の気配もない。だが手前に浮遊している線のリズムに目を向けてみよう。それはおそらく、役者の躍動を暗示するものだろう。彼自身の言葉を借りるなら、ヴィヨンはここで「事物を通して生命のリズムを伝え、より内側から現実的なものを掴む」ことで、「詩的」な現実を表現しようとしていたのである(XXe siecle, no. 9, juin 1957, p. 23.)。
さて、この線に注目していると、奇妙な事態が起こる。それまで奥行きのある空間に見えていた劇場が、絵の具で彩られた平面に見えてくるのだ。奥行きをなしていたはずの幾何学的な構図さえも、装飾的な分割のように見えてくる。見る者が注意を向ける先を変えることで、イメージがオブジェとなったのである。ただしこのオブジェはただの「物」ではなく、見る者の知覚を主人公とするような舞台を作動させる「装置」でもある。物質的な空間として一点透視図法によって再現されていたはずの舞台のイメージ(この場合鑑賞者は観客という立場に縛られている)が、一瞬にして、絵の具で覆われた平面そのものの知覚へと見る者の認識を切り替える舞台装置となるのだ。
鑑賞者の知覚を主人公とするこのような劇場は、とりわけ1930年代以降のヴィヨンの油彩画に登場するようになった要素である。こうした表現がいかに理論的な思考に裏付けられたものであったかについては、1945年に出版された彼の論考「色彩と構成」を読めばわかる(Jacques Villon, ≪ Couleurs et construction ≫ dans G. Diehl (dir.), Les problemes de la peinture, Editions Confluences, 1945, p. 256-258)。彼はまず冒頭で、『絵画術の書』を著わした後期ゴシックの画家チェンニーノ・チェンニーニに触れ、色彩と構成(construction)の法則が絵画制作においていかに重要かを指摘する。ただし彼は、絵画法則を現代的なやり方で新たに築くことを提案している。というのも彼は急いで、次のようなナビ派の画家モーリス・ドニの1890年の言葉を付け加えているからだ。「タブローとは軍馬や裸婦、あるいはなにかを物語るエピソードである前に、ある一定の秩序のもとに集められた、色彩に覆われた平らな面である」。
ドニのこの言葉は特定の事物の再現ではなく、色彩そのものの表現を追求する姿勢の表明に他ならず、同時代の画家たちにとって抽象主義への道を切り拓く言葉だった。ヴィヨンはそうした変化をもたらしたのが印象派たちによる純粋色の使用であったと説明する。色彩はこうして、「完全に装飾的だった分野から、大文字のAで始まるArtへと、偉大なる扉を開いたのである」。
この色彩をうまく配置するために活躍するのが「構成」である。ヴィヨンは、自然が見せる秩序よりもより理想的な構成を生み出すのに長けていたバロック時代のフランスの巨匠ニコラ・プッサンを引き合いに出し、線が持つ規則の重要性についても指摘する。彼はさらに遡り、そうした規則の典拠を、レオナルド・ダ・ヴィンチの『絵画論』に求めている。とりわけ彼が注目するのが、一点透視図法を説明するときのピラミッド型の幾何学についてである。この部分だけ切り取れば、彼が単に古典的な一点透視図法のヴィジョンに追従しようとしているかのようにもみえる。
だが彼はそこから、抽象絵画へと向かう道を拓く。ヴィヨンは、ピラミッド型の構図が生み出す空間的な奥行きにおいて、色彩は「厚み」の中で戯れるような役割を果たすのだという。色彩が持つこの豊かさは、「諸々のアラベスク模様を提供する生命、それらを追い求める眼、そしてそれらを記録する手」に由来する様々なテーマを表現する中で、「開かれた窓」ではないような「タブローそのもの、オブジェそのもの」としての絵画を生み出す。
ジャック・ヴィヨン《空想(キメラ, chimere)に向かって》1962年(1947年の油彩画を版画化したもの)。リトグラフ。ギャラリーときの忘れもの
