マンハッタンの対岸にてメカスを想う
一之瀬ちひろ
グリーンポイントはブルックリン北部の街。イーストリバーを挟んで、マンハッタンの対⾯に位置している。映像作家ジョナス・メカスの、晩年の作品『グリーンポイントからの手紙Letter from Greenpoint』を観てから、次にNYを訪れるときには必ずグリーンポイントに泊まろうと決めていた。ホテルに荷物を置いて周囲を歩いてみると、なんだかやたらと⽝の散歩をしている⼈が多い。川沿いを歩く遊歩道が、ちょっとした⽝の散歩コースになっているのだ。ベンチで飼い主たちが軽い会話を楽しんでいる。のんびりしていて気持ちのいいところだ。スーパーやケバブ屋やカフェ、コインランドリー、それからオフィスのような倉庫のような煉瓦造りの建物やらが雑然と道路の両側に⽴ち並んでいる。ここが、メカスが最晩年を過ごした、グリーンポイントという街。都市のはずれの空気が漂っている。
ジョナス・メカスは、1922年にリトアニアのセメニシュケイという小さな農村に生まれ、22歳のときにナチスドイツから逃れるため祖国を離れ、戦中戦後の数年をドイツの難民収容所で過ごした。27歳でNYに辿り着き、それから長年にわたってNYの実験映画運動、前衛芸術に深く関わり、自らの映像作品を数多く残してきた人物だ。
メカスの映像には、いちどはまりこむと、もうそれ以外のものではけっして味わうことができないと感じさせる恩恵がある。メカスの映像は視覚的に決してなめらかではなく、ごつごつとしていて、一見して優れた技術や美的な価値を備えていると評価されるような構図や描写をもっているわけではなく、どちらかといえば無造作で、そして他にはない親密さをもっている。もちろんこれは、メカスによって注意深く意図されたものなのだ。メカスの映像には、誰もが簡単に撮れるような気軽さがあり、でも誰も彼のようには撮れない。
1970年代にメカスの作品が日本に紹介されてから、日本の自主映像界隈ではメカスのような日記映画を撮る若者が続出し、誰も彼もが日記映画を撮っていた時期があったという。幸か不幸か、私はその時期を体験していない。私がメカスの映像をはじめて知ったのは2000年代に入ってからで、その頃メカスはすでにビデオ作品やインスタレーション作品を、発表しはじめていた。そして今年ユダヤ美術館で開催された「ジョナス・メカス:カメラはいつも動いていたJonas Mekas: The Camera Was Always Running」は、2000年代以降のメカス作品のあり方を反映させたものだった。
2022年4月にわたしがNYを訪れた理由は、この回顧展をみるためだった。アメリカの美術館がメカスを取り上げる初の回顧展だ。その展示内容は、展示会場に2メートル以上はあると思われる大きなマルチスクリーンを12台配置し、一本の作品を12分割して上映するというものだった。この上映方法は、映画作品の上映という点で考えるなら、いささか風変わりな試みと感じられるかもしれない。だけど、メカスが2000年代以降試みてきた映像インスタレーションを思い起こせば、マルチスクリーンによる上映は、むしろメカスの意志を引き継いだものなのだと理解できる。
それから、ニュー・ジャージーにあるモニア財団という美術施設で開催されたメカスの上映会にも参加した。モニア財団では、定期的にメカスの上映会が開催されているだけではなく、メカスのスタジオが、ご子息のセバスチャンさんの管理のもとで、可能な限り生前のメカスのロフトに近いかたちで再現され、公開されていた。セバスチャンさんの丁寧な説明を聞きながら、メカスの本棚の背表紙を眺めた。まるでメカスの作品のなかにいるようだな、と思った。
夜にホテルに戻ってから、ふたたび川沿いの遊歩道を歩きに行った。ここからはイーストリバーを挟んで、マンハッタンの夜景が完璧にきれいに見える。それから滞在中は、朝晩にこの遊歩道を歩くのが日課になった。メカスの上映会をいま東京で開催するなら、どのような方法がよいだろうとぼんやり考えたりしながら。
