「パン・パン (Pain Peint)」:幻のイオラス・ギャラリー於マン・レイ展カタログ1973
中原千里

本書表記:
タイトル:マン・レイ
1973年、発行場所不詳(展示はミラノとパリ)、アレクサンドル・イオラス画廊の展覧会カタログ。
折本、170x240mm、18p。1926年発行ポートフォリオ「回転扉」のポショワール版10点とマルチプルオブジェ3点の図版、「ペシャージュ」(1970年)の折り込みポスター(815x477mm)を含む。
フロッキー地に青色に塗った石膏製フランスパン「バゲット(*)」が貼られ、青いリボンが巻かれている。
*このバゲットのオリジナルは本物のパンに青い絵の具を塗った作品だが当然保存できず消失、後にマルチプルとして製作されたオブジェの縮小版である。マン・レイ自身による「フランス語で "pain peint"(パン・パンと発音、訳は“絵の具を塗ったパン”)、それは消防車の後を追いかけながらサイレンの音を真似する子供たちの声を想起させる」という言葉から、通称「パン・パン」と呼ばれる。
エディション数不明。
状態良好、角2ヶ所極小イタミ有。
作品掲載資料:
- R. Penrose, Man Ray, Londres, 1975, p.203, Pain peint, ill.p.184
- A. Schwartz, Man Ray, The rigor of imagination, Londres, 1977 (Pain peint, p.369, n°322, ill. p. 184)
- J.-H. Martin, R. Krauss et B. Hermann, Man Ray, catalogue raisonne, Sculptures et objets, Objets de mon affection, Paris, Philippe Sers, 1983 (Pain peint p.154, n°127, ill. p. 107)
コメント:
1)作家略歴
マン・レイ、(Man Ray)本名:エマニュエル・ラドニツキー (Emmanuel Radnitzky) ペンシルベニア州フィラデルフィアにて1890 年8月27日生まれ、パリにて1976年11月18日没)
1915年ころマルセル・デュシャンと出会い、のちにニューヨーク・ダダとよばれる運動を、ヨーロッパのダダと同時並行的に進めた。
1921年7月にはエコール・ド・パリの時代であったパリに渡り、同年6月パリに戻っていた親友のデュシャンの紹介によって、パリのダダイストたちと出会う。1924年アンドレ・ブルトン著「シュルレアリスム宣言」発刊に伴いシュルレアリスム運動が起こるとそのグループと交流を始め、1925年の第1回シュルレアリスム展にマックス・エルンスト、パウル・クレー、アンドレ・ マッソン、ジョアン・ミロ、パブロ・ピカソらと共に参加、以後グループの中心的存在として活躍する。
マン・レイは、ブルトンの推奨する「“互いに相容れない 2 つの物の出会い”,シュルレアリスムの美学において,事物を日常的な関係から追放して異常な 関係の中に置き,ありうべからざる光景を作りだす行為“デペイズマン(depaysement)”を創出する」という考えを、視覚と言語双方において巧みに表現することができ、コラージュ、絵画、デッサン、オブジェ、写真など多種のメディアに渡り重要な作品を残している。

2)回転扉 (Revolving Doors)
歴史:
マン・レイは、ニューヨークで1916年から17年にかけて色彩平面のコラージュ連作を制作した。このシリーズを1919年にダニエル・ギャラリーで初めて展示するために額装された際、作品は回転する金属の軸に別々に蝶番で固定する形で展示された。そのため、軸の上で回転するコラージュの動きは回転扉(Revolving Doors) に似ており、印象的な光学的効果を生み出していた。色鮮やかなコラージュは、キュビスムの落ち着いた色調と叙情的な抽象的造形に親しんでいた前衛コレクターには当時受け入れられなかった。10点のコラージュシリーズは1926年にパリで再び展示され、この機会に105部限定の版画ポートフォリオが制作された。
1973年、イオラス・ギャラリーはすでに貴重となった1926年刊の版画10点揃いを展示、本カタログの柱になっている。
3)イオラス・ギャラリー
オーナーはアレクサンダー・イオラス (1908生-1987没)、エジプト生まれのギリシャ系アメリカ人。若い頃はダンサーとして活躍したが30歳を過ぎて引退したのち1945年にニューヨークに於いて画廊を設立し、ヨーロッパのシュルレアリスト達(ルネ・マグリット、マックス・エルンスト、ジョルジオ・デ・キリコ、ヴィクトール・ブローネーなど)を紹介すると共にアンディー・ウォーホール、ヌーボー・レアリストなど当時の先鋭アートを続けて発表する。成長を続ける画廊は’60年代に入ると世界の大都市(ジュネーヴ、パリ、ミラノ、チューリッヒ、マドリッド、ローマ)に支店を展開した。1965年~1976頃が最盛期と言われる。
