大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第122回

停泊している船のまわりで子どもたちが水遊びをしている。
深さは大したことはない。
子どもの腰までもないくらいで、水溜まりと呼んだほうがふさわしい。
子どもの頭数はざっと数えて21名。
パンツを履いている子もいれば、素っ裸の子もいて、
周囲には金魚鉢にいれるホテイアオイに似た水草が密生している。
水草の群れは船の反対側にも広がっており、
見渡す限り緑一色になっているかもしれない。
その水草の群生に生じたわずかな隙間で、子どもたちは水浴しているのだ。
彼らのぴちぴちした体つきや機敏な動きは、
もじゃもじゃと生えている水草の表情とつながる。
どちらも気を抜くとたちまち増えてしまう増殖のエネルギーに満ち、
人間であるとか植物であるとかの種の区分を超えて、
生命そのものを目の当たりにしているような感覚に浸らせる。
そのエネルギーの坩堝のなかに、大型船が停っている。
どうしてこの場所にいるのだろう。
方向をまちがえて浅瀬に進入してきたのだろうか。
それとも、停泊したときは充分な水嵩があったのに、
一夜明けたら潮が引いていたのだろうか。
昨夜とはまったくちがう風景に取り囲まれ、
しかも綱で結わえられて身動きがとれない。
まるで小人の国に連れ去れたガリバーのようだ。
船上には5人の人影が見える。
みんな事態に気づいててんやわんやだ。
腰布を巻いた男二人は煙突にあがり、その下では三人が手を延べてなにかの作業中だ。
この浅瀬からいかに脱出するかを、口角泡を飛ばして議論しているようにも見える。
子どもたちはそれには全く無関心だ。
第一、彼らのいるところから船の上部は見えない。
そこに人が乗っていることもわからない。
充分に背丈が伸びていない彼らの視界にあるのは、
仲間の顔と繁茂する水草だけである。
濁った水に浸りながら、彼らは水草と一体になっていく。
体の輪郭が溶けて、自分が水草なのか、水草が自分なのかもはやわからず、水草にしても同様だ。
彼らは濁った水に浮かぶ同志であり、
鉄の塊である船とはまったく別種の存在であるという直感が、確信へと変わっていく。
その密な連帯感に船は困惑させられる。
闖入者の恥じらいが高まり、ますます身動きがとれなくなっていく。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
吉田亮人『The Screw』収録作品 アザーカット
●写真集について
吉田亮人『The Screw』

「灼熱の炎、立ち昇る黒煙、煤けた顔を流れる玉の汗、響き渡る男たちの怒声と重油の匂い。 2012年にバングラデシュという国を初めて訪れて以来、幾度も足を運んでは撮影してきたのが 船の「スクリュー」を作る人々だった。 彼らが働いていたのは洞窟のように真っ暗で小さな工房。
そこで大人も子どもも一丸となってマグマのようにドロドロに溶けた真っ赤な液体を、砂鉄まじりの真っ黒な地面に流し込み、冷たくて硬い金属を作り出していた。それはまるで創生神話のような世界のようだった。
静と動、軟と堅、光と影、再生と破壊。
対局にある2つの物事をぐるぐると行ったり来たりしながら、労働者の凄まじい労力を燃料にして生み出されるスクリュー。
この小さな工房に渦巻く途方もないエネルギーに何度も何度も吸い寄せられては、食い入るように彼らを見つめた。」(Three Booksウェブサイトより)
2023年発行、Three Books、判型:297mm×420mm、ページ数:96、写真枚数:50枚
言語:日本語 / 英語、写真:吉田亮人、小説:いしいしんじ、装丁:矢萩多聞
編集:吉田亮人、英語翻訳:ラウリ・キツニック
印刷:丸上プランニング
▼関連展示
「The Screw」
場所:blackbird books(大阪)
日時:11月1日(水)~12日(日)
10:00~19:00 月曜定休
トークイベント:11月12日(日)18:30~
https://blackbirdbooks.jp
●作家プロフィール
吉田亮人(よしだあきひと)
1980年宮崎県生まれ。京都市在住。滋賀大学教育学部卒業後、タイで日本語教師として1年間勤務。帰国後小学校教員として6年間勤務し退職。2010年より写真家として活動開始。広告や雑誌などを中心に活動しながら、個人的な出来事から出発した作品を多数制作。その作品は国内外で展覧会が開催されるとともに、多くの出版物が刊行されている。 2023年に写真集出版社「Three Books」を設立し共同代表を務める。
http://www.akihito-yoshida.com/
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は12月1日掲載です。
◆「大竹昭子『迷走写真館へようこそ』刊行記念展 写真を見るとはどんなこと?」
2023年9月29日(金)~10月7日(土) 11:00-19:00 *日・月・祝日は休廊
【緊急告知】
10月3日(火)18時より20分程度の短い時間ですが、大竹昭子さんによるギャラリートークを開催します。 予約は不要、参加費も無料です。
皆様のご参加をお待ちしております。

