大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第120回

大竹昭子のエッセイ 第120回_resized

一瞬、帽子の男性が年若い男たちにすごまれているのかと思った。
彼の位置が低く、上から見下ろされているので余計にそう感じる。

三人の雰囲気が対照的なのも、そう思わせる理由かもしれない。
帽子の男は端正な顔立ちできちっとしているが、
立っている三人は腕組みしたり、ポケットに両手を突っ込んだりとだらしがない。

四人目の男は椅子に座っていて、帽子の男性とむきあっている。
その距離がいやに近いのが気になる。
横向きで表情はわからないが、彼もまたどっかり座っている様子が横柄な印象だ。

帽子の端正な男は手に画板のようなものを持っている。
よく見れば、コートの袖に腕カバーのようなものもはめている。
そこでようやく合点がいく。
帽子の男性は街の似顔絵描きなのだ。
客が来たら、椅子に座らせ、その場で鉛筆を動かしてさっと描く。
距離が近いのは、熱心に観察するうちに前のめりになったからではないか?
そう思って改めて眺めると、迫っているのは似顔絵描きのほうで、
モデルの彼はその迫力にたじろいでいるようにも見えてくる。

画面右手には看板が出ていて、いちばん下に文字が読める。
数字の一部が雨傘に隠れて見えないが、
「白黒 一〇〇〇円 カラー 一三〇〇円」と書いてあるようだ。
「御約束金」という文字もあって、たぶん金額は二〇〇円。
きっと、描いたあとに「似てないぞ」などといちゃもんを付けて、
払わずに去ってしまう冷やかし客がいるのだろう。
その防止策としての「御約束金」。
それにしても二〇〇円とは安すぎる。

立っている三人は放心状態で描かれていく絵を見つめている。
一瞬で出来上がる写真とちがい、絵の場合は鉛筆の動きによって顔が似てきたり、
似てこなかったりするから、目が離せない。
思わず息を詰めて集中してしまうのだ。

立っている三人はモデルの男の仲間かと思っていたが、もしかしたらちがうかもしれない。
三人三様の格好をしている。
サングラスの男は膝のところが膨らんだニッカポッカを穿いていて、足元は地下足袋だ。
そのとなりは長髪にジーンズで学生風。
左の男はダスターコートに革靴で服装はモデルの男に近いが、年齢は彼より若い。
彼の上司が描いてもらおうと言い出し、待たされているところとも考えられる。
眉を寄せて心配そうな表情だ。

似顔絵描きが「仕上がりました!」と立ち上がったとき、
真っ先に感想を言うのはサングラスの男だという気がする。
「そっくりだ」と感心するか、はたまた「男前に描きすぎだ」と文句を言うか。
よく響く声のコメントにまわりもうなずく。

背後の壁には映画のポスターがずらりと並んでいる。
サングラスの男の腕のすぐ横辺りに見える「男の腕だめし」という文字。
彼の迫力はこの文言によって強調されているような気がする。

大竹昭子(おおたけ あきこ)

作品情報
書籍『Weekend』所収作品

■山崎 茂 略歴
1951年 神奈川県横浜市生まれ

写真展
2013年「下町の紳士淑女たち」ニコンサロンbis 新宿
2014年「Bench & Chair」コニカミノルタプラザ
2014年「駅 & 駅周辺~昭和50年代」ニコンサロンbis 新宿
2015年「Bench & Chair II」コニカミノルタプラザ
2017年「あの夏の日」オリンパスギャラー 東京
2017年「ウイークエンド─東京 1974–77」ニコンサロンbis 新宿
2018年「ハイ・ポーズ」アイデムフォトギャラリー「シリウス」
2022年「東京1974」Place M

写真集
2018年『下町の紳士淑女たち』Place M
2019年『THE STATION 1974–77』Place M
2022年『浅草1974』 Place M

写真集について
書影大
山崎茂写真集 『Weekend』
撮影年は1974年~77年、そして2015年~20年の2部構成。古い年代の写真は、懐かしくもまるで別の国のように活気があり、最近の写真でも個性あふれる市井の人々が写真家の目に捉えられている。(蒼穹舎ウェブサイトより)

4,000円+税
2023年4月4日
350部 B5変型 上製本
モノクロ120ページ 作品111点
編集:大田通貴
装幀:加藤勝也

*画廊亭主敬白
大竹昭子先生の連載エッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」が遂に120回を迎えました。
数あるブログ連載の中で最長記録を更新中です。
第1回は2013年02月01日|村越としやさんの「福島2012」でした。
連載開始当初は、紹介作品をすべてコレクションして行くつもりだったのですが、途中で作家との交渉がうまくいかないことがあったりで敢え無く頓挫。続いていれば今頃120点の大コレクションができたのに(涙)。しかし、大竹先生の素晴らしい選球眼とその写真の魅力にずばりと切り込む短文は人気で、不動のアクセス上位を保っています。
10年間、ひたすら現役写真家の作品を見続けてきた大竹先生の持続力には感服するばかりです。
連載は途中から、隔月・偶数月1日に変更し、今日にいたります。次回は8月1日掲載です。
一層のご愛読をお願いします。

大竹昭子の新刊『姓がおなじ人 極私的大竹伸朗論』(カタリココ文庫11号)が発売中です
大竹昭子「姓がおなじ人」書影トークと朗読イベント<カタリココ>から生まれた書籍レーベル「カタリココ文庫」の第2期初号として『姓がおなじ人 極私的大竹伸朗論』が刊行されました。
画家・大竹伸朗について大竹昭子が文章を書き下ろした同作。東京国立近代美術館でおこなわれた「大竹伸朗展」についてや、本人どうしの「オフトーク」の様子が収録されています。

発行日 2023年5月3日
著者  大竹昭子
判型 文庫版(w105×h148mm)、並製、カバー無し
表紙 NTラシャ 130kg
頁数 80ページ  
定価 1100円(税込価格)
発行所 カタリココ文庫
編集協力 綾女欣伸 大林えり子(ポポタム) 大西香織
装幀 横山 雄
装画 大竹伸朗+大竹彩子
図版 大竹伸朗