4)セルジオ・トジ(Sergio Tosi 、版元、グラフィック・デザイナー、生没年不詳)
セルジオ・トジは卓越したセンスと印刷技術で多数のアーティストブックを手がけたイタリアのデザイナーである。
イオラスはよく彼に画廊の展覧会に合わせてカタログ制作を依頼した。世界中に支店のあるイオラス・ギャラリーのカタログには、通常記載されるはずの場所と日付がないのが特徴で、このため後年になって残された本書を含む美しいカタログの制作年代を突き止めるのが難しくなる。
トジは「回転扉」10点セットが中心の1973年マン・レイ展カタログをダニエル・ギャラリーの展示を彷彿とさせる折本仕立てに、その表紙には伝説的な「パン・パン」を飾ることにした。トジは他にルーチョ・フォンタナ ( Lucio Fontana)やポル・ビュリー (Pol Bury) などのために優れたアーティストブックを制作しているが、本書はもっとも成功した例の一つと言える。自身が印刷工房を所有していたことで複雑な工程も敢えて挑戦できたようだ。

5)本書の発行部数
表記にも「不明」としている通り、様々な調査にもその謎を解く鍵が見つからない。パリとミラノを巡回したことが知られているのみ、仕立てが凝っている分出来上がった部数が少なかったのか、しばしば起こることだが展覧会会期に間に合わなかった、郵送で問題が起きた、倉庫に放置され紛失、など複数の可能性が考えられる。いずれにせよ本の保存に最も力が入れられている国フランスで、しかもパリで展覧会が開催されているにも拘らず本書が古本市場に出ることが極めて少ないのである。
6)シュルレアリスム稀覯本の市場と本書の位置
1966年にブルトンが死去、1969年にはグループによる公式解散の後、シュルレアリスムはその運動の歴史と文化的影響の評価が行われる時期に入り、同時に新しい世代の稀覯本収集が始まった。戦前の初版限定本、直筆原稿及び有名作家による装丁本は華々しく書店を飾り、競売ではトリスタン・ツァラを代表とする著名人の蔵書が競売にかかるなど、’70-‘80年代に市場は加熱した。そして2003年のアンドレ・ブルトン蔵書オークションは記録的な落札価格を弾き出している。
1973年刊のイオラス・ギャラリーのカタログはそうした「銘子」書籍の影にひっそりと隠れた。一般の目に触れたのは1995年コンテンポラリー・アーティストブックを収集したパリゼル (Parizel) コレクションのオークションカタログである。しかしそれも目立たなかった。まだ1926年のポートフォリオ「回転扉」が見つかる可能性があったし、本書はマン・レイ最晩年の展覧会目録にすぎなかったのだ。
2021年のリュシアン&エドモンド・トレイヤール (Lucien et Edmonde Treillard) コレクションと2022年のロザリンド・ゲルシュタイン=ジャコブス (Rosalind Gersten Jacobs) コレクションのオークションにて前者は12,500ユーロ、後者は13,860ドルという高額で落札されるまで、このカタログはほぼマン・レイと交際の深かった関係者とシュルレアリスム稀覯本専門書店、少数のコレクターのみが知るアイテムであった。この後市場に現れた部も架蔵していたのはそういった関係者がほとんどである。
今日1926年発行のオリジナルポショワール10点セットを入手する可能性が極めて少ない(万一市場に出ても非常に高額であろう)ことから、「回転扉」の1919年の展示をミニチュアで再現し、伝説の「パン・パン」も付く、ウィンドウ展示に大変効果のある本書は美術館でも収集され始めている。
(なかはら ちさと)
●自己紹介
1960年生まれ(東京)
1974年:現代詩手帖で瀧口修造とシュルレアリスムを知る。
1976年:サド公爵・澁澤龍彦訳「悪徳の栄え」を読みこれを哲学書と解釈しフランス語を学ぶことにする。
1983-84年
多摩美大学在学中研究生として渡仏、ソルボンヌの「大学コース」とヘイターの版画工房アトリエ・17に通う。アンドレ・フランソワ・プチギャラリーの店主とサドの話をしたところ後日エリザ・ブルトン、アニー・ル・ブラン、ラドヴァン・イヴジックを招待したディナーに添加される。あまりのことに緊張してほぼ何も覚えていない。
1984年渋谷パルコにて「ベルメール写真展」企画参加。
2023年ジャン・フランソワ・ボリー、ジャック・ドンギー共著「北園克衛評伝」執筆協力。
