王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥第28回」
アーティゾン美術館「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォービズム、キュビズムから現代へ」展を訪れて
アーティゾン美術館(東京)で2023年6月23日から8月20日まで開催中の「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォービズム、キュビズムから現代へ」展では、石橋財団アーティゾン美術館のコレクションを中心に、抽象絵画をテーマに、その源泉から1960年代までの作品と、現代(80年代後半以降)の作品が展示されている。アーティゾン美術館の4階から6階までの3フロア全ての展示室を使い、フランスを中心としたヨーロッパ美術と戦後アメリカ美術の流れが5セクション、日本の近代美術の流れが5セクション、更に現代の動向である2セクションを加え、計12のセクションから構成されている。特に最終章Section12「現代の作家たち」の展示作品の多くが現時点では作家蔵であるにも関わらず、展覧会を歴史的な視点のSection10までとはせずに、同時代美術の抽象表現を美術史の延長として示すことで、結果として、石橋正二郎と石橋幹一郎が築き石橋財団アーティゾン美術館が一貫して継続してきた収集活動によるコレクションの厚みが示されただけでなく、2020年以降の所蔵品を活用する企画展の傾向と、これからの収集活動への意気込みが一層強調されて見えた。

タイトルウォール デザインはSTORKによる

Section9 村上三郎《作品》(1961)、元永定正《無題》(1965)いずれも新収蔵作品

Section9 展示風景
Section 4「日本における抽象絵画の萌芽と展開」の展示室は、紺色の壁紙が貼られ、主に戦前日本の前衛美術作品が紹介されている。この章は、前章Section3のに対応していると考えられ、フランスに続いてヨーロッパ各地で同時多発的に前衛美術運動が生まれていた1900年代から1920年代、日本では、今日「大正期新興美術運動」と呼ばれる前衛的な芸術運動が起こっていた。同室で展示された村山知義《サディスティッシュな空間》(1922-23、京都国立近代美術館蔵)は、五十殿利治著『大正期新興美術運動の研究』(スカイドア、1998年)の冒頭の図版として採用された象徴的な作品の一つであるが、展示作品10点のうち、4点が古賀春江であることは石橋財団が久留米市出身の洋画家を収集してきたコレクションの個性からなのだろう。
古賀春江は、1895年に久留米市に生まれ、中学を退学して上京、太平洋画会研究所に入り、半年後に日本水彩画会研究所にも入り、以後、水彩、油彩、詩で表現活動をおこなった。1917年(22歳)から二科展を中心に活躍、1922年~24年にアクションに参加、1929年に《海》、1930年に《窓外の化粧》を発表。一方で、1914~21年に親友の自殺、自身の水難、複数の病気、女児の死産を経験、1925年以降は病気、転居と神経衰弱を繰り返し、1933年38歳で他界した。生涯を通じ、多様な潮流を受容し、複数のスタイルに挑戦したことが指摘されている。Section4に展示された古賀春江の4作品は、アーティゾン美術館が所蔵する50点以上のコレクション(*1)から選出された作品となっている。《無題》(1921年頃)は、一体的な絵画を刻んで再構成したような、あるいは曼荼羅のような、正方形のキャンバスに描かれた油彩画、《窓外風景》(1925年頃)は、家の形を成す色面(開口部の極めて少ない家々)が密集して重なり、望遠レンズを通して傾斜のある街を眺めているような水彩画、《円筒形の画像》(1926年頃)は前述の《窓外風景》との関連性のある、図形と色面で埋められた水彩画、《窓外風景》(1927年)は、暗い家の中にいる人と、光・樹木・水源の豊かな外にいる人たちが対比的に描かれた空想の図で、前述の作品よりも筆の線が強調された水彩画である。これらからは、過渡期の古賀春江がキュビズムや未来派に続き、パウル・クレー作品をも吸収し同時代の情報に刺激を受けながら、スケッチと空想をいったりきたりして、色、かたちについての様々な構想に挑戦し、変容していったことが読み取れる。何より水彩は油彩と比較して実験に適していたのだと思う。
ブリヂストン美術館・石橋美術館の館報34号(1985年)(*2)に掲載された学芸員・杉本秀子氏による研究報告「古賀春江資料紹介 デッサン・スケッチブック・ノート」によると、古賀春江のスケッチブックは35冊存在し、上京間もない頃から他界する直前までの30冊が石橋財団・アーティゾン美術館に、5冊が東京国立近代美術館に所蔵されている。なお、東京国立近代美術館所蔵の5冊については、文化庁と国立情報学研究所が共同してつくった「文化遺産データベース」(*3)と2023年春から試験公開中の「国立美術館サーチ」(*4)上で内容が閲覧ができ、スケッチ、構想、模写が記されている。

