太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」第20回

若き未来派愛好家に聞く――新福麗音さんインタビュー(2)

太田岳人


前回の記事では、マリネッティを中心とする未来派の文学作品の翻訳・製本【図1】を独自に行っている、新福麗音さんへのインタビューの前半を掲載した。今回はその後半部分にあたり、未来派から日本近代文学への影響、マリネッティの詩的言語の特徴への見解、自ら本を手掛けることへの想いといった、より深い部分に迫る内容になっているので、続けてお読みいただきたい。前回同様、インタビュー内容のまとめ、および注や図版についての責任はすべて筆者に属する。

図1 新福さんによるマリネッティの翻訳 
図1 新福さんによるマリネッティの翻訳

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――未来派を知るために、おすすめできる書籍類を挙げてください。

マリネッティやヴァランティーヌ・ド・サン=ポワンの作品を、稲垣足穂が2・3行だけ訳しているものに触れながら、日本語で読める古い未来派文学の翻訳がないか探していたころ、戦前の段階で『バルドリア王』(Re Baldoria、1910年発表)の翻訳があったことに驚きました。『世界戯曲全集』の近代イタリアの巻に、ピランデッロの他の戯曲と合わせて入っていたりするんですよ。昭和4年という時期なのに、かなりコアだと思います【注1】。

セゾン美術館展のカタログや、キャロライン・ティズダルの『未来派』【注2】などの定番はあえて外すとして、日本文学と未来派という観点から考えると、まず茂田真理子さんの『タルホ/未来派』でしょうか。足穂だけじゃなくて、未来派の文章の日仏対訳、イタリア未来派の日本における受容など、文学に関することがわかりやすいです。マリネッティとの同時代性を感じられる日本の詩は、「日本未来派宣言運動」(1920年)を自ら発した、平戸廉吉の詩集です。『平戸廉吉詩集』は、装丁が神原泰なのもいいですが、ダイナミックなトピックがたくさんあります。岡本潤は処女詩集で「ザング・トゥム・トゥム」のフレーズを連呼していますし、萩原恭次郎の『死刑宣告』にも平戸と同じような精神があります【図2】。復刻版なら手ごろなので、古本屋で探してください(笑)。

図2 新福さんの未来派コレクション(日本)
図2 新福さんの未来派コレクション(日本)

イタリア語を読めない人にとっても、アルデンゴ・ソッフィチの『BIF§ZF+18』(1915年)のような視覚的な詩集は、眺めるだけで楽しいと思います。あと、『Poesie a Beny』は、「ベニー」ことベネデッタ・カッパへのマリネッティの詩を集めたものですが、普段の過激な調子はどこへやらという感じの、奥さんへのラブレターですね。フランス語対訳のある版で読んでいますが、マリネッティの人間らしい部分が見られます【図3】。

図3 新福さんの未来派コレクション(海外)
図3 新福さんの未来派コレクション(海外)

――あなたはマリネッティの初期の詩作や宣言文のみならず、19世紀末から20世紀初頭にかけての同時代の詩人の翻訳を手掛けています。これらの同時代人と比べて、マリネッティの詩語に感じられる特徴はどのようなものでしょうか。

同世代で活躍していた人を見ると、アンリ・ド=レニエやジャリ、またプルーストやジッドがいるなど、フランス文学の黄金期ですよね。そこに一時期マリネッティも加わっていて、彼が処女詩集『星の征服』を出したのは1902年でした。僕がこれまで訳してきたのは1908年くらいまで、つまり未来派の直前までの作品がメインです。その辺りのマリネッティのスタイルについて言いますと、当時の詩人たちと一線を画していたと思うのは、すでに色々な人に言われているかもしれませんが、やはり寓意の多用でしょう。事物の描写において、言葉をどんどん重ねていくことで、大海の波のうねりのような響きを生み出すんです。「創立宣言」の中でも、「忌まわしい殻のような思慮分別から抜け出し、誇りというスパイスを利かせた果物のように、巨大でねじれた風の口の中に飛び込もう」なんてフレーズがありますよね。もはやグロテスクというか、胃もたれがしてきませんか(笑)。

「光」とか「熱」に関する、あるいはそれらを想起させる語彙の多さも、後の未来派に通じるところがあると感じます。また、名詞や形容詞の区別などもあいまいにして、シンタックス自体を壊していく。もともとフランス語の詩には、アレクサンドランのような伝統的な型があって、そこから象徴主義から発生した自由詩が飛躍しようとします。マリネッティもこの動きによったところが大きいですが、一方でボードレールやランボーがモチーフにしていた「星」や「月」などについては、徹底的に撃ち落とそうとするんですよね。

ただ、仮想敵を撃ち落とすエネルギー源を、未来派以前のマリネッティは「海」に見ていたようです。モチーフとしてだけではなく、さっき波のうねりのような文章と言いましたが、うねりそのもので武装しているような感じでしょうか。エジプト、フランス、イタリアと移動しながら地中海を見ていたであろう、若き日のマリネッティにとっての「海」に僕は注目しながら読んでいます。未来派が成立すると、彼のエネルギー源は「機械」や「電気」となり、1908年には空を飛ぶ自動車が「A mon Pégase」という詩の中に登場します。

