東京都庭園美術館で「開館40周年記念 旧朝香宮邸を読み解く A to Z」展
「明るい部屋」で過ごす悦び
今村創平
庭に向いた大きな窓ガラスからは、2月としては珍しい明るい日差しが、たっぷりと注ぎ込んでいる。光の具合の変化によって、室内の様子の見え方が、時には微かに変わり、時にはがらりと変わる。きれいなパターンが施された床にも、光の輝きが落ちている。春のさきがけのように、日の光は部屋に生気をもたらす。単に明度が高いというのではなく、目覚めというか、活動が起きる気配が感じられる。
現在は東京都庭園美術館である旧朝香宮邸は、美術館であるため、窓から太陽光を入れることが原則避けられている。紫外線は、展示品保護のみならず建物保存の観点からも敵視される。とても美しい邸宅なので、建物そのものの鑑賞を謳った展覧会が定期的に開催されているが、あらゆる部屋のカーテンを開け広げ、部屋と部屋をつなぐドアも開け放っているのは、はじめてのことではないだろうか。

そのことによって、単に部屋と外とがつながるだけではなく、往時人々がこの家に住み、カーテンを開けて暮らしていた様子が想像でき、この家にまた人の営みが戻ったような生き生きとした感じを受ける。きっとこの家で過ごす時間は、楽しいものであっただろう。朝香宮夫妻は100年ほど前にパリに滞在し、その際に新しいデザインの潮流に触れ、その感触を持ち帰り、この邸宅を実現した。モダンといわれるテイストのみずみずしさが、今回窓が開けられたことによって、再確認できる機会となっている。

本展では、タイトルに「A to Z」とあるように、この邸宅の細部について順に解説がなされている。この美術館を味わう楽しみは、きわめて質の高い装飾やデザインが、ありとあらゆるところに施されていて、それを目で追うことにある。再訪を重ねても、また新たな発見があるほど、尽きぬ無数の魅力がある。アンリ・ラパンを主とする優れたデザイナーたちの参加があり、これほど多種の造形や素材が施されながらも、全体として調和がとれている。インテリアデザインとしての完成度が認められ、しかしなぜそうした調整が可能であったのかは不思議に思える。これだけ本格的な、モダンとアールデコの邸宅の例は他にはなく、いかに意匠のバランスをコントロールしえたのか。設計と管理を担当したのは、皇族の施設や邸宅を設計・施工していた宮内省内匠寮(くないしょうたくみりょう)である。彼らが当時手掛けていたのは、基本的には和風建築もしくはいわゆる西洋歴史洋式建築であり、最先端のデザインに慣れていたわけではない。それでも、彼らの優れた感性と技術力が、ラパンたちのデザインを十分に消化し、このまれなる邸宅が実現されたといえる。

一階のホールやリビングルームの豪華さや広さに比べると、日々の生活に使われていた2階の諸室は、思いのほかコンパクトである。旧朝香宮邸は、コンクリート壁式構造なので、基本的にはどの部屋も四角い部屋なのだが、同じ仕様の部屋はない。一瞥すると装飾や素材に目が行くので、部屋そのものの構成にはそもそも関心が向きにくい。今回、仔細に眺める中で気づいたのは、装飾的柱の扱いである。建物の周囲に配された木製の柱は、構造ではないので、あくまでも室内のデザインの要素としてある。そして、〈書斎〉では完全に柱から離れて丸柱が立ち、〈若宮居間〉では柱が壁に近づき、また〈殿下居間〉では柱が壁面に半分埋め込まれている。他にも、様々な柱と壁の関係がある。



こうした柱の装飾的扱いは、西洋洋式建築では多くの例があるが、特にミケランジェロ(ラウレンツィアーナ図書館階段室、1571年)やパラーディオ(サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂、1564年)といった、マニエリスム期の作例を想起させる。この邸宅では、柱の扱いを部屋ごとに変えるなど、かなり意識的に操作がなされているが、それがモダン初期やアールデコと出会うというのはどういうことだろうか。なぜ内匠寮は、洋風モダン邸宅のプライベート部に、このような建築的操作を採用したのか。
ちなみに、モダニズムと伝統建築の併存を試みた建築家大江宏は、代表作である国立能楽堂(1983年)において、コンクリートの躯体(仕上げは花崗岩)の中に、木造軸組みを配するという試みを行っている。この壁と柱という問題は、なかなか奥の深いテーマである。
旧朝香宮邸は、アールデコ建築の傑作として紹介されるが、モダニズムと伝統の桎梏というテーマからも興味深い事例でもあり、皇族という伝統を重視すべき立場の朝香宮夫妻が、当時最先端の流行を愛したことにより誕生した。決して器用仕事のコラージュにとどまらず、洗練された空間に昇華されている。

付記として、本展ゲストアーティストの伊藤公象と須田悦弘の作品は、この邸宅にとてもよく合っている。須田のユリの彫刻は、隣の暖炉に施されたユリの造形へ呼応している。展示デザインの造作とカードもいい。部屋そのものを見せるという、本展の趣旨からすると、展示デザインの存在は邪魔になりうるが、室内の意匠と調和した上品な仕上げと形を持っている。
(いまむら そうへい)
■今村創平
千葉工業大学 建築学科教授、建築家。
・今村創平のエッセイ
●開館40周年記念 旧朝香宮邸を読み解く A to Z
2024年2月17日(土) - 5月12日(日)
会場:東京都庭園美術館(本館+新館)
東京都港区白金台5-21-9
時間:10時 ~ 18時
※2024年3月22日(金)、23日(土)、29日(金)、30日(土)は
夜間開館のため20:00まで開館(入館は19:30まで)
休館日:毎週月曜
※ただし4月29日・5月6日は開館、4月30日(火)・5月7日(火)は休館
※オンラインによる日時指定制
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

「明るい部屋」で過ごす悦び
今村創平
庭に向いた大きな窓ガラスからは、2月としては珍しい明るい日差しが、たっぷりと注ぎ込んでいる。光の具合の変化によって、室内の様子の見え方が、時には微かに変わり、時にはがらりと変わる。きれいなパターンが施された床にも、光の輝きが落ちている。春のさきがけのように、日の光は部屋に生気をもたらす。単に明度が高いというのではなく、目覚めというか、活動が起きる気配が感じられる。
現在は東京都庭園美術館である旧朝香宮邸は、美術館であるため、窓から太陽光を入れることが原則避けられている。紫外線は、展示品保護のみならず建物保存の観点からも敵視される。とても美しい邸宅なので、建物そのものの鑑賞を謳った展覧会が定期的に開催されているが、あらゆる部屋のカーテンを開け広げ、部屋と部屋をつなぐドアも開け放っているのは、はじめてのことではないだろうか。

そのことによって、単に部屋と外とがつながるだけではなく、往時人々がこの家に住み、カーテンを開けて暮らしていた様子が想像でき、この家にまた人の営みが戻ったような生き生きとした感じを受ける。きっとこの家で過ごす時間は、楽しいものであっただろう。朝香宮夫妻は100年ほど前にパリに滞在し、その際に新しいデザインの潮流に触れ、その感触を持ち帰り、この邸宅を実現した。モダンといわれるテイストのみずみずしさが、今回窓が開けられたことによって、再確認できる機会となっている。

本展では、タイトルに「A to Z」とあるように、この邸宅の細部について順に解説がなされている。この美術館を味わう楽しみは、きわめて質の高い装飾やデザインが、ありとあらゆるところに施されていて、それを目で追うことにある。再訪を重ねても、また新たな発見があるほど、尽きぬ無数の魅力がある。アンリ・ラパンを主とする優れたデザイナーたちの参加があり、これほど多種の造形や素材が施されながらも、全体として調和がとれている。インテリアデザインとしての完成度が認められ、しかしなぜそうした調整が可能であったのかは不思議に思える。これだけ本格的な、モダンとアールデコの邸宅の例は他にはなく、いかに意匠のバランスをコントロールしえたのか。設計と管理を担当したのは、皇族の施設や邸宅を設計・施工していた宮内省内匠寮(くないしょうたくみりょう)である。彼らが当時手掛けていたのは、基本的には和風建築もしくはいわゆる西洋歴史洋式建築であり、最先端のデザインに慣れていたわけではない。それでも、彼らの優れた感性と技術力が、ラパンたちのデザインを十分に消化し、このまれなる邸宅が実現されたといえる。

一階のホールやリビングルームの豪華さや広さに比べると、日々の生活に使われていた2階の諸室は、思いのほかコンパクトである。旧朝香宮邸は、コンクリート壁式構造なので、基本的にはどの部屋も四角い部屋なのだが、同じ仕様の部屋はない。一瞥すると装飾や素材に目が行くので、部屋そのものの構成にはそもそも関心が向きにくい。今回、仔細に眺める中で気づいたのは、装飾的柱の扱いである。建物の周囲に配された木製の柱は、構造ではないので、あくまでも室内のデザインの要素としてある。そして、〈書斎〉では完全に柱から離れて丸柱が立ち、〈若宮居間〉では柱が壁に近づき、また〈殿下居間〉では柱が壁面に半分埋め込まれている。他にも、様々な柱と壁の関係がある。



こうした柱の装飾的扱いは、西洋洋式建築では多くの例があるが、特にミケランジェロ(ラウレンツィアーナ図書館階段室、1571年)やパラーディオ(サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂、1564年)といった、マニエリスム期の作例を想起させる。この邸宅では、柱の扱いを部屋ごとに変えるなど、かなり意識的に操作がなされているが、それがモダン初期やアールデコと出会うというのはどういうことだろうか。なぜ内匠寮は、洋風モダン邸宅のプライベート部に、このような建築的操作を採用したのか。
ちなみに、モダニズムと伝統建築の併存を試みた建築家大江宏は、代表作である国立能楽堂(1983年)において、コンクリートの躯体(仕上げは花崗岩)の中に、木造軸組みを配するという試みを行っている。この壁と柱という問題は、なかなか奥の深いテーマである。
旧朝香宮邸は、アールデコ建築の傑作として紹介されるが、モダニズムと伝統の桎梏というテーマからも興味深い事例でもあり、皇族という伝統を重視すべき立場の朝香宮夫妻が、当時最先端の流行を愛したことにより誕生した。決して器用仕事のコラージュにとどまらず、洗練された空間に昇華されている。

付記として、本展ゲストアーティストの伊藤公象と須田悦弘の作品は、この邸宅にとてもよく合っている。須田のユリの彫刻は、隣の暖炉に施されたユリの造形へ呼応している。展示デザインの造作とカードもいい。部屋そのものを見せるという、本展の趣旨からすると、展示デザインの存在は邪魔になりうるが、室内の意匠と調和した上品な仕上げと形を持っている。
(いまむら そうへい)
■今村創平
千葉工業大学 建築学科教授、建築家。
・今村創平のエッセイ
●開館40周年記念 旧朝香宮邸を読み解く A to Z
2024年2月17日(土) - 5月12日(日)
会場:東京都庭園美術館(本館+新館)
東京都港区白金台5-21-9
時間:10時 ~ 18時
※2024年3月22日(金)、23日(土)、29日(金)、30日(土)は
夜間開館のため20:00まで開館(入館は19:30まで)
休館日:毎週月曜
※ただし4月29日・5月6日は開館、4月30日(火)・5月7日(火)は休館
※オンラインによる日時指定制
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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