ポンピドゥー・センター 「シュルレアリスム展」レポート その2


中原千里




瀧口修造のデカルコマニーが第1章に配置されていたのは幸運だったが、展覧会は“国宝”室+13章で構成されているので「レポートその1」は、全体の1割にしかならない。この後順路は長く、マラソン大会のように延々と続く。タッタと進んで1時間半、じっくり観て3時間の道のりである。素直に順路を追って紹介しよう。

第2章:夢の軌跡(Trajectoire du rêve)
1 Redon

オディロン・ルドン(Odilon Redon)の「閉じた瞳(Les yeux clos, 1890)」。
オルセー美術館収蔵。当館はコロナ禍が起こる遥か昔から予約なしでは入れない美術館だ。最後に見たのがいつだったか思い出せない程なのに、その初々しい姿はいとも軽々と時を超えている。しばしの間旧交を温める。

実はその手前にダリの大作「夢(Le Rêve, 1931)」が控えているのだが、小さい壁に引きも取れない場所なので観客は鼻先を付けるような格好になり、見づらい。こちらもそう頻繁にお目にかかれるわけではないから文句も言えないが、作品には気の毒だった。せっかく来たのにいい条件で見てもらえないからだ。

2 Dali Le Rêve 1

ミロの「午睡(La Sieste, 1925)」
ポンピドゥーの常設展にあった時には何度もお世話になった好ましい品である。調べていたら2011年に東京六本木の国立新美術館に来ていたらしい、憶えておられる方もあろうか。

3 Miro La Sieste

第3章:傘とミシン 
「マルドロールの歌」第六歌に「ミシンと傘の解剖台での偶然の出会いのように美しい。」と書かれたロートレアモンの詩がアンドレ・ブルトン、ルイ・アラゴン、フィリップ・スーポーらのシュルレアリスムを標榜する若者にとっての合言葉になった。
この部屋にエルンストの「百頭女(Femmes 100 tetes, 1929)」、コラージュのオリジナル40点がアーチ型の壁面に勢揃いで並んでいる(注1)。
ざっくり3x6mくらいの展示スペースは細い通路に面しており、先述のダリと比較できないくらい大きい展示パネルに対し「引き」がないので、ここをまっすぐの壁のままではせっかくの勢揃いを観客に伝えられない。壁の色を黒に変え、アーチ型にするとことで「纏まりを見せる」方法をとったらしい。向かいにはジャコメッティの白い彫刻「テーブル(Table, 1933)」が拮抗し、こちらもアルコーブ(注2)式に壁が作品の大きさに合わせてカーブしている。


4 Ernst Femmes 100 tetes

5 Giacometti

アンドレ・ブルトンのサイトandrebreton.frでピエール・コール画廊(Galerie Pierre Colle, 1933)での展示風景見つけたので転載しよう。こちらも雰囲気が出ている。

6 Giacometti Pierre Cole

4章:キメラ(半人半獣)
「佳き屍(Cadavre exquis 注3 )」が集合する。筆者には(もっといい作品があるはず)と思えるが、若い世代にはこのあたりの形の方に思い当たりがあって面白いのかも知れない。シュルレアリストたちが100年後の世代にも楽しめる絵を描いていたならそれもいい事ではないか。

7 Chimere-1

8 Chimere-2

部屋の中央にヴィクトール・ブローネル (Victor Brauner) の「テーブル・狼(Loup-Table, 1939/1947)」、壁には左から右にドロテア・タニング (Dorothea Tanning) の「バースディ(1942)」、マックス・エルンスト「キメラ (Chimere, 1928)」、シュザンヌ・ヴァン・ダム (Suzanne Van Damme)「鳥のカップル (Couple d’oiseau, 1944)」が見える。

