小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第59回

〇月〇日
大好きな芸術家のひとりニキ・ド・サンファルのフェアに合わせたパネル展示が始まった。

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ニキとの最初の出会いは、高校時代に住んでいた立川の、高島屋裏にあったベンチの作品。当時は「変なイス!」と友人と眺めていたが、その色彩のインパクトは、その後美術館に行くようになって、遠目から「あ!ニキだ!」とわかるほどのもの。見かけると画集を買っては店に並べていたのだが、それを「あ、ニキの画集置いてるんですね!」と言った常連のお客さまが、日本でのニキの「発見者」ヨーコこと増田静江のご家族の方。その後ヨーコの人生とニキとの出会いついて書かれた傑作評伝『ニキとヨーコ』を読み、そして二人の書簡集が作られたことを知ったタイミングでの今回の展示となりました。
ジェンダーや人種の観点から語られることも多いニキ。その、時に激しい熱気を浴びて、自分の身を焦がしながらも伴走していくヨーコ。前世でも来世でも繋がっているという二人のアーティストと理解者の往還がとても羨ましく感じる書簡集、評伝、そして展示です!(ご好評につき会期を延長して9月28日まで開催!)

〇月〇日
忙しすぎる、というわけではないが、最近読書が進まない。朝の1時間くらいを読書の時間に充てているが、ここ数ヶ月はノンフィクションやビジネス書(!)のようなものしか読んでいない。ビジネス書なんてまったく読んでこなかった人生だが、経営者の自伝や評伝、もしくは経営史みたいなものはけっこう読み物としても面白い。最近読んだのは『感染症と経営 戦前日本企業は「死の影」といかに向き合ったか』という本。今よりももっと死が身近にあった戦前の百貨店やメーカーの経営方針の変化を追いながら、現代のコロナ以後の経営を見通すというもの。「東洋の魔女」の誕生の当時の熱狂がなぜ巻き起こったのか、その裏側にあった「働くもの」たちのプライドが興味深かった。
というわけで一見「本、読んでるじゃん!」と思われそうだが、いまいち集中できないのは小説を読めていないから。小説って読むのに1番精神力を使う気がする。集中していない時や、体力がない時は、なかなか没頭できない。だから「小説ねぇ、むかしは読んでだけど」みたいなのって、気力体力の低下だったりする。
でも、まぁ、そういうこともある。なのでそういう時は、まったく違うジャンルの本を読むか、これまで読んだ物語を再読することにしている。そうすれば、また頭がスッキリする時期がやってきて、新しい本を読めるようになる。「本当の読書は再読である」というようなことを言った作家がいますが、「本当の読書は再読であるけど、いつだって新しい本を読みたい」というのが、本音かなぁ、と。
というわけでフィクションはもっぱら大好きなベルンハルトを読み直している。ここ数年ベルンハルトの翻訳が進んでいるので、本当は新しい作品も読みたいけどなぁ…。

〇月〇日
久しぶりにトークイベントに出させてもらった。
平井の本棚で開催された古本市のプレイベントとして、国分寺の早春書店さんと一緒に「町の本屋はインフラか?」という、この私たちには大きすぎるテーマについて1時間半ほどお話した。早春書店さんはコメカ名義で主に80年代以降のサブカルチャーについてたくさん書かれている批評家でもある。TVODというユニットでの著書もあり、どうしてコメカさんとわたしが?という感じだが、実はどちらも古本屋になる前には大手新刊書店で店長をやっていたという共通点がある。今後10年でおそらくさらに大きく様変わりしそうな(それは本読みにはあまりよくない方向へ)新刊書店の行く末と、自分達の商売についてざっくばらんに語り合った90分だった。
自分は新刊古書ともの「永遠の部外者」という思いが強い。もちろん古書店の皆さんの中には、本当に一緒にいて楽しい人たちも多くて、勝手に、かもしれないが自分が仲間だと思っている人も多い。でも、やっぱり新刊を扱うことへの未練はあるし(専門店としての新刊ではなく、あれもこれも売りたいという欲望)かといって古書店をやめて新刊書店をやるか?と聞かれたら「いや、それは結構です。」という気分になる。つまり新刊屋さんからは「お前は部外者だろ!」と思われているだろうし、古本屋さんからは「いつまでも新刊への憧れが断ち切れないやつ」と(一部では)思われているだろうな、と。むかしは古書店→新刊書店→出版社というのがステップアップと考えられていたらしいが(岩波がその典型なのだろう)ぼくはもっとフラットだ。この三者が同時に存在するのがこれからの出版業界(広い意味での)だと思うし、ひょっとしたらどれも存在できない未来が待っているかもしれない、とも思っている。なので、どんな業態でも、本を扱っていける環境を作るのは、とても大事なことなのだ、という思いを新たにしたイベントだった。

(おくに たかし)

●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」隔月、奇数月5日の更新です。次回は11月5日です。どうぞお楽しみに。

小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。