展覧会紹介 横須賀美術館企画展 「瑛九 -まなざしのその先に-」 

栗林 陵


 横須賀美術館では9月14日から企画展「瑛九 -まなざしのその先に-」を開催しています。担当をさせていただきました、栗林と申します。
 正直に申しますと、当初、瑛九の研究者でもなく、一鑑賞者として各地の美術館で出会う瑛九作品に触れてきただけの自分(ただのファンといってよい)が、本当に担当してもいいのか?という、及び腰の姿勢ではありました。しかし、学芸員として瑛九展の担当ができる機会なんて、この先にまず巡って来ない! そう、心に刻んだ展覧会です。

1

 自分が初めて、「瑛九」を知る契機となったのが、学生時代、追っていた菱田春草の展覧会開催歴に掲載されていた「四人の作家:菱田春草 瑛九 上阪雅人 高村光太郎」展(1960年、東京国立近代美術館)であり、「春草と肩を並べるこの作家は誰だ?」と、すぐに図録に目を通し、それと同時期に、近所にあり、ふらっと立ち寄った町田市立国際版画美術館で、瑛九のエッチングを偶然にも数多く見ることができたことを記憶しています。(遠い目…)
 以降、各地の美術館を訪れるたび、展示目録に「瑛九」の名があると、「今日はなんてラッキーなんだ」と思い、仕事ではありますが、訪れた宮崎県立美術館の瑛九展示室で「瑛九が一度にこんなに見れるなんて!」と狂喜乱舞もしました。

 また、輪をかけてお恥ずかしい話なのですが、金字塔ともいえる「生誕100年 瑛九展」(2011年、宮崎県立美術館/うらわ美術館・埼玉県立近代美術館)を未見でして、なんで行かなかったのだろうと、記憶をさかのぼってみると、「あー あの展覧会を担当していたのか…」ととても他所様の展覧会を見に行く余裕はなく甘酸っぱい思い出が甦ってきた次第です。その後の宮崎県立美術館での2021年の生誕110年展も見ることができずという、回顧展未見という前代未聞の担当なのです。

 というように、私自身、各地の美術館で瑛九作品と出会ってはいるのですが、宮崎県立美術館を除いて、一度に見ることができた油彩画は、多くても4点程。フォト・デッサンやエッチング、リトグラフは、点数は見ることができますが、同一ジャンルで展示が完結していることが多く、その場では、瑛九の画業の一部しか見ることができないのが現状でした。回顧展を見逃している自分は、すさまじい勢いで変遷していく画風、また、幅広い分野での創作活動、それらが絡み合い新たな表現を生み出していく過程を、自分の記憶をつなぎ合わせていくしかなく…

2
1章 1911-1951 展示室1

 そこで、今回、自分が担当するにあたり、まず思ったのが、瑛九の短くも濃密な画業を俯瞰できる展覧会とすることです。関東圏では、先に挙げた「生誕100年 瑛九展」以来、13年振りの画業を通した回顧展。その間に、瑛九ファンとなった方はもちろんですが、100年展をご覧になられた方も、今一度、画業を通すことで、新たな発見や瑛九の魅力を改めて感じていただけるのではないかと思います。
 
 また、横須賀美術館で瑛九展を開催する契機ともいえるのが、所蔵の瑛九作品《デッサン(セロファン)》(以下、本作)です。本ブログの読者の方は、本作がフォト・デッサンのレイヤーの一部として用いられたものとすぐにお判りかと思います。今回、本作がどのような用いられたのかを調査し、本展では2点の本作を用いたフォト・デッサンを展示させていただくことができました。些細なことではありますが、横須賀美術館での瑛九研究の第一歩を踏み出すことができたと思います。

20240924173523_00001
《デッサン(セロファン)》 制作年不詳 横須賀美術館蔵

 長々と書いてしまいましたが、本展は、最初期から最晩年までの油彩画を中心に、フォト・デッサン、エッチング、リトグラフ、コラージュ、水彩、資料類あわせて121点、コンパクトではありますが回顧展の名に恥じぬ作品を展示しております。
 先に述べましたように、今回、私自身はじめて画業を通じて瑛九作品を見ることができたのですが、まず感じたのは、瑛九は、描く(表現する)ことに対する貪欲なまでの渇望、加えて、停滞を許さず自身が理想とする美を追求し続け、時として、それまで積み上げてきたものを、簡単に切り捨てることができる求道者のような制作姿勢です。

