大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第118回
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画面の中央に小さな男の子が立っている。
ようやく歩きはじめたくらいの歳格好だ。
つかむものがあって安心したように、
縦長のポールを両手で握っている。
彼の横には母親らしき、ずんぐりむっくりした体形の女性がいる。
顔は反対をむいて見えないが、彼女の手もまたポールに伸びている。
ポールの下には円形の台座があり、
上部にはランプシェードに似たものがついているが、
これはいったいなにのための道具なのか。
電気スタンドだろうか。
それにしてはコードが見あたらない。
男の子の右側にはお父さんらしき男性が立っていて、
足下を見つめている。
チャック付きのかばんがひとつ、地面に敷かれた平たい板の上に、
持ち手をこちらに向けて置かれているのだ。
板には貼り紙がされていて、
そこに説明のようなものが書かれているらしい。
男はそれを読んでいるのだ。
相当な長身で、腰の位置が女性の胸の高さを軽く超えていて、
その高い腰をほぼ九〇度に折って見入っているさまが、
彼の真剣さを強調している。
バッグは売り物だろうか。
路上にこうして晒しているのだから、
それ以外の理由は考えられない。
不要なものを並べて売るガラクタ市、いまのフリマのようなものだろうか。
そういう場所での買い物は狩りに似て、ひとつ買うと弾みがついてあらゆるものが気になってくる。
男はまずスタンドを見つけ、それからバッグが目に入り、足が動かなくなったのだ。
女性のほうはバッグには無関心で、ほかの出来事に気をとられている様子だ。
それでも手はポールをしっかり握っている。
そうしないとだれかに持っていかれてしまうと警戒しているようでもある。
よく見ると女性のお腹が膨らんでいる。
出産を間近に控えているのだ。
間もなくこの男の子にきょうだいができる。
新しいメンバーが増えるという高揚感に、彼の財布のヒモは緩んでいるのだが、
彼女はほうは現実的なことを考えているのである。
おとな二人は気づいていないカメラの存在を男の子はわかっている。
口を半ばあけて、なにか言いたげにこちらを見つめている。
彼の意識は画面のなかではなくて写真に見入っている私たちに向けられている。
まるそこで起きている出来事を報告したがっているような表情だ。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
牛腸茂雄
「日々 11」
1967-68年
【牛腸茂雄(1946年-1983年)プロフィール】
1946年11月2日、新潟県南蒲原郡加茂町(現・加茂市)で金物屋を営む家に次男として生まれる。3歳で胸椎カリエスを患いほぼ1年間を寝たきりで送る。10代から数々の美術展、ポスター展などに入選。1965年、新潟県立三条実業高等学校を卒業後、桑沢デザイン研究所リビングデザイン科入学、その後、リビングデザイン研究科写真専攻に進む。1968年、同校卒業。デザインの仕事と並行して写真を撮り続ける。1977年、『SELF AND OTHERS』(白亜館)を自費出版。1978年、本写真集と展覧会により日本写真協会賞新人賞受賞。 1983年、体調不良のため実家に戻り静養を続けるが、6月2日、心不全のため死去。享年36歳。2004年には回顧展「牛腸茂雄 1946-1983」(新潟市立美術館、山形美術館、三鷹市民ギャラリー)が開催され、2000年には佐藤真監督によるドキュメンタリー映画「SELF AND OTHERS」が製作され大きな反響を呼ぶ。2022年に『牛腸茂雄全集 作品編』が赤々舎より刊行され(「資料編」は2023年11月刊行予定)、
NHK Eテレ 日曜美術館「友よ 写真よ 写真家 牛腸茂雄との日々」 の放送、「写真展 はじめての、牛腸茂雄。」 ほぼ日曜日(渋谷PARCO8階)が開催されるなど、新しい鑑賞者や読者を呼び続けている。
●写真集について

『牛腸茂雄全集 作品編』
監修:三浦和人
執筆:冨山由紀子
装丁:須山悠里
発行:赤々舎
発売日:2022 11
本体価格:8000円(+税)
仕様:H245mm × W255mm|248 ページ
ISBN:978-4-86541-157-7
http://www.akaaka.com/publishing/bk-shigeogocho.html
・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は4月1日掲載です。お楽しみに。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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画面の中央に小さな男の子が立っている。