戦前・戦後のシュルレアリスム研究がライフワークである。
●本日のお勧め作品は宮脇愛子です。
宮脇愛子『Hommage a Man Ray マン・レイへのオマージュ』(シルクスクリーン入り小冊子、DVD付き)
限定25部(番号・サイン入り)
ときの忘れもの 発行
折本形式(蛇腹)、表裏各15ページ
サイズ:18.0×14.5cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
*画廊亭主敬白
いまやシュルレアリスムの作品や書籍に関して知る人ぞ知るエキスパート、中原千里さんとは1980年代後半からの付き合いで、フランス語はもちろん、英語もまったく話せない亭主が頻繁にパリ通いをしていたころとても助けていただきました。
今回の展示の重要な出品作品であるマン・レイの「パン・パン (Pain Peint)」について寄稿をお願いしたのですが、既に日本よりフランス生活の長くなった中原さんは日本語でのエッセイ執筆に四苦八苦されたようです。
中原さん、無理言ってごめんなさい、そしてありがとう。さすがですね。
1988年12月26日ナントの美術館にてラブルールの作品を見る、左から二人目が中原さん
◆「生誕120年 瀧口修造展V Part 2 シュルレアリスム関連8作家とともに」
2024年9月10日(火)~21日(土)11時~19時 ※日・月・祝日休廊
出品:瀧口修造、ジョアン・ミロ、マックス・エルンスト、マン・レイ、ハンス・ベルメール、ロベルト・マッタ、フランシス・ピカビア、マルセル・デュシャン、パウル・クレー、他
出品作品の詳細は9月9日ブログに掲載しました。
※クリックすると再生します。
※右下の「全画面」ボタンをクリックすると動画が大きくなります。
●パリのポンピドゥーセンターで始まったシュルレアリスム展にはときの忘れものから瀧口修造のデカルコマニーを出展しています。カタログ(仏文)が到着しましたので特別頒布します。

『SURREALISME』(仏語版)図録
サイズ:32.8×22.8×3.5cm、344頁
頒布価格:2万円+税=22,000円
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
中原千里

本書表記:
タイトル:マン・レイ
1973年、発行場所不詳(展示はミラノとパリ)、アレクサンドル・イオラス画廊の展覧会カタログ。
折本、170x240mm、18p。1926年発行ポートフォリオ「回転扉」のポショワール版10点とマルチプルオブジェ3点の図版、「ペシャージュ」(1970年)の折り込みポスター(815x477mm)を含む。
フロッキー地に青色に塗った石膏製フランスパン「バゲット(*)」が貼られ、青いリボンが巻かれている。
*このバゲットのオリジナルは本物のパンに青い絵の具を塗った作品だが当然保存できず消失、後にマルチプルとして製作されたオブジェの縮小版である。マン・レイ自身による「フランス語で "pain peint"(パン・パンと発音、訳は“絵の具を塗ったパン”)、それは消防車の後を追いかけながらサイレンの音を真似する子供たちの声を想起させる」という言葉から、通称「パン・パン」と呼ばれる。
エディション数不明。
状態良好、角2ヶ所極小イタミ有。
作品掲載資料:
- R. Penrose, Man Ray, Londres, 1975, p.203, Pain peint, ill.p.184
- A. Schwartz, Man Ray, The rigor of imagination, Londres, 1977 (Pain peint, p.369, n°322, ill. p. 184)
- J.-H. Martin, R. Krauss et B. Hermann, Man Ray, catalogue raisonne, Sculptures et objets, Objets de mon affection, Paris, Philippe Sers, 1983 (Pain peint p.154, n°127, ill. p. 107)
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コメント:
1)作家略歴
マン・レイ、(Man Ray)本名:エマニュエル・ラドニツキー (Emmanuel Radnitzky) ペンシルベニア州フィラデルフィアにて1890 年8月27日生まれ、パリにて1976年11月18日没)
1915年ころマルセル・デュシャンと出会い、のちにニューヨーク・ダダとよばれる運動を、ヨーロッパのダダと同時並行的に進めた。
