杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第100回
エッセイ連載100回の節目を迎えて。
改めて、はじめまして。杉山幸一郎です。
毎月少しずつ綴ってきたこのエッセイも、気づけば100回の大台に乗りました。
定期的に何かを書いていくというのは簡単なようでなかなか大変で、はじめは勢いよく書けていても途中で書くことがなくなってきたり、時間に追われてパスしたくなったりということが実は何度もありました。その一方で「そう言えば、ブログを見ましたよ」と多くの人に声をかけていただく機会が増えていったことで、モチベーションを持続できてきたことも事実です。
今回のエッセイでは、この連載がはじまったきっかけと、僕にとってこのエッセイがどういう意味をもっているのか。を改めて少し考えてみようと思います。
≪きっかけ≫
そもそも、ときの忘れものギャラリーの綿貫夫妻、尾立さんと初めて知り合ったのは、2009-11年に留学していたチューリッヒです。知人を通して、アートフェアに日本のギャラリーが出展するのだが、通訳を必要としている。という話が僕にきたのですが、当時僕はドイツ語も英語もアートフェアにやって来る方たちにうまく話せるほど語学力がなく、その依頼を言語堪能な友人に紹介したのが始まりです。
当日、その友人に会いに、そしてアートフェアとはどんなものだろうという好奇心で会場に伺ったのが、ときの忘れものギャラリーでした。綿貫さんからは、磯崎新、安藤忠雄、石山修武といった建築家たちが制作した版画を見せてもらい、次回は青山(当時はギャラリーが青山にあった)においでよと誘ってもらい、帰国時に伺ったのがはじまりです。
ちなみに当時の日記を振り返ると、2009年11月15日に以下を綴っていました。
* * *
昨日行ったZurichのアートフェスタ。
そこで会った、あるギャラリストの方の話がとても興味深かった。
そのギャラリーでは大御所アーティストの作品とともに、
安藤忠雄や磯崎新、石山修武といった巨匠建築家のドローイングを扱っている。
日本では建築家のドローイングはあまり美術作品としては流通していないが、
海外ではそうでもないようだ。
でもなぜ建築家のドローイングなのかと尋ねてみた。
建築家は自分の作りたいイメージ、感覚をまずは紙の上でカタチにする。
だからその生のまま出て来たものというのは、もの凄いパワーある。
その時点ではアーティストも建築家も変わらない。
ということだ。
また、
建築はもしかしたら取り壊されてしまうかもしれない。
でも、建築家が残したドローイングは建築それ自身よりも後世に残る可能性がある。
それはルドゥーのドローイングがその他の実作品よりも未だ影響力があることから明らかだ。
たった一枚のドローイングが世界に衝撃を与えるのは、ミースの有名なドローイングも然り。
僕も描いていかなければ!
* * *
その後、僕が関わった建築グループ展が2つほどあり、その紹介をブログでさせてもらったのが縁で、2016年からこのエッセイがスタートします。
当時、僕は建築家ピーター・ズントーの設計事務所に入って幾年か経った頃でした。スイスでの労働ビザ取得が難しいこともあって、日本人がスイスで建築家として働くってどういうことなの?ズントーは日本でも知られているけれど、その事務所ってどんなところなの?ということが知りたい友人知人がたくさんいて、その素晴らしさを(もちろん難しさも)紹介できる範囲で共有していこうと思い立ったのがきっかけです。スイスでの生活を含めた日常を綴っていくというテーマで書き始めました。
≪エッセイ≫
タイトルの「幸せにみちたくうかん」というのは、スイスとは一見関係のない、わかりやすいようで掴みどころのないテーマです。これは学生時代に修士制作で行ったプロジェクトのタイトルでした。2011年に震災があって、僕は一体何ができるのだろうと思い考えながら歩いた巡礼路。その道で出会った教会、街、そして人。それがすべての原点です。
「幸せにみちている」というのはとても抽象的で、かつ主観的でもあり、建築を設計する上で空間の構成や間取りに直接落とし込めるような論理的なテーマになり得ない。と当時からやや不評でした。
ただ、当時から今も僕が強く意識していたのは、こんなことです。
空間を体験したときに、もっと言えば、建物に出会うまでのアプローチから、建物に対峙したときにすら、感情的に揺さぶられるような気持ちが湧くことがあります。そうした感覚的かつ主観的な心の動きを、現社会では言語化して共有していくのは難しいかもしれないけれど、いつかそれが、何かしらの技術的な進歩の手助けによって、もしくは何か別の方法によって、その感覚を他人と分かち合い、共有できる時代がやってくるだろう。そうした思いをもって、名付けました。(残念ながら10年以上経った今も、それは実効力のあるものとして社会に共有されうる事柄にはなっていません。。)