――あなたはご自身の訳詩集の装丁を自ら手掛けていますが、自らの作品を一つ一つ製本する、ブックデザインすることについてお聞かせください。

マリネッティを翻訳することを前提にしつつ、最初は習作的に、フランシス・ピカビアの薄い翻訳詩集を2020年6月につくりました。その上で、マリネッティの詩集『肉体都市』(La ville charnelle)の訳本を、2021年1月に完成させました。ここからは立て続けに『星の征服』の全訳や、それまでの訳詩を抜粋した『マリネッティ詩集』、さらには「未来派宣言」単体や詩集『血塗木乃伊』(La momie sanglante)も形にしています。2022年に入ってからは、5月に詩集『破壊』も訳出しました。どの本も、部数はだいたい30部から50部くらいです。使う素材については、この表紙には金箔を貼ってみようかとか、試行錯誤をいつもしています。印刷を中身だけ刷ってもらうか、表紙は自分で折ったり張ったりするかなども、毎回考えます。

ニッチな世界なので、尖ったことはいくらでもできるっていう魂胆です。ただ、自分の創作ではないので、マリネッティの意に反さない範囲内でそうしたいと考えています。『破壊』では、アルミニウム箔を表紙に使ったくらいじゃという方がいたので、今度のマリネッティの翻訳本の表紙はブリキ板にしたいです(笑)。製本については知識も何もなく、何もわからない状態からスタートしたんですよ。だから、最初のころの本にはノンブルすらないです。でも、出版社が絶対にやらないことをやろうとだけは、かねてから思っていました。未来派の金属を使った本【図4】とともに、稲垣足穂や横光利一らの特装本なども意識しています。横光も未来派の影響を受けている一人なんですよ。

図4 デペロ『未来派デペロ(通称「ボルトの本」)
図4 デペロ『未来派デペロ(通称「ボルトの本」)

――あなたにとって、現代における未来派の意義とはどのようなものでしょうか。

難しい質問ですが……未来派って、笑える部分と笑えない部分がそれぞれものすごく多いと思うんです。どちらにも魅力はあるんですが、未来派と聞いて、『トムとジェリー』の走る脚を思い浮かべる人もいれば、ムッソリーニの顔を思い浮かべる人もいます。昔も、今も、これからも、生活のあらゆる最先端の部分に未来派は溶け込んでいるものだけど、その中の棘みたいなものをどう使うか。僕はそれを、自分の内側に向けていたいです。返り血を浴びたくないなというのもあるんですけどね。要するに、黙々と純粋に創作物に向き合っていく原動力、さらには加速装置として、未来派はこれからも僕の中で在り続けると思います。

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新福さんの存在を知った時、自分より若い世代の方が、独立した立場で未来派を調べているという事実をまず嬉しく思ったのだが、実際にお話をうかがってみるとその造詣の深さは予想以上で、インタビューの最中も驚かされることがたびたびであった。前回の冒頭に書いたように、本インタビューは3月に行われたが、新福さんはその後まもなく、未来派の詩人を含むアンソロジー『EUNOS vol. 2』(神保麗さんとの共訳)を新しく公開した。興味のある方は、「ヤフオク!」の個人ページを通じて入手されたい。現在は、マリネッティの未来派初期における小説『法王の単葉機』(Le monoplan du pape、初版1912年)が公刊間近であり、いずれご本人のツィッターのアドレスでも報告がなされるであろう。新福さんの活動に、さらなる注目が集まることを願っている。

【掲載図版】
図1:新福さんの手による、マリネッティの文芸作品の翻訳本。『叙事詩 星の征服』(La conquête des Étoiles/2021年6月)、『未来派宣言』(2021年11月)、『マリネッティ詩集 1894-1908』(2021年12月)、『破壊』(Destruction/2022年5月)、および詞華集『EUNOS vol. 1』(神保麗さんとの共訳/2022年8月)。発行の名義はいずれも「薔流薇書院」。
※ 筆者所蔵。

図2:新福さんにお持ちいただいた、未来派に関する日本の書籍の一部。茂田真理子『タルホ/未来派』(河出書房新社、1997年)、川路柳虹(他編)『平戸廉吉詩集』(1981年の復刻版/原著1931年)、萩原恭次郎『死刑宣告』(1979年の復刻版/原著1924年)。
※ 筆者による撮影。

図3:新福さんにお持ちいただいた、未来派文芸の書籍の一部。Ardengo Soffici, BIF§ZF+18: simultaneità e chimismi lirici, Firenze: Edizione della Voce, 1915 (reprint ver., 1986); Filippo Tommaso Marinetti (introduzione di Giusi Baldissone), Poesie a Beny: parole d'amore in libertà, Diana edizioni, 2018.
※ 筆者による撮影。

図4:デペロ(1892-1960)『未来派デペロ(通称「ボルトの本」)Depero futurista (Libro imbullonato)』、1927年(紙とアルミニウム製ボルト、24.4×32.2㎝、トレント・ロヴェレート近現代美術館)。
※ 『未来派 1909-1944』(東京新聞、1992年)より。

【注】
注1:岩崎純孝(他訳)『伊太利現代劇集』(「世界戯曲全集」第38巻・伊太利篇第2、世界戯曲全集刊行会、1929年)。収録されたマリネッティの『バルドリア王』の翻訳は、佐藤雪夫(1901-1931)の手による。

注2:『未来派 1909-1944』(東京新聞、1992年)、キャロライン・ティズダル、アンジェロ・ボッツォーラ『未来派』(松田嘉子訳、Parco出版、1992年)。

おおた たけと

・太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」は隔月・偶数月の12日に掲載します。次回は2023年8月12日の予定です。

■太田岳人
1979年、愛知県生まれ。2013年、千葉大学大学院社会文化科学研究科修了。日本学術振興会特別研究員を経て、今年度は千葉大学・東京医科歯科大学・東京工業大学で非常勤講師の予定。専門は未来派を中心とするイタリア近現代美術史。
E-mail: punchingcat@hotmail.com

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