Section4 展示風景
*1:アーティゾン美術館コレクションページ(https://www.artizon.museum/collection/)
*2:石橋財団アーティゾン美術館 リポジトリ(https://ifatz.repo.nii.ac.jp/)
*3:文化遺産データベース(https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/)
*4:国立美術館サーチ(https://crosssearch.artmuseums.go.jp/)
ここまで、筆者の偏ったものの見方からSection4について取り上げたが、展覧会のSection1~3と、抽象表現を考える上で避けては通れないMoMA(ニューヨーク近代美術館)の「キュビズムと抽象芸術」展(1936年)について、メモをしておきたい。
「ABSTRACTION」展では、Section1「抽象芸術の源泉」として、セザンヌ、ゴーガン、ゴッホらが取り上げられ、次いでSection2「フォーヴィズムとキュビスム」、Section3「抽象絵画の覚醒:オルフィスム、未来派、青騎士、バウハウス、デ・ステイル、アプストラクシオン=クレアシオン」というように19世紀末から20世紀戦間期までにフランスはじめヨーロッパで起こった美術運動を挙げている。
1929年11月7日から12月7日、MoMA(当時はマンハッタンの五番街に位置した)は初めての展覧会として、セザンヌ、ゴーガン、スーラ、ゴッホらポスト印象派の展覧会(*5)で幕を開いた。建築分野では、展示室にホワイトキューブを導入したことでも知られている。開館7年目、初代ディレクターであったアルフレッド・バー・ジュニア(1902~81)は、1936年3月2日から4月19日に「キュビズムと抽象芸術」展(*6)を開催し、1890年代から1930年代における美術史の系譜図を示した。非常に大まかに言うと、19世紀末から20世紀序盤に起こったヨーロッパ各地の同時多発的な芸術運動(デ・ステイルやバウハウスなど建築も関わる運動も含む)が抽象に向かう系譜を描いた。当時の作品リストによると、絵画と彫刻をはじめ、写真、建築、家具、グラフィック、映像など380点以上展示された。また、図録にあるキュレーターの評論によると、抽象表現の第一の原点となる傾向にセザンヌとスーラを挙げ、第二の原点となる傾向にゴーガンとその界隈を挙げている。ゴーガンの後にマティスのフォビズムからカンディンスキーの戦前の抽象表現までが続くとし、展覧会には、マティス、ミロ、ピカソ、レジェ、コルビュジエ、パウル・クレー、モンドリアン、カンディンスキーらが並んだ。つまり、ニューヨークMoMAのコレクションの起点は、フランスのセザンヌ、ゴーガン、スーラ、ゴッホであり、美術家や建築家のヨーロッパからの亡命などにより先進国の芸術の中心がアメリカに移った時代に、それらを抽象芸術の始点であると歴史に位置付けた。そして、今でもこのことが抽象芸術の歴史を検証する際の下敷きになっているということのようで、「ABSTRACTION」展でも近しい作家の選出になっている。
現代、何を「抽象」と呼ぶのか明確な定義は難しいが、仮に19世紀以前のアカデミックな美術に対抗する近代の美術と、視覚的に具象ではない現代美術を「抽象」とするならば、アーティゾン美術館のコレクションは自ずと「抽象」に導かれていたと言うことができるのかもしれない。1952年にブリヂストン美術館(東京)を設立した石橋正二郎(1889~1976)は、1930年から久留米出身の青木繁、坂本繁二郎をはじめとする日本の近代洋画の収集を開始し、それらとフランスの印象派をコレクションの核とした。続いて、石橋幹一郎(1920~1997)は、戦後の抽象絵画を対象のひとつとして収集し、現在の圧倒的なコレクションが築かれていったのだから。
*5:MoMA「Cezanne, Gausuin, Seurat, van Gogh」展、1929年
(https://www.moma.org/calendar/exhibitions/1767)
*6:MoMA「Cubism and Abstract Art」展、1936年
(https://www.moma.org/calendar/exhibitions/2748)
「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」
会期:2023年6月3日[土] - 8月20日[日]
主催:公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館
(おう せいび)
●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」。次回は2023年10月18日更新の予定です。
■王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ、京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。WHAT MUSEUM 学芸員を経て、国立近現代建築資料館 研究補佐員。
主な企画展に「あまねくひらかれる時代の非パブリック」(2019)、「Nomadic Rhapsody-"超移動社会がもたらす新たな変容"-」(2018)、「UNBUILT:Lost or Suspended」(2018)など。
アーティゾン美術館「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォービズム、キュビズムから現代へ」展を訪れて
アーティゾン美術館(東京)で2023年6月23日から8月20日まで開催中の「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォービズム、キュビズムから現代へ」展では、石橋財団アーティゾン美術館のコレクションを中心に、抽象絵画をテーマに、その源泉から1960年代までの作品と、現代(80年代後半以降)の作品が展示されている。アーティゾン美術館の4階から6階までの3フロア全ての展示室を使い、フランスを中心としたヨーロッパ美術と戦後アメリカ美術の流れが5セクション、日本の近代美術の流れが5セクション、更に現代の動向である2セクションを加え、計12のセクションから構成されている。特に最終章Section12「現代の作家たち」の展示作品の多くが現時点では作家蔵であるにも関わらず、展覧会を歴史的な視点のSection10までとはせずに、同時代美術の抽象表現を美術史の延長として示すことで、結果として、石橋正二郎と石橋幹一郎が築き石橋財団アーティゾン美術館が一貫して継続してきた収集活動によるコレクションの厚みが示されただけでなく、2020年以降の所蔵品を活用する企画展の傾向と、これからの収集活動への意気込みが一層強調されて見えた。