9 Chimere-3

この画像を出したところで会場設計について一言。
3~4メートル程の高さの壁にスリット(30cmまたは60cm)が螺旋状の順路に入っていることによって、自分のいる部屋から順路では遥か後ろにある部屋が覗き見える仕掛けなのだ。
初めのスリット(幅30cm)は第2章:夢の軌跡 の部屋の壁にあり、第12章:エロスの涙 にあるベルメールの人形が見えたのにはびっくりした。
まるで夢の中で違う場面同士が入れ替わるような、あるいはデペイズマン(注4)の作用か。
スリットは上の画像のように閉塞感を和らげる効果も出している。会場デザインの基調となっているようなので機会があるごとに紹介したい。

第5章:アリス
戦後のシュルレアリスム運動と関わったグラフィック・デザイナー、ピエール・フォシュー(Pierre Faucheux)の仕事として知られる「シュルレアリスム絵画の歴史」(マルセル・ジャン, Éditions Seuil, 1959)のカバーをまずお見せしよう。

10 Marcel jean 2

そのマルセル・ジャンが「超現実的箪笥 (Armoire surréaliste, 1941)」
を制作していたことは知らなかった。本物のドアを組み合わせているので180x211x3cmと大きく、実際に見るとなかなか面白いのだ。
画像で本当に扉が開いているのが分るかというと---ほぼ無理 ?
騙し絵のふりをした騙しオブジェ。

12 Marcel Jean 1

ジャンは「開くドア」というアイデアが好きだったらしく、蔵書表にもポップアップのドアをあしらっている。

11 Marcel Jean Ex libris
(マックス・エルンストの「百頭女 (Editions du Carrefour, 1929)」、旧蔵マルセル・ジャン)

第6章:政治的怪物 (Monstre Politique)
設計図面上ここで巻貝順路はヘアピンカーブを切って曲がる。
第二次戦争勃発前後、ナチズムの到来で緊張した時代に制作された作品が並ぶ(はずだが、該当しないものもある)。ここに日本作家二人目の池田龍雄が展示されている。

「禽獣記(1956年頃)」
13 Ikeda Tatsuo Kinju

ここで目を惹くのはなんと言ってもエルンストの「炉辺の天使(L’Ange du foyer、1937)」だろう。
・・・そう言えばカタログの表紙になり、図版は見開き扱いだから筆者がただ(いい)と思うよりすごい代物かも知れない。後で分かったら報告したい。

14 Max Ernst Ange au foyer

それから、今まであまり振り向かれずにきたチェコの作家トワイヤン(Toyen )の「隠れろ、戦争!(Cache-toi, Guerre!、1947 )」というポートフォリオ9点がこの章にピッタリだ。1928年パリに1年滞在した彼女はシュルレアリスト達と出会い、プラハに戻ってチェコのシュルレアリスムグループを立ち上げる。「隠れろ、戦争!」は、チェコがナチスの占領下にあり、トワイヤンが一切の活動を禁止された時代(1944年)に制作されたデッサンが元になっている。

15 Toyen Cache toi Guerre

会場風景では細部が見えないので筆者の所持するトワイヤン回顧展(パリ市立現代美術館、2022年)のカタログから2点紹介する(図版はオリジナルデッサンから)。

16 Toyen Cache toi Guerre-2

17 Toyen Cache toi Guerre-3

当時のプラハを知らずとも一瞬にして見るものに戦争・圧政の厳しさと実存の危機を伝え、震撼させることができる稀有なデッサンだ。

第7章:母胎の王国(Le royaume des meres)
ここからやっと広々とした空間になる。

18 Le royaume des mères-1

19 Le royaume des mères-2

20 Le royaume des mères-3

スリットの使い方に注目。

21 Le royaume des mères

母たちの国 の部屋突き当たりの一部。暗く垂れ込めた雲から突然こぼれた日差しが照らすパリの屋根が見える。写真では見た目より雲の色が明るくなってしまったが、手前の屋根が白っぽく浮き上がるコントラストが印象的で、白昼夢のような、コラージュを見るような感じだった。