そんなわけで、2022年11月26日に駒場にて「ジョナス・メカス生誕100年上映会」を開催します。この上映会は、今年世界各地で開催されているメカス生誕100年の上映会や展示のひとつ(「Jonas Mekas 100! (http://jonasmekas100.com/)」という組織が、それらの情報をまとめています。)です。「ジョナス・メカス生誕100年上映会」では、メカスのフィルム作品を、16ミリフィルムの映写機を用いた単一スクリーンの上映、というかたちで観ていただきます。これはもちろん、メカス作品を鑑賞するための唯一絶対の方法ではないのだけれど、まずはこうやって彼の作品をじっくり味わっていただければと希望するものです。メカスは驚くほどに多作な作家で、作品の上映形式も、一般的な映画上映の範疇に収めることができない多彩さをもっています。今回の上映会が、そんなメカスの作品にこれからも出逢いつづけるための、ひとつのきっかけになれば嬉しいです。
(いちのせ ちひろ)


※クリックすると拡大できます。
【ジョナス・メカス生誕100周年記念上映会】
日時:2022年11月26日(土)
場所:東大駒場18号館ホール
主催:東大総合文化研究科表象文化論コース、映像学会アナログメディア研究会
プログラム 10:30-12:00 リトアニアへの旅の追憶 (87分)
休憩
13:00-14:30 西嶋憲生先生 講演「ジョナス・メカス、日記・映画・日本」
14:40-16:10 「いまだ失われざる楽園」、あるいはウーナ3歳の年 (90分)
16:20-17:00 ゼフィーロ・トルナ、あるいはジョージ・マチューナスの生活風景 (34分)
参加費無料、事前登録制、定員130名 、
■一之瀬ちひろ・写真家
主な個展「きみのせかいをつつむひかり(あるいは国家)について」(2019年、銀座ニコンサロン、大阪ニコンサロン)、「光のトレイス」(2016年、京都国際写真祭KYOTOGRAPHIE)など。グループ展「みえるもののむこう」(2019年、神奈川県立近代美術館葉山)など。作品集に『遠まわりする計画』(平和紙業)、『きみのせかいをつつむひかり(あるいは国家)について』(フリークス)、『STILL LIFE』(プレリブリ)など。2014年「KITSILANO」でJAPAN PHOTO AWARD受賞。東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程在籍、表象文化研究。現在はジョナス・メカスの映像作品について博士論文を執筆中。
◆「アンディ・ウォーホル展 史上最強!ウォーホルの元祖オタク栗山豊が蒐めたもの」
会期:2022年11月4日[金]~11月19日[土] ※日・月・祝日休廊

一之瀬ちひろ
グリーンポイントはブルックリン北部の街。イーストリバーを挟んで、マンハッタンの対⾯に位置している。映像作家ジョナス・メカスの、晩年の作品『グリーンポイントからの手紙Letter from Greenpoint』を観てから、次にNYを訪れるときには必ずグリーンポイントに泊まろうと決めていた。ホテルに荷物を置いて周囲を歩いてみると、なんだかやたらと⽝の散歩をしている⼈が多い。川沿いを歩く遊歩道が、ちょっとした⽝の散歩コースになっているのだ。ベンチで飼い主たちが軽い会話を楽しんでいる。のんびりしていて気持ちのいいところだ。スーパーやケバブ屋やカフェ、コインランドリー、それからオフィスのような倉庫のような煉瓦造りの建物やらが雑然と道路の両側に⽴ち並んでいる。ここが、メカスが最晩年を過ごした、グリーンポイントという街。都市のはずれの空気が漂っている。
ジョナス・メカスは、1922年にリトアニアのセメニシュケイという小さな農村に生まれ、22歳のときにナチスドイツから逃れるため祖国を離れ、戦中戦後の数年をドイツの難民収容所で過ごした。27歳でNYに辿り着き、それから長年にわたってNYの実験映画運動、前衛芸術に深く関わり、自らの映像作品を数多く残してきた人物だ。
メカスの映像には、いちどはまりこむと、もうそれ以外のものではけっして味わうことができないと感じさせる恩恵がある。メカスの映像は視覚的に決してなめらかではなく、ごつごつとしていて、一見して優れた技術や美的な価値を備えていると評価されるような構図や描写をもっているわけではなく、どちらかといえば無造作で、そして他にはない親密さをもっている。もちろんこれは、メカスによって注意深く意図されたものなのだ。メカスの映像には、誰もが簡単に撮れるような気軽さがあり、でも誰も彼のようには撮れない。
1970年代にメカスの作品が日本に紹介されてから、日本の自主映像界隈ではメカスのような日記映画を撮る若者が続出し、誰も彼もが日記映画を撮っていた時期があったという。幸か不幸か、私はその時期を体験していない。私がメカスの映像をはじめて知ったのは2000年代に入ってからで、その頃メカスはすでにビデオ作品やインスタレーション作品を、発表しはじめていた。そして今年ユダヤ美術館で開催された「ジョナス・メカス:カメラはいつも動いていたJonas Mekas: The Camera Was Always Running」は、2000年代以降のメカス作品のあり方を反映させたものだった。
