酒井実通男のエッセイ「西脇順三郎をめぐる私のコレクション」第4回
「没後30年 私的・西脇順三郎展」
2012年 (平成24年) 6月1日から6月10日、今回は地元・長岡市で西脇順三郎展を開催しました。私が長岡に帰郷してから4年が過ぎていましたが、やはり10年という記念年になりますと改めて自分の中の何かが動き出してくるもので、地元の皆さん、特に年代の若い方々にはぜひ西脇順三郎という名前だけでも知ってもらいたいとの思いがあったからでもあります。この頃親しくさせていただいていた市内の文化情報紙『マイ・スキップ』(現在は休刊中) に展覧会の広告を兼ねて記事を書かせていただきました。

少し長くなりますが、ここに「マイ・スキップvol.137」2012年5月号の記事を再掲載してみます。
この展覧会では二種類のA1サイズのポスターを作成して市内の書店や図書館、公民館などに貼らせていただきました。

会期中には詩人の八木幹夫氏(1947生)が見えてくれました。この日ちょうど小千谷市で「西脇順三郎を偲ぶ会」があり、その記念講演会の前に立寄っていただきました。
下の写真は「没後30年」展の時の会場風景です。ゆっくり椅子に座っていただいて、美術館とはまた違った近い距離感で、家の居間の雰囲気で絵を見てもらうことも、私の一つの試みでもありました。

刈谷田川の土手に揺らぐススキの写真ですが、撮ったのが11月なので、このブログが掲載される頃にはもうすっかり冬枯れているだろうと思います。自然の素朴な風景は一種のさびしみを感じさせてくれていますが、しかしまたそうした枯れ行く自然は時々私に、忘れていた大切なエモーションを起こさせてくれます。
『野原をゆく』(昭和47年 毎日新聞社刊) の中にこんな文章があります。
「神経衰弱」に西脇のおかしみを感じます。金的価値と美的価値との相反に、機械文明と自然との相反を考えさせられます。思えば西脇順三郎の絵画の内在的魅力は、実は、ここにいう「宗教的」なのかも知れません。
■酒井実通男(さかいみちお)
昭和27年(1952)12月、新潟県長岡市生まれ。中央大学理工学部卒。
エンジニアとしてサラリーマン生活を続ける傍ら、2004年7月東京目黒にて、絵画と本と椅子のギャラリー“gallery artbookchair”を開店(金・土・日のみ)。2008年6月故郷・長岡市にUターンする。現在は、集めた本の整理とフラヌールの日々。長岡市栃堀在住。
・酒井実通男のエッセイ「西脇順三郎をめぐる私のコレクション」(全6回)は毎月23日の更新です。次回は2024年1月23日掲載となります。
●本日のお勧め作品は、飯田善國です。

≪HAPPY BIRTHDAY≫
1976年
シルクスクリーン
18.0×20.0cm
Ed.750
サインあり
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

「没後30年 私的・西脇順三郎展」
2012年 (平成24年) 6月1日から6月10日、今回は地元・長岡市で西脇順三郎展を開催しました。私が長岡に帰郷してから4年が過ぎていましたが、やはり10年という記念年になりますと改めて自分の中の何かが動き出してくるもので、地元の皆さん、特に年代の若い方々にはぜひ西脇順三郎という名前だけでも知ってもらいたいとの思いがあったからでもあります。この頃親しくさせていただいていた市内の文化情報紙『マイ・スキップ』(現在は休刊中) に展覧会の広告を兼ねて記事を書かせていただきました。