タイトルウォール デザインはSTORKによる

Section9 村上三郎《作品》(1961)、元永定正《無題》(1965)いずれも新収蔵作品

Section9 展示風景
Section 4「日本における抽象絵画の萌芽と展開」の展示室は、紺色の壁紙が貼られ、主に戦前日本の前衛美術作品が紹介されている。この章は、前章Section3のに対応していると考えられ、フランスに続いてヨーロッパ各地で同時多発的に前衛美術運動が生まれていた1900年代から1920年代、日本では、今日「大正期新興美術運動」と呼ばれる前衛的な芸術運動が起こっていた。同室で展示された村山知義《サディスティッシュな空間》(1922-23、京都国立近代美術館蔵)は、五十殿利治著『大正期新興美術運動の研究』(スカイドア、1998年)の冒頭の図版として採用された象徴的な作品の一つであるが、展示作品10点のうち、4点が古賀春江であることは石橋財団が久留米市出身の洋画家を収集してきたコレクションの個性からなのだろう。
古賀春江は、1895年に久留米市に生まれ、中学を退学して上京、太平洋画会研究所に入り、半年後に日本水彩画会研究所にも入り、以後、水彩、油彩、詩で表現活動をおこなった。1917年(22歳)から二科展を中心に活躍、1922年~24年にアクションに参加、1929年に《海》、1930年に《窓外の化粧》を発表。一方で、1914~21年に親友の自殺、自身の水難、複数の病気、女児の死産を経験、1925年以降は病気、転居と神経衰弱を繰り返し、1933年38歳で他界した。生涯を通じ、多様な潮流を受容し、複数のスタイルに挑戦したことが指摘されている。Section4に展示された古賀春江の4作品は、アーティゾン美術館が所蔵する50点以上のコレクション(*1)から選出された作品となっている。《無題》(1921年頃)は、一体的な絵画を刻んで再構成したような、あるいは曼荼羅のような、正方形のキャンバスに描かれた油彩画、《窓外風景》(1925年頃)は、家の形を成す色面(開口部の極めて少ない家々)が密集して重なり、望遠レンズを通して傾斜のある街を眺めているような水彩画、《円筒形の画像》(1926年頃)は前述の《窓外風景》との関連性のある、図形と色面で埋められた水彩画、《窓外風景》(1927年)は、暗い家の中にいる人と、光・樹木・水源の豊かな外にいる人たちが対比的に描かれた空想の図で、前述の作品よりも筆の線が強調された水彩画である。これらからは、過渡期の古賀春江がキュビズムや未来派に続き、パウル・クレー作品をも吸収し同時代の情報に刺激を受けながら、スケッチと空想をいったりきたりして、色、かたちについての様々な構想に挑戦し、変容していったことが読み取れる。何より水彩は油彩と比較して実験に適していたのだと思う。
ブリヂストン美術館・石橋美術館の館報34号(1985年)(*2)に掲載された学芸員・杉本秀子氏による研究報告「古賀春江資料紹介 デッサン・スケッチブック・ノート」によると、古賀春江のスケッチブックは35冊存在し、上京間もない頃から他界する直前までの30冊が石橋財団・アーティゾン美術館に、5冊が東京国立近代美術館に所蔵されている。なお、東京国立近代美術館所蔵の5冊については、文化庁と国立情報学研究所が共同してつくった「文化遺産データベース」(*3)と2023年春から試験公開中の「国立美術館サーチ」(*4)上で内容が閲覧ができ、スケッチ、構想、模写が記されている。