ようやく歩きはじめたくらいの歳格好だ。
つかむものがあって安心したように、
縦長のポールを両手で握っている。
彼の横には母親らしき、ずんぐりむっくりした体形の女性がいる。
顔は反対をむいて見えないが、彼女の手もまたポールに伸びている。
ポールの下には円形の台座があり、
上部にはランプシェードに似たものがついているが、
これはいったいなにのための道具なのか。
電気スタンドだろうか。
それにしてはコードが見あたらない。
男の子の右側にはお父さんらしき男性が立っていて、
足下を見つめている。
チャック付きのかばんがひとつ、地面に敷かれた平たい板の上に、
持ち手をこちらに向けて置かれているのだ。
板には貼り紙がされていて、
そこに説明のようなものが書かれているらしい。
男はそれを読んでいるのだ。
相当な長身で、腰の位置が女性の胸の高さを軽く超えていて、
その高い腰をほぼ九〇度に折って見入っているさまが、
彼の真剣さを強調している。
バッグは売り物だろうか。
路上にこうして晒しているのだから、
それ以外の理由は考えられない。
不要なものを並べて売るガラクタ市、いまのフリマのようなものだろうか。
そういう場所での買い物は狩りに似て、ひとつ買うと弾みがついてあらゆるものが気になってくる。
男はまずスタンドを見つけ、それからバッグが目に入り、足が動かなくなったのだ。
女性のほうはバッグには無関心で、ほかの出来事に気をとられている様子だ。
それでも手はポールをしっかり握っている。
そうしないとだれかに持っていかれてしまうと警戒しているようでもある。
よく見ると女性のお腹が膨らんでいる。
出産を間近に控えているのだ。
間もなくこの男の子にきょうだいができる。
新しいメンバーが増えるという高揚感に、彼の財布のヒモは緩んでいるのだが、
彼女はほうは現実的なことを考えているのである。
おとな二人は気づいていないカメラの存在を男の子はわかっている。
口を半ばあけて、なにか言いたげにこちらを見つめている。
彼の意識は画面のなかではなくて写真に見入っている私たちに向けられている。
まるそこで起きている出来事を報告したがっているような表情だ。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
牛腸茂雄
「日々 11」
1967-68年
【牛腸茂雄(1946年-1983年)プロフィール】
1946年11月2日、新潟県南蒲原郡加茂町(現・加茂市)で金物屋を営む家に次男として生まれる。3歳で胸椎カリエスを患いほぼ1年間を寝たきりで送る。10代から数々の美術展、ポスター展などに入選。1965年、新潟県立三条実業高等学校を卒業後、桑沢デザイン研究所リビングデザイン科入学、その後、リビングデザイン研究科写真専攻に進む。1968年、同校卒業。デザインの仕事と並行して写真を撮り続ける。1977年、『SELF AND OTHERS』(白亜館)を自費出版。1978年、本写真集と展覧会により日本写真協会賞新人賞受賞。 1983年、体調不良のため実家に戻り静養を続けるが、6月2日、心不全のため死去。享年36歳。2004年には回顧展「牛腸茂雄 1946-1983」(新潟市立美術館、山形美術館、三鷹市民ギャラリー)が開催され、2000年には佐藤真監督によるドキュメンタリー映画「SELF AND OTHERS」が製作され大きな反響を呼ぶ。2022年に『牛腸茂雄全集 作品編』が赤々舎より刊行され(「資料編」は2023年11月刊行予定)、
NHK Eテレ 日曜美術館「友よ 写真よ 写真家 牛腸茂雄との日々」 の放送、「写真展 はじめての、牛腸茂雄。」 ほぼ日曜日(渋谷PARCO8階)が開催されるなど、新しい鑑賞者や読者を呼び続けている。
●写真集について

『牛腸茂雄全集 作品編』
監修:三浦和人
執筆:冨山由紀子
装丁:須山悠里
発行:赤々舎
発売日:2022 11
本体価格:8000円(+税)
仕様:H245mm × W255mm|248 ページ
ISBN:978-4-86541-157-7
http://www.akaaka.com/publishing/bk-shigeogocho.html
・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は4月1日掲載です。お楽しみに。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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