佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」第15回

あるがままを受け入れる

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いつものカフェでいつものようにチーズトーストを頼む。あれ?昨日頼んだのと全然違う。確かにチーズトーストではあるのだけれど、昨日は対角線で切られて三角×2の薄くシャープな雰囲気だったのに、今日は適当に短冊状に切られている。しかもビッグマックのようにパンが間にもう一枚挟まっていてボリュームがすごい。

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ポルトガルではこういうことは珍しくない。同じ店の同じ注文がなぜこうも違うかと言えば、単に作る人が違ったからである。日本の感覚だと新人は先輩からその店のチーズトーストの作り方を習い、同じように作るのが当たり前だ。もっともポルトガルでも店によりけりなのだが、そんな店の割合は日本よりずいぶん高く感じる。人によってクオリティが全然違うので、その日の店員さんが得意な注文を選ぶようにしてみたこともあるが、それでも裏切られる。同じ人でも日によって作り方が違ったりするのだ。ここまで来て、計画するのは諦めるしかないと悟る。そしてここの客でそんな細かいことを気にしているのはおそらく僕だけである。

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日本ではストライキで電車が運休したのは過去の話だけれど、ポルトガルでは今でもよくある。通常運転の日でも時間通りに来ないのは当たり前だし、ストでもなく何故かずっと出発しない事もある。日本のような車内アナウンスはもちろん無いし、車掌をつかまえて理由を聞いても、肩をすくめるだけ。駅のエスカレーターが動いているかどうかも運次第。はじめは故障かなと思っていたけれど、故障にしてはあまりに頻繁に止まっている。なぜかものすごく遅い速度で動いている日もある。それらの理由が示されることはないし、そもそも誰も聞かない。目の前の状況をあるがまま受け入れるだけだ。

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理由がわかれば自分なりに対処や予測のしようもあるのだけど、わかるケースは稀である。こんなジョークがある。「コンサートの開演時刻、1時間前にドイツ人と日本人が来た。イギリス人は10分前、アメリカ人はぴったりに現れた。フランス人は5分後、イタリア人は15分後、スペイン人は30分後に到着。ポルトガル人がいつ来るかは誰も知らない…」

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イタリア人が一番ルーズなイメージだったのだが、どうやら違うみたい。この話の鋭いところは、ポルトガルだけが持つ不確定性だ。日本人の僕はこの話を聞いてこう考える。次もしドイツ人と待ち合わせる時はいつも通り行こう。次もしイタリア人と待ち合わせる時は約束の15分後を狙って行こう。受験勉強で培った「傾向と対策」だが、それが唯一通用しないのがポルトガル人ということになる。場合によっては時間通りに来たりもするので、まめな人ほど困惑する。結局、こちらもポルトガル人マインドになる、という全然解決策になっていない結論に至る。

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ただ、この生き方は捉え方によっては先進的と言えなくもない。予測不能ということは、未来についてあれこれ画策してもあまり意味がないということで、相対的に「今」に意識を向ける比重が高まる。それは瞑想やマインドフルネスといった、情報社会によるストレスに対処する方法論と重なる部分がある。周回遅れのように見えてトップランナーのようでもある。その二面性がとてもポルトガルらしい。そして本人たちはどう見えているのかにあまり関心がない。

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今を楽しむことが最優先。明日は行くかもしれないし行かないかもしれない。もちろん個人差はあるし、仕事の場で発揮されるとこちらは大変な目にあう。PDCA(Plan, Do, Check, Act)サイクルというビジネス用語は、ポルトガルではPlan, Delay, Cancel, Appologizeの略という笑い話もあるくらい。でも気が付くのは、この生き方はシンプルだということ。ある種野生的で、そのメンタリティが大航海時代の先鞭をつけたのかもしれないと思ったりする。未知の海の先にどんな危険が待ち構えているか、100%の安全を確認してから出発しようと考えたら、永遠に出発はできない。

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そして今日も電車はストで間引き運転である。40分待って来た電車は、山手線並みの大混雑。ドアいっぱいまで人で溢れているが、子連れと見るや無理矢理つめて場所を空けてくれる。乗ると冷房はやっぱり壊れていてサウナ状態。にも関わらずポルトガル人たちはイラついた素ぶりを見せない。それどころか大人の間にうずもれてしまった子供を見て、たまたま前にいた男性が腕に抱き抱えてくれる。「このまま一緒にうちに来るかい?」と聞かれて首を横に振る子供。その様子を見て、周りのみんなが笑ったりやんや言ったり。すし詰めで汗だくになりながら、つられて思わず笑ってしまう。

(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2024年10月20日の予定です。

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No15_Miyawaki Megu宮脇愛子
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知らせを受けて、刷り師の石田さんと駆け付け、枕元に先生のお好きだった小さなお花を供えたのを昨日のことのように思い出します。
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会期:2024年8月20日(火)~8月31日(土)※日・月・祝日休廊
出品作品の詳細は8月17日ブログに掲載しました。
杣木浩一×宮脇愛子展案内状 表面1200

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E-mail:info@tokinowasuremono.com 
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