別の作品を見ながら、このことを確認してみよう。1947年の同題の油彩画をもとにリトグラフで制作された《空想(キメラ, chimere)に向かって》である。ここでは《劇場》とは逆に、まず眼に飛び込んでくるのは抽象的な色彩の配置である。その配置を秩序づけているのは、重ね合わせられた三角形が生み出す幾つものピラミッド構造だ。それはもはや空間的な奥行きを示すことなく、わたしたちの知覚を絵画平面の持つ物質性へと誘導する。だが三角形の向こうに見える小さな格子は何らかの建造物ないしは事物ではないのか、それを支える水平方向の線は地平線ないしはテーブルの淵ではないのか…そう意識した途端に、色の塊がイメージとなり、幾何学構造のいくつかが、一点透視図法として認識され得るようになる。ここで全く別の知覚が立ち上がるのである。異なる知覚を代わる代わる引き出すこの作品がテーマにしているのは、タイトルが示す通り、現実の絵画表面の抽象的表現と、「開かれた窓」の中で示される虚構の奥行きとの、幻想的な嵌合体(キメラ, chimere)なのである。
(まつい ひろみ)
■松井 裕美(まつい ひろみ)
著者紹介:1985年生まれ。パリ西大学ナンテール・ラ・デファンス校(パリ第10大学)博士課程修了。博士(美術史)。現在、東京大学大学院総合文化研究科准教授。専門は近現代美術史。単著に『キュビスム芸術史』(名古屋大学出版会、2019年)、共編著に『古典主義再考』(中央公論美術出版社、2020年)、編著に『Images de guerres au XXe siecle, du cubisme au surrealisme』(Les Editions du Net, 2017)、 翻訳に『現代アート入門』(名古屋大学出版会、2020年)など。
・松井裕美さんの連載エッセイ「線の詩情、色彩の調和――ジャック・ヴィヨンの生涯と芸術」は毎月25日の更新です。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
「色彩の理論とオブジェとしてのタブロー」
松井裕美
ジャック・ヴィヨン《劇場》1962年(1932年の油彩画を版画化したもの)。リトグラフ。
ギャラリーときの忘れもの
ヴィヨンが描く《劇場》の舞台をのぞいてみると、意外な奥行きがあるのにまず驚かされる。画面の中央よりやや上部に消失点があり、そこへ向かうように、上下左右の壁が伸びている。一見すると閉塞感のある空間だ。役者らしき人の気配もない。だが手前に浮遊している線のリズムに目を向けてみよう。それはおそらく、役者の躍動を暗示するものだろう。彼自身の言葉を借りるなら、ヴィヨンはここで「事物を通して生命のリズムを伝え、より内側から現実的なものを掴む」ことで、「詩的」な現実を表現しようとしていたのである(XXe siecle, no. 9, juin 1957, p. 23.)。
さて、この線に注目していると、奇妙な事態が起こる。それまで奥行きのある空間に見えていた劇場が、絵の具で彩られた平面に見えてくるのだ。奥行きをなしていたはずの幾何学的な構図さえも、装飾的な分割のように見えてくる。見る者が注意を向ける先を変えることで、イメージがオブジェとなったのである。ただしこのオブジェはただの「物」ではなく、見る者の知覚を主人公とするような舞台を作動させる「装置」でもある。物質的な空間として一点透視図法によって再現されていたはずの舞台のイメージ(この場合鑑賞者は観客という立場に縛られている)が、一瞬にして、絵の具で覆われた平面そのものの知覚へと見る者の認識を切り替える舞台装置となるのだ。
鑑賞者の知覚を主人公とするこのような劇場は、とりわけ1930年代以降のヴィヨンの油彩画に登場するようになった要素である。こうした表現がいかに理論的な思考に裏付けられたものであったかについては、1945年に出版された彼の論考「色彩と構成」を読めばわかる(Jacques Villon, ≪ Couleurs et construction ≫ dans G. Diehl (dir.), Les problemes de la peinture, Editions Confluences, 1945, p. 256-258)。彼はまず冒頭で、『絵画術の書』を著わした後期ゴシックの画家チェンニーノ・チェンニーニに触れ、色彩と構成(construction)の法則が絵画制作においていかに重要かを指摘する。ただし彼は、絵画法則を現代的なやり方で新たに築くことを提案している。というのも彼は急いで、次のようなナビ派の画家モーリス・ドニの1890年の言葉を付け加えているからだ。「タブローとは軍馬や裸婦、あるいはなにかを物語るエピソードである前に、ある一定の秩序のもとに集められた、色彩に覆われた平らな面である」。