Section4 展示風景
*1:アーティゾン美術館コレクションページ(https://www.artizon.museum/collection/)
*2:石橋財団アーティゾン美術館 リポジトリ(https://ifatz.repo.nii.ac.jp/)
*3:文化遺産データベース(https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/)
*4:国立美術館サーチ(https://crosssearch.artmuseums.go.jp/)
ここまで、筆者の偏ったものの見方からSection4について取り上げたが、展覧会のSection1~3と、抽象表現を考える上で避けては通れないMoMA(ニューヨーク近代美術館)の「キュビズムと抽象芸術」展(1936年)について、メモをしておきたい。
「ABSTRACTION」展では、Section1「抽象芸術の源泉」として、セザンヌ、ゴーガン、ゴッホらが取り上げられ、次いでSection2「フォーヴィズムとキュビスム」、Section3「抽象絵画の覚醒:オルフィスム、未来派、青騎士、バウハウス、デ・ステイル、アプストラクシオン=クレアシオン」というように19世紀末から20世紀戦間期までにフランスはじめヨーロッパで起こった美術運動を挙げている。
1929年11月7日から12月7日、MoMA(当時はマンハッタンの五番街に位置した)は初めての展覧会として、セザンヌ、ゴーガン、スーラ、ゴッホらポスト印象派の展覧会(*5)で幕を開いた。建築分野では、展示室にホワイトキューブを導入したことでも知られている。開館7年目、初代ディレクターであったアルフレッド・バー・ジュニア(1902~81)は、1936年3月2日から4月19日に「キュビズムと抽象芸術」展(*6)を開催し、1890年代から1930年代における美術史の系譜図を示した。非常に大まかに言うと、19世紀末から20世紀序盤に起こったヨーロッパ各地の同時多発的な芸術運動(デ・ステイルやバウハウスなど建築も関わる運動も含む)が抽象に向かう系譜を描いた。当時の作品リストによると、絵画と彫刻をはじめ、写真、建築、家具、グラフィック、映像など380点以上展示された。また、図録にあるキュレーターの評論によると、抽象表現の第一の原点となる傾向にセザンヌとスーラを挙げ、第二の原点となる傾向にゴーガンとその界隈を挙げている。ゴーガンの後にマティスのフォビズムからカンディンスキーの戦前の抽象表現までが続くとし、展覧会には、マティス、ミロ、ピカソ、レジェ、コルビュジエ、パウル・クレー、モンドリアン、カンディンスキーらが並んだ。つまり、ニューヨークMoMAのコレクションの起点は、フランスのセザンヌ、ゴーガン、スーラ、ゴッホであり、美術家や建築家のヨーロッパからの亡命などにより先進国の芸術の中心がアメリカに移った時代に、それらを抽象芸術の始点であると歴史に位置付けた。そして、今でもこのことが抽象芸術の歴史を検証する際の下敷きになっているということのようで、「ABSTRACTION」展でも近しい作家の選出になっている。
現代、何を「抽象」と呼ぶのか明確な定義は難しいが、仮に19世紀以前のアカデミックな美術に対抗する近代の美術と、視覚的に具象ではない現代美術を「抽象」とするならば、アーティゾン美術館のコレクションは自ずと「抽象」に導かれていたと言うことができるのかもしれない。1952年にブリヂストン美術館(東京)を設立した石橋正二郎(1889~1976)は、1930年から久留米出身の青木繁、坂本繁二郎をはじめとする日本の近代洋画の収集を開始し、それらとフランスの印象派をコレクションの核とした。続いて、石橋幹一郎(1920~1997)は、戦後の抽象絵画を対象のひとつとして収集し、現在の圧倒的なコレクションが築かれていったのだから。
*5:MoMA「Cezanne, Gausuin, Seurat, van Gogh」展、1929年
(https://www.moma.org/calendar/exhibitions/1767)
*6:MoMA「Cubism and Abstract Art」展、1936年
(https://www.moma.org/calendar/exhibitions/2748)
「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」
会期:2023年6月3日[土] - 8月20日[日]
主催:公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館
(おう せいび)
●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」。次回は2023年10月18日更新の予定です。
■王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ、京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。WHAT MUSEUM 学芸員を経て、国立近現代建築資料館 研究補佐員。
主な企画展に「あまねくひらかれる時代の非パブリック」(2019)、「Nomadic Rhapsody-"超移動社会がもたらす新たな変容"-」(2018)、「UNBUILT:Lost or Suspended」(2018)など。
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