2013年2月から連載をスタートした大竹昭子のエッセイ〝迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす〟(現在121回)は、活躍している写真家の作品一点を取り上げ、そこから感じとれることを綴っていく大人気ブログです。この度、その連載エッセイが赤々舎より書籍化の運びとなり、刊行を記念して、ときの忘れもの(駒込)とiwao gallery(蔵前)の2会場で記念展を開催し、書籍を先行発売いたします。ときの忘れもので展示する13作家の詳細は9月20日ブログに掲載しました。
①ときの忘れもの/鬼海弘雄、小栗昌子、普後均、井津建郎、元田敬三、小畑雄嗣、川口和之、沢渡朔、池本喜巳、中藤毅彦、村越としや、本山周平、猪瀬光、
②iwao gallery/尾仲浩二、佐藤時啓、土田ヒロミ、楢橋朝子、西村多美子、花代、宮嶋康彦、森山大道、山縣勉
●大竹昭子『迷走写真館へようこそ 写真を見るとはどんなこと?』発売中

赤々舎 2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ギャラリーとウェブサイトで販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

停泊している船のまわりで子どもたちが水遊びをしている。
深さは大したことはない。
子どもの腰までもないくらいで、水溜まりと呼んだほうがふさわしい。
子どもの頭数はざっと数えて21名。
パンツを履いている子もいれば、素っ裸の子もいて、
周囲には金魚鉢にいれるホテイアオイに似た水草が密生している。
水草の群れは船の反対側にも広がっており、
見渡す限り緑一色になっているかもしれない。
その水草の群生に生じたわずかな隙間で、子どもたちは水浴しているのだ。
彼らのぴちぴちした体つきや機敏な動きは、
もじゃもじゃと生えている水草の表情とつながる。
どちらも気を抜くとたちまち増えてしまう増殖のエネルギーに満ち、
人間であるとか植物であるとかの種の区分を超えて、
生命そのものを目の当たりにしているような感覚に浸らせる。
そのエネルギーの坩堝のなかに、大型船が停っている。
どうしてこの場所にいるのだろう。
方向をまちがえて浅瀬に進入してきたのだろうか。
それとも、停泊したときは充分な水嵩があったのに、
一夜明けたら潮が引いていたのだろうか。
昨夜とはまったくちがう風景に取り囲まれ、
しかも綱で結わえられて身動きがとれない。
まるで小人の国に連れ去れたガリバーのようだ。
船上には5人の人影が見える。
みんな事態に気づいててんやわんやだ。
腰布を巻いた男二人は煙突にあがり、その下では三人が手を延べてなにかの作業中だ。
この浅瀬からいかに脱出するかを、口角泡を飛ばして議論しているようにも見える。
子どもたちはそれには全く無関心だ。
第一、彼らのいるところから船の上部は見えない。
そこに人が乗っていることもわからない。
充分に背丈が伸びていない彼らの視界にあるのは、
仲間の顔と繁茂する水草だけである。
濁った水に浸りながら、彼らは水草と一体になっていく。
体の輪郭が溶けて、自分が水草なのか、水草が自分なのかもはやわからず、水草にしても同様だ。
彼らは濁った水に浮かぶ同志であり、
鉄の塊である船とはまったく別種の存在であるという直感が、確信へと変わっていく。
その密な連帯感に船は困惑させられる。
闖入者の恥じらいが高まり、ますます身動きがとれなくなっていく。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
吉田亮人『The Screw』収録作品 アザーカット
●写真集について
吉田亮人『The Screw』

