小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第69回
なんだかあっという間に過ぎていく1日の中で、唯一ゆったりできるのが、子どもを学校に送り出した後、もしくは迎えに行く前に1時間ほど設けている読書の時間である。1時間というのは程よいもので、どこか電車に乗って美術館などに行くには足りないし、仕事をしようと思うと倉庫への往復を考えると無意味だ。催事前などやることが山ほどある時はそうも言ってられないが。

そこで許される時は適当な喫茶店に入って本を読む。か、書き物の仕事をする。
オープンしたてのころは店でも本を読んだりしていた。それを見たお客さんに「読書も仕事ですよね」と言われたこともあるが、たしかに読書も仕事である。海外の方に「日本の本屋さんはもっと業務時間に本を読むべきだ。母国の本屋はそうだ。」と言われたこともあるけれど、今は業務時間に本を読むなど夢のまた夢。そもそも業務時間ってなんだっけ?という感じだ。
というわけで、駒込付近の喫茶店にはよく行く。チェーン店もあれば個人店もある。チェーン店は現在ほぼ分煙がされているが、個人店はそもそもあの厳しい分煙ができる店は限られており、大抵禁煙だ。喫煙可能な店は、だいたい喫煙者しかいかないので必然的に禁煙者出禁のような店になる。
ぼく自身は生涯で一本も、というより一口もタバコを吸ったことがないので、もうここまで来たらむしろ死ぬまで絶対に吸ってやるものかと決めているが、タバコは別になんとも思わない。副流煙も、それをわざわざ吸いに行くことはないが、まぁ、それはそれと思っている。子どものころ自動車の排気ガスを吸うのが好きだったので、今でもガソリンスタンドの前を通ると深呼吸してしまうし、肺の中はけっこう汚れているかもしれない。(ちなみに流石に子連れのときは禁煙の店に行く。)
ただ煙の中でぼんやりと本を開いていると、世の中はますます狭くなっていくなぁ、と思う。別にむかしが良かったと思うわけではないし、タバコを吸う人と吸わない人で、それぞれの事情があり、それぞれの主張があるのはわかるものの、こうしてお茶をする場所が完全に別れてしまうのは、それはそれでさみしい気はする。分煙の施設なんて、ちいさな店ではそう簡単に設置できるわけではないし、タバコなんて体にヤバいものだという認識は痛いほどあるので、吸う人が減ればいいのかもしれないが、いっぽうで吸う人がますます肩身が狭くなるのは、ちょっと生きづらすぎないか?とも思う。もちろん逆もまた然り。喫煙者がところ構わず喫煙することで、病気の人が困ることもある。昔みたいに電車の中ですらタバコを吸えた時は、そのような人はさぞ生きづらかっただろう。
つまりどっちに転んでも、結局は誰かが生きづらいわけではある。世の中のジャッジはその生きづらさの強度の問題なのだと思う。
病気の人には、生死に関わる問題なので、そちらを最優先するべきなのは異論はないが、かといって喫煙者を排除しようとも思わない。問題はルールにがんじがらめにされて、そこにコミュニティが出来上がり、その中で意固地になっていくのは如何なものか?と思うのだ。やり方をうまくやらないと、まるでバラードの小説の世界みたいだ。
そんなことを「日本語を話せない人はお断り」という貼り紙をみながら、とある喫茶店の煙の中で考える。ここにはまた新しい種類の論点がある。
さっきから読書はしていない。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は隔月、奇数月5日の更新です。次回は2024年9月5日です。どうぞお楽しみに。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
*画廊亭主敬白
突然、携帯が鳴る。
「安藤やけど」
亭主「はっ!」緊張のあまり携帯を握りしめ直立不動に。
「ワタヌキさん、いくつや」
亭主「79歳になりました」
「なんや、まだ青年やないか」
日頃人生100年とおっしゃっている安藤忠雄先生に青年と言われて喜んでいいのか、まだまだ修行が足りんと叱られたのかも。
●本日のお勧め作品安藤忠雄です。
安藤忠雄《大山崎山荘I》
1998年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:50.0×81.0cm
シートサイズ:60.0×90.0cm
B版:Ed.35 サインあり
安藤忠雄《大山崎山荘II》
1998年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:55.0×82.5cm
シートサイズ:60.0×90.0cm
B版:Ed.35 サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。

ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
なんだかあっという間に過ぎていく1日の中で、唯一ゆったりできるのが、子どもを学校に送り出した後、もしくは迎えに行く前に1時間ほど設けている読書の時間である。1時間というのは程よいもので、どこか電車に乗って美術館などに行くには足りないし、仕事をしようと思うと倉庫への往復を考えると無意味だ。催事前などやることが山ほどある時はそうも言ってられないが。

そこで許される時は適当な喫茶店に入って本を読む。か、書き物の仕事をする。
オープンしたてのころは店でも本を読んだりしていた。それを見たお客さんに「読書も仕事ですよね」と言われたこともあるが、たしかに読書も仕事である。海外の方に「日本の本屋さんはもっと業務時間に本を読むべきだ。母国の本屋はそうだ。」と言われたこともあるけれど、今は業務時間に本を読むなど夢のまた夢。そもそも業務時間ってなんだっけ?という感じだ。
というわけで、駒込付近の喫茶店にはよく行く。チェーン店もあれば個人店もある。チェーン店は現在ほぼ分煙がされているが、個人店はそもそもあの厳しい分煙ができる店は限られており、大抵禁煙だ。喫煙可能な店は、だいたい喫煙者しかいかないので必然的に禁煙者出禁のような店になる。
ぼく自身は生涯で一本も、というより一口もタバコを吸ったことがないので、もうここまで来たらむしろ死ぬまで絶対に吸ってやるものかと決めているが、タバコは別になんとも思わない。副流煙も、それをわざわざ吸いに行くことはないが、まぁ、それはそれと思っている。子どものころ自動車の排気ガスを吸うのが好きだったので、今でもガソリンスタンドの前を通ると深呼吸してしまうし、肺の中はけっこう汚れているかもしれない。(ちなみに流石に子連れのときは禁煙の店に行く。)
ただ煙の中でぼんやりと本を開いていると、世の中はますます狭くなっていくなぁ、と思う。別にむかしが良かったと思うわけではないし、タバコを吸う人と吸わない人で、それぞれの事情があり、それぞれの主張があるのはわかるものの、こうしてお茶をする場所が完全に別れてしまうのは、それはそれでさみしい気はする。分煙の施設なんて、ちいさな店ではそう簡単に設置できるわけではないし、タバコなんて体にヤバいものだという認識は痛いほどあるので、吸う人が減ればいいのかもしれないが、いっぽうで吸う人がますます肩身が狭くなるのは、ちょっと生きづらすぎないか?とも思う。もちろん逆もまた然り。喫煙者がところ構わず喫煙することで、病気の人が困ることもある。昔みたいに電車の中ですらタバコを吸えた時は、そのような人はさぞ生きづらかっただろう。
つまりどっちに転んでも、結局は誰かが生きづらいわけではある。世の中のジャッジはその生きづらさの強度の問題なのだと思う。
病気の人には、生死に関わる問題なので、そちらを最優先するべきなのは異論はないが、かといって喫煙者を排除しようとも思わない。問題はルールにがんじがらめにされて、そこにコミュニティが出来上がり、その中で意固地になっていくのは如何なものか?と思うのだ。やり方をうまくやらないと、まるでバラードの小説の世界みたいだ。
そんなことを「日本語を話せない人はお断り」という貼り紙をみながら、とある喫茶店の煙の中で考える。ここにはまた新しい種類の論点がある。
さっきから読書はしていない。
(おくに たかし)
●小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は隔月、奇数月5日の更新です。次回は2024年9月5日です。どうぞお楽しみに。
■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。
*画廊亭主敬白
突然、携帯が鳴る。
「安藤やけど」
亭主「はっ!」緊張のあまり携帯を握りしめ直立不動に。
「ワタヌキさん、いくつや」
亭主「79歳になりました」
「なんや、まだ青年やないか」
日頃人生100年とおっしゃっている安藤忠雄先生に青年と言われて喜んでいいのか、まだまだ修行が足りんと叱られたのかも。
●本日のお勧め作品安藤忠雄です。
安藤忠雄《大山崎山荘I》1998年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:50.0×81.0cm
シートサイズ:60.0×90.0cm
B版:Ed.35 サインあり
安藤忠雄《大山崎山荘II》1998年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
イメージサイズ:55.0×82.5cm
シートサイズ:60.0×90.0cm
B版:Ed.35 サインあり
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ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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