酒井実通男のエッセイ「西脇順三郎をめぐる私のコレクション」第1回

はじめに

Art Gallery「ときの忘れもの」のファンの皆様初めまして。この度ブログを書かせていただきます酒井実通男 ( さかいみちお ) と申します。今は新潟県長岡市に在住していますが、15年前までは東京でサラリーマンをしていました。学生生活を除いては東京での生活は23年にもなりました。この間に私は、知らず知らずのうちに絵画の魅力と言いますか、魔力に取り付かれてしまっていたのでした。
私は学生時代から絵が好きで、だけど大変貧乏でありましたから図書館から借りた画集や書店に並んでいる海外からの新刊の画集を楽しんでいましたが、友人 ( 同い年で親戚でもあって慶応の文学に通っていた彼から“シュルレアリスム”という言葉を教えてもらいました ) の蔵書から今まで見たこともなかった画集を見せてもらっては野生の眼を開かせていたのでした。

大学卒業後は一旦長岡の会社に就職しましたが、横浜の支店に配属されてからは休日に画廊に行くことを覚えまして、まだ東京の画廊に行くことを知りませんでしたから横浜市内の画廊に頻繁に行くようになっていて、もうサラリーももらっていたので若干のお金がありましたから、絵が欲しくなりました。同じ画廊に遊びに行くうちに、そこでの知り合いもできて、知り合った人も私と同じようなサラリーマンで、誘われて彼の家に遊びに行くと、あるんですねー、コレクションが所狭しと飾ってありました。彼のとこは夫婦で絵が好きで、月に一回程度ホームパーティーをしていて、私もよくお邪魔するようになりました。彼らは今どうされているのか、もう、今は昔のことになりました。
この横浜時代で知り合ったのがスナックオーナーのママさんで、このママの義兄が絵画コレクターで、東京で会社をやっているから行って見ないかと、そう言うから興味本位で、その会社に行きました。そこでたくさんの名画を見せて頂くことが出来て、感激したのを昨日のことのように思い出しています。

結局、私は長岡の会社を早々に辞めてこの東京の会社に再就職しました。だから東京生活が長くなったのでした。そしてこのことが、後のち私をして絵にはまってしまったことになりました。それが良かったのかそうでなかったのか分かりませんが、二つを生きようがないので、今ある運命を受け入れるしかありませんのです。
そうこうしていると、ある晴れた日、母から電話で「父ちゃんが倒れたよ」と涙声が届きました。いよいよ来たか、と思いました。それで、東京生活を引き上げて帰ったのでしたが、その年にはもうそのまま父は逝きました。
ここに至って生まれ故郷の長岡に帰ってからすでに15年が過ぎました。

東京時代に買い集めていたコレクションを掛け変えて眺めるのが、最近の私の楽しみの一つであります。絵に向かい合っていますと青春の日々が彷彿として、その時々に関わった人たちの表情までも思い出されてきます。時代をさかのぼって生きることはできませんが、そうは言っても思い出すことで豊かな時間が獲得でき、絵を観る喜びが一層になっています。
もう古希になりましたから、忘れていることがほとんどで、思い出せることも少なくなっていますが、絵を見る時間がある限り元気であるのです。時にはお金を無駄に使ったことを後悔することも多々ありますが、しかし今では私を造形してくれたかつての環境に感謝しています。

後日の当画廊でのコレクション展に向けてこのブログを書かせていただきますが、書く内容が重複したり前後したりと、取りとめがないものになると思います。そこのところは何卒大目に見ていただきのであります。取りとめなく集まった絵についてしゃべることは、私にとって我が胸の内を「コンフェッション」することと同義語になります。しかし私はこのコンフェッションが得意ではありません。隠して語らずの部分もあると思いますので、語らずの部分を見過ごしていただければその分、作品が語りだそうというものです。と、他力本願で期待しているのです。

老舗の画廊であります「ときの忘れもの」に飾るに相応しいコレクションであるかどうか疑わしいものがありますが、しかしそれは作品自体の責任ではなくてのことで、一サラリーマンの分相応のところでのコレクションなのでして、ただ好きで集まったものに過ぎないのです。これらの作品が私に、働く喜びと慰めとをもたらし、乾燥的ルーティンな生活に湿潤と幸福感を与えてくれました。単に好きなままに集まった作品を語るなどは、第3者にとっては誠に迷惑千万な話に過ぎないと思います。しかしながら、小さな隙間から他人の生活を覗くという「覗き見」趣味は誰にも少なからずあるものでしょうから、私の問わず語りを、願わくば何食わぬ顔で微笑していただきたいと思っています。本当に私的な楽しみや喜びだけで集まった作品たちですので、よろしくお願いします。
今でも不思議に思うのですが、何故こんなにも絵が好きなってしまったのか、後先も顧みずに、何故大切なお金をたった一枚の紙やキャンバスにつぎ込んでしまったのだろう、と思うことしばし。しかしこれも、運命としての人生のめぐり逢いだったのです!

私、酒井のブログは6回の連載になります。私のコレクションには特に一貫性はありませんが、主には詩人で英文学者の西脇順三郎(1894-1982 新潟県小千谷市出身)の作品の紹介になります。その他の作品も少しは紹介したいと思っています。

この第一回目のタイトルを「はじめに」とし、第二回目以下のタイトルを仮に次のように付けておきたいと思います。

 第二回目 「西脇絵画との出会い」
 第三回目 「西脇没後20年展」
 第四回目 「西脇没後30年展」
 第五回目 「西脇没後40年展」
 第六回目 「絵画と日々の暮らし」

これをもって、まずは第一回目と致します。

1
自宅に飾られた西脇作品

2
散歩時間 (家の周りを毎日です)

3
午後の珈琲時間 (こんな田舎暮らしです)

酒井実通男(さかいみちお)
昭和27年(1952)12月、新潟県長岡市生まれ。中央大学理工学部卒。
エンジニアとしてサラリーマン生活を続ける傍ら、2004年7月東京目黒にて、絵画と本と椅子のギャラリー“gallery artbookchair”を開店(金・土・日のみ)。2008年6月故郷・長岡市にUターンする。現在は、集めた本の整理とフラヌールの日々。長岡市栃堀在住。

・酒井実通男のエッセイ「西脇順三郎をめぐる私のコレクション」(全6回)は毎月23日の更新です。次回は10月23日掲載となります。

*画廊亭主敬白 
「文は人なり」と言われますが、長いセンテンス、癖のある独特の言い回し、酒井さんから頂いた原稿を一読し、さすがだなあと思いました。
酒井さんは今までこのブログに幾度も登場している知る人ぞ知る<椅子と西脇順三郎>のコレクターです。
2013年5月2日ブログ/本と絵と素敵な椅子のある暮し
2013年5月21日ブログ/たまには温泉でひとやすみ~長岡、咲花、新潟
2013年11月11日ブログ/長岡のgallery artbookchair が閉店
2015年2月2日ブログ/酒井実通男のエッセイ「現代美術と磯崎建築~北陸の冬を楽しむツアー」に参加して
2015年7月31日ブログ/長岡で gallery artbookchair のコレクション展
2016年9月9日ブログ/新潟の過疎の村にお座敷画廊
高原文庫20230430 軽井沢42023年4月 軽井沢高原文庫の前庭にある磯崎新先生デザインの立原道造詩碑の前で。左から酒井さん、亭主、料治幸子さん

今までもこのブログではマン・レイの石原輝雄さん、瀧口修造の土渕信彦さんと清家克久さん、恩地孝四郎の荒井由泰さん、駒井哲郎の斉藤実さん、イリナ・イオネスコの井村治樹さん、クリストの柳正彦さん、などなど錚々たるコレクターのエッセイを連載してきましたが、今回あらたに西脇順三郎の酒井実通男さんが加わることになりました。
どうぞご愛読ください。

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
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営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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