1921年7月にはエコール・ド・パリの時代であったパリに渡り、同年6月パリに戻っていた親友のデュシャンの紹介によって、パリのダダイストたちと出会う。1924年アンドレ・ブルトン著「シュルレアリスム宣言」発刊に伴いシュルレアリスム運動が起こるとそのグループと交流を始め、1925年の第1回シュルレアリスム展にマックス・エルンスト、パウル・クレー、アンドレ・ マッソン、ジョアン・ミロ、パブロ・ピカソらと共に参加、以後グループの中心的存在として活躍する。
マン・レイは、ブルトンの推奨する「“互いに相容れない 2 つの物の出会い”,シュルレアリスムの美学において,事物を日常的な関係から追放して異常な 関係の中に置き,ありうべからざる光景を作りだす行為“デペイズマン(depaysement)”を創出する」という考えを、視覚と言語双方において巧みに表現することができ、コラージュ、絵画、デッサン、オブジェ、写真など多種のメディアに渡り重要な作品を残している。

2)回転扉 (Revolving Doors)
歴史:
マン・レイは、ニューヨークで1916年から17年にかけて色彩平面のコラージュ連作を制作した。このシリーズを1919年にダニエル・ギャラリーで初めて展示するために額装された際、作品は回転する金属の軸に別々に蝶番で固定する形で展示された。そのため、軸の上で回転するコラージュの動きは回転扉(Revolving Doors) に似ており、印象的な光学的効果を生み出していた。色鮮やかなコラージュは、キュビスムの落ち着いた色調と叙情的な抽象的造形に親しんでいた前衛コレクターには当時受け入れられなかった。10点のコラージュシリーズは1926年にパリで再び展示され、この機会に105部限定の版画ポートフォリオが制作された。
1973年、イオラス・ギャラリーはすでに貴重となった1926年刊の版画10点揃いを展示、本カタログの柱になっている。
3)イオラス・ギャラリー
オーナーはアレクサンダー・イオラス (1908生-1987没)、エジプト生まれのギリシャ系アメリカ人。若い頃はダンサーとして活躍したが30歳を過ぎて引退したのち1945年にニューヨークに於いて画廊を設立し、ヨーロッパのシュルレアリスト達(ルネ・マグリット、マックス・エルンスト、ジョルジオ・デ・キリコ、ヴィクトール・ブローネーなど)を紹介すると共にアンディー・ウォーホール、ヌーボー・レアリストなど当時の先鋭アートを続けて発表する。成長を続ける画廊は’60年代に入ると世界の大都市(ジュネーヴ、パリ、ミラノ、チューリッヒ、マドリッド、ローマ)に支店を展開した。1965年~1976頃が最盛期と言われる。
4)セルジオ・トジ(Sergio Tosi 、版元、グラフィック・デザイナー、生没年不詳)
セルジオ・トジは卓越したセンスと印刷技術で多数のアーティストブックを手がけたイタリアのデザイナーである。
イオラスはよく彼に画廊の展覧会に合わせてカタログ制作を依頼した。世界中に支店のあるイオラス・ギャラリーのカタログには、通常記載されるはずの場所と日付がないのが特徴で、このため後年になって残された本書を含む美しいカタログの制作年代を突き止めるのが難しくなる。
トジは「回転扉」10点セットが中心の1973年マン・レイ展カタログをダニエル・ギャラリーの展示を彷彿とさせる折本仕立てに、その表紙には伝説的な「パン・パン」を飾ることにした。トジは他にルーチョ・フォンタナ ( Lucio Fontana)やポル・ビュリー (Pol Bury) などのために優れたアーティストブックを制作しているが、本書はもっとも成功した例の一つと言える。自身が印刷工房を所有していたことで複雑な工程も敢えて挑戦できたようだ。

5)本書の発行部数
表記にも「不明」としている通り、様々な調査にもその謎を解く鍵が見つからない。パリとミラノを巡回したことが知られているのみ、仕立てが凝っている分出来上がった部数が少なかったのか、しばしば起こることだが展覧会会期に間に合わなかった、郵送で問題が起きた、倉庫に放置され紛失、など複数の可能性が考えられる。いずれにせよ本の保存に最も力が入れられている国フランスで、しかもパリで展覧会が開催されているにも拘らず本書が古本市場に出ることが極めて少ないのである。
6)シュルレアリスム稀覯本の市場と本書の位置
1966年にブルトンが死去、1969年にはグループによる公式解散の後、シュルレアリスムはその運動の歴史と文化的影響の評価が行われる時期に入り、同時に新しい世代の稀覯本収集が始まった。戦前の初版限定本、直筆原稿及び有名作家による装丁本は華々しく書店を飾り、競売ではトリスタン・ツァラを代表とする著名人の蔵書が競売にかかるなど、’70-‘80年代に市場は加熱した。そして2003年のアンドレ・ブルトン蔵書オークションは記録的な落札価格を弾き出している。