美しいとか、心地よいとか、よくわからないんだけれど感情的に揺さぶられる。とか。そうした感覚を建築空間によって実現する。空間をいろいろなモノ(素材)を組み合わせることによってできる新しい感覚があるはずだ。と考えています。
解説文を読んで頭で考えて納得することも、SNS上で視覚的に見栄えが良かったり大胆であったりすることも大切かもしれないけれど、僕はどちらかというとその新しい感覚を求めているのだと思います。
ともあれ、僕にとってこの毎月のエッセイは、定期的にやってくる唯一の、自分の生活や考え方をまとめる作業となっています。仕事のほとんどは、文章を読むことはあっても、書くことは限られていて、その多くはプロジェクトを説明するためのもの。創造的な行為とは必ずしも言えません。
本来ならば、書くことによって考え方を深めていく、言葉を選んでいくことによって考え方を整理していく作業の過程で発見をし、新しい価値として古いものの書き換えをしていく行為に出会っていきたい。
100回という大台を迎えた今回、次の大台まで、もう一度初心に戻って書き進めていこうと思います。引き続きよろしくお願いします。
(すぎやま こういちろう)
■杉山幸一郎 SUGIYAMA Koichiro
日本大学、東京藝術大学大学院にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学に留学。2014年から2021年までアトリエピーターズントー。現在、スイス連邦工科大学チューリッヒ校で設計を教える傍ら、建築設計事務所atelier tsuを共同主宰。2022年1月ときの忘れものにて初個展「杉山幸一郎展スイスのかたち、日本のかたち」を開催、カタログを刊行。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。
・ 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
●本日のお勧め作品は杉山幸一郎です。
"Land & Water Relief 01"
2023
リサイクルプラスチック、ワックス
9.8x11.3x2.cm
Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
エッセイ連載100回の節目を迎えて。
改めて、はじめまして。杉山幸一郎です。
毎月少しずつ綴ってきたこのエッセイも、気づけば100回の大台に乗りました。
定期的に何かを書いていくというのは簡単なようでなかなか大変で、はじめは勢いよく書けていても途中で書くことがなくなってきたり、時間に追われてパスしたくなったりということが実は何度もありました。その一方で「そう言えば、ブログを見ましたよ」と多くの人に声をかけていただく機会が増えていったことで、モチベーションを持続できてきたことも事実です。
今回のエッセイでは、この連載がはじまったきっかけと、僕にとってこのエッセイがどういう意味をもっているのか。を改めて少し考えてみようと思います。
≪きっかけ≫
そもそも、ときの忘れものギャラリーの綿貫夫妻、尾立さんと初めて知り合ったのは、2009-11年に留学していたチューリッヒです。知人を通して、アートフェアに日本のギャラリーが出展するのだが、通訳を必要としている。という話が僕にきたのですが、当時僕はドイツ語も英語もアートフェアにやって来る方たちにうまく話せるほど語学力がなく、その依頼を言語堪能な友人に紹介したのが始まりです。
当日、その友人に会いに、そしてアートフェアとはどんなものだろうという好奇心で会場に伺ったのが、ときの忘れものギャラリーでした。綿貫さんからは、磯崎新、安藤忠雄、石山修武といった建築家たちが制作した版画を見せてもらい、次回は青山(当時はギャラリーが青山にあった)においでよと誘ってもらい、帰国時に伺ったのがはじまりです。
ちなみに当時の日記を振り返ると、2009年11月15日に以下を綴っていました。
* * *
昨日行ったZurichのアートフェスタ。
そこで会った、あるギャラリストの方の話がとても興味深かった。
そのギャラリーでは大御所アーティストの作品とともに、
安藤忠雄や磯崎新、石山修武といった巨匠建築家のドローイングを扱っている。
日本では建築家のドローイングはあまり美術作品としては流通していないが、
海外ではそうでもないようだ。
でもなぜ建築家のドローイングなのかと尋ねてみた。
建築家は自分の作りたいイメージ、感覚をまずは紙の上でカタチにする。
だからその生のまま出て来たものというのは、もの凄いパワーある。
その時点ではアーティストも建築家も変わらない。
ということだ。
また、
建築はもしかしたら取り壊されてしまうかもしれない。
でも、建築家が残したドローイングは建築それ自身よりも後世に残る可能性がある。
それはルドゥーのドローイングがその他の実作品よりも未だ影響力があることから明らかだ。
たった一枚のドローイングが世界に衝撃を与えるのは、ミースの有名なドローイングも然り。
僕も描いていかなければ!