少し長くなりますが、ここに「マイ・スキップvol.137」2012年5月号の記事を再掲載してみます。
日が暮れると、僕の太陽がのぼる
6月1日から10日まで、『没後30年私的・西脇順三郎展』を開催します。日本の文学界に衝撃と「馥郁タル」ヴィジョンをもたらした「火夫」が逝って、この6月で満30年を迎えます。そこでこの記念すべき年に、ささやかな個人コレクション ( 絵画作品等15点、著作30点、他関連作家のもの数点 ) を展示して、改めて西脇順三郎 (1894-1982) という世界的文学者に思いを馳せようと思い企画したものです。
学生時代、慶応の文学青年からシュルレアリスムの世界に引っぱり込まれて、西脇順三郎の詩には、詩人の郷里が小千谷だったこともありましたが、特に興味を持ち魅了されました。それまでの日本文学のセンチメンタルなロマン主義的傾向を排し、説明的論理的抽象性を避けた詩人の、自動筆記的絵画的モダンセンスはとても新鮮で刺激的でした。小林秀雄訳のランボーではなく堀口大學訳のランボーではない、西脇訳のランボーは、宝石の新しい角度の発見でした。水平線の彼方には大洋もそして大陸もまだまだ続いている、という実感でした。
日常生活に重くのしかかるたいへん憂鬱な自然現象にも、文学の力は必要であると感じています。「日が暮れると、僕の太陽がのぼる」というのは西脇の言葉ですが、こういう言葉が希望ある光あるものに、いつか僕の中で窯変していくのです。そして西脇の詩を読む時、外界に降る雨もじつは心の中にも降るのだ、ということを改めて思います。ここに「雨」と題された七行詩を紹介します。
南風は柔らかい女神をもたらした。
青銅をぬらした、噴水をぬらした、
ツバメの羽と黄金の毛をぬらした、
潮をぬらし、砂をぬらし、魚をぬらした。
静かに寺院と風呂場と劇場をぬらした、
この静かな柔らかい女神の行列が
私の舌をぬらした。
詩集『Ambarvalia』(1933年刊)より
柔らかい女神とは、雨のこと。柔らかい女神はあらゆるものを濡らして通り過ぎて行く。柔らかい女神の、水が水を濡らし、水が水に濡らされ、そしていつかあなたの舌も柔らかい女神の行列に濡れるだろう…。僕には今までにない感受性との出会いでした。ここに新鮮なヴィジョンを見たのだったし、爾来、西脇の詩は僕の人生にとって柔らかい女神になりました。
この機会に、詩人を知っている方もそうでない方も、舌が濡れている方もそうでない方も、ぜひご来場いただいて、柔らかい女神の行列に静かに濡れてみてはいかがでしょうか。
6月1日から10日まで、『没後30年私的・西脇順三郎展』を開催します。日本の文学界に衝撃と「馥郁タル」ヴィジョンをもたらした「火夫」が逝って、この6月で満30年を迎えます。そこでこの記念すべき年に、ささやかな個人コレクション ( 絵画作品等15点、著作30点、他関連作家のもの数点 ) を展示して、改めて西脇順三郎 (1894-1982) という世界的文学者に思いを馳せようと思い企画したものです。
学生時代、慶応の文学青年からシュルレアリスムの世界に引っぱり込まれて、西脇順三郎の詩には、詩人の郷里が小千谷だったこともありましたが、特に興味を持ち魅了されました。それまでの日本文学のセンチメンタルなロマン主義的傾向を排し、説明的論理的抽象性を避けた詩人の、自動筆記的絵画的モダンセンスはとても新鮮で刺激的でした。小林秀雄訳のランボーではなく堀口大學訳のランボーではない、西脇訳のランボーは、宝石の新しい角度の発見でした。水平線の彼方には大洋もそして大陸もまだまだ続いている、という実感でした。
日常生活に重くのしかかるたいへん憂鬱な自然現象にも、文学の力は必要であると感じています。「日が暮れると、僕の太陽がのぼる」というのは西脇の言葉ですが、こういう言葉が希望ある光あるものに、いつか僕の中で窯変していくのです。そして西脇の詩を読む時、外界に降る雨もじつは心の中にも降るのだ、ということを改めて思います。ここに「雨」と題された七行詩を紹介します。
南風は柔らかい女神をもたらした。
青銅をぬらした、噴水をぬらした、
ツバメの羽と黄金の毛をぬらした、
潮をぬらし、砂をぬらし、魚をぬらした。
静かに寺院と風呂場と劇場をぬらした、
この静かな柔らかい女神の行列が
私の舌をぬらした。
詩集『Ambarvalia』(1933年刊)より
柔らかい女神とは、雨のこと。柔らかい女神はあらゆるものを濡らして通り過ぎて行く。柔らかい女神の、水が水を濡らし、水が水に濡らされ、そしていつかあなたの舌も柔らかい女神の行列に濡れるだろう…。僕には今までにない感受性との出会いでした。ここに新鮮なヴィジョンを見たのだったし、爾来、西脇の詩は僕の人生にとって柔らかい女神になりました。
この機会に、詩人を知っている方もそうでない方も、舌が濡れている方もそうでない方も、ぜひご来場いただいて、柔らかい女神の行列に静かに濡れてみてはいかがでしょうか。
この展覧会では二種類のA1サイズのポスターを作成して市内の書店や図書館、公民館などに貼らせていただきました。