2022年4月にわたしがNYを訪れた理由は、この回顧展をみるためだった。アメリカの美術館がメカスを取り上げる初の回顧展だ。その展示内容は、展示会場に2メートル以上はあると思われる大きなマルチスクリーンを12台配置し、一本の作品を12分割して上映するというものだった。この上映方法は、映画作品の上映という点で考えるなら、いささか風変わりな試みと感じられるかもしれない。だけど、メカスが2000年代以降試みてきた映像インスタレーションを思い起こせば、マルチスクリーンによる上映は、むしろメカスの意志を引き継いだものなのだと理解できる。
それから、ニュー・ジャージーにあるモニア財団という美術施設で開催されたメカスの上映会にも参加した。モニア財団では、定期的にメカスの上映会が開催されているだけではなく、メカスのスタジオが、ご子息のセバスチャンさんの管理のもとで、可能な限り生前のメカスのロフトに近いかたちで再現され、公開されていた。セバスチャンさんの丁寧な説明を聞きながら、メカスの本棚の背表紙を眺めた。まるでメカスの作品のなかにいるようだな、と思った。
夜にホテルに戻ってから、ふたたび川沿いの遊歩道を歩きに行った。ここからはイーストリバーを挟んで、マンハッタンの夜景が完璧にきれいに見える。それから滞在中は、朝晩にこの遊歩道を歩くのが日課になった。メカスの上映会をいま東京で開催するなら、どのような方法がよいだろうとぼんやり考えたりしながら。
そんなわけで、2022年11月26日に駒場にて「ジョナス・メカス生誕100年上映会」を開催します。この上映会は、今年世界各地で開催されているメカス生誕100年の上映会や展示のひとつ(「Jonas Mekas 100! (http://jonasmekas100.com/)」という組織が、それらの情報をまとめています。)です。「ジョナス・メカス生誕100年上映会」では、メカスのフィルム作品を、16ミリフィルムの映写機を用いた単一スクリーンの上映、というかたちで観ていただきます。これはもちろん、メカス作品を鑑賞するための唯一絶対の方法ではないのだけれど、まずはこうやって彼の作品をじっくり味わっていただければと希望するものです。メカスは驚くほどに多作な作家で、作品の上映形式も、一般的な映画上映の範疇に収めることができない多彩さをもっています。今回の上映会が、そんなメカスの作品にこれからも出逢いつづけるための、ひとつのきっかけになれば嬉しいです。
(いちのせ ちひろ)


※クリックすると拡大できます。
【ジョナス・メカス生誕100周年記念上映会】
日時:2022年11月26日(土)
場所:東大駒場18号館ホール
主催:東大総合文化研究科表象文化論コース、映像学会アナログメディア研究会
プログラム 10:30-12:00 リトアニアへの旅の追憶 (87分)
休憩
13:00-14:30 西嶋憲生先生 講演「ジョナス・メカス、日記・映画・日本」
14:40-16:10 「いまだ失われざる楽園」、あるいはウーナ3歳の年 (90分)
16:20-17:00 ゼフィーロ・トルナ、あるいはジョージ・マチューナスの生活風景 (34分)
参加費無料、事前登録制、定員130名 、
■一之瀬ちひろ・写真家
主な個展「きみのせかいをつつむひかり(あるいは国家)について」(2019年、銀座ニコンサロン、大阪ニコンサロン)、「光のトレイス」(2016年、京都国際写真祭KYOTOGRAPHIE)など。グループ展「みえるもののむこう」(2019年、神奈川県立近代美術館葉山)など。作品集に『遠まわりする計画』(平和紙業)、『きみのせかいをつつむひかり(あるいは国家)について』(フリークス)、『STILL LIFE』(プレリブリ)など。2014年「KITSILANO」でJAPAN PHOTO AWARD受賞。東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程在籍、表象文化研究。現在はジョナス・メカスの映像作品について博士論文を執筆中。
◆「アンディ・ウォーホル展 史上最強!ウォーホルの元祖オタク栗山豊が蒐めたもの」
会期:2022年11月4日[金]~11月19日[土] ※日・月・祝日休廊

コメント