1973年刊のイオラス・ギャラリーのカタログはそうした「銘子」書籍の影にひっそりと隠れた。一般の目に触れたのは1995年コンテンポラリー・アーティストブックを収集したパリゼル (Parizel) コレクションのオークションカタログである。しかしそれも目立たなかった。まだ1926年のポートフォリオ「回転扉」が見つかる可能性があったし、本書はマン・レイ最晩年の展覧会目録にすぎなかったのだ。
2021年のリュシアン&エドモンド・トレイヤール (Lucien et Edmonde Treillard) コレクションと2022年のロザリンド・ゲルシュタイン=ジャコブス (Rosalind Gersten Jacobs) コレクションのオークションにて前者は12,500ユーロ、後者は13,860ドルという高額で落札されるまで、このカタログはほぼマン・レイと交際の深かった関係者とシュルレアリスム稀覯本専門書店、少数のコレクターのみが知るアイテムであった。この後市場に現れた部も架蔵していたのはそういった関係者がほとんどである。
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今日1926年発行のオリジナルポショワール10点セットを入手する可能性が極めて少ない(万一市場に出ても非常に高額であろう)ことから、「回転扉」の1919年の展示をミニチュアで再現し、伝説の「パン・パン」も付く、ウィンドウ展示に大変効果のある本書は美術館でも収集され始めている。
(なかはら ちさと)
●自己紹介
1960年生まれ(東京)
1974年:現代詩手帖で瀧口修造とシュルレアリスムを知る。
1976年:サド公爵・澁澤龍彦訳「悪徳の栄え」を読みこれを哲学書と解釈しフランス語を学ぶことにする。
1983-84年
多摩美大学在学中研究生として渡仏、ソルボンヌの「大学コース」とヘイターの版画工房アトリエ・17に通う。アンドレ・フランソワ・プチギャラリーの店主とサドの話をしたところ後日エリザ・ブルトン、アニー・ル・ブラン、ラドヴァン・イヴジックを招待したディナーに添加される。あまりのことに緊張してほぼ何も覚えていない。
1984年渋谷パルコにて「ベルメール写真展」企画参加。
2023年ジャン・フランソワ・ボリー、ジャック・ドンギー共著「北園克衛評伝」執筆協力。
戦前・戦後のシュルレアリスム研究がライフワークである。
●本日のお勧め作品は宮脇愛子です。
宮脇愛子『Hommage a Man Ray マン・レイへのオマージュ』(シルクスクリーン入り小冊子、DVD付き)限定25部(番号・サイン入り)
ときの忘れもの 発行
折本形式(蛇腹)、表裏各15ページ
サイズ:18.0×14.5cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
*画廊亭主敬白
いまやシュルレアリスムの作品や書籍に関して知る人ぞ知るエキスパート、中原千里さんとは1980年代後半からの付き合いで、フランス語はもちろん、英語もまったく話せない亭主が頻繁にパリ通いをしていたころとても助けていただきました。
今回の展示の重要な出品作品であるマン・レイの「パン・パン (Pain Peint)」について寄稿をお願いしたのですが、既に日本よりフランス生活の長くなった中原さんは日本語でのエッセイ執筆に四苦八苦されたようです。
中原さん、無理言ってごめんなさい、そしてありがとう。さすがですね。
1988年12月26日ナントの美術館にてラブルールの作品を見る、左から二人目が中原さん◆「生誕120年 瀧口修造展V Part 2 シュルレアリスム関連8作家とともに」
2024年9月10日(火)~21日(土)11時~19時 ※日・月・祝日休廊
出品:瀧口修造、ジョアン・ミロ、マックス・エルンスト、マン・レイ、ハンス・ベルメール、ロベルト・マッタ、フランシス・ピカビア、マルセル・デュシャン、パウル・クレー、他
出品作品の詳細は9月9日ブログに掲載しました。※クリックすると再生します。
※右下の「全画面」ボタンをクリックすると動画が大きくなります。
●パリのポンピドゥーセンターで始まったシュルレアリスム展にはときの忘れものから瀧口修造のデカルコマニーを出展しています。カタログ(仏文)が到着しましたので特別頒布します。

『SURREALISME』(仏語版)図録
サイズ:32.8×22.8×3.5cm、344頁
頒布価格:2万円+税=22,000円
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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