ドニのこの言葉は特定の事物の再現ではなく、色彩そのものの表現を追求する姿勢の表明に他ならず、同時代の画家たちにとって抽象主義への道を切り拓く言葉だった。ヴィヨンはそうした変化をもたらしたのが印象派たちによる純粋色の使用であったと説明する。色彩はこうして、「完全に装飾的だった分野から、大文字のAで始まるArtへと、偉大なる扉を開いたのである」。
この色彩をうまく配置するために活躍するのが「構成」である。ヴィヨンは、自然が見せる秩序よりもより理想的な構成を生み出すのに長けていたバロック時代のフランスの巨匠ニコラ・プッサンを引き合いに出し、線が持つ規則の重要性についても指摘する。彼はさらに遡り、そうした規則の典拠を、レオナルド・ダ・ヴィンチの『絵画論』に求めている。とりわけ彼が注目するのが、一点透視図法を説明するときのピラミッド型の幾何学についてである。この部分だけ切り取れば、彼が単に古典的な一点透視図法のヴィジョンに追従しようとしているかのようにもみえる。
だが彼はそこから、抽象絵画へと向かう道を拓く。ヴィヨンは、ピラミッド型の構図が生み出す空間的な奥行きにおいて、色彩は「厚み」の中で戯れるような役割を果たすのだという。色彩が持つこの豊かさは、「諸々のアラベスク模様を提供する生命、それらを追い求める眼、そしてそれらを記録する手」に由来する様々なテーマを表現する中で、「開かれた窓」ではないような「タブローそのもの、オブジェそのもの」としての絵画を生み出す。
ジャック・ヴィヨン《空想(キメラ, chimere)に向かって》1962年(1947年の油彩画を版画化したもの)。リトグラフ。ギャラリーときの忘れもの
別の作品を見ながら、このことを確認してみよう。1947年の同題の油彩画をもとにリトグラフで制作された《空想(キメラ, chimere)に向かって》である。ここでは《劇場》とは逆に、まず眼に飛び込んでくるのは抽象的な色彩の配置である。その配置を秩序づけているのは、重ね合わせられた三角形が生み出す幾つものピラミッド構造だ。それはもはや空間的な奥行きを示すことなく、わたしたちの知覚を絵画平面の持つ物質性へと誘導する。だが三角形の向こうに見える小さな格子は何らかの建造物ないしは事物ではないのか、それを支える水平方向の線は地平線ないしはテーブルの淵ではないのか…そう意識した途端に、色の塊がイメージとなり、幾何学構造のいくつかが、一点透視図法として認識され得るようになる。ここで全く別の知覚が立ち上がるのである。異なる知覚を代わる代わる引き出すこの作品がテーマにしているのは、タイトルが示す通り、現実の絵画表面の抽象的表現と、「開かれた窓」の中で示される虚構の奥行きとの、幻想的な嵌合体(キメラ, chimere)なのである。
(まつい ひろみ)
■松井 裕美(まつい ひろみ)
著者紹介:1985年生まれ。パリ西大学ナンテール・ラ・デファンス校(パリ第10大学)博士課程修了。博士(美術史)。現在、東京大学大学院総合文化研究科准教授。専門は近現代美術史。単著に『キュビスム芸術史』(名古屋大学出版会、2019年)、共編著に『古典主義再考』(中央公論美術出版社、2020年)、編著に『Images de guerres au XXe siecle, du cubisme au surrealisme』(Les Editions du Net, 2017)、 翻訳に『現代アート入門』(名古屋大学出版会、2020年)など。
・松井裕美さんの連載エッセイ「線の詩情、色彩の調和――ジャック・ヴィヨンの生涯と芸術」は毎月25日の更新です。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
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TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
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