第7章の後半からを「その3」に持ち越すことにする。
ご了承を願う。



注1:エルンストでこの時期のオリジナルコラージュは一点でも嬉しいところが40点。これは欧州新聞協会のカルロ・ペローネ会長が1999年に一括でポンピドゥーに寄贈したそうだ。「シュルレアリスム宣言」直筆原稿の次に本展覧会の目玉かも知れない。もちろんこの方法では全ての作品(特に上段に置かれたもの)をじっくり見ることは不可能だが、これだけの寄贈なら常設展で一度はきちんと展示しているのだろう。
注2:フランス語でalcôve = アルコーブ、部屋や廊下の壁の一部をくぼませて、スペースを設けた部分のこと。住宅設計でアルコーブとカタカナで使用されている。
注3:Cadavre exquis = カダーヴル・エクスキは邦訳「優美な屍骸」で通っている。初訳は誰によるのだろうか、固有名詞として変更なしで今日も使われているところを敢えて「佳き屍」としてみた。
シュルレアリストたちが Cadavre exquis の字面・音ともに語呂がよいことが気に入ったことを踏まえ、すこし丸くて短い言葉にしてみたのだ。1920~30年代の邦訳なら「優美な屍骸」の方が‘すわり’が良かったことも想像できる。
筆者が長年Cadavre exquis = カダーヴル・エクスキという言葉と作品に親しく付き合ってきたところに「優美な屍骸」と書くとなんとなくゴツゴツして、喉に引っかかるような気持ちがしたのがきっかけだった。
訳は時代と共に変化が可能という気持ちを表した。もちろんこの場限りのことである。
注4:ブルトンは「互いに相容れない 2 つの物の出会い」、シュルレアリスムの美学において事物を日常的な関係から追放して異常な 関係の中に置き、ありうべからざる光景の創出を「デペイズマン(dépaysement)」と呼んだ。


(なかはら ちさと)

●自己紹介
1960年生まれ(東京)
1974年:現代詩手帖で瀧口修造とシュルレアリスムを知る。
1976年:サド公爵・澁澤龍彦訳「悪徳の栄え」を読みこれを哲学書と解釈しフランス語を学ぶことにする。
1983-84年
多摩美大学在学中研究生として渡仏、ソルボンヌの「大学コース」とヘイターの版画工房アトリエ・17に通う。アンドレ・フランソワ・プチギャラリーの店主とサドの話をしたところ後日エリザ・ブルトン、アニー・ル・ブラン、ラドヴァン・イヴジックを招待したディナーに添加される。あまりのことに緊張してほぼ何も覚えていない。
1984年渋谷パルコにて「ベルメール写真展」企画参加。
2023年ジャン・フランソワ・ボリー、ジャック・ドンギー共著「北園克衛評伝」執筆協力。
戦前・戦後のシュルレアリスム研究がライフワークである。

*中原千里さんの<ポンピドゥー・センター「シュルレアリスム展」レポート その1>は2024年10月8日ブログをお読みください。

●本日のお勧め作品は瀧口修造です。
V-62(106)瀧口修造《Ⅴ-62》
デカルコマニー、紙
Decalcomanie, Paper
Ⅴ -63と対
Paired with Ⅴ -63
Image size: 17.4x14.8cm
Sheet size: 17.4x14.8cm

V-63(107)瀧口修造《Ⅴ-63》
デカルコマニー、紙
Decalcomanie, Paper
Ⅴ -62と対
Paired with Ⅴ -62
Image size: 17.8x15.0cm
Sheet size: 18.2x15.0cm
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●パリのポンピドゥー・センターで始まったシュルレアリスム展にはときの忘れものも協力し瀧口修造のデカルコマニーを貸し出し出品しています。カタログ『SURREALISME』は、仏語版と英語版があり、特別頒布します。
サイズ:32.8×22.8×3.5cm、344頁 22,000円(税込み)+送料1,500円
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12月7日(土)は臨時休廊いたします

●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は原則として休廊ですが、企画によっては開廊、営業しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。