3
2章 1951-1957 展示室2

 あの作品がない、展示構成がおかしい等、様々なご意見があるかとは思いますが、今回、全面的にご協力いただきました各美術館様や個人の方にご出品いただきました瑛九作品は、どれも素晴らしい作品ばかりです。もし本展をご覧いただいた方で、「横須賀まではるばる見に来てよかったと」思っていただけたのであれば、それは瑛九作品が持つ力です。私自身、いろいろと展示に向け思案をしましたが、展示作業を終え、誰もいない展示室を眺めてまず思ったのが「作品を前に学芸員は無力だなー」という思いであり、作品たちに自分は何をしてあげることができたのだろうという自問自答です。そう思えるほど程に瑛九作品の凄さを、肌身を持って実感した次第です。

4
3章 1957-1960 展示室3

 最後になりましたが、本展開催にあたり、数多くの作品をご出品いただきました宮崎県立美術館様をはじめとする各美術館様及び個人所蔵家様、並びにご協力いただきました、ときの忘れもの様、関係各位にこの場をお借りして御礼申し上げます。また、稚拙な文章ではありますが、最後までお付き合いいただきました読者の皆様にも御礼申し上げます。
 皆様の横須賀美術館「瑛九 -まなざしのその先に-」への、ご来館をお待ちしております。 

くりばやし りょう(横須賀美術館 学芸員)

●「瑛九 ―まなざしのその先に―」
2024年9月14日 (土) ~ 2024年11月4日 (月)
※休館日 10月7日(月)
会場:横須賀美術館

20240921182003_00001

20240921180751_00001

●「瑛九 ―まなざしのその先に―」展図録
20240924174255_00001B5版変形 159頁
発行:2024年9月 横須賀美術館
執筆:小林美紀(宮崎県立美術館)
栗林陵(横須賀美術館)
2,200円(税込み)
ご購入はこちらから。
ときの忘れものでも扱っています。

*画廊亭主敬白
画廊では昨日から松本竣介展が始まりました。予想に違わず平日だというのに遠くは九州はじめ多くのお客様が来廊されました。最終日までこの調子だと思うので、竣介展が始まる前にと先日社長と横須賀に行ってまいりました。
栗林先生の初々しい文章(失礼)を読んで「横須賀まではるばる見に来てよかったと」思いました。
「最初期から最晩年までの油彩画を中心に、フォト・デッサン、エッチング、リトグラフ、コラージュ、水彩、資料類あわせて121点、コンパクトではありますが回顧展の名に恥じぬ作品を展示しております。」とありますが、まさにコンパクトで、全国の美術館のいいとこどりをした素晴らしい展示です。
故郷の宮崎、終焉の地の埼玉の両県立美術館は瑛九作品や関連資料を多く所蔵しており、幾度も回顧展を開催してきました。
対するに横須賀は作品は確か一点くらいしか無いはず。無いものの強みで(笑)埼玉、宮崎、竹橋の近美などからそれこそ瑛九の代表作だけを選んで借りてきたわけです。
ときの忘れもののスタッフには「全員横須賀へ行きなさい」と言っています。先発で観てきた松下撮影の画像をいくつかご紹介します。瑛九の輝くばかりの光溢れた世界をどうぞ横須賀で味わってください。
横須賀美術館 瑛九展 (1)

横須賀美術館 瑛九展 (8)

横須賀美術館 瑛九展 (11)

横須賀美術館 瑛九展 (14)右の「手」は1981年のギャラリー方寸の開廊記念展に展示したのですが、ながーく売れず2015年ときの忘れものの第26回瑛九展で何度目かの展示し、その後ようやく埼玉県立近代美術館の所蔵となりました。

横須賀美術館 瑛九展 (17)「青の中の丸」も1981年のギャラリー方寸の開廊記念展に展示しました(現在は東京国立近代美術館所蔵)。

横須賀美術館 瑛九展 (18)

横須賀美術館 瑛九展 (20)会期は11月4日 (月)まで、ぜひ皆さん、お出かけください。横須賀美術館は観客サービス抜群で、たしか休館日は年に一日か二日というほぼ年中無休の珍しい美術館です。

●本日のお勧め作品は瑛九です。
瑛九_フォト・デッサン カラー 瑛九「二人
1952 フォト・デッサンに吹き付け
サイズ:30.3x25.1 cm
裏にタイトル、年記あり
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。


松本竣介展図録を刊行しました(1,100円+送料250円)。
松本竣介展カタログ表紙『松本竣介展』図録
発行:ときの忘れもの
発行日:2024年10月4日
サイズ:25.7×18.2cm
カラー 24P
図版:松本竣介作品13点
執筆:弘中智子、大谷省吾
編集・デザイン:柴田卓
価格:1,100円(税込)
送料:250円

●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
photo (12)
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。