西脇著『あざみの衣』表紙絵を使用したポスター
会期中には詩人の八木幹夫氏(1947生)が見えてくれました。この日ちょうど小千谷市で「西脇順三郎を偲ぶ会」があり、その記念講演会の前に立寄っていただきました。
下の写真は「没後30年」展の時の会場風景です。ゆっくり椅子に座っていただいて、美術館とはまた違った近い距離感で、家の居間の雰囲気で絵を見てもらうことも、私の一つの試みでもありました。

刈谷田川の土手に揺らぐススキの写真ですが、撮ったのが11月なので、このブログが掲載される頃にはもうすっかり冬枯れているだろうと思います。自然の素朴な風景は一種のさびしみを感じさせてくれていますが、しかしまたそうした枯れ行く自然は時々私に、忘れていた大切なエモーションを起こさせてくれます。
『野原をゆく』(昭和47年 毎日新聞社刊) の中にこんな文章があります。
機械文明の世界に対立して「自然」という世界が一般に置かれている。ルソーなどが、「自然に帰れ」という自然は、恐らくそうした意味であろう。けれども機械文明をつくり出すのも、またそれに反対するのも、やはり文化人であるということは面白いことだ。
文化人というのは近代の教養ある人間をいうのである。教養があるということは機械文明をうみだし、またその文明にも反対する力である。昔でも「茶」をやったり、俳句和歌をやったものは教養人であった。名利を捨てて風月を楽しむなどという人は、金もあり、ひまもあった教養人である。名利を捨てるにも、少しは金も時間も学識も美感も必要ということになる。
名利も捨て、風月も楽しまない人こそ、近代人として最も教養ある人ではなかろうか。しかしそういう人は貧乏生活をし、名誉も求めないで好きな学問をこつこつやっている人の中にあり得ることである。
そういう人間はめったにみられないが、いるとすれば近代の本当に偉い人間であると思う。名利も求めず風流も求めない人が一番偉い人間にみえる。(中略)
私は素朴の美にはどこか色あせたところがあることが大切であると思う。浮世絵版画などは色あせた方が金の価値はさがるが、美的価値は逆に向上すると思う。素朴の美ということは「枯淡」という言葉でも一部通ずるかと思うが、ただ何となくさびしさを感じさせるものがまだ足りないような気がする。
人間存在の本質から来るようなさびしさを感じることは、宗教的に説明すれば永遠であり、肉体的に分解すれば神経衰弱かも知れない。(以下略)
文化人というのは近代の教養ある人間をいうのである。教養があるということは機械文明をうみだし、またその文明にも反対する力である。昔でも「茶」をやったり、俳句和歌をやったものは教養人であった。名利を捨てて風月を楽しむなどという人は、金もあり、ひまもあった教養人である。名利を捨てるにも、少しは金も時間も学識も美感も必要ということになる。
名利も捨て、風月も楽しまない人こそ、近代人として最も教養ある人ではなかろうか。しかしそういう人は貧乏生活をし、名誉も求めないで好きな学問をこつこつやっている人の中にあり得ることである。
そういう人間はめったにみられないが、いるとすれば近代の本当に偉い人間であると思う。名利も求めず風流も求めない人が一番偉い人間にみえる。(中略)
私は素朴の美にはどこか色あせたところがあることが大切であると思う。浮世絵版画などは色あせた方が金の価値はさがるが、美的価値は逆に向上すると思う。素朴の美ということは「枯淡」という言葉でも一部通ずるかと思うが、ただ何となくさびしさを感じさせるものがまだ足りないような気がする。
人間存在の本質から来るようなさびしさを感じることは、宗教的に説明すれば永遠であり、肉体的に分解すれば神経衰弱かも知れない。(以下略)
「神経衰弱」に西脇のおかしみを感じます。金的価値と美的価値との相反に、機械文明と自然との相反を考えさせられます。思えば西脇順三郎の絵画の内在的魅力は、実は、ここにいう「宗教的」なのかも知れません。
■酒井実通男(さかいみちお)
昭和27年(1952)12月、新潟県長岡市生まれ。中央大学理工学部卒。
エンジニアとしてサラリーマン生活を続ける傍ら、2004年7月東京目黒にて、絵画と本と椅子のギャラリー“gallery artbookchair”を開店(金・土・日のみ)。2008年6月故郷・長岡市にUターンする。現在は、集めた本の整理とフラヌールの日々。長岡市栃堀在住。
・酒井実通男のエッセイ「西脇順三郎をめぐる私のコレクション」(全6回)は毎月23日の更新です。次回は2024年1月23日掲載となります。
●本日のお勧め作品は、飯田善國です。

≪HAPPY BIRTHDAY≫
1976年
シルクスクリーン
18.0×20.0cm
Ed.750
サインあり
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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