* * *
その後、僕が関わった建築グループ展が2つほどあり、その紹介をブログでさせてもらったのが縁で、2016年からこのエッセイがスタートします。
当時、僕は建築家ピーター・ズントーの設計事務所に入って幾年か経った頃でした。スイスでの労働ビザ取得が難しいこともあって、日本人がスイスで建築家として働くってどういうことなの?ズントーは日本でも知られているけれど、その事務所ってどんなところなの?ということが知りたい友人知人がたくさんいて、その素晴らしさを(もちろん難しさも)紹介できる範囲で共有していこうと思い立ったのがきっかけです。スイスでの生活を含めた日常を綴っていくというテーマで書き始めました。
≪エッセイ≫
タイトルの「幸せにみちたくうかん」というのは、スイスとは一見関係のない、わかりやすいようで掴みどころのないテーマです。これは学生時代に修士制作で行ったプロジェクトのタイトルでした。2011年に震災があって、僕は一体何ができるのだろうと思い考えながら歩いた巡礼路。その道で出会った教会、街、そして人。それがすべての原点です。
「幸せにみちている」というのはとても抽象的で、かつ主観的でもあり、建築を設計する上で空間の構成や間取りに直接落とし込めるような論理的なテーマになり得ない。と当時からやや不評でした。
ただ、当時から今も僕が強く意識していたのは、こんなことです。
空間を体験したときに、もっと言えば、建物に出会うまでのアプローチから、建物に対峙したときにすら、感情的に揺さぶられるような気持ちが湧くことがあります。そうした感覚的かつ主観的な心の動きを、現社会では言語化して共有していくのは難しいかもしれないけれど、いつかそれが、何かしらの技術的な進歩の手助けによって、もしくは何か別の方法によって、その感覚を他人と分かち合い、共有できる時代がやってくるだろう。そうした思いをもって、名付けました。(残念ながら10年以上経った今も、それは実効力のあるものとして社会に共有されうる事柄にはなっていません。。)
美しいとか、心地よいとか、よくわからないんだけれど感情的に揺さぶられる。とか。そうした感覚を建築空間によって実現する。空間をいろいろなモノ(素材)を組み合わせることによってできる新しい感覚があるはずだ。と考えています。
解説文を読んで頭で考えて納得することも、SNS上で視覚的に見栄えが良かったり大胆であったりすることも大切かもしれないけれど、僕はどちらかというとその新しい感覚を求めているのだと思います。
ともあれ、僕にとってこの毎月のエッセイは、定期的にやってくる唯一の、自分の生活や考え方をまとめる作業となっています。仕事のほとんどは、文章を読むことはあっても、書くことは限られていて、その多くはプロジェクトを説明するためのもの。創造的な行為とは必ずしも言えません。
本来ならば、書くことによって考え方を深めていく、言葉を選んでいくことによって考え方を整理していく作業の過程で発見をし、新しい価値として古いものの書き換えをしていく行為に出会っていきたい。
100回という大台を迎えた今回、次の大台まで、もう一度初心に戻って書き進めていこうと思います。引き続きよろしくお願いします。
(すぎやま こういちろう)
■杉山幸一郎 SUGIYAMA Koichiro
日本大学、東京藝術大学大学院にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学に留学。2014年から2021年までアトリエピーターズントー。現在、スイス連邦工科大学チューリッヒ校で設計を教える傍ら、建築設計事務所atelier tsuを共同主宰。2022年1月ときの忘れものにて初個展「杉山幸一郎展スイスのかたち、日本のかたち」を開催、カタログを刊行。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。
・ 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
●本日のお勧め作品は杉山幸一郎です。
"Land & Water Relief 01"2023
リサイクルプラスチック、ワックス
9.8x11.3x2.cm
Signed
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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