小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第65回
〇月〇日
ハードカバー版からずっと長く販売しているチョ・セヒ 斎藤真理子訳『こびとが打ち上げた小さなボール』が河出文庫になった。

文庫=安価という時代ではないが、それでもポータブルさからこの作品が手に取りやすくなったのは喜ばしい。韓国の軍政権の時代に発表され、長らく読み続けられてきた本書のような作品は、なんといっても読んでもらう人が多くなければ意味がない。小説の特徴は、大多数にとっては無意味でも、たった1人に「刺されば」それは価値があるという点にあると思う。村上春樹が言ったように「自己療養へのささやかな試み」ですら意味がある。しかし、ぼくにとってこの「小人」は、それでは意味がないのだ。その対極にある作品と言っても言い過ぎではない。
物語の舞台は開発が進むソウル。大規模な都市開発により住んでいた土地を、そこに立つマンションへの入居権と引き換えに接収される。しかしその入居権すら売らなければならない貧困者を相手に、入居権の買取で悪どい利益を上げる業者。そのような冒頭のエピソードからもわかるように、これは持てるものと持たざるものの対立をえぐる作品だ。
しかし同時に、持てるものも一様ではない。そこまで描いているからこそ、本書にはほかの小説に見られないような強さがある。喜劇にはなりようがないテーマではあるが、希望が全くないかといえば、かすかだが、それすらも内包している小説なので、人のこころを長い時間打ち続けているのだろう。
「この小説が読まれなくなることを願う」という作者の言葉とは裏腹に、常に現代的なテーマであり続けてしまっている小説が、ここにはある。
〇月〇日
Twitterに「ちょっと昔の日本の景色bot」というアカウントがあり、時々気づくと30分くらい見ていることがあり、もう少しいい時間の使い方があるだろうと反省する。
が、このbot、80年代とか2000年代の本当に何気ない風景を載せているので、けっこう発見がある。
小さい頃住んでいた当時の札幌のすすきの界隈の風景とか、自分は見ていなくても、「あーこの頃のこの看板をうちの父親は見ていたんだなぁ」とか思うと、ついつい隅々まで拡大してしまう。
おそらくスマホが主流になった2000年代後半からは、すさまじい数の、このような写真があるだろう。でも同時にデータは簡単に大量に消去もされる。アーカイブの機能を、こういう「どうでもいい」写真でも求めてしまうのは、古本屋の性だろうか。
〇月〇日
夏休み。
八月の暑さが凄まじいだけに、売上もかなり悪く、こういうときは、完全に休んでどっか行こう!と切り替えた。少し長めのお盆休みをいただき、家族で郡山へ。
郡山といえば、ときの忘れものさんのブログの読者ならお馴染みの佐藤研吾さんのいる大玉村も近い。せっかくなので「ころがろう書店」を初訪問。


いいお店でした。
絵本や文庫や料理書などの何気ない一冊から、近代文学や古書店のいう「黒っぽい」本まで。広くはない店内に熱量高く並んでいた。
帰ったらいっぱいやることあるなぁ、と気持ちを新たにしました。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は隔月、奇数月5日の更新です。次回は11月5日です。どうぞお楽しみに。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●本日のお勧め作品は難波田龍起です。

難波田龍起 Tatsuoki NAMBATA
《作品》
1961年
色紙に水彩、パステル、鉛筆
イメージサイズ:24.5×21.0cm
シートサイズ:27.0×24.0cm
サインあり
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。

建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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〇月〇日
ハードカバー版からずっと長く販売しているチョ・セヒ 斎藤真理子訳『こびとが打ち上げた小さなボール』が河出文庫になった。

文庫=安価という時代ではないが、それでもポータブルさからこの作品が手に取りやすくなったのは喜ばしい。韓国の軍政権の時代に発表され、長らく読み続けられてきた本書のような作品は、なんといっても読んでもらう人が多くなければ意味がない。小説の特徴は、大多数にとっては無意味でも、たった1人に「刺されば」それは価値があるという点にあると思う。村上春樹が言ったように「自己療養へのささやかな試み」ですら意味がある。しかし、ぼくにとってこの「小人」は、それでは意味がないのだ。その対極にある作品と言っても言い過ぎではない。
物語の舞台は開発が進むソウル。大規模な都市開発により住んでいた土地を、そこに立つマンションへの入居権と引き換えに接収される。しかしその入居権すら売らなければならない貧困者を相手に、入居権の買取で悪どい利益を上げる業者。そのような冒頭のエピソードからもわかるように、これは持てるものと持たざるものの対立をえぐる作品だ。
しかし同時に、持てるものも一様ではない。そこまで描いているからこそ、本書にはほかの小説に見られないような強さがある。喜劇にはなりようがないテーマではあるが、希望が全くないかといえば、かすかだが、それすらも内包している小説なので、人のこころを長い時間打ち続けているのだろう。
「この小説が読まれなくなることを願う」という作者の言葉とは裏腹に、常に現代的なテーマであり続けてしまっている小説が、ここにはある。
〇月〇日
Twitterに「ちょっと昔の日本の景色bot」というアカウントがあり、時々気づくと30分くらい見ていることがあり、もう少しいい時間の使い方があるだろうと反省する。
が、このbot、80年代とか2000年代の本当に何気ない風景を載せているので、けっこう発見がある。
小さい頃住んでいた当時の札幌のすすきの界隈の風景とか、自分は見ていなくても、「あーこの頃のこの看板をうちの父親は見ていたんだなぁ」とか思うと、ついつい隅々まで拡大してしまう。
おそらくスマホが主流になった2000年代後半からは、すさまじい数の、このような写真があるだろう。でも同時にデータは簡単に大量に消去もされる。アーカイブの機能を、こういう「どうでもいい」写真でも求めてしまうのは、古本屋の性だろうか。
〇月〇日
夏休み。
八月の暑さが凄まじいだけに、売上もかなり悪く、こういうときは、完全に休んでどっか行こう!と切り替えた。少し長めのお盆休みをいただき、家族で郡山へ。
郡山といえば、ときの忘れものさんのブログの読者ならお馴染みの佐藤研吾さんのいる大玉村も近い。せっかくなので「ころがろう書店」を初訪問。


いいお店でした。
絵本や文庫や料理書などの何気ない一冊から、近代文学や古書店のいう「黒っぽい」本まで。広くはない店内に熱量高く並んでいた。
帰ったらいっぱいやることあるなぁ、と気持ちを新たにしました。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は隔月、奇数月5日の更新です。次回は11月5日です。どうぞお楽しみに。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
●本日のお勧め作品は難波田龍起です。

難波田龍起 Tatsuoki NAMBATA
《作品》
1961年
色紙に水彩、パステル、鉛筆
イメージサイズ:24.5×21.0cm
シートサイズ:27.0×24.0cm
サインあり
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。

建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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