「灼熱の炎、立ち昇る黒煙、煤けた顔を流れる玉の汗、響き渡る男たちの怒声と重油の匂い。 2012年にバングラデシュという国を初めて訪れて以来、幾度も足を運んでは撮影してきたのが 船の「スクリュー」を作る人々だった。 彼らが働いていたのは洞窟のように真っ暗で小さな工房。
そこで大人も子どもも一丸となってマグマのようにドロドロに溶けた真っ赤な液体を、砂鉄まじりの真っ黒な地面に流し込み、冷たくて硬い金属を作り出していた。それはまるで創生神話のような世界のようだった。
静と動、軟と堅、光と影、再生と破壊。
対局にある2つの物事をぐるぐると行ったり来たりしながら、労働者の凄まじい労力を燃料にして生み出されるスクリュー。
この小さな工房に渦巻く途方もないエネルギーに何度も何度も吸い寄せられては、食い入るように彼らを見つめた。」(Three Booksウェブサイトより)
2023年発行、Three Books、判型:297mm×420mm、ページ数:96、写真枚数:50枚
言語:日本語 / 英語、写真:吉田亮人、小説:いしいしんじ、装丁:矢萩多聞
編集:吉田亮人、英語翻訳:ラウリ・キツニック
印刷:丸上プランニング
▼関連展示
「The Screw」
場所:blackbird books(大阪)
日時:11月1日(水)~12日(日)
10:00~19:00 月曜定休
トークイベント:11月12日(日)18:30~
https://blackbirdbooks.jp
●作家プロフィール
吉田亮人(よしだあきひと)
1980年宮崎県生まれ。京都市在住。滋賀大学教育学部卒業後、タイで日本語教師として1年間勤務。帰国後小学校教員として6年間勤務し退職。2010年より写真家として活動開始。広告や雑誌などを中心に活動しながら、個人的な出来事から出発した作品を多数制作。その作品は国内外で展覧会が開催されるとともに、多くの出版物が刊行されている。 2023年に写真集出版社「Three Books」を設立し共同代表を務める。
http://www.akihito-yoshida.com/
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。次回は12月1日掲載です。
◆「大竹昭子『迷走写真館へようこそ』刊行記念展 写真を見るとはどんなこと?」
2023年9月29日(金)~10月7日(土) 11:00-19:00 *日・月・祝日は休廊
【緊急告知】
10月3日(火)18時より20分程度の短い時間ですが、大竹昭子さんによるギャラリートークを開催します。 予約は不要、参加費も無料です。
皆様のご参加をお待ちしております。

2013年2月から連載をスタートした大竹昭子のエッセイ〝迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす〟(現在121回)は、活躍している写真家の作品一点を取り上げ、そこから感じとれることを綴っていく大人気ブログです。この度、その連載エッセイが赤々舎より書籍化の運びとなり、刊行を記念して、ときの忘れもの(駒込)とiwao gallery(蔵前)の2会場で記念展を開催し、書籍を先行発売いたします。ときの忘れもので展示する13作家の詳細は9月20日ブログに掲載しました。
①ときの忘れもの/鬼海弘雄、小栗昌子、普後均、井津建郎、元田敬三、小畑雄嗣、川口和之、沢渡朔、池本喜巳、中藤毅彦、村越としや、本山周平、猪瀬光、
②iwao gallery/尾仲浩二、佐藤時啓、土田ヒロミ、楢橋朝子、西村多美子、花代、宮嶋康彦、森山大道、山縣勉
●大竹昭子『迷走写真館へようこそ 写真を見るとはどんなこと?』発売中

赤々舎 2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込)
※ギャラリーとウェブサイトで販売しています。
※ときの忘れものウェブサイトからご購入いただいた場合、梱包送料として250円をいただきます。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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