佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第73回

全体と部分を考えることから、遠いものと小さいものを考えることへの移行


1(2017年に日本からシャンティニケタンへ送った家具。これは今もシャンティニケタンのニランジャンの家にある。 Photo: comuramai)

実は今年の春頃に、インドのベンガルへの渡航を予定している。ある出版企画として、いわゆる取材旅行なのであるが、本質的にはべつにインドへ行く必要も実は無かったりもする。

インドを前回訪れたのはおおよそ3年前、2020年2月ごろ。直前に東京・隅田の「喫茶野ざらし」の工事が終わって、飛行機に駆け込んだのを憶えている。インド滞在中にちょうど、日本でもCOVID-19の感染が広まり始め、なにやら世界が殺気を帯びてきた時期だった。インド帰国後、念のために数日間ほど都内のホテルに泊まって自主隔離をした記憶もある。

ベンガルのシャンティニケタンにはもう何回行っているだろうか。おそらく10回ほどは日本との間を往復している。けれども、3年も関わりが無くなってしまっていると、今度の再訪がなんだか少し緊張している。

飛行機に乗り、コルカタの空港に降り立ち、空港前の広場の屋台でパンと卵と玉ねぎを混ぜて焼いた何かを食べ、中心市街地の喧騒の中を突っ切るバスに乗ってハウラー駅に行き、道端のチャイ屋で素焼きのカップに入れられたチャイを飲み、快適なシャンティニケタンエクスプレスに乗って、豪快に開け放たれた電車の窓からベンガルのだだっ広い農村の景色と風を感じながら、シャンティニケタンの最寄りの駅ボルプールへ到着、人とリキシャでごった返す広場ですこし端っこに佇んで休んでいそうなリキシャに声をかけてシャンティニケタンへ向かい、ニランジャンの家へと行く。

いざ現地のことを思い出そうとして、こんなふうに順を追って出来事を書いてみると、だんだんとその記憶が蘇ってくる。緻密でありながらも断片であった記憶の数々が、何らかの連続する道筋に乗って隊列をなしてくる。今度の旅の目的は、おそらくは、こうした列状に連なる断片群のその総体とはいったい何なのか、を考えることだ。あるいはそんな総体があったとして、その中で列をなす微細な出来事たちがどのように繋がっていくのかを考えることでもある。ややこしい言い方をするが、今回は目的地であるインドのシャンティニケタンに明らかな旅の目的があるわけではない。けれども何かしらのものを得られるだろうという直感がある。直感があるから旅に出かけよう、インドに行ってみようという行動に移る。

自分にとってのシャンティニケタンへの旅は、上に書いたような行程がやはり頭のどこかにはあって、まるでその行程をおさらいしていくかのように進む旅である。「ああこの人は去年もいたな」とか「この道は前に通った時にも花が咲いていたな」とか。だがもちろん以前の風景や出来事とは違っていることの方が多いので、新たな景色に出会う度に頭の中で描いていたシャンティニケタンへの旅という総体は部分的に上書きされていく。そうして新たな旅の風景が立ち現れる。

遠い場所へ、何度も、けれどもいくらかの時間を置いて訪れる、というのはそういうことなのかもしれない。訪れる度に新鮮で、けれども懐かしい。故郷、家郷という場所ももしかしたらそれと同じなのかもしれない。けれども自分にとってのシャンティニケタンへの旅が家郷への帰省とは大きく違うのは、シャンティニケタンはどう転んでも自分の家郷とは本来的にならないことだ。なのでいつも、シャンティニケタンには行く、訪れる。帰る、のではない。自分から進んで動かなければそこへ行くことはない。なのでシャンティニケタンに行くことは、いつも必ず旅、なのである。シャンティニケタンは私にとってはやはりいつも、遠い場所なのだ。そして、その遠い場所へ何度も旅することが、何か必然めいたこととして今の私の中にはある。

(さとう けんご)

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2022年3月ときの忘れもので二回目となる個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を開催。

・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

佐藤研吾作品のご紹介
佐藤研吾 日本からシャンティニケタンへ送る家具1佐藤研吾 SATO Kengo
《日本からシャンティニケタンへ送る家具1》
2017年
木、柿渋、アクリル
H110cm
Photo by comuramai
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●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
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