佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」第13回

存在をデザインする

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子供たちが学校に行くのを心待ちにしている日のひとつに、カルナヴァル(カーニバル)がある。その日は堂々と仮装して学校に行けるためだ。どんな格好でも良いのだが、娘のクラスは1つだけルールがあって、おもちゃの銃などの武器は仮装といえど持って来てはいけないらしい。

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ところが当日、おもちゃのマシンガンを持って登校した男の子がいた。戦士に憧れる子はどの国にもいるものなのだろう。娘が成り行きを見ていると、案の定先生は怒ってその子からおもちゃの銃を取り上げた。そしてこう言ったという。「この銃は、ロシアとウクライナの戦争が終わるまで先生が預かっておきます」ふとした瞬間にこそ教育の質はあらわれる。この先生に教わる子供たちは幸せだ。

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ところで、銃はおもちゃであるにもかかわらず、没収される。それは至極妥当に思える。しかしおもちゃの銃は形こそ銃のようだが、機能的には全く別物と言える。銃が問題なのはその機能によるもので、形によるものではないはずだ。けれど「おもちゃなのだから」という言い訳は通用しない。つまりこれはデザインの問題で、プロダクトデザイナーとしては別の意味で気になる話でもある。

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物のデザインは、機能に外側から着せる服のように見えるかもしれない。だが見逃して欲しくないのは、服は着る人の外側を覆うだけなのに、人の気分に作用するということだ。普段着ない服で出掛けたら気分が晴れた、というような経験は誰しもあるのではないだろうか。そして会った友達からは、いつもと違う印象を持たれるかもしれない。それは服の違いというより、人そのものの変化として感覚される。外側を覆うだけに見える"デザイン"は、実は中身を変えているのだ。

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年初からリスボン大学美術学部で、客員研究員として研究を始めた。製品開発の現場では、デザインという言葉はほとんど「趣味趣向」のような意味で使われてしまう。「Appleのようなデザイン」「プロヴァンスふうのデザイン」というように。そこに存在論的な議論を差し挟む余地は通常ないのだけれど、物とはいえ新たな"存在"をこの世に生み出すことに、デザイナーが無自覚ではいけないという思いがいつもある。

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主体と客体の関係を改めて問い直す動きが近年様々な分野で見られる。人間中心主義はそうした存在論的転回に連動して鳴りを潜めていったが、プロダクトデザインに関して言えば、少なくとも僕は人間が中心だと思ったことは一度もない。もちろん人にとっての使いやすさは考えに考え抜くけれど、生まれた物は人と対等だと思う。それどころか、物には神性が宿る余地がある分、人を越える事すらあると思う。実務で様々な製品をデザインしていくほど、物の存在に関する思考がおざなりなのはバランスを欠くように思われてきて、研究を始めることにした。それは「物に愛着が湧くのはなぜか」という疑問を出発点として人・物・環境の関係を再構築しようとするもので、詳しくはまた別の回で書いてみたいと思う。

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物は作り手が意識していようといまいと、存在するだけで人や環境と相互に影響しあう。それは良くも悪くも機能する、諸刃の剣でもある。だからこそ先生はおもちゃの銃を取り上げたのだ。おもちゃであっても銃のデザインが、それを目にするクラスの子どもたち、戦地の子どもたちの心を傷つけるかもしれないから。そしてそれはともすれば、その中の誰かの人生を変えてしまうかも知れないからだ。

(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2024年6月20日の予定です。

●本日のお勧め作品は瀧口修造です。
V-64(110)Ⅴ-64
デカルコマニー、紙
Decalcomanie, Paper
Image size: 15.0x11.5cm
Sheet size: 17.3x13.5cm


V-74Ⅴ-74
デカルコマニー、紙
Decalcomanie, Paper
Image size: 25.0x13.9cm
Sheet size: 25.0x13.9cm


瀧口修造 スケッチブック (2)V -85
1961
水彩、インク、紙
Watercolor, Ink, Paper
Image size:32.0x25.0cm
Sheet size: 37.0x28.7cm


瀧口修造 スケッチブック (7)V -90
1961
水彩、インク、紙
Watercolor, Ink, Paper
Image size:35.8x28.0cm
Sheet size: 37.0x28.7cm


瀧口修造 スケッチブック (10)V -93
1961
水彩、インク、紙
Watercolor, Ink, Paper
Image size:35.5x19.8cm
Sheet size: 37.0x28.7cm


瀧口修造 スケッチブック (12)V -95
1961
水彩、インク、紙
Watercolor, Ink, Paper
Image size:37.0x28.3cm
Sheet size: 37.0x28.7cm


瀧口修造 スケッチブック (18)V -101
1961
水彩、インク、紙
Watercolor, Ink, Paper
Image size:37.0x28.3cm
Sheet size: 37.